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処女王〜エリザベス1世について語ろう

20041111wiki掲載 (以下はまだ未整理です)

テキスト修正したいかたは、「ボランティアについて」のページをご覧のうえ修正してください。


(1)「イングランドが生んだ唯一の政治的天才、か? 」(1)

(2)「どうでもいいけど2」(2)

(3)「実はヤリマンだったとか」(3)

(16)「>>3レスター伯ロバート・ダドリーやサー・ウォルター・ローリー、極めつけはドニゼッティの名作オペラの題材にもなったエセックス伯ロバート・デヴェルー等愛人の名前は結構流布しているから少なくとも全員が全員プラトニックな関係で終わったわけじゃないと思うんだが…とマジレスしてみるテスト。」(16)

(4)「かなりの衣装道楽」(4)

(5)「処女王といえばエリザベス1世だが、童貞王はあまり聞かないな。実際には結構居るはずだが。後継者がひどすぎたので、後付けで美化されている面はあるが、相当なやり手婆だったことは確か。」(5)

(8)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )>>5>後継者がひどすぎたので、後付けで美化されている面はあるが19世紀まで、イギリスでの評価はものすごく低いですよ。国王の先祖を殺しているから。メアリー・スチュアートは聖女扱いですが。」(8)

(9)「>>8そうなん? ステュアート家が嫌うのはわかる気がするけど、国民には在世時から「よき女王べス」とよばれてたんじゃなかったっけ?」(9)

(10)「でも最後の頃は飽きられ、支持率(があればだが)は超低空飛行状態。いなくなって初めて分かるそのありがたさ。スチュアート家はそんなに嫌っていなかったと思うが…。まあ、ハノーヴァー家になって「名誉回復」されたのはさもありなんという気が。ハノーヴァー家にしろメアリー・スチュアートの子孫であるには違いないけど。」(10)

(11)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )>>9>>10生前の評判はもちろん最高です。嫌っていたのはスチュアート家よりも、むしろ、王家に媚びる詩人や作家なんかです。スチュアート王朝はあまりメアリーが好きではなかったようです。ジェイムズ1世はメアリーの一人っ子ですが、父である2度目の夫はメアリーと3度目の夫になるボズウェルに殺されてますから、父の仇でもあるし、メアリーの素行が悪いため、音楽家のデヴィッドの子ではないかと疑われて嫌な思いをしてます。ごく小さい時にメアリーが国外逃亡したので、母親の実感もなかったでしょう。フランスでも、カトリックから見れば異端ですが在位中は評価が高かった。死後、19世紀終わりになってにわかに評価が上がったのは、大英帝国が発展してからのようです。大英帝国の基礎を築いたのは誰か、と考えるとエリザベスに行き当たる。」(11)

(12)「むしろ国制論との関係でエリザベス株は上下していたように思われる。高値安定・・ホイッグ史観(17〜18c)・・「良き女王ベス」「議会との賢明な協調路線をとった名君」暴落・・ヒューム・・「むしろスチュアート朝につながる権威主義的な支配者」低値安定・・修正ホイッグ史観(19c) ・・「しょせんは絶対君主だしな」「名誉革命的な原理によって乗り越えられる存在でしかない」   「処女じゃなかったんだろ?」「優柔不断で決断力に欠ける」暴騰・・J・E・ニール・・「権謀術数に長じる」「大英帝国マンセー」一番最後のニールのエリザベス論は1930年代のものなんだけど、これが>>1の言う「イングランドが生んだ唯一の政治的天才」というような現代の常識的なエリザベス像の直接の源流なんじゃないかな。」(12)

(13)「「処女じゃなかったんだろ?」にワラタ。」(13)

(14)「>>11メアリとエリザベスの評価ってセットになってるの?それに、ジェームズ一世も母親への愛情はなくとも、私生児扱いもあったなら、よけいにそのイメージを払拭させるためにメアリの名誉回復に努めそうに思うけどなぁ。対外的に母親に嫌悪感を持っているとは見せないようにするのでは。」(14)

(24)「>>14>メアリの名誉回復に努めそうに思うけどなぁ。 >対外的に母親に嫌悪感を持っているとは見せないようにするのでは。メアリとジェームズ1世との間には、決定的な壁があった。母は旧教徒、子は新教徒。ジェームズが過激な新教徒の国イギリスを統治していく上で、敬虔な旧教徒であるメアリ・スチュアートのイメージは邪魔でしかなかったのではないだろうか。そうそう、エリザベスがメアリの処刑に踏み切ったのは、子ジェームズの内諾があったからだと書いている本もあるよ。ジェームズは、自分への王位継承を条件に、母の処刑を黙認したのだとか(ひぇぇ)。」(24)

(25)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )>>14>メアリとエリザベスの評価ってセットになってるの?たいがいそうなってます。どちらも好きだと言う人はまずいないようです。とにかく生い立ちも生き方も対照的ですから。」(25)

(6)「(Peak)英国スレ乱立ぎみなんで、合流してよ。【GREAT】英国政治史【BRITAIN】http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1017118419/l50イギリスhttp://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1019965229/l50」(6)

