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(ss)051

作品情報

作者1-263氏初出060720
題名朝倉涼子の誘惑8

 SOS団兼文芸部室には来客用の湯のみが用意されているのだが、ここ最近までその来客用などという名目は有名無実化しており、言わば鶴屋さん用であった。
 ところがこれまでのアレやコレやといった展開によって、今では完全に朝倉用と化しており、ついに昨日その2人が部室でバッティングした事から問題が表面化してしまったのだ。
 名案を思いついた三文探偵のように人差し指を立て、
「そうね、家庭科室にまだ湯のみがあった筈よ」
 そんな風に窃盗を自供したハルヒではあったが、俺達を共犯に巻き込もうとしても、そうはいかん。朝倉の親御さんが幾ら急進派だと言っても犯罪は止めさせるだろうしな。
「彼女達がどういった絵柄、色彩を好むのか、これは実に興味深い選択です。人間用に整理された心理学大系が彼女たちに適用できるかどうかはさておき、学問とは――」
 何やら長々とそんな事を言っていた古泉ではあったが、何やら外せない用事があるとかで帰ってしまった。湯のみの柄に明確な意義を持てないハルヒと、本以外に興味を示さない長門も去り、残されたのは、
「……あのぅ、どこに行きます?」
 俺と朝倉と、朝比奈さんだ。

 駅前のスーパーは、夕飯の材料を買い求める主婦層でそれなりに混雑していた。店内には客の購買意欲を増進するべくアップテンポな曲が流れ、赤白に目立つ値引きシールがいたる所に散らばっている。
「料理をした日も、ここで買い物でしたよね」
「そ、そういえば、そうでしたね」
 情報操作ジュースを飲んだ記憶が蘇ったのか、単に宇宙人耐性が低いのか、朝比奈さんはスーパーに入ったあたりから明らかに挙動不審である。
 しかしまあ、それを除けば、学校の制服でカゴを抱えた朝比奈さんというのは実に心休まる御姿であり、こういう家庭的な一面も悪くない。ハルヒの趣向も解らんでは無いのだが、あいつはこういった普通の良さに疎いのだ。
「あ、ここです」
 足を止めた棚には、地味な彩りの陶器が並べられていた。それほど多くない種類の湯のみが、値札を付けられて寄り添っている。
 朝倉は微笑んで、
「ありがと」
 チラと湯のみを見渡すと、無造作に1つを手に取った。
「じゃあ、買ってくるわね」
 残念ながら部費など出る訳も無く、朝倉の湯のみは自腹である。
 それにしても、長門にしろ朝倉にしろ、宇宙人製アンドロイドの財源は一体どうなっているのだろう。
 やはり情報操作でちょちょいのちょいという事なのだろうか。ひょっとして知ろうとするとキャトルでミュティレーションでMIBでタブロイド紙5面な事態になってしまうのだろうか?
 そんなB級映画ネタをぼんやり考えていると、隣にいた朝比奈さんが、
「外で待ってましょう? レジ、時間かかるみたいですし」


 騒々しい店内から外へ出ると、路地を抜ける風が足元を浚っていく。朝比奈さんは手のひらに息を吹き掛け、小さい肩幅をさらに狭めていた。
「ね、キョン君」
 唐突に朝比奈さんは俺を見上げる。
「キョン君は、今のSOS団のこと、どう思う?」
 今のというのはつまり、朝倉入団後の事を言うのだろう。だったら、別にこれまでと変わらないと思いますけどね。ハルヒが騒いで、俺達があたふたする。
「そうね……」
 不安げに目を伏せ、朝比奈さんは溜息をついた。
「えっと、キョン君には、伝えておきます」
 まるで あまり聞きたくならない言い出し方である。
「今のこの状況ね、実は私たちも、長門さんたちも、想定していなかった事なの」
 身構えていたせいか、その言葉にも大して驚きはしなかった。
「でも、この状況、規定路線から外れてもいないみたいなの。揺らぎの中に辛うじて収まってる……」
 どういう事です?
「つまり、禁則事項で、……あ、これ駄目なんだ」
 久しぶりの口癖に、朝比奈さんは口を押さえる。
「ええと、もしも仮に、朝倉さんがSOS団に入らなかったとして、それでも大まかな未来に変更はおきないの。ほら、涼宮さんが、朝倉さんを連れてきた時のこと、覚えてる?」
 ええ。そりゃもう大層驚きましたからね。
「あの直前に、極小規模な情報噴出が連続したって、長門さんが言ってました」
 まさか……ハルヒが?
「いえ、判らないんだそうです。上司から受けたレポートでは、偶然にも起こり得る程の僅かな時空の揺らぎが検出されただけ、だとか……」
 その後に、涼宮さんの仕業では無いという見解で一致しています、と朝比奈さんは小さく付け加えた。

「お待たせ」
 小さなレジ袋を持った朝倉が出てくる頃には、手足もかなり冷え切っていた。まったく、春も近いというのにな。
 そう言えば、朝倉はどんな湯のみにしたんだ? 幾らラインナップに乏しいとは言え、やけにあっさりと選んでいたが。
「これ」
 袋から取り出したのは、各種寿司屋にありがちな、魚偏の漢字が並んでいるかなり大きな湯のみだ。鰯、鰤、鰹、などと刻まれているアレである。
「なんでも良かったんだけどね」
 俺の表情を読んだのか、朝倉が理由になっていない理由を解説する。
 何と言うべきか、朝倉も長門同様に大食いなのか、などと一瞬考えてしまった。朝比奈さんもお茶の淹れ甲斐があるというものだろうが。
「違うんだけどな」
 朝倉は笑って、そんなことを言う。何が違うって?

 翌日。
「ちょっとキョン。帰りに駅前まで付き合いなさい」
 何故に?
「なんでもいいでしょ。少しショッピングしたい気分なのよ」
 結局その日、ハルヒの機嫌が直ったのは、新しい湯のみを俺が奢らせられた後の事だった。朝倉がハルヒに何を言ったのか想像に難くなさすぎる。
 しかしなんだ、地味〜な作戦だなぁ急進派よ。しかも痛んだのは俺の懐か。次からは情報統合思念体急進派様宛に請求書を出したい気分である。
 ……いや、MIBでタブロイド紙5面は勘弁なのだがな。

Last modified:2007/01/03 02:40:58
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References:[旧作一覧その1]