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《入り込み》

《入り込み》には?

  1. 《群生相》への《入り込み》?○:。×:。
  2. 《思い描き》への《入り込み》?○:。×:。
  3. 対話への《入り込み》?○:。×:。
  4. 映画や音楽への《入り込み》?○:。×:。
  5. 苦悩への《入り込み》?○:。×:。
  6. 食事への《入り込み》?○:。×:。
  7. 動作・運動への《入り込み》?○:。×:。
  8. 感覚への《入り込み》?○:。×:。
  9. 思索への《入り込み》?○:。×:。

《入り込み》に関連する疑問

  1. 《入り込み》此時此処はあるか?○:。×:我を忘れているのだから此時此処も無い。《入り込み》の状態で『此時此処』を念ずると、正気(正気の時空)に戻って此時此処が現れる。
  1. 《入り込み》に時空は在るか?○:我を忘れても、時空の光景は記憶に残っていることが多い。×:。
  1. 《入り込み》において《身体》はある?
    1. ○:
      1. 《見失い》《入り込み》においても此時此処《時間的背後者》は在る。《時間的背後者》の中に《身体》がある。
      2. 《見失い》《入り込み》においても此時此処《背後者身体》は在る。
      3. 《見失い》《入り込み》において、その世界無限遠点を突破することを何度か行うと、身体のある此時此処の時空に至る。少なくとも、一つの時空においては身体は常に此時此処に在る。
      4. 『身体が無い』のではなく、「身体を《見失い》した」のである。《知りつつあるモノ》直知作用の不完全性が《見失い》をもたらす。
      5. 此時此処に常に在るコレ》を「身体」と名づけたのである。
      6. 反復継続して現れるから、《身体》は(《直知時空》の中に無いときにも、客観的に、常に、此時此処に)『在る』と信じる。
    2. ×:
      1. 《時間的背後者》の中に《身体》はアノ身体であって、コノ《身体》ではない。
      2. 《見失い》《入り込み》においても《背後者身体》は在る、といっても、背後者と言った時点で、直知不能であるという敗北宣言に近い。
      3. 《見失い》であり、本当は在るのだ、という理屈は、検証できていない真偽不明の命題、常識的な屁理屈、心地よいウソである。
      4. 《見失い》《入り込み》においては、此時此処に身体は無いのであるから、「此時此処に身体は在る」という命題は、常に真であるとは言えない。
      5. 《見失い》直知することは出来ない。『見失い』は想像上の現象である。
      6. 時により、此時此処に無いモノを、『常に此時此処に在る』と信じるのはおかしい。
      7. どのようなモノとして、《身体》はあるのか?。
      8. 《見失い》の時には無い。
      9. 《知りつつあるモノ》世界のときにも無かった。分裂していて、統一的なイメージのモノとしては存在しなかった。
      10. 《混濁》の時点でも無かった。

《入り込み》とは

  1. 《入り込み》とは、熱中して周り(モノたちの世界)が見えなくなること?○:。×:これは《見失い》である。
  2. 《思い描き》に熱中して…
  3. 身体的運動に熱中して…
  4. 他者との対話に熱中して…
  1. 《入り込み》とは、《知りつつあるモノ》《思いこみ》などに入り込むこと。
  1. 《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入り込むと、その《思いこみ》《知りつつあるモノ》世界となり、《知りつつあるモノ》はその《思いこみの世界》を通じて、世界を認識するようになる。
  1. 《入り込み》《見失い》を伴う、か?○:。×:。

区別

  1. 《入り込み》と「手段の目的化」
    1. 手段の目的化は《欲求実現マシンの群れのルール》である。
    2. 手段への《入り込み》によって、本来の目的を忘れるのである。
    3. 《欲求実現マシン》には記憶力の限界がある。
    4. 《入り込み》には、その目的を忘れさせる効果がある。集中することは、それ以外のことを忘れることである。