(7)「(1)了解。ぢゃあ、後は sage でよろしく。」(7)

(15)「海軍の給料をけちったので、セシルやドレイクが泣く泣く身銭を切ったとか。」(15)

(18)「>>15>海軍の給料をけちったのでけちったと言うより、財政が火の車で、海軍に回す金がろくになかったんだよ。ドレイクみたいな私掠船からは、逆に金を上納させてたぐらいで。」(18)

(17)「処女王ってのは処女だったからじゃなくて、国教会における聖母(The Virgin)たろうとしたって話が雑談スレとかで紹介されてたけど。」(17)

(20)「>>17映画のエリザベスでは、その解釈で描かれてますね。映画のラストシーンで、エリザベスが言う "I have become a Virgin."字幕では「私は処女になったわ」と訳されたんですが、それが誤訳ではないかと映画板のなっちスレで議論になってました(w聖母とするべきではないかと。」(20)

(35)「>>20彼女の生き方考えると、どう考えても聖母のイメージとは程遠い。処女、ってんなら「まあ結婚しなかったし」で納得いくからな。」(35)

(36)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )>>35エリザベスが亡くなった時「地上においては第一の処女、天においては第二の処女」と賞賛した詩人がいますが、確かに聖母のイメージじゃない。独身でバリバリのキャリアです。」(36)

(39)「>>35、>>36 映画板からのコピペ。577名前名無シネマさん投稿日:03/02/23 05:17 ID:9z5In6vC 数年前、大学の講議で先生が『エリザベス』の戸棚の誤訳について 怒りを交えて語ったことがあった。 思い出したので、その内容を説明せにゃ。 Kat,I become (became?) the Virgin. 戸棚訳:「カット、わたしは処女になったわ」 先生訳:「カット、余は聖母になった」 新教徒とカトリックの両派の争いの果てに言う重要なセリフ。 この映画が言わんとするところ、まさにキモ! カトリック派の異母姉メアリ女王はこのセリフの直前に 王位継承者で新教徒派に親しいエリザベスに向かって 次のようなことを懇願する。 「お願いだから人々から聖母をとり上げないで」 聖書原理主義の新教徒は、カトリック信仰の伝統である 聖母信仰や聖人信仰を「純粋なキリスト教を取り戻すため」に 排除しようとした。 だからメアリはこのようにエリザベスに言う。 エリザベス女王は政治的にはカトリック世界から脱退するけれども 聖母を模倣することで、姉を含むカトリック教徒に応えることにした。 最後のシーンで白塗り化粧と豪奢なマントで登場したエリザベスは 教会に祭られている聖母の姿に徹底的に似せている。 通り過ぎる「聖母」エリザベスに人々が敬服する様子を描いて この映画は終わる。 なのに最後の最後、キメのセリフで「処女」はないだろう・・・・ 英語圏(キリスト教世界)でthe Virginといえば 間違いなく聖母のことを指すことくらい翻訳家なら常識じゃないのか。 たしかに聖母は処女だけど、日本で「処女」じゃ通じないだろ? 」(39)

(40)「(39)長文コピペスマソです。誤訳云々は板違いなんでする気はないんですが、>エリザベス女王は政治的にはカトリック世界から脱退するけれども >聖母を模倣することで、姉を含むカトリック教徒に応えることにした。こういう背景って、当時あったんでしょうかね?肖像画から、自分を神格化しようとしていたのが見て取れるというのはどっかで読んだ事があるんですが。」(40)

(46)「>39細かいけど主語はIじゃなくてweのような」(46)

(52)「>>17 >>40フランセス・イェイツ女史によると、星の処女神(Astraea=Virgo)=正義の女神に女王をなぞらえようというシンボリズムがエリザベス朝にはあったようだけど。この場合アストレアは連想で聖母マリア(やローマの巫女ヴェスタ等)に結びつけられることはあっても必ずしも一義的にそうだということではない。」(52)

(19)「エリザベスは独身だったので、そんなに宮廷費はかからなかった。徹頭徹尾、増税することなく「小さな政府」で押し通している。後継者のジェイムス1世の評判が悪かったのは宮廷費がエリザベス時代の数倍にもなったことが要因のひとつ。しかし子沢山の彼としてはやむをえないところ。」(19)

(21)「澁澤龍彦の評価メアリ-自分自身に専念。彼女ほど激情的な女らしい女は世にもあるまい。エリザベス-国家に専念。干からびた刺々しいヒステリカルな女性。           」(21)

(22)「>>21なんかいかにもという偏見だね。」(22)

(23)「荒木飛呂彦もJoJo第1部で、なぜか、エリザベスは醜悪な女王として、メアリーを美女として描いてたっけ。やっぱ、処刑された女王に対す判官贔屓かな?」(23)

(124)「(アルフォンソ拳王)>>23遅レスだが、アレはひどいよな。メアリは普通に漫画の絵の顔で、エリザベスは漫画のなかで肖像画の顔使われているからなーw」(124)

