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【匈奴】アッチラ大王【フン族】同じなの?

20041122wiki掲載 (以下はまだ未整理です)

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(1)「(ももんが)ないようなので立ててみた。匈奴はフン族なのか? これ歴史上のロマン。フン族が、モンゴロイドを主流にしたアルタイ語族だったのは確かなようで、当時のローマの文献では「背が低くてコブみたいな頭に針の穴のような目、ぞっとする姿」と、さんざんな書き方してくれる。(ちなみに、ハンガリー人も、ヨーロッパに襲来した時代には似たようなルックスだったらしく、相似た記述があるそうな)それにしてもアッチラ大王。これがあの前漢王朝をくるしめた匈奴の末裔なのかと、気になる罠。アッチラ大王がいまでもヨーロッパのどこかに永眠してるのは確かなのだが、どこなのかは分らない。 」(1)

(2)「(棄教者 ◆egKIKYO7cg )2get」(2)

(3)「http://www.asahi-net.or.jp/~ds4h-srhs/books/301/0195.html『アッティラ王が教える究極のリーダーシップ』著者 ウェス・ロバーツ 監訳者 山本七平 訳 出版社/発行所 ダイヤモンド社 」(3)

(4)「>>1旧ソ連系の学者は否定していたそうな <匈奴=フン説認めると、西征ルート途上にあった原スラブ族にアジアの血が混入していたことの傍証になってしまい、「タタルのくびき」だけでも嫌なのに勘弁しろやゴルァ、となるらしい。で、フン=スキタイ分派説を採用していたはず。(資料手元になしスマソ)でも、物証がほとんど無いのが痛いけど、「草原の道」の西の終着点がパンノニアである地理的状況を考えると、匈奴=フンと考えても無理はなさそうだ。ただ、前漢の石像で、馬に踏まれている匈奴はどうみても印欧系の中高な顔立ちなんだがなぁ。ちなみに、8世紀前後に暴れ回った「アヴァール」族は鮮卑に追われた柔然という説があるとか。これも興味深いですな。」(4)

(5)「「匈奴」を古代の中国語で読むと「フンヌ」になるらしい。」(5)

(6)「今はなんて言うの?」(6)

(7)「ふんた」(7)

(9)「>>6「ションヌ」だったかな?」(9)

(8)「鼻血で窒息死した男」(8)

(10)「言語と民族を(ry」(10)

(11)「なんかまったく同じようなスレを過去20本以上みたような気がする。1は過去ログすこしは調べたら?」(11)

(12)「The Attila the Hun Show 最高。これも3回くらい書いた覚えがあるぞ」(12)

(13)「(パシッチ ◆mWYugocC.c )>>12大賛成。まさかアッチラがあんな人だったとは(笑これを書くのは初めてだよ。」(13)

(14)「(222)タリン(エストニア) フン族の末裔tallinn1.jpg 」(14)

(15)「匈奴はね、人種名でも民族名*でもないの。多少語弊はあるが「国名」というニュアンスが一番近いかな。古代支那における北方遊牧民の呼称。ノイン・ウラで発掘された匈奴王族の人骨は状態が悪く、人種類型はできないが、中核部族に関してはコーカソイド説がある。某日本人学者が「匈奴=北欧人種」説を主張していたな。でも、匈奴が人種名や民族名ではない以上、人種論への固執は不毛だね。また、古代支那語で匈奴が“フン”かそれに近い音だったとする説があるが、それは必ずしもフン族=匈奴説の傍証になるわけではない。“フン”という言葉が古代遊牧民にとって“人”をあらわす文化語彙であった場合、遊牧民は自らの部族名や自称にその言葉を使うでしょ。“フン”なる言葉はオンリーワンではなく、ただ古代遊牧民にとっての流行語にしか過ぎなくなってしまう。だから安易な理屈で「フン=匈奴」だあ!と騒ぐ学者はあまり相手にされないわけ。 」(15)

(16)「>>15フーン。」(16)

(17)「>>16( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` ) 」(17)

(18)「「フン人はモンゴロイドで。匈奴の中核的部族はコーカソイド。だからフン人は少なくとも匈奴の中心的部族ではない。が、匈奴帝国を形成する諸部族のうちのひとつだったということはありうる」・・・・とかなんとかみたいな話が過去ログにあったと思う。詳しいことは知らん。過去ログみてください。」(18)

