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655:39-152/ 地に足をつけようとする話

作品情報

作者39-152氏初出090810
題名地に足をつけようとする話

「むぅ……」
 珍しいモノを見た。
 いつもの流れの消化試合じみた放課後をすごした後、うっかり持ち帰るのを忘れそうになった課題を取りに寄った教室。
 正直、進んで取り組まないでも、友情やら昼飯代やらを担保に持ちだして国木田辺りを頼ろうとも思ったが、やはり学生の本分は勉学であり云々、とギリギリのところで臆病風に吹かれただけなのだが。
 そんな時間の、黒がそこかしこに凝り固まりだした夕日が差し込む教室の窓際で。
 我らが委員長であり、学年有数の優等生であり、万能宇宙人の一人であり、谷口曰くAAランク+である朝倉涼子が、机に並べられたノートと教科書、プリントを前に、シャーペンを軽く咥えて唸っていた。
「むぅ……」
 夕暮れと教室、そして朝倉。
 否が応にも俺のトラウマを刺激してくれる風景に存在する橙色に縁取られた彼女は、しかしいつかとは違い、背筋はピンと伸ばされていかにも優等生然としている。眉間には、大分皺が寄っているようだが。
 谷口個人としての人間性の信用性はともかくとして、審美眼だけは大した奴だと改めて思う。
 黙っていれば、絵になる。俺のキャラクターに合わないとわかっていても、思わず両手のファインダーで囲ってしまいたくなるくらいに。黙ってさえいれば、な。

「目が悪くなるぞ」
 下らない雑念を振り払い、教室から黄昏と在りし日の悪夢を追い払うべく、電燈のスイッチを入れる。
 窓際に座っていた朝倉は、教室に光が満ちるより早くバネ仕掛けの玩具よろしく首をはね上げ、整った双眸を大きく開けてこちらに向けた。光速を上回るとは、流石宇宙人。
「ああ……。なんだ、びっくりした」
 本当に気付いていなかったらしい。安堵の表情と共に、胸をなでおろす。改めて、実に珍しいこともあるもんだ。
「あたしの視力が心配? 気にかけてくれることに悪い気はしないけれど、割と無駄よ?」
 闖入者が俺だとわかるや、今度はクスクスと目を細めて笑う。忙しい奴である。
 とにかく、放課後こいつと一緒、しかも教室に二人きり、というシチュエーションはあまり心臓と脇腹によろしくない。
 早々に用件を済ませて立ち去るべく、自分の席に向かい――
「――ん?」
 校内有数の美少女の、満面の笑顔に阻まれた。
 このエイリアン少女にその自覚は無かろうが、何人の男どもが、その輝きの餌食になった事やら。
 ともあれ、だ。朝倉。
「うん、なに?」
 何故教室に足を踏み入れた瞬間から気付かなかったのか不思議でならないくらいだが、どけ、そこは俺の席だ。
「うん、それ無理」
 そう言って朝倉は、前の席の椅子を引き、再び俺の席に腰を下ろした。顔には不動の笑顔を浮かべたままで。
「来てすぐにサヨナラ、ってのは、あんまりにも淡泊過ぎるでしょ。少しだけ、お話しない?」
 どうやら、放課後、誰もいない教室にて朝倉涼子から逃げきる手札は、どう頑張ったところで俺の手には入ってくれないらしい。やれやれだ。

「で、お前は俺の席で何をしてるんだ」
「うん。これなんだけどね」
 勧められた椅子に素直に座る気にもならず。
 誰の席かも覚えていない本来の俺の席から見た斜め前の席に腰掛け、朝倉が向き合っていたプリントを覗き込んだ。
「多分、あなたもこれを取りに戻って来たんじゃない?」
 果たして朝倉の言うとおり。彼女の手元にあるのは、俺の目的であるところの現国の時間に出された宿題。課せられた文について、幾つかの問いの答えをまとめろ、といった典型的なレポート形式のものだったのだが。
 差し出してきたプリントの回答欄は、既にその殆どが埋まっている。記されている文字も几帳面そのもので、こいつの事だ、その全てが寸分たがわず正解なのだろう。
 しかしそんな中でたった一問。登場人物の心情を類推せよ、との欄だけが空白だった。
「どうしても、ここだけわからなくって」
 眉根を下げて苦笑する朝倉に、なるほど、と納得する。
 文芸部室の窓際で、最小限の動作で黙々と読書にふける長門の姿を思い浮かべる。成績に不安など感じた事のなさそうな彼女もまた、そういった感情の機微に関する事は、あまり明るくなさそうではある。
 ともあれ。
「お前の、というか、お前達の知識量なら、こんなのどっかの参考書かなんかから適当に引っ張ってくればいいんじゃないか?」
 それでもなお、わざわざ、俺に聞く必要性は全く感じない。まして放課後、来るかどうかわからない俺の席で待ち伏せてまで。
 しかも以前、コイツは、日常に飽きた、とまで言った奴である。それがこんな宇宙人連中にとっては子供のなぞなぞと同じレベルの問いに熱心に取り組む事自体、正直理解しづらかった。
「……うん」
 が、当の朝倉はそうではないらしい。俺に向けていた視線を外し、座っている机の縁をそっと撫でる。まるで、そこから何かを読み取ろうとするように。
「それじゃあ、なんて言うかな。……そうやって書いた答えは、それは、あたしの言葉じゃないじゃない?」
 そして朝倉は、ポツリと呟く。
「それで思い返してみたの。結局、あたしが興味を持ったのって、あなただけなのよね」