(126)「>124それ以前にメアリ・スチュアートの肖像画ってあるのか?寡聞にして知らんのだが。」(126)

(127)「(山野野衾 ◆F6mxNHihgE )>>126結構出て来ますが、後世のものですかね?美人は美人でしたがえらく冷たい感じがするものです。」(127)

(128)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>126うちに何枚か写真があります。ただ、アップする技術が無いので。今、セガレに教えてもらっていますが、登録に何日かかかるらしい。で、ぐぐって見ましたが、まともな肖像画はありませんでした。顔立ちは整っているけど、あまり魅力的じゃない。」(128)

(130)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )まともな肖像画は無い、というのは、イラストや映画の主演女優の写真しか見つからなかったと言う意味です。変な文章ですみません。」(130)

(131)「メアリーと夫maryfrancis.jpgあとこんなサイトがあった。Tudor Quizzeshttp://www.englishhistory.net/tudor/tudorq17.html」(131)

(132)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>131ありがとうございます。フランス王妃時代のものですか。たしかフランソワ2世が一つ下だったと思うけど、比べてみるとえらくふけてますね。メアリー・スチュアート。私の探し方が悪かったみたいです。結構あるんですね。」(132)

(27)「ツヴァイクがメアリ贔屓だったんじゃないか。最近はエリザベスのほうが断然評価が高い気が。ある意味フェミニズムの影響?」(27)

(28)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )>>27ツヴァイクは強い女は好きじゃないようですね。「マリー・アントワネット」でも、アントワネットに対して同情的だし。エリザベスの評価が高いのはフェミニズムの影響と言うのでもないようです。エリザベスが終身独身であったためエリザベスの血は絶えているが、メアリー・スチュアートの血はヨーロッパの王室のほとんどに流れている、と評価する人もいます。私としては、血統が残ったのは結果論で本人の力じゃないだろ、と言いたいとこです。ところで、みなさん、ブラントームお読みになったことありませんか?エリザベスが膣閉塞のため処女であったと言うのは、この人から出てるんですが。祖母はフランソワ2世の後妻のエレオノールに仕え、母も女官で、自分はマルゴーの近臣だった人ですが。16世紀ヨーロッパの王侯貴族の噂話なら知らないことはない、というくらいです。昔は新潮文庫に「艷婦傳」があったんですが、昭和40年代初めに絶版になってます。あと、どこからか「風流貴婦人伝」とか言うような書名の文庫本が出ているのを見かけたことがあります。」(28)

(29)「メアリー・スチュアートを評価する人って…どこをどう評価できるんだろう。美人だったこととか? 結局その程度の女。」(29)

(30)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )マリー・アントワネットと同じで人生の振幅の大きさと悲惨な最期が同情を呼んで美化されたんでしょう。絶世の美貌でもないし。ブラントームはアンヌ・デスト(ルイ14世の次女の子)の方が、女王らしく美しいとかいてます。敬虔なカトリックでなく、カトリックの結婚式は最初のフランス王太子の時しか挙げていません。性格は傲慢だし、贅沢だし、素行も良くない。政治能力ゼロで取り得が無い。」(30)

(31)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )すみません。アンヌ・デストはルイ12世の孫です。」(31)

(32)「>性格は傲慢だし、贅沢だし、素行も良くない。政治能力ゼロで取り得が無い。そういうところがつまり奔放でいいんだと。」(32)

(33)「>>30まあ当時は父方のスコットランド王家の娘というよりも母方のギーズ家の娘としての扱いがメインだったし、メアリ自身もそーゆー自負心の方が大きかっただろうしね。文化の遅れたスコットランドになんか氏んでも行きたく(帰りたく…じゃあなくて)なかっただろうし、当時はあのカトリーヌ・ド・メディシスよりメアリの方が母方の実家の権勢もあってかファースト・レディとして扱われてたのはメアリの方だったというし。折角ディアヌを追い出してさあこれから…って時に、あんな小娘の風下に立つなんて、カトリーヌも多分かなり口惜しかったと思われ。」(33)

(34)「(33)↑なんか変な文になってスマソ。」(34)

(37)「メアリーはフランス宮廷で、ディアヌがファーストレイディで王妃はいないと「何故か」思い込んでいたらしい。で、ある時、たまたま遭遇したカトリーヌに「あんたフランス王太子妃に対して随分でかい態度とるじゃないのよ」と非難したところ、カトリーヌから「フランス王妃に対して随分でかい口をたたく小娘だねえ」と叱られたらしい。」(37)

(41)「>>37ヤパーリあれですか。メアリもカトリーヌの事を陰で‘成り上がりの薬屋の娘’と馬鹿にしてたクチですか。」(41)

(43)「>>41馬鹿にしていたというよりは単に知らなかっただけと思われ。しかし義母にしてフランス王妃を知らないと言うのはそれだけでも失礼と思われ。」(43)

(42)「処女王は実際処女宮の生まれ、処女宮は名前のイメージと少々違い、実務能力に優れた現実主義者。」(42)