(28)「(1)1の「ももんが」です。最初の名前がマヌケな気がするので、ただの1にします。>18「フン族はヒゲがない」とも文献にはあるから、ヒゲの豊かなコーカソイドが、フンの中核でなかったのは事実でせうね(アッチラは典型的なフンの姿だったというから、現在残っている肖像のもじゃもじゃ髯と鼻梁は、後年のものでしょう)。ガニマタなのは人種にかかわらず遊牧民共通の、後天性のものとおもわれ伝承では、フン族の扁平な顔とちっこい目をあざ笑った、とある都市の太守をとっつかまえたアッチラは、くだんの都市を落城させたあと、太守をつかまえ、その目玉をくりぬいた生首をば、街の城門に飾ったそうです。司馬遼太郎さんが中国の学者に「匈奴白人説」についてきいたら、即座に「モンゴル系」と断定したそうです。まあロシア同様、政治的事情があるかもしれんが。岡田英弘氏は、(素人にこまかく証明するのがめんどいのか、断定的な記述が多すぎるのが時々、気になるのだが)は、匈奴とフン族はおんなじと言いきってます。なおフン族自身は、びびるヨーロッパ人に「どこから来た?」と聞かれて、「知らない」と応えたそうです。これだから文字のない民族は(TT)岡田英弘氏の著書によれば、ブルガリアがフンの後裔だそうです。アッチラの末子イルニフの子孫がブルガリア建国の首長アスパルフだって。アッチラが死んだのは、イルディコという妃を得た婚礼の夜だそうで、これはあきらかに名前から、ゲルマン民族の姫とわかります。個人的にはイルディ子ちゃんがどーなったのか、記録がないみたいで気になります。きっとグウィネス・パルトロウに似た金髪美女だったんじゃねーか、そしてアッチラ大王は、鈴木ムネオみたいなオヤジだったんじゃないかと、わが脳内電波がはげしく妄想しています。ちくしょう古代のモンゴロイドは、がんばったんだなー! わしもガンバロウ。」(28)

(29)「そもそも遊牧民が単一の人種で構成されているなんてことがあるのか?」(29)

(77)「>>28>ブルガリアがフンの後裔だそうです。アッチラの末子>イルニフの子孫がブルガリア建国の首長アスパルフ...7世紀の大ブルガリア建国の始祖は、クブラトハンです。アスパルフは、大ブルガリアがハザールによって滅亡時に、西に逃れて建国したドナウ・ブルガリア一派の始祖ですね。なお、北に逃れたコトラグ一派は、ボルガ・ブルガリアを建国。」(77)

(121)「>>15 匈奴の残したとされる青銅器のお面は白人風だ」(121)

(124)「>>121西方からの捕虜かもよ」(124)

(19)「「フン族の大王はどっちら?」「あっちら」」(19)

(20)「>>19( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )」(20)

(21)「今日、郷土の匈奴資料館を強弩で強襲することを教唆した。  」(21)

(22)「>>21今日、郷土の匈奴資料館を強弩で強襲するよう共産主義者の教授に教唆された。」(22)

(23)「>>22 ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )しかし・・・昔から匈奴スレはだじゃれになっていく傾向があるな。なんでだろー」(23)

(24)「貴社の記者が汽車で帰社した」(24)

(25)「歯科医師会司会」(25)

(26)「エッツェル王」(26)

(27)「>>26アトリーも忘れずにね。」(27)

(30)「で、フン族はどっちに逝ったの?」(30)

(34)「>>30質問の意味がわからない。どっち逝ったって、どの段階での話だ?」(34)

(35)「>>34「あっちら」と言って欲しかった。」(35)

(37)「>>35>>19で既出」(37)

(31)「おい酒井見てるんだろ何か書きこめや」(31)

(32)「ヒルディコがニーベルンゲンの歌のクリームヒルトのモデルらしいと読んだ。ヒルは合ってるけどな・・・」(32)

(33)「hildは「戦い」とか言う意味で、ゲルマン人によくある名前の要素。兄嫁はBrunhildだし、Kriemhildを殺すじいさんはHildebrandだし。他にもChlothildeとかMathildeとかHildegardeとか。ちなみに、ニーベルンゲンより古い形を残すヴォルスンガ・サガではKriemhildに相当するのはGudrun(Kudrun)で、その母親がGrimhild。」(33)

(36)「フン族は、全盛時は南はイラン、北はデンマークの付け根まで抑えたらしいです。」(36)