「……は」
 少なくとも、放課後二人きりになりたかった程度には、との言葉と共に、再び朝倉の視線が俺を捉えた。
 その顔にいつもの笑みは無く、クラス委員長の朝倉でも、あの夕暮れにハルヒの出方を見ると言った情報思念体急進派の朝倉でもない、ただまっすぐと伸びた、射抜くような視線。
 正直、前回呼び出された時に聞いたら、勘違いしてしまったであろう一言と共に、今まで見たこともない朝倉涼子が、そこにいた。
「いや、お前はハルヒの観察を」
「彼女は観察対象。確かに面白い人だとは思うけれど、興味の対象とはまた少し異なるわね」
「でも、俺以外にだって、いや、むしろお前は俺以外の奴と話してる時間の方が」
「そうね、じゃあ言い方を変えましょうか。あたしが一番興味を持った人間は、あなたなの」
 こいつは、誰だ。悉く俺の言葉をさえぎる朝倉から、殺意などは欠片も感じ取れず、しかし、俺は身じろぎひとつできなかった。
 ただ、いつもは磨き抜かれたコランダムのように感情を宿さず静かな輝きを放つ宇宙人特有の瞳が、今はさざ波に揺れているように見える。
「だから、あなたの机に。あなたがいつも見ている物を少しでも共有できれば、と思ったんだけど……」
 息すら許さない圧迫感。そんなもの、俺が勝手に動けずにいただけなのか。
 朝倉が目を伏せる。一瞬だけ訪れた静寂に、夕日の沈む音すら聞こえる気がした。
「でも、やっぱり無理みたいね。有機生命体の感情を推し測るなんて」





「うん、ありがとう。やっぱり何かから答えを引っ張ってくることにするわ。優等生だもんね」
 そうか、と相槌を打つ気にはならなかった。
 朝倉は早々にシャーペンを持ち直し、プリントに向き直る。
 いいわけ無いだろう。それで割り切れるなら、何故お前の瞳はまるで有機生命体みたいに揺れているんだ。
「あー、朝倉」
 それで割り切れるなら、何故お前は俺の席に座ったままなんだ。
 第一、お前がそこからどいてくれないと
「……何?」
 俺が帰れないじゃないか。
「マルハナバチってな、本当は飛べないらしいぞ」
「…………え?」
 少々長い沈黙の後、朝倉は手を止める。
「あいつらの翅じゃな、小さくて体重を支えきれないんだと。航空力学上、飛行は不可能って言われてたそうな」
「……飛んでるじゃない。実際」
「そうだな」
 朝倉が俺を見る。その瞳は、一旦落ち着いたはずのその瞳には、今度こそ間違いなくさざ波が揺れている。
「だからな、飛べない事に気付いていないから飛べているんだ、なんて説まであったらしいぞ」
 宇宙人の鋼玉の瞳は疑問の色を湛えて、問いに答えを求めている。

「……あのね?」
 それに気付いていないなら。
「ごめんなさい。あたしには、あなたが何を言ってるのかよく理解できないのだけれど」
 それは今までの話の延長線上にあるもの? と、朝倉は俺を窺い見る。
「っても、今では計算に必要な定数とかがちゃんと見つかって、正式に解明されてるらしいがな」
 俺は立ち上がると、朝倉が勧めてくれた席に、本来の俺の一つ前の椅子に腰を下ろす。
 目を丸くする朝倉の視線に、何となく気恥しくなり頬を軽く擦る。
「まあ、なんだ。お察しの通り、俺もその宿題終わってないんだよ」
「うん」
 マルハナバチは、きっと人間の言葉が分かっても飛び続ける。
 なら、人の言葉を解する宇宙人はどうだろうか。
「正直、家に持って帰ったところでまともに解けるかどうか、少々困ってたところなんだ」
「……うん」
 それでもふわふわと彷徨い続けるだろうか。それともいつもの出鱈目パワーと膨大な知識を使って、未解明の定数を持ち出してくるだろうか。
「見たところ、朝倉のはほとんど終わってるみたいだし、ちょっと俺を助けてはくれないだろうか?」
 知識だけを用いるのなら、感情を型にはめる事はひどく困難だろう。なら、そこに経験が手を添えてやれば。
 降りてくる夜の帳への最後の抵抗を見せるように、夕日が一瞬明るく輝く。
 きっとその光が眩しかったのだろう、朝倉はそっと顔を伏せた。
「あなたが何を言いたいのか、結局よく分からないけど」
 だから、次に見る彼女の顔は
「あなたがあたしの手を取ってくれるなら、きっと上手くできるんじゃないかな」
 きっといつも通りの、AAランク+の朝倉の笑顔なんだろうと、俺は思う。

Last modified:2009/08/12 05:34:09
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