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同一性

キーワード→『同一性

定義

モノ同一性って何だろうか?

  1. 細胞分裂したアメーバは『同一』のアメーバなのか?
  2. タバコと吸い殻は同一のモノなのか? タバコの煙はタバコと同一のモノなのか?

同一性》というモノはなくて、『同一性』という《思いこみ》が在るだけだろうな。

  1. 進化の過程において、『同一性』の《思いこみ》を持った個体のほうが生き残りの確率が高かったので、ヒトは『同一性』の《思いこみ》をもつ。

区別

同一性』と意味の変化

  1. ATTEN2 VarChar(40), /* org_name: AITENAME2 */
  2. 最初作ったときは「atten」の2行目のつもりで作った。使っているうちに、「AiteName」の2行めとして使われるようになっていた。ということ。
  3. TEL2 VarChar(23), /* used for fax */ 最初作ったときにはファックスなど普及していなかった、代表番号も一般的ではなかった、そのため2台目の電話番号として項目を作った。ところが、その後ファックスを登録する必要が出てきて、電話番号も一つあれば十分という時代になったので、2番目の電話番号はファックス番号のために使われるようになった。しかし・・・今の時代では、emailアドレスとか、携帯電話番号とかの項目も必要になるね。

オブジェクトとクラスと『同一性

  1. 書式オブジェクトというモノを考える。書式クラスというのはrubyのクラスだとする。書式オブジェクトは或る意味では、書式クラスのインスタンスである。しかし、書式オブジェクトの方が広い。書式クラスの形式での書式オブジェクトばかりではなく、テキスト化(シリアライズ)された書式オブジェクトもある。Perm化された書式オブジェクトもある。グリットの行で表示された書式オブジェクトもある。
  2. モノドメインの壁を越えると別のクラスのオブジェクトの形式をとるようになる。
  3. モノ同一性情報内容の同一性である。
  4. 書式といったものは、データの塊なのだ。情報なのだ。情報同一性は、形式(クラス)によってではなく、情報の中身、まとまりにある。情報の群れ。《データの群れ》が情報
  5. 書式の『同一性』は名前によって決まる。書式を編集した後に、同じ名前でセーブすれば、『同一性』を保ったままの属性の変更になる。別の名前でセーブすれば、別の書式である。
  6. モノの『同一性』は名前によるのか? アメーバが分裂したとき、別の名前を付ければ、別のアメーバであり、同じ名前で呼べば、同じアメーバである。

イドラと『同一性

  1. 同一性』が人類がもつ《思いこみ》であって、必ずしも、的確でないとすると、『同一性』といった《思いこみ》はイドラである。偶像である。
  2. 同一性』は、通常の場合、大多数の場合において、的確である。極まれに、的確でない場合が在る。過大に考えて、無条件に『同一性』を評価せずに、慎重に『同一性』を検証すれば、的確な概念である。大部分のイドラというのは、そういうモノだろう。