(39)「アッチラ大王に従った部族には、現在のフィンランド人(フィン族)も含まれていたらしい。ブルガリア族ともども、スラブの興隆によってアジアとの連絡線を分断され、ヨーロッパしか居場所がなくなったアジア系ヨーロッパ人である。」(39)

(40)「>>39妄想はやめろよ、ばーか。その”アジア”って何だよ。当時アジアなんてねーよ。」(40)

(41)「ボスポラス海峡の向こうがアジア」(41)

(43)「>>40じゃあ何があったんよ?って議論になる。エウロパの概念だって、当時はまだ地中海にかぎらてた。北方印欧語圏はフン族とおなじバルバロイ。現在の通念および使用可能な用語をもちいて分析するのがおかしい、と思うのなら、そういう解法をつかう世界の学界の重鎮連中に殴りこみかけてみれ」(43)

(44)「>>43>>40の言い方はどうかと思うが、>じゃあ何があったんよ?って議論になる。>北方印欧語圏はフン族とおなじバルバロイ。 だからこそ、>>39の言い様はおかしいんじゃないのか。」(44)

(45)「あほか。「今でいうアジア」とでもいえば気が済むのか。厨丸出しなつっこみに真面目に反論する43もアホなら感心したように擁護する44はもっとアホ。」(45)

(46)「(44)何言ってるのかよくわからんが。当時のヨーロッパの北側はいろいろ民族が入り交じっててどうとも判別しがたいのに、>ブルガリア族ともども、スラブの興隆によってアジアとの連絡線を分断 >され、ヨーロッパしか居場所がなくなったアジア系ヨーロッパ人である。 は明らかにおかしいだろ。大体、スラヴよりブルガルの方が後じゃねーか。」(46)

(47)「( )ロシア人クラブで酒を飲んだときに、そこのロシア人ホステスにこんな話を聞いた。それは、今のフィンランド人の先祖はフン族だ、というものだ。実際はどうなのだろうか?もしもこの説が違っているとしたら、フィンランドの語源はなんだろう?」(47)

(48)「>>47司馬遼太郎の「坂の上の雲」で、帝政ロシアの支配下にあった当時のフィンランドに、潜伏していた明石大佐の逸話を紹介していた。明石大佐は街中で、見知らぬフィンランド人から「日露戦争での日本の勝利を、おなじ東洋人として応援しる」と声援されたという。その部分の著述によれば、フン族かどうかはともかくアジア騎馬民族の末裔だというふうには、書いてあったはず。記憶モードだが。」(48)

(49)「(【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守)フィン人が「アジア系」かどうかはともかく、フィン族は騎馬民族の末裔ではないよ。それにアッティラが欧州を席巻するかなり前にフィン族は現在のフィンランド・カレリア・エストニアの地域に定住しています。」(49)

(50)「ってか、FinとHunってそんな似てるか?」(50)

(52)「(【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守)>>50似てないよね。」(52)

(53)「まだウゴルとウイグルのほうが似てるな」(53)

(54)「ちなみに「フィンランド」ってのは、「ジャパン」と同じで外国人がそう呼んでいるのであって、自称の国名ではない。」(54)

(55)「本人たちは「スオミ」といってますYO!あと、フィン族がアッチラの遠征に関わっていたとかいう話は、岩波文庫の「カレワラ」の解説に、そゆことが書いてあったかと(記憶もおど。でも自分も、なにかで読んだ覚えはある罠)。スラブの興隆で勢力圏が分断された云々って話題もなーんか、その解説のなかにあったよーな。。。。。まあ興味があるひとは、読んでみれ」(55)

(80)「>>49フィンランドって、「フン族の国」って意味でありますが・・。」(80)

(84)「>>80んなこたあない。」(84)

(81)「>>53フィン=ウゴルのウゴルって元の発音は「オングル」だよ。「ハンガリー」の語源だと教授が言っておった。」(81)

(82)「友達のハンガリー人、Attilaに(アティラと発音する。アッティラと発音すると女の名前になるそうだ)フン族のアッチラ大王の子孫なのかと聞くと「オレはマジャール人だから違うね」と笑って答えました。」(82)

(94)「>82それはロマン主義の時代以降にキリスト教に帰依する以前の名前をつけるのがはやった結果ですね。マジャール人の建国神話ではアールパード王家の先祖はアッチラという伝承がありますよ。」(94)

(119)「>>フィンランドとハンガリーの語源はフン族フィンランド人、ハンガリー人の母国語ではフィンランド、ハンガリーと言わないw(スオミ、マジャール)ちなみに日本人の起源はポリネシア北部のジャプ人であるw」(119)