(44)「カトリックに応えるというよりは、儀式的なもので懐柔しようとしたのではないか。「私は聖母です」と「私が聖母です」ではかなりニュアンスが違う。カトリック云々から離れて、自分を神格化した、国家を宗教から事実上切り離したというところではないだろうか。」(44)

(45)「(世界@名無史さん )しかし後継者については何を考えていたんだろうね。考えても無駄だから考えないことにしたのかな。」(45)

(50)「>>45スチュアート家に王位を譲ることでイングランドは実質的にスコットランドを併合することができた。エリザベス1世はそこまで見通していた。と言ってみるテスト。」(50)

(48)「(あやめ)フランシスコ-オルスというスペインの戯曲家の書いた「エリザベス」という芝居は、日本でもあの坂東玉三郎が主演しヌリア-エスペルの演出で、10年ほど前に銀座のセゾン劇場で上演されたことがあります。この戯曲のプロットは処女王エリザベスは実は男性だったという設定です。彼女が膣閉塞であったというブラントームの説は>>28でウヅメさんが紹介されてますが、男性説みたいなものは発生してたんでしょうか?何かヴァージニア-ウルフのオルランドに連想が行っちゃいます。」(48)

(57)「(望 ◆kgtwSpVvjI )>>48エリザベスが子供を産めない体であるという中傷をまき散らしたのはエリザベスと自国君主との結婚を考えている外交官の策略である、と考えられます。1575年フランスの在英大使カステルノは、女王にまつわる噂は「外交官の作り話」だと断言しています。英国内では前女王メアリー1世の女官だったジェイン・ドーマーなる女性が執拗にエリザベスが不妊症だったと吹聴していたようです。」(57)

(58)「(望 ◆kgtwSpVvjI )何と言っても女性が男性に頼るのが当然の時代でしたから、独身を通したいなんて発想自体が当時の人々にとっては異常だと感じられたんでしょう。その上生理不順やら体調不良(おそらくストレスで)やらで噂に拍車がかかったのではないでしょうか。年中当時のポピュラーな健康法である瀉血をしたがったのも、その証拠で・・・」(58)

(59)「>>58彼女の生い立ち考えたら、無理もない気もするけどな。実は極度の男性不信だったと思う。父親が母親殺して、その後も義理の母に当たる王妃殺したりしてるの間近に見てるわけだし。政略だの何だのより、根本的にその辺が原因ではないかと。」(59)

(60)「(アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo )>>59そう考えるのが1番合理的でしょうね。あんな親父もったら、現代ではたいていの女性は独身主義者になるか、逆に父親の理想を求めて変な年上の男にひっかかる。エリザベスはものすごく勉強できたから独身主義者のほうでしょう。ひょっとしたら、独身主義者の元祖ですかね。イギリス人には独身で通す人が多い。」(60)

(61)「映画では恋人だった男にいつのまにか奥さんがいてそれが決定打になって・・・という感じだったよたしかこれも史実だよね?」(61)

(64)「(望 ◆kgtwSpVvjI )>>60>>61史実です。愛人ロバート。ダドリーは1560年エミリ・ロブザードが謎の事故死を遂げた後、1579年にレティス・ノウルズと再婚していますが、その際エリザベスは激怒し、ダドリーをロンドン塔へ送るよう命じますが、周囲に反対されて諦め、再びよりを戻しています。ちなみにノウルズの連れ子が、後にエリザベスの寵愛を受けながら叛逆したエセックス伯です。エリザベスはヒバートの伝記によれば、8歳の時、父の5番目の妻で可愛がってくれた従姉妹にもあたるキャサリン・ハワードが処刑された時、幼なじみのダドリーにむかって、「自分は結婚しない!」と叫んだそうです。実母の死より、キャサリンの死の方がショックだったらしいですね何しろキャサリンはたったの20歳の若さでしたから・・・>アマノウヅメさんお久しぶりです。英国史はフランス革命史に較べて得意というか、専門分野なので書きやすいです。」(64)

(65)「(望 ◆kgtwSpVvjI )×愛人ロバート。ダドリー○愛人ロバート・ダドリー」(65)

(62)「処女王ってエリザベス・ザ・ヴァージン?童貞王なら英語でどう言うんだろ」(62)

(63)「「ザ・ヴァージン」=「聖女」じゃないの?」(63)

(66)「(望 ◆kgtwSpVvjI )実はエリザベスは1、2回ほど結婚したい・・と思う相手がいたようです。一人目はエドワード4世の子孫にあたる王族エドワード・コートニーでしたが、1553年「こんな気むずかしい女はイヤだ」とコートニーの方から断ってしまったようです。この時エリザベスすでに30歳・・当時としては大年増ですから無理ありません。二人目はアンリ3世の弟のアランソン公フランソワ。なんと20歳も年下の19歳の若者でした。男性キライのエリザベスは、このちんちくりんで劣等感を刺激しない青年を好ましく思っていたようですが、側近セシルと議会が一方的に縁談交渉をうち切ってしまい、エリザベスは女官に「自分で夫も選べないのか」と愚痴をこぼしています。ただし、これには諸説がありあり、底意地の悪いフェリペ2世は策略であると断言していますw」(66)