《入り込み》《肉の塊》

  1. 《思いこみ》《視点》《肉の塊》《体内世界》のなかの存在だから、《視点》《思いこみ》入り込むというのも、《体内世界》の中の現象にすぎない。というか、それゆえに、簡単に実現できる。

《入り込み》《繋がりの世界》

  1. 《繋がりの世界》とは、《私》《思いこみ》噴出と、《他者》《思いこみ》噴出とが作り出す、動的な《思いこみの世界》である。
  2. 《知りつつあるモノ》《繋がりの世界》入り込むことがある。
  3. 一方的な《繋がりの世界》。もっぱら命令されるだけの《繋がりの世界》、もっぱら《私》が命令するだけの《繋がりの世界》、もっぱら《私》だけが喋っているが、他者がい聞いているかどかも分からない《繋がりの世界》《他者》が喋っているだけで《私》が聞いていない《繋がりの世界》
  4. 《他者》は出現するだけで《他者のコトバ》噴出し、《私》は強制的に《他者のコトバ》世界入り込む。完全に《他者のコトバの世界》もあるが、《私》が相互的に関与する場合には《繋がりの世界》になる。完全な《他者のコトバの世界》も一つの《繋がりの世界》である。テレビはいかに、うざかろうとも、一方的な《繋がりの世界》である。

《入り込み》と鏡像

  1. 《思いこみの世界の鏡像》、《他者の世界の鏡像》
  2. 或る《思いこみ》への《入り込み》によって世界を認識した後に、その《思いこみ》から離れると、その《入り込み》による世界認識は色あせる。しかし、それをその《思いこみ》の《思いこみの世界の鏡像》として捉えなおせば、《私》世界の中に取り込むことができる。《私》はその《思いこみ》への《見通し》を持ち、その《思いこみ》の《思いこみの世界の鏡像》を通じて、その《思いこみ》の視点からの世界への《見通し》を持つことができ、《私》《見通し》の中に《思いこみの世界の鏡像》への《見通し》を組み込むことができる。
  3. 多次元輪郭空間。視点の変換パラメータを座標軸とした次元の追加。

《背後者回路》《思いこみ》への《入り込み》

  1. ヒトはそもそも、対他関係の《思いこみ》入り込んだ状態で新生児時代を過ごす。
  2. 《他者》の視点という《思いこみ》世界の中で生きる。
  3. ヒトの意識は他者から与えられた《思いこみ》の中で発生する。
  4. 新生児にあっては、《知りつつあるモノ》は、母親の視線である。母親の《思いこみ》の中で、母親の《知りつつあるモノ》が、最初の《知りつつあるモノ》である。つまり、《知りつつあるモノ》は、最初から《思いこみ》入り込んだモノとして発生する。
  5. 手を見たり動かしたりすることによって、こちら側の《知りつつあるモノ》を発見するだろう。しかし、母親の《思いこみの世界》の中に、《私》《知りつつあるモノ》入り込んだ状態。
  6. 3才くらいになると、それまでの記憶を失う、というのは、《私》が経験した事物で、『《私》世界』が形成されるからだろう。
  7. 《私》世界』は《私》が経験した事物の記憶《思いこみ》)で構成される世界であり、《思いこみの世界》である。そこでも、《思いこみの世界》入り込んだ状態にある。
  8. 《思いこみの世界》から抜けるには、cogito, ergo sumが必要である。

《視点の移動》《入り込み》

  1. 《視点の移動》というのは、一つのモノ入り込んでいた《知りつつあるモノ》が別のモノ入り込むこと。

《知りつつある混濁》《入り込み》

  1. 《知りつつあるモノ》《入り込み》が可能であるのは、そもそも、《知りつつあるモノ》《知りつつある混濁》の一部だからではないか?

分類

《思いこみ》への《入り込み》

体内感覚への《入り込み》

モノへの《入り込み》

Last modified:2017/07/05 23:17:50
Keyword(s):
References:[《求める思いこみ》] [《欲求実現マシンの群れのルール》] [『精神哲学』]