(123)「>>119>ちなみに日本人の起源はポリネシア北部のジャプ人であるw戦前日本の信託統治領のひとつだったヤップ島を連想した・・・とうぜん南西太平洋に実在しまつ。」(123)

(124)「駄洒落かとオモターヨw」(124)

(38)「アッチラ大王の先祖はエッチラオッチラ馬さんを引き連れて東方の草原からドナウ川を越えてヨーロッパにやってきました。彼らはかつて遥か東方のモンゴル高原で権勢を振るった匈奴の末裔だと言われていますが、定住地と文字を持たぬ彼らのこと、何処から来たと質問されても、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかり。おまけに筆舌にし難い蛮行を働くものですから、ヨーロッパの民にたいそう畏れられていたそうな。ある日アッチラ大王は美しい娘を娶りました。これはと思い、大王は初夜で張り切ってしまいました。翌朝には、無理が祟ったのかアッチラさんの魂はあちらの世界へ旅立ってしまったらしく、また、大量の鼻血によって、真っ白なシーツが深紅に染まっていたそうな。それ以後アッチラ大王の王国は陰りを見せ始め、後継争いなどにより、次第に国力は衰退しいつしか滅びてしまいましたとさ。 」(38)

(51)「(【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守)>>1アッティラらフン族の容姿や習俗に関する記述には誇張や歪曲があると思うけど、フン族は頭の形を変える習慣があったことは史実らしい。」(51)

(58)「物証が少ないよな〜」(58)

(59)「エフタルが「白フン」とも呼ばれていたようですな。」(59)

(67)「>>59エフタル(白フン)ヨーロッパから一転、北インドまで進むのはすごい勢いだね。その後の行方が知りたいです。」(67)

(68)「>>67突厥とササン朝に挟み撃ちにされて終わり。」(68)

(78)「>67白フン=フーナ=エフタルは、その後インドに溶け込んで(混血して)ラージプートとかパンジャビーになったのだよ」(78)

(79)「ついでに言うと、エフタルの前には西インドにはサカもクシャーンも入っているし、あの辺の連中は意外に中央アジアの血が濃いのだよ」(79)

(61)「ディズニー映画「ムーラン」では匈奴が「フン族」となっていましたね。原作の「花木蘭」ではあの異民族は何と記されているのだろう。ご存知の方いますか?たしか物語の時代設定は東晋だったっけかな?」(61)

(62)「でもこの頃は守る側の王朝も北方民族のはず。」(62)

(65)「>>61花木蘭って隋じゃなかったのか…」(65)

(63)「「匈奴」とは単に漢民族が「あいつらは凶悪な奴」と名づけただけ?」(63)

(64)「匈奴が古代中国語で「ヒュンヌ(フンヌ)」という発音だった→フンであるってのはよく聞くんだが、「匈奴」を「ヒュンヌ(フンヌ)」と発音していたというのの出所はどこ?漏れとしては、モンゴル語で「人」のことを「フン」ということのほうが「フン族=モンゴル高原発祥」の証拠としては有力な気がする。まあ仮にそうだったとしても「フン族=匈奴」とはいえないわけだが。http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/8986/rome-ch.htmlよく似た話題で「行方不明のローマ兵と漢軍が出会った兵士は同じ連中かどうか」」(64)

(66)「タルカンは建物にたいする攻撃力が半端ではない家もいらないし」(66)

(70)「匈奴はトルコ系だろ?鮮卑がツングース系」(70)

(74)「匈奴はコーカソイドだよな墓から明らかになっているモンゴル高原の紀元前の住民はコーカソイド系」(74)

(75)「>>74何度もガイシュツだけど、支配層と庶民層とで人種が違っていたのではないかというのがあるぞ。」(75)

(76)「西漢の匈奴の中には「丁霊」とかいましたな。あと、秦人と称される漢民族も。支配層はコーカソイドで、その下には色んな人種の色んな人たちが・・・って事?」(76)

(71)「先週フランスへ旅行したとき、こいつが主役のTVドラマをやってたな」(71)

(72)「>>71おもしろそう。アッチラが主役なの?なにかオンライン情報ある? 知ってる方のうPきぼん」(72)

(73)「WOWWOWで騎馬大王アッチラとかいう感じのタイトルの映画(テレビ映画?)をやってたよ。結構面白かった。」(73)

(86)「鼻血が出てきた。」(86)