(67)「(望 ◆kgtwSpVvjI )議会が勝手にアランソン公との縁談をうち切ったのは、英国内の反フランス感情が強かったからでした。サンジュストはめちゃくちゃ英国を罵倒しましたが、英国の方でもフランスに支配されたという怨みからか(?)未だにフランスに対してあまりいい印象を感じていないようです。行ってみると、両国がいかに民族的に異なるか実感しますw」(67)

(68)「(望 ◆kgtwSpVvjI )ちなみに、チューダー王朝は英国ではとても人気があって他の王朝に較べてHPの数も多いです。実はノルマン王朝の子孫とはいいながら、チューダーはそれほどフランスの血が濃くないんですね。初代エドマンドは母がヘンリ5世の未亡人であるフランス王女キャサリン(父はシャルル7世)でしたが、父はただのウェールズ出身の下僕(正確には衣装係)のオーウェンでした。ほぼ純粋に英国人ということで、英国では好かれているようです。」(68)

(73)「(望 ◆85KeWZMVkQ )で続き。チューダー系で探すと、英国ではけっこうヒットが多いです。その中にはこっそり私のHp(英語版)も混じっていたりしますwエリザベス専門も多いです。けっこう面白いですよ。」(73)

(78)「さっき、ケーブルテレビで映画『エリザベス』を見た。バーリー卿のじいさんが、妙に味があって気に入った。」(78)

(79)「(アルフォンソ拳王 ◆wDJtpxQyh. )さしあたって漏れはケイト・ブランシエットは好きだ。」(79)

(80)「バーリー卿のじいさんはリチャード・アッテンボロー。名優でつ。映画監督でもありまして「ガンジー」はアカデミー作品賞受賞。」(80)

(82)「問題はウォルシンガムがメアリーにベッドで何をしたのか?だ」(82)

(86)「誰か、エリザベス一世が常に血なまぐさい英国史上でも稀なくらい残酷な女王だとは言えないのか?」(86)

(87)「だって稀なくらい残酷じゃなかったもん」(87)

(88)「お姉さんは「稀なくらい残酷」だったけどね。在位4年間でプロテスタント300人近くを火刑。スペイン王の夫ですら「ほどほどにしろ」と何度も忠告。」(88)

(89)「そう、エリザベスは歴代を見ても、前後と比べても極めて穏健な君主でしたよ。彼女は処刑をなかなか認めない君主として名が知られていたしね。彼女自身、ロンドン塔で過ごした恐怖の時期があったので、処刑という行為を非常に嫌悪していたらしい。メアリースチュアートなんかさっさと殺しておけば問題なかったのにずるずると生かしておいたから、反逆の陰謀を張り巡らされたりしている。エリザベスは決して誇張ではなく「善き女王ベス」だったと思うね。」(89)

(91)「>>89>彼女自身、ロンドン塔で過ごした恐怖の時期があったので、>処刑という行為を非常に嫌悪していたらしい。なるほど…凄い説得力。何だかイイ話ですね。彼女やメアリ1世を見てて思うんだけど、どうしてヘンリー8世もエドワード5世も二人を嫁にやらなかったんだろう? 政略結婚などには関心がなかったのでしょうか。それとも、カール5世とメアリの場合のように、婚約破棄になったり、トマス・シーモアのような野心ミエミエの男しか近づいて来なかったとかで、良縁に恵まれなかったのでしょうか。」(91)

(92)「メアリーを嫁がせるのは危険でしたね。彼女の継承権を押し出してカトリックの旦那がエドワード6世(6世ね。5世はリチャード3世に殺された少年王)の王権を否定する可能性もあったから。カール5世との結婚はどのみちまとめるつもりもなかったのかもね。エリザベスは結婚する意思がまったくなかった訳でもないようだけど、独身でいることの外交的カードの方を重視したみたいね。ロバート・ダドリーで充分だったのかもね、あっちの方は。「わらわには夫はいらぬ。男妾がひとりおればよい」(映画「エリザベス」から)」(92)

(93)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>89国民から見れば穏健な名君主だと思います。外国でも嫌われていませんし。メリー・スチュアートの親戚のギーズ家は別として。>>91二人の立場が微妙すぎて、縁談どころではなかったんでは?エドワード6世が生まれるまで、庶子の男子を王太子に立てようと教皇に泣きついたりしています。それまでイングランドでは女王で無事に統治できた例がない。娘の立場には興味なし。メアリーは無効になった結婚から生まれた子だし、エリザベスは、カトリック側から見ると庶子です。庶子は値打ちが下がります。政略結婚は無理です。せいぜい臣下にやるか、修道院にやるか。」(93)