《過去の私》との『同一性

  1. 《過去の私》は記憶という《思いこみ》の中にしかない。《私》というモノと《過去の私》という《思いこみ》とが同一であるはずがない。
  2. 《私》は変化しつつ持続し、時間を超えて『同一性』を保って存在する。というのは《思いこみ》である。《相対者公理》《外からの視点》においては正しい。が、《絶対者公理》《内からの視点》では、不十分である。
  3. 《私》は《過去の私》との《繋がり》において、《過去の私》の内側から、世界を見る。
  4. 《他者》は空間的に《私》から離れているが、《過去の私》は時間的に《私》から離れている。《他者》に対する《繋がり》は空間的離隔者への《繋がり》であり、《過去の私》への《繋がり》時間的離隔者への《繋がり》である。《他者》への《繋がり》も結局は《過去の他者》への《繋がり》である。《現在の他者》への《繋がり》は、『現在も生きているはずだ、彼は今も変わっていないはずだ』という《思いこみ》が付加された《過去の他者》への《繋がり》である。
  5. 《私》《繋がり》によって、《過去の私》や《過去の他者》の《内からの視点》世界を見る。
  6. 《過去の私》は《内からの視点》記憶である。
  7. 《内からの視点》も変化しつつ持続し、時間を超えて『同一性』を保って存在する。《今・ここの・この肉の塊》《内からの視点》が、そうである。《永遠の今》も変化しつつ持続し、時間を超えて『同一性』を保って存在する。
  8. 《過去の私》は存在するのか? 《絶対者公理》においては、不明である。絶対者であるのは《今・ここの・この肉の塊》《私》でしかない。絶対者としての《私》は、変化しつつ持続し、時間を超えて『同一性』を保って存在する。であろうが、絶対者としての《私》は、そんなことは認めない。変化しつつ持続することは認めるが、《過去の私》との『同一性』は認めない、というか確認不可能である。数学的帰納法によって証明可能である。が・・。持続するということは、一つ前の《私》と現在の《私》とが同一である、ということを意味する。のだが、一つ前の《私》と現在の《私》とは同一なのか? 《極座標の原点》であるモノと、《極座標の原点》でなくなったモノとは同一ではあり得ない。
  9. 《身体》は『同一性』を保っているだろう。何時から、何時まで? 受精から死亡まで? 出産から火葬まで? 厳格に《同一性》というモノが在ると思ってはいかん。いかん、いかん。
  10. 《知りつつあるモノ》はどうだろうか? 《知りつつあるモノ》は間欠的に存在するモノである。持続するものではない。昨日の《知りつつあるモノ》は《今・ここ》の《知りつつあるモノ》に持続していない。寝る前の《知りつつあるモノ》は起きた後の《知りつつあるモノ》に継続しているか? 寝る前の《知りつつあるモノ》はもうろうとした夢の世界に入ってしまい、起きた時には覚えていない。つまり、継続していない。
  11. 《知りつつあるモノ》は、同一の身体からの《噴出》であるという点では、継続している。しかし、その程度で、同一性が在ると言えるのか? 同一のテレビから流れる連続ドラマは、継続しているか? 一定の条件を満たせば、継続していると判断するのが、進化の結果取得した認知様式なのだろう。《思いこみ》において同一のモノであるという《思いこみ》が生じるなら、同一のモノである。をいをい・・。
  12. この《肉の塊》の内部での《思いこみ》循環、という意味での、心、はこの《肉の塊》が継続している以上、同一性を持って継続すると言ってよい。心の持続性は《身体》の持続性に依存している。《私》の持続性、同一性《身体》の持続性、同一性に依存している。《私》はこの《身体》の状態でしかない。

同一性』と《思いこみ》

  1. 《思いこみ》は刻々と変化する。
  2. 《思いこみ》に『同一性』はあるか?
  3. 《思いこみ》のスナップショット。《思いこみ》《かたち》《決める》こと。歌舞伎の《決め》。《動き》を止めて《決める》こと。
  4. スナップショットや、《決め》が反復して、似たような《思いこみ》が異なった時刻において切り取られるとき、それらは『同一性』を有するか?
  5. 《思いこみ》というモノが内容に関らず、『同一性』を保って継続している、か?

同一性』とクオリア進化価値

  1. 同一性』はクオリアである。
  2. 我々は、モノに対して『同一性』のクオリアを感じる。
  3. 我々が、『同一性』のクオリアを感じるのは、進化価値の実現の結果だろう。『同一性』のクオリアを感じる個体のほうが生き残りの確率が高かった、という結果だろう。
  4. 今目の前に居る《母親》が、自分を生んでくれた《母親》や、昨日世話してくれた《母親》と『同一である』と思いこんだ方が、生存可能性が高まる。

同一性』とアリストテレスの「タウタ」

    1. p.176:物事がタウタ(同じ、同一)であると言われるのにも
      1. (1)或る物事はその付帯性において同じであると言われる。たとえば、「色白いもの」と「教養的なもの」とが同じであると言われるのはこれらが同一の基体に付帯する属性だからである。・・
      2. (2)或る物事はそれら自体において同じであると言われ、あたかも一つ(ト・ヘン)というのがさまざまに言われたようにさまざまにそう言われる。すなわち、
        1. (1)それらの質料が
          1. (a)その種において、または
          2. (b)その数において、一つである場合にも、あるいは
        2. (2)それらの実体(本質)が一つである場合にも、それらは同じ(同一)であると言われる。
  1. (1)は同じモノの別の名前。別の名前で呼ばれても、同一のモノを指し示している場合がある。ということ。
  2. (2)は抽象レベルにおいて、別のモノが、一つの種に属する、と言う場合だろう。扱いにおいて同一、ということ。
  3. 時間《視点》が異なったときに、同じモノが同一であるのか?
  4. 細胞分裂したアメーバは『同一』のアメーバなのか?