(87)「>>86チョコレートの食べ過ぎ?」(87)

(88)「(au)月間ジャンプ?マガジン?の三国志で匈奴がかなりクローズアップされてる。」(88)

(89)「Hun→humanの語源でOK?」(89)

(90)「>89残念ながらブー。human<hum(地)+an(人)。天の住人たる神に対して地上の住人、の意味ですな。で、肝心のHUNは・・・あいにく失念スマソー。どなたかご教示キボーン」(90)

(96)「途中の中央アジアに痕跡らしいものは残っていないのでしょうか?匈奴〜フン族間のミッシング・リンクですな。」(96)

(97)「フンと匈奴の関係について述べる番組がいつかあるよ。」(97)

(98)「TV屋はNHKといえども商売人だし、どうしても「目立つ=売れる」派手な話を論考不十分なまま出しがち。あんまり期待するのはどうかと思うぞ。」(98)

(99)「そういえばディズニー映画「ムーラン」でも、万里の長城の北から攻めてくる異民族の名が「フン族」となっていましたね。原作「花木蘭」ではやはりあの敵役は「匈奴」なのでしょうか?」(99)

(105)「ムーラン伝説にはもともといろんなバリエーションがあって定まった形の「原作」があるわけではない。おそらくもともとの話は北魏の話で、その場合の北方遊牧民族は突厥をさしていたと思われ。」(105)

(106)「北魏の時代なら漠北は、柔然(蠕蠕)ですね。もう少し時代が下がれば、高車部から突厥が勃興してきます。突厥は隋唐代が最盛期との事。」(106)

(101)「フィンランドのサーメ人って民族学的にはどうなの?蒙古斑が残っている話は俗説なのでしょうか?」(101)

(102)「白人の赤ちゃんでも蒙古斑はある。数は少ないけど。」(102)

(103)「黒人の赤ちゃんにも蒙古斑はありまつ。色が濃くて見えにくいだけで。」(103)

(104)「(冒頓単于)せめてアッティラと言ってあげようよ・・だめ?」(104)

(109)「過去ログフン族って何人??????(183)http://mentai.2ch.net/whis/kako/987/987978680.html」(109)

(110)「もう今後も新説・新発見は出ないのだろうか・・・」(110)

(111)「( )右の人物がアッティラ大王です。ttp://www.monty-pythons.com/album.asp?path=Episode_20&pic=1」(111)

(113)「>>111あげ足取るようで悪いが、そいつは俳優であってアッティラではない。」(113)

(114)「( )>>113たしかに。"starring ATTILA THE HUN"(アッティラ・ザ・ハン本人)と紹介されているからね。」(114)

(112)「アッティラに子孫はいたのだろうか?記録に残っているのかな。「自称」でもいいから。」(112)

(116)「>>112>アッティラに子孫は...>>77,>>94に既出。他スレにもあり。消えた民族 http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1047634146/193」(116)

(115)「映画「Lion Heart」のラスボス(wがアッチラだった」(115)

(117)「匈奴って、イラン系じゃないの? ずっとそう思ってた。」(117)

(118)「常勝フン族の戦法の優れた点は何だったのですか。」(118)

(120)「   アッチラズルール     悪い報告を急いでした者を褒めよ     報告しなかった者を罰せよ」(120)

(122)「匈奴は東進したケルト民族だよ」(122)

(125)「マジャールとモンゴルが同じ「人、男」の語が語源だそうな。」(125)

(126)「ウラル山脈東方に住むウラル語族系のマンシ人も>125のと同じ語源から由来。」(126)

(127)「日本人の起源はモンゴル人だよ。」(127)

(128)「>>127違うよ。日本人とモンゴル人は大昔から別種。同じモンゴロイドグループに括られてるけどね。」(128)

(130)「>>128ブリヤート人と縄文人の遺伝子が近いとか言う話は?」(130)

(134)「東北人(縄文人)に関して言えば、遺伝的にロシアモンゴル人(ブリヤート)と遺伝的に近いことが証明されているから、少なくとも東日本人がモンゴルのくびきから逃れることは不可能だと思う。」(134)

(135)「しかし南日本では5万年以上前から人骨が確認されている。5万年の間血縁のない種族が遺伝的に近いはずはないのでモンゴル人とそれらの原住民は遺伝的に遠いことが容易に想像できる。」(135)

(129)「ヨーロッパに人骨が残る墳墓があった記憶が・・・あれで人種をつきとめられないだろうか?」(129)