(94)「イングランドにはメアリー1世が女王として即位するまで女系相続はあっても、女王はいませんでした。キャサリン・オブ・アラゴンは「メアリーを女王にすればいいじゃないか」と主張しましたが、ヘンリー8世は論外という立場。これはヘンリーの方が当時としては常識的な立場ですね。キャサリン・オブ・アラゴンの母はスペインのイサベル女王ですから、女王もよしとしたのかも知れませんが、イングランドには前例がないですから。せいぜいヘンリー1世の死後、皇后マチルダ(ヘンリー1世の王女)が継承権を主張したくらい。」(94)

(95)「彼女を庶子とされた理由は彼女がプロテスタントだからではありません。アン・ブーリンは「一応は」正式な王妃だったので、出生時点では嫡出子です。しかしアン・ブーリンが処刑されて以後、ジェイン・シーモアがエドワード6世を生み、エドワード6世の王位継承権を確固たるものにするために、ヘンリー8世はメアリーともどもエリザベスを庶子としました。メアリーはそれ以前から庶子扱いされていたのですが。しかし死の直前、ヘンリー8世はメアリーとエリザベスを「王女としての身分」に戻しています。これが果たして庶子という地位の解消を意味したのかどうか、はっきりせず、ここが争点になったのですね。ヘンリー8世の3人の子供がみな嫡出子ならば王位継承権はエドワード6世、メアリー、エリザベスとなります。メアリーとエリザベスが庶子であれば、エドワード6世の次の継承者はメアリースチュアートになります。」(95)

(96)「ハインリッヒ・マンが、彼の「アンリ四世の青春」だったか「完成」だったかで、エリザベスが結婚しなかった理由として、海外の君主に対して、エリザベスが常に誰かと結婚しうる状態(=同盟国イギリスを婚資として入手しうる状態)を保つメリットを挙げていた。即ち、自らの「処女性」をイギリスの安全保障の為のカードにしていたわけでこの解釈をみて、なるほど、と思ったことがある。」(96)

(97)「処刑にせよ、結婚にせよ、意地悪な見方をすれば、優柔不断で、なかなか決断ができない女王だったとも言える。」(97)

(98)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>95ありがとうございます。なにしろ記憶が曖昧なものでして。>>96トーマス・マンのお兄さんですよね、その著者。昔、丸善にあったけど高くて高くて・・・で、立ち読みしました。おかげで内容覚えてない。でも、割とポピュラーな解釈でしたね、それ。」(98)

(99)「>93>庶子の男子を王太子に立てようと教皇に泣きつきまだ子供がいたんですか?以下の分だけだと思ってました。キャサリン・オブ・アラゴン……1:メアリ他6人(メアリ以外夭折)アン・ブーリン……1:エリザベスジェーン・シーモア……1:エドワード6世クレーフェ公アン……0キャサリン・ハワード……0キャサリン・パー……0しかし同じような名前の女をよく何度も娶れたなあ……コワ」(99)

(100)「>>99エリザベス・ブラントという女性との間にヘンリー・フィッツロイという男子がいます。この庶子はエドワード6世よりも父ヘンリー8世に似ていたらしく、ヘンリー8世はリッチモンド公爵位を与えるなど、結構可愛がった模様。このヘンリーとメアリーを結婚させる、なんて仰天計画もあったような。>>93>娘の立場には興味なし。メアリーは無効になった結婚から生まれた子だし、 >エリザベスは、カトリック側から見ると庶子です。庶子は値打ちが下がります。 >政略結婚は無理です。せいぜい臣下にやるか、修道院にやるか。 王の庶子として生まれた女性でスコットランド王妃になった例がなかったでしたっけ?時代が古過ぎるかな。」(100)

(102)「( ◆OabJU8b1b. )>>93>エドワード6世が生まれるまで、庶子の男子を王太子に立てようと教皇に泣きついたりこれはエリザベスが生まれた後ですか?」(102)

(90)「ウォルシンガムの諜報機関の実力って実際、どれくらいのものがあったんだろうね。エリザベスの時代に情報立国イングランドの礎が築かれたとはよく聞くけれど。」(90)

(103)「(シュレーディンガーの猫)ちなみに、イングランドでは、庶子で王位についたのは、実力でこの地を征服したウィリアム1世征服王1人だけですね。」(103)

(104)「そそ、ウィリアム1世は庶子だったけど、彼はノルマンディー公領は相続したけど、イングランドは実力で奪い取ったからね。ヨーク王朝のエドワード4世が没し、その長男のエドワード5世が即位した時、摂政の地位についたグロスター公リチャード(エドワード4世の弟ですね)が王位を簒奪すべく、「実は自分たちの母は不倫をしていて、不倫で生まれたのが兄、エドワード4世だ。従って、その息子であるエドワード5世には王位継承権はない」という実の母親の名誉さえ貶めるようなウルトラCの中傷を放って、結果的にエドワード4世と5世は「庶子」扱いにされたことがあります。このグロスター公リチャードはまんまと王位をせしめリチャード3世として即位しました。あと、スチュアート王朝になるのですが、チャールズ2世には庶子はたくさんいたのですが、嫡出子、つまり王妃との間の子はいませんでした。そこで王位はチャールズ2世の弟のヨーク公ジェイムス(後のジェイムス2世)に移る見通しだったのですが、ヨーク公が熱烈なカトリックだったのを憂慮したプロテスタントたちは庶子ではあってもチャールズ2世の長男、マンマス公を王に擁立しようとしました。これは失敗し、マンマス公はジェイムス2世によって処刑されました。とは言え、ジェイムス2世は結局プロテスタントの抵抗を抑えきれず、名誉革命で追放されたのはご存知の通り。」(104)