検索

《描かれつつある思いこみ》 - [#同一性を保った変化と、同一性を保たない変化]

同一性》 - [タイトルに一致 同一性]

《知りつつあるモノ》 - [###二つ目はウィトゲンシュタインにおいて、自己と他者の非同一性の考察から出発した、世界の人間のうち、一人だけ本当の私がいて、他の人間は意識的な存在者ではあっても、この私ではない。すなわち、本当の私は自分一人のみであるという主張。また、彼においては「私に見えるもの(あるいは今見えるもの)だけが真に見えるものである」ということで表現される。]

《他者の思いこみ》 - [#モノには情報の流通があり、《思いこみ》の流通がある。しかし、それが、《たましい》という統一的な形をとって「存在」しているのかは疑問。『統一的な形を取っている(はず)』という《思いこみ》はあるかもしれない、が、それも、実は疑問だったりする。寝ている時と、家で家族と居る時と、ひとりで居る時と、仕事場で仕事をしている時と、通勤のために電車に乗っている時と、遊びに言っている時とで、《たましい》は同一性を保って連続していると、実は、自信をもって言うことはできない。同一の人格・原理に基づいて行動している、とは、言えないだろう。]

モノ - [「モノからの同一性」と、「モノへの同一性」]

《ヒトの群れ》 - [#識別指標とはモノ同一性への《知った思いこみ》を形成するための、モノからの特徴である。モノには、モノ同一性への識別指標/または/モノの種類への識別指標となり得るような特徴があり、我々はそれを見つけることができる。]

《私》 - [#「私」というコトバが指し示すモノは、《今・ここの・このモノ》であると共に、それが、過去・未来に向かって、同一性を保って持続している《このモノ》である。《今・ここの・このモノ》同一性を保って持続する《あの時・あの場所の・このモノ》の総体である。]

《今・ここの・このモノ》 - [#「私」というコトバが指し示すモノは、《今・ここの・このモノ》だけではない。《あの時・あの場所の・このモノ》も指し示す。《このモノ》が《今・ここ》に限定されず、《あの時・あの場所》においても、同一性を保って持続していると信じられている。]

欲求分類リスト - [##衝突欲求。破壊、変化、再生への欲求。自己保存欲求が回避欲求を上回った結果であろう。衝突の結果として、破壊され、変化し、別のモノとして再生する。崩壊への欲求。他のモノを破壊する欲求(破壊欲求)、自分自身を破壊する欲求(崩壊欲求)。変化への欲求は、再生への欲求のひとつ? 変化は、厳密に言えば、別のものへの再生。自己同一性の有無が異なる。自己保存欲求と自己変革欲求と崩壊欲求と再生欲求。]

《重ね合わせ》 - [#大村の招魂社と福羽の招魂社と陸軍が祭祀する招魂社と、神官が祭祀する招魂社と、明治期の靖国神社と元宮併合後の靖国神社と、戦後の靖国神社と、遺族にとっての靖国神社と、現在の右翼にとっての靖国神社とでは同一性を有するのか? ]

《アニマ》 - [#モノAの外部のモノBからの情報が、同一性を保ってモノAの内部に生成される場合には、モノBからモノAへの情報の伝達という。《思いこみ》の伝達という。]

ゴミ箱2006-06 - [##しかしながら、人間が自己同一性や主体性をもち・それを自ら認識するには、言語の媒介・介入が欠かせない。つまり象徴界へと参入するということは、想像界に安住するのを禁ずる父の命令(「父の名」)を受け入れることであり、このことは社会的な法の要求を受け入れること、自分が全能ではないという事実を受け入れることと同義である(なおこの受け入れ過程は、幼児の全能性=「ファルス」を傷つけることという意味で、「去勢」と呼ばれる)。こうして、人間は自らの不完全性を認めることによってはじめて、不完全であるところの自己を逆に積極的に確立するのである。]

モノたちとの対話 - [#時間的にも同一性はない。種類といっても、似ている、という程度の話。似ているモノも《モノたちの群れ》の中にはある。『種類』という《思いこみ》で分類するのは、《思いこみ》でしかない。むしろ、《モノたちの群れ》があり、その中に似ているモノも似ていないモノもある。全体として一つの《モノたちの群れ》があり、その《群れ》の中のモノである、という事実のほうが重要。]

《アニミズム》 - [#現実のヒトと『祖先の国』のなかのモノとしての『死者たち』との同一性はどうなのだろうか? 《私》にとっては、彼らが生きていた頃の思い出の中の『彼ら』と、《いま・ここ》で《私》が『祖先の国』の中で見つける『彼ら』とは同一性を保っている。彼らの《アニマ》としての同一性を保っている。]