(131)「英語の慣用句でナンタラカンタラ〜attila!っていうのがあったね。意味はひどいとか恐ろしいって意味だったか。」(131)

(132)「トルコ領・ギリシャ領で南北に分断されたキプロスの境界線のことを「アッチラ・ライン」と称するのはどういう命名から来たのだろう・・・」(132)

(133)「遺伝子より歴史の方が本当は重要だよだから、マジャール人が匈奴人の末裔にせよ、今は東欧のキリスト教文化にどっぷりつかった歴史の方が重要。日本と韓国の間にも同じことが言えますな。」(133)

(136)「今場所も蒙古人力士が土着倭族を制覇しました」(136)

(137)「アッチラが北匈奴なら単于を名乗るはずだ。単于は匈奴音でトオリコトだったかな?」(137)

(138)「アッチラはせいぜい右賢王がいいところ。その頃だとエフタルなんかは単于を称してたりしないかな?」(138)

(139)「(138)>>137「當犂狐塗」はモンゴル語のtengri(天)とトルコ語のquto(子)に関係あるかも知れない」(139)

(141)「>>139史記によれば當犂=天狐塗=子なんですよね。って既出中の既出か」(141)

(140)「北匈奴はカザフ高原に逃げて消息不明となりその直後カザフ高原から東欧にフン族が侵入し西ゴート族のドナウ渡河が起きたとまでは高校の教科書に書いてある。北匈奴から逃れてきた民族かもしれないな。」(140)

(142)「「アッティラ」という名の語源は現代トルコ語「ata=父」と同源だそうな。」(142)

(143)「アッチラの墓ってないの?」(143)

(144)「アッチラの最期ってブダの王城の居間で腹上死したってホントなんですかね?東欧の大帝国がアッチラの死をもって雲散霧消した?ってのも俄かには信じられん・・・」(144)

(150)「>>144ヒルディコ」(150)

(145)「知り合いのトルコ人の名前がアッティラ。現代トルコ人にもアッティラという名前は結構多いみたいです。」(145)

(146)「ハンガリー人もおるやん。」(146)

(147)「フン、匈奴の議論については林俊雄がフク(フォントが出ない)という青銅器の分布をもとに調査していますね。それによると新疆省と東欧で同じ形態のものが発掘されており、年代的に4世紀後半に突然中央アジアから南ロシア、東欧に拡大したことになるそうです。このことから、単一民族が移動したのか、その民族が勢力を一気に拡大したのか、更にそれらが政治的に統合されていたかはわからないが、文化的同質性と短期間の拡大からみて、 一つの民族的まとまりであったことは間違いなさそう、という方向性とのことです。>>77 かなり遅レスだけど、大ブルガリアの王クブラト汗と元のフビライって、実は同じ名前なのでは? このあたり、原語の研究をしている人の意見を知りたいところ。ハンガリーは周囲のスラブ人からウンガリアと呼ばれていて、オノグル族の名称が語源であった説の方がフンを語源とする説より有力だそうです。ただし、ハンガリーはアルパッドの時代、ハンガリー平原へ移住してきた時、ローマ都市アクィンクムの円形闘技場廃墟をアッチラの宮殿跡だと思いこんだらしく、その時既に彼らはフンの末裔だと自分達は考えていたとのことです。だからハンガリーの語源がフンという説がハンガリーで根強く語られるのも当然かと。」(147)

(149)「>>147説じゃなくて事実でしょ。天皇皇后両陛下がハンガリーをお訪ねになられた時おっしゃられてた。」(149)

(153)「>>147 はぁ?天皇が言ってるから事実?何が?フンの語源がハンガリーという与太話しが?」(153)

(156)「>>149世界史板に来てまで、わざとらしい敬語を使う香具師って・・・」(156)

(148)「アッティラとアテルイって語源は同じ?」(148)

(151)「フン族の行動パターンってモンゴル軍と似てる・・・」(151)

(152)「そりゃ遊牧民による侵略なんだから似るでそ。」(152)

(154)「フン以外にも急速に南ロシアへ勢力拡大した民族は他にもある。突厥とモンゴル。なので、中央アジアにいたフンが移動したのではなく、急速に勢力を拡大した可能性もありえる話。」(154)

(155)「>>154ロシア帝國」(155)

(157)「アッティラは献上された白人娘に毒盛られて鼻血ブーして死んだんだろ。w」(157)

(158)「アッチラの死は問題じゃないだろ。」(158)