(106)「メアリ・スチュワートは「私がイングランドの正当な王位継承者よ!」と楯3つが入った紋章を使い続ける。イングランド大使を招いた宴席でも、食器にこの紋章を使い、エリザベス激怒。」(106)

(107)「あなたが探してるのってこれだよね?この中にあったよ♪http://endou.kir.jp/betu/linkvp/linkvp.html」(107)

(108)「しかしメアリーの息子ジェイムス6世(イングランド王としては1世)が結果的にイングランドをエリザベスから相続するのだから、メアリー・スチュアートの言い分にまるっきり根拠なしと言えず。もしフランソワ2世が長生きしていれば…。メアリーはスコットランド、イングランドの女王、フランスの王妃、つまり3ヶ国の Queen になっていた可能性あり。」(108)

(109)「エリザベスは母、アン・ブーリンのことを多くは語らなかったが、彼女が肌身離さず身につけていたというロケットには、彼女自身の肖像とアン・ブーリンの肖像が描かれていたという。ヘンリー8世の娘であることを常々誇っていたエリザベスだったが、母を殺した父に対する想いはいかなるものだったのだろうか。血なまぐさいイングランド史の中でもとりわけ bloody なチューダー王家において、the last surviver だったエリザベスはその血の歴史によって鍛えられた。」(109)

(110)「どうでもいいけど、アン・ブーリンは、いろんなカタカナ表記されるよね。私が見たことのあるだけでも「アン・ブリン」「アン・ブリーン」「アン・ボレイン」がある。どれが一番原音に近いの?」(110)

(111)「Ann Boleyn だよね、英語表記では。今現代の発音で素直に読めば「アン・ボレイン」になるのかな。人名は難しい。英国英語の場合は特にね。頻度的には「アン・ブーリン」が一番多いように思われるから、これがスタンダードなんだろうなって思うけど。」(111)

(112)「千日のアン、ヴィデオ無茶苦茶高いっすよー。DVDもないし。うわーん。」(112)

(113)「「1000日のアン」良いですよ。処刑とエリザベスが歩く姿が重なるラストとか。メアリ・スチュワートを主役にした「クイン・メリー/愛と悲しみの生涯」ではエリザベスは結構悪役。意地悪なオバさん。」(113)

(116)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>112>>113この間、ケーブルで「エリザベス」見ましたが「千日のアン」の方が解りやすくてよかった。エリザベスとアン・ブーリンとでは置かれた立場がまるで違うのは別にしても。それと、記憶が曖昧なんですが「千日のアン」は、随分衣装や舞台にお金がかかってたような気がします。」(116)

(114)「エリザベスって…有能だけど高慢ちきなオールドミスと見られがち。「小公女セーラ」のミンチン先生みたい。」(114)

(115)「私は女ですが、王の心を持つ女です!それもイングランドのキングです!かっこいーやねー」(115)

(117)「エリザベスの「勝因」の一つは大衆を意識したことだと思う。地方巡業を好み、そこで民衆と接することを好んだ。そんなことを意識的にやった王はイングランドにはいなかったのでは?」(117)

(118)「>>117いないねえ。彼女は言葉だけで国民を動かしている。非常に安上がりだ。とにかくケチでせいぜいが衣装道楽があるくらいだったが、それとても政治的効果を狙ってのもの。可愛げがないといっちゃあ可愛げがないが、彼女は破産国家を引き継いで、強力な海軍と第一級の諜報網、そして潤沢な国庫を後継者に引き渡した。イングランドにおいてはヤパーリだんとつの名君だと思われ。」(118)

(123)「>>118ヨーロッパは、ローマ滅亡からついこないだまで、日本でいう戦国時代がずっと続いていたようなもの。国王は日本でいう大名に近い存在で、ヨーロッパ全体での国盗り合戦。王様も家臣の意向を無視すると下克上が起こったり、首を刎ねられて他の国から王様にすげ替えられたりする。だから、貴族の御機嫌を伺い、国が続けば必然的に立憲君主制に。なまじローマやギリシャの共和制の記憶があるものだから、ときとして、王様も貴族も丸ごと追い出されてしまったりもする。王様から権限を奪い取ったからってあまり無茶なことをすれば、その権限をくれた王様ごと、貴族から行政官からみんな追い出されたり首を刎ねられたりする。だから、王様は下々の御機嫌をいつも伺っていなければならない。」(123)

(119)「処女王か…。処女女王というべきかな。」(119)

(120)「でも梅毒にかかってたんでしょ 処女っていうネーミングは止めてほしいっす。」(120)

(121)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>120梅毒はヘンリー8世じゃないですか?」(121)