《視点のパラメータ》 - [#モノ同一性四次元チューブ]

ゴミ箱2006-04 - [##情報同一性と現象の多様性。同一の情報の現れ方の多様性。]

《近傍物理空間》 - [#一瞬前の『近傍物理空間』と今この瞬間の《近傍物理空間》が、同一性をもって継続しているかどうかは、直接には知ることができない。「継続していない」という公理で記述することもできるし、「継続している」という公理で記述することもできる。《断絶公理》と《持続公理》。]

『我』情報 - [##> 私は、「主体性」、あるいは自己同一性の概念は人間固有のものであると思っています。したがって、人間以外の生物一般には「主体性」の概念が存在するとは思っておりません。もちろんロボットやコンピュータもそうです。ロボットやコンピュータが主体的な行動ができないことは誰もが認める事実だろうと思います。]

デカルトの《我》は検証可能か? - [ > 私は、「主体性」、あるいは自己同一性の概念は人間固有のものであると思っていま]

ゴミ箱2006-02 - [#『箸』を意味する「ハシ」というコトバと『橋』を意味する「ハシ」というコトバは《同じコトバ》か? コトバ同一性の問題。別のコトバが衝突するのか?]

《繋がり》 - [モノ - [#「同一性」というコトバの問題だ。『同一性』の《思いこみ》の問題だ。『同じ』という《思いこみ》、『違う』という《思いこみ》の問題だ。『同じ』と判断しようが『違う』と判断しようが、それはモノとは無関係の《思いこみ》に過ぎないのだ。]]

《世界アニマ》 - [#同じモノか? モノ《浄化》によって別のモノになるのか? それとも、モノ《浄化》によってモノとしての同一性を保ったままで、見え方が変わるのか?]

『仕事』 - [《他者の思いこみ》 - [#モノには情報の流通があり、《思いこみ》の流通がある。しかし、それが、《たましい》という統一的な形をとって「存在」しているのかは疑問。『統一的な形を取っている(はず)』という《思いこみ》はあるかもしれない、が、それも、実は疑問だったりする。寝ている時と、家で家族と居る時と、ひとりで居る時と、仕事場で仕事をしている時と、通勤のために電車に乗っている時と、遊びに言っている時とで、《たましい》は同一性を保って連続していると、実は、自信をもって言うことはできない。同一の人格・原理に基づいて行動している、とは、言えないだろう。]]

時間 - [モノ同一性時間]

公理 - [モノ同一性に関する公理]

ゴミ箱2005-09 - [###明治4年7月:伊勢神宮改革の布達。1.皇太神宮と豊受太神宮の同一性の廃棄、2.荒木田・度会両氏の両神宮区分の廃止、3.御師及び御師の大麻配布の禁止。]

ゴミ箱2005-08 - [##ここには、現象の背後に実体的な存在を認めない唯名論的な見方が顕著に現れている。一方、ウパニシャッドの哲人たちは、宇宙原理ブラフマン(梵)と個体原理アートマン(我)という現象の雑多な相の背後に働く実体的な原理を立て、その同一性の知を追求した。原始仏教は、ウパニシャッドの立場と鋭く対立する。]

ゴミ箱2005-07 - [「繰り返し前は、差異性を見る  繰り返し後は、同一性を見る」(http://www.nurs.or.jp/~academy/rpg/b6.htm)]

ゴミ箱2005-06 - [#ヒトは、なに故に、「《我》とはなにか」と考えると困惑するのか? 《考察しつつある我》と《考察されつつある我》の差異と同一性の矛盾が爆発するからである。 原理的に不可考察的なモノへの考察という不可能を為そうとすることへのストレスが爆発するのである。 ヒトにとって、不可能を為そうとすることは不快だからである。]

ゴミ箱2005-05 - [同一性識別のためには生体識別しかない。でも、10代の時の生体識別情報は、70才になっても有効なのだろうか?]

ゴミ箱2005-04 - [イデアとしての認識者が、孤立モードでも対話モードでも、イデアとしては同じものでありうるとしても、それは、《コトバの世界》での《コトバ》の同一性によるものであることを忘れているのではないか?]

ゴミ箱2005-03 - [「似たようなもんじゃん、同一性を保って継続しているんじゃないの?」]

《同質者公理》による再構成 - [《他者》もまた客観的存在である。《他者》《私》《近傍物理空間》に現れたり立ち去ったりするが、おそらくは、立ち去った後も、同一性を保ったままに継続し、それが再び現れると考えられるからである。]

Last modified:2007/09/07 15:02:47
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