(159)「>>157当時からずっと疑惑としてはあったらしいが、べつに昼ディ子に毒を盛られた訳じゃないらしい。」(159)

(160)「似たようなスレが過去ログに無数にあるな」(160)

(161)「アシュケナジーユダヤはアッティラの子孫。彼らの故郷はヨルダン川ではなくてヴォルガ川。カザール人はかつて天皇制をやっていたが、ユダヤ教に改宗した。したがってイスラエルに彼らが入植する権利はない。真のユダヤ人は3%。」(161)

(162)「>>161そりゃ60年代の学説だな。アシケナジーもユダヤ人の子孫だよ」(162)

(163)「ただヨーロッパにたどり着くまで200年かかってるから、イラン系、トルコ系遊牧民とも混血してるはずで、まんまモンゴル人だったわけでもないでしょ。」(163)

(164)「「モンゴル」なんて文献に出始めるのはやっと唐代ぐらいからじゃねーかw」(164)

(165)「>>164そんな事分かってる。」(165)

(166)「フン族=北匈奴って説を唱えたのが江上波夫って本当ですか?その辺りのところを詳しく書いた文献がありましたら何方か教えて下さい。」(166)

(168)「フン=北匈奴ってきいたが。武帝の遠征で逐われたんじゃろ?韓国では、フン=ウリナラ だそうだが・・」(168)

(169)「フン=北匈奴だと信じたいそして東ゴートを圧迫し、最終的にゲルマン民族大移動を引き起こしローマは東西に分裂する本当だったら凄いロマンじゃないか」(169)

(170)「フン族=北匈奴って説はすんごく大昔からあって学説史・論争史だけでも厖大なものになる。江上波夫なんて最近死んだ人の説ではないよw最近の説では北匈奴は中央アジアに留まり「悦般国」を建て、それが後にエフタル(=白フン)になったという見方が有力。匈奴には丁零、東胡、烏丸、堅昆などいろいろな遊牧部族が臣従していたがその中のひとつで「渾邪」という部族が、中央アジアに留まることを欲せずさらに西へいったものがフン族。匈奴の中核はトルコ系のコーカソイドだが、フン族はモンゴロイドだったから別集団であることは明白。しかし渾の字の音は「フン」に符合。」(170)

(171)「(166)>>170詳細有難うございます。そのあたりの学説を書いた文献で初心者が手をつけられるものってなんでしょうか?気になるので是非教えてください。」(171)

(174)「>170悦般は、北匈奴が西へ逃げた際に取り残された連中、という説はあるが、北匈奴の主力ではない。悦般=エフタル(ロ厭ロ達)はかなり怪しい。支持者はごく一部。」(174)

(172)「Voice誌3月号 堺屋太一 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/7553/keikoku.htmlかつて中東を支配した13世紀モンゴルと現代アメリカの共通点を明らかにしています。」(172)

(173)「二つページを紹介しときますhttp://village.infoweb.ne.jp/~rosetta/wissenshaft/reference.htm#41_50http://village.infoweb.ne.jp/~rosetta/wissenshaft/reference.htm#hun?」(173)

(176)「アッチラの死因は「腹上死」ですよね?」(176)

(178)「(例の170 ◆vBOFA0jTOg )>>176いや、セクース中に死んだワケじゃないようなので窒息死だろう。」(178)

(177)「ヨーロッパであの時代の地層からモンゴロイドの人骨が甲冑・刀剣と一緒に出土したらフン族の可能性は高いですかね?」(177)

(178)「(例の170 ◆vBOFA0jTOg )>>177先にアヴァール(=柔然)認定されるだろう。」(178)

(180)「過去ログアッティラ大王 http://mentai.2ch.net/whis/kako/993/993319717.html」(180)

(181)「白人美女に毒盛られたんだっけ。」(181)

(182)「匈奴の中核はコーカソイドというけどどんな顔してたの?ソクド人みたいなペルシャ系の顔か、それともロシア人みたいな北方型か。」(182)

(183)「フン族ってどこから来たの?フン族ってどんな姿?フン族の最大の領地はどのくらい?フン族の首都は?アッティラはどうやって死んだの?フン族はどこに消えたの?ホノーリアってだれ?フン族って何食ってたの?フン族ってどんな戦いかたしたの?フツ族って何?」(183)

(184)「関連過去ログ 匈奴について語ろうよ! (137)http://mentai.2ch.net/whis/kako/1000/10001/1000132728.html」(184)