(122)「父→母→子という、垂直感染はあると思うが。実際にかかっていたかどうかという事実そのものは知らないけど。」(122)

(133)「メアリー・スチュアートの公式サイト。http://www.marie-stuart.co.uk/Her Own Wordsというコーナーに彼女の肖像画が結構揃ってます。」(133)

(134)「メアリー・スチュアート公式サイト?公式ってなに?スチュアート家公認なのかな?w」(134)

(135)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>133ありがとうございます。湖中の城の復元図などいろいろあって、面白いサイトですね。阿呆のダーンリ卿の伝記まで出てるんですか。しかし、メアリーのデスマスクは明らかに後世のデッチアゲです。」(135)

(136)「うーん、イングランドにとっては厄介者以上ではなかったメアリー・スチュアート。対してイングランドの「救国の女傑」と言ってもいいエリザベス。現王室ははしかしメアリー・スチュアートの子孫なんだよなあ。あの女がいないとヴィクトリア女王もエリザベス2世も生まれてこなかったことになる。その辺、どのように評価されてるのかなあ。」(136)

(138)「>>136なんだか南北朝正閏論みたいな・・・んなわけないか。」(138)

(139)「>>136そもそも息子のジェームス1世が母メアリのことを全然評価してないんだから、別にいいんじゃないですか。ジェームズは、父ダーンリの死は母に責任があると考えていたでしょうし、また、この親子は母は旧教徒、子は新教徒と、宗教的にも相容れない立場でした。エリザベスが長い躊躇の末、遂にメアリの処刑に踏み切ったのもジェームスの内諾(メアリの処刑を黙認する代わり、エリザベス亡き後の英国王位をジェームスが継承するという条件)を得たからだという説もあるようです。」(139)

(140)「家族で宗教が違うという感覚がよくわからんねそれほど隔絶された親子関係だったということかな」(140)

(141)「>>140メアリとジェームズに関して言えば、ジェームズが赤ん坊の頃に2人は引き離されてます。母の宗教がなんであろうと関係ないでしょう。」(141)

(142)「>>139 >>141ジェームス1世って豪華なメアリの墓つくってますよね。エリザベスの4倍の費用をかけて。憎も愛もあったのかも。」(142)

(143)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>141スコットランドでは、プロテスタントの中でも特に強情な長老派が中心でしたから。長老派の指導者のジョン・ノックスは、メアリーを悪魔のように考えて罵倒していますが、あの行状では、しかたがない。長老派の貴族や国民を治めるためには、カトリック(信仰は深くないが政治的に利用)の母親は、まるっきり迷惑なんですよ。当時、カトリックか、プロテスタントかというのは、宗教問題より政治問題です。」(143)

(156)「エリザベス1世の時代は 風呂に入る習慣がなく、生まれたときと結婚前だけしか入浴しなかったそうな。 しかしエリザベス1世は一月に一回入浴するのできれい好きとされたらしい。」(156)

(157)「(シュレーディンガーの猫)もっとずっと後の時代のジョージ4世妃キャロラインでさえ、ろくに入浴してないために体臭がきつくて嫌われてるぐらいだもんね。」(157)

(158)「美容には気を使っていたようで、コスメティクル水という化粧水を週3回使用していたらしい。1.産みたての卵の白身と殻をくだく2.それをクォート瓶?に入れ、3時間かき回す3.焼きみょうばんを入れ、さらに2時間かきまわす4.白砂糖をいれまた2時間かきまわす5.ホウ砂?をいれまだかき回す6.奇麗な水とけしの実を加え、またまたかき回す7.牛乳状になったら麻布でこす8.も一度かき混ぜると泡がたつその泡が女王御用達の化粧水。」(158)

(159)「エリザベスって肖像見る限り白すぎない?あれ、おしろいぬってるんでしょ?」(159)

(160)「(アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ )>>159当時はおしろいを塗る習慣なかったから、ほとんどの人はスッピンですがエリザベスは塗ってました。いつまでも現役でいたかったんでしょう。武則天も塗りまくり。」(160)

(166)「メアリー=美人、エリザベス=並、と思っていたが>>131 >>133を見る限り、メアリーもエリザベスも容姿レベルは変わらない気が。pelican.jpgエリザベスは人と会うとき、膝を崩して下腹部を見せる癖があり、見るのは無礼、見ないのは魅力がないと怒られそうで難儀した、とモーロワという人が書き残しているそうで。」(166)

(167)「>>166下腹部って・・・まんこ?」(167)

(168)「イヴァン雷帝とエリザベスが婚約していた…とアンリ・トロワイヤの「イヴァン雷帝」に書いてあったけど事実かな。エリザベスがまだ王位につく前のことだろうか。エリザベスが泣いて嫌がったのでgご破算になったと書いてあったが。」(168)

(169)「そこでその展開か!!さすが僕。すごい妄想」(169)

(171)「(山野野衾 ◆F6mxNHihgE )>>168スウェーデン・フランスなどとともに名乗りを挙げたという話は聞きましたが。」(171)

Last modified:2004/11/11 22:01:39
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