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判子地獄

判子地獄

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定義

記述

区別

判子地獄と約因

  1. 紛争を、判子という形式的な証拠で判断する、というのも一理ある。見た目の基準が誰にとっても明らかだから、主観的な判断が混じることはない。これも公平の一種であるといえる。
  2. 約因などを持ち出して、実質的な事情を考慮して判断しても、相手から、「お前はあっちの味方なのか」と問い詰められると、説得するのは難しくなる。
  3. ただ、法理論というのは、一般的な基準をたてれば良いのである。「約因」「契約原因」という理論を持ちだして一般的な基準にしていけばよいのである。
  4. ただ、英米法でも、「約因」は「書いておけばよい」というように形骸化されている気がしないでもない。
  5. それでも、契約書に書いてある「契約に到った事情」が書いてあり、それが事実に反するものであれば、気がつきやすくなるだろう。気がつかないヒトは、気がつかないだろうが・・。

判子地獄と裁判員制度

  1. 裁判員制度は庶民が引っかかり易い民事紛争にこそ適用すべきなのだ。
  2. 英米法ではコンシダレーション(約因)というのがあって、十分な見返りがなければ契約を結ぶはずがない、という常識が法理論として確立されている。
  3. 日本の裁判官には、そのような常識はない。判子を自分で押したかどうかが決定的な判断基準となる。
  4. そのような、非常識な契約に対する事実認定をくつがえすには、庶民の常識が庶民の紛争に反映されるような制度にしなければならない。そのためには、民事紛争への裁判員制度の導入こそが必要。
  5. ((刑事裁判への導入は、リンチ裁判への道だ。『弁論術』p.23:裁判官を怒りや妬みや憐れみの情に誘いこみ、その判断を歪めるなどということは、あってはならないからである。なにしろそれは、これから使う物差しをいびつなものにするのと同じことだから。・・その事実が重大なことか些細なことか、とか、正しいことか不正なことか、といった点は、立法者が予め法に規定している場合を除き、裁判官が自分でそれを判別すべきであって、係争当事者たちから教えて貰うべきでないことも、明らかなことである。))。

判子地獄と自尊心

  1. 判子地獄というのは自尊心との戦いになるんだよね。
  2. 「騙された」とか「法律を知りませんでした」とか「書類をよく読みませんでした」とかを主張するのは、自尊心に反するんだよね。書類に自分で判子を押した以上は責任をとる、というのが、自尊心というモノだろう。自尊心をとって、経済的には泣き寝入りするヒトも多い。
  3. ナンタラ詐欺というのも判子地獄だね。
  4. 裁判では、判子を押していたら、まず、負けは確定。「自分で判子を押したんですね」「はい」「じゃ、あなたの敗訴」「はいそうですか」。
  5. 友人がやってきて「絶対に迷惑を掛けないから」といって、連帯保証人の欄に判子を押すように頼んできたので、押した。というのも多いね。・・裁判では「連帯保証人の意味を知っていますよね」「はい」「じゃ、あなたの敗訴」となる。

判子地獄と税理士

  1. 相続時の税理士がらみの判子地獄が多い。
  2. Kさん:同居の子供に圧倒的に有利な遺言書が作成されていた例。
  3. 相続税の申告のときに、兄弟から無償で借りていた土地(使用貸借)を賃貸借契約に変える書類に貸し主の兄弟に判子を押させた。もらった方は、4000万円の土地利用権の贈与を受けたとして数百万円の贈与税を支払ったらしい。貸した方は、返してもらおうとしたら、4000万円の土地利用権の対価を請求された。訴訟準備中。
  4. 税理士としては、
    1. 申告財産に比例して報酬が増えるから、財産を増やそうとしたのか? 
    2. 商売の税務の依頼者の商売の継続を望んだのか? 
    3. 単純に、公平という頭がないのか?

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Last modified:2008/05/17 00:52:38
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