(185)「 匈奴の系図 (20)http://mentai.2ch.net/whis/kako/961/961776385.html」(185)

(186)「北中国の遊牧民もシルクロードの北ルートを西方に真っ直ぐ行けばそのまま南ロシアに着くそうだ。余談ですが当時、絹の衣装はローマ上流階級の身だしなみ兼ステータスだったそうだ。」(186)

(187)「当時のローマ人は遊牧民の着ていた長袖の上衣・ズボン・ブーツ・帽子などをほとんど採り入れなかったようだが不思議だな・・・後世、洋服の原型になるのにな。蛮族ゲルマン人の服に似ていたせいで抵抗があったのか?」(187)

(188)「中国の漢民族の衣装も、実用性、機動性で、満州族の筒袖に負ける。女性の衣装のあでやかなチャイナドレスも、満州族由来。」(188)

(189)「>>187そら中国だって胡服騎射にかなりの抵抗をしたわけだし。」(189)

(190)「匈奴は日本に来ていますか?」(190)

(191)「>>190成田で待ってればいずれ来る。」(191)

(192)「フン族関係の課題が出されて困っています「北方の匈奴の存在は、秦から後漢に至る中国諸王朝にとって大変な脅威であった。 両者の対立・抗争と、その過程において生じた中国と西方世界との関係について、併せて400字以内で説明せよ。」わかる方出来ればお手伝いお願いします適当な資料とか教えてもらえると助かります;;」(192)

(193)「>>192まずは自力で考えれ。どうしても質問したいならその後だ。あと、課題内容は決して「フン族関係」ではない。」(193)

(194)「世界史板「フン族はモンゴル語を話していた?」http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1084428330/l50 」(194)

(195)「「アッチラ王の墓ってどこにあるの?」「あっちら」「フーン」」(195)

(197)「>>195ドナウ川の流れをせき止め、河床に穴を掘って埋葬し、そのあと川の水を流した。」(197)

(198)「毒殺じゃないなら道教に凝ってて水銀を摂取し杉たってのはどうよ。鼻血ブーの原因になるしw」(198)

(199)「ディズニーのアニメ映画「ムーラン」では万里の長城の北から攻めてくる騎馬民族の名がはっきりと「フン族」と呼ばれていたぞよ。」(199)

(200)「花木蘭って唐初の人でしょ?なんで匈奴なんだ?(相手は古代トルコ帝国)物語につっこんでもしょうがないが…」(200)

(203)「そういえば、ムーランに憤慨したトルコ人が激しく抗議したとか聞いたな」(203)

(201)「ドイツで会ったフィンランド人のカップルに「フィンランドの語源はフン族なんだろ?」ときいたらあわてて否定されました...その否定の仕方があまりにも必死なので「こいつらもしかしたら、祖先にアジアの血が混じってるということを恥なことだと思うのかな?」と思い、社交的に「あ、そっか、ハンガリー人がフン族の末裔だったねごめんごめん」といったら「そ、そうだよ!その通りだよ!」と今度は必死に肯定しまくり。この辺の微妙な感情が日本人の朝鮮起源についての論争のようで香ばしかった。」(201)

(202)「そんなフィンランド人見たことない」(202)

(204)「>>201いいかげんFinとHunが似ても似つかないということに気付け。」(204)

(205)「むしろウリナラ説的には「フン=ハン=韓」だそうだがw」(205)

(206)「韓国の「韓」は日本で言う「神」だと言う話も聞いた事がある」(206)

(207)「日本ではラーメンのどんぶりぐらいしか書いていないのにフン族の騎兵は槍をローマとは違う持ち方らしいけど、どんな持ち方?」(207)

(208)「「ラーメンのどんぶり」って? 雷文がフン族と関係しているってこと?」(208)

(210)「カタラウヌムの戦場後からDNA採取しる。」(210)

(217)「>>210実際どこだったかよく分かってないらしい。」(217)

(211)「45代法王聖レオ1世は、フン族のアッチラとマントヴァで会見し、説得して軍を退かせたそうだが、何と言って説得したのかな?? 」(211)

(213)「>>211「ここがローマだと思ったの?馬鹿じゃねーの」」(213)

(214)「高校の世界史の先生は「頼むからアッチラの方へ逝ってくれ」と説得したと。」(214)

(215)「>>211「アジアの故郷で腹心の部下があなたのカミさんと不倫中との情報が」」(215)

(216)「>>215陳平の奇策みたいだな。」(216)

Last modified:2004/11/23 10:43:30
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