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追従ザル

キーワード追従ザル

定義

《ヒトの群れ》の中でボス猿に従う人々を言う。

《ヒトの群れ》の中でボス猿に従う行動様式を言う。

ボス猿追従ザルハグレ猿の一つ。

だれが言ったかで、信じる/信じないを決めるのが、追従ザルの判断様式である。

区別

追従ザルとイスメーネーの悲劇

  1. 『法学セミナー、2007、7』p.74:
    1. しかし、アンティゴネーの悲劇の教訓はそれだけにとどまらない。ほとんど忘れられた存在となっている妹イスメーネーとの会話がそれを教えてくれている。命令に背いてでも亡き兄を葬ると言うアンティゴネーに対して、イスメーネーは、王の布令を破ってはならないと、次のように諭す。
    2. 「それよりも、よく考えなければいけませんわ、第一に自分たちが女ってこと、それで男の人と争いあうように生まれついてはいないというのを。それから力のもっと強い者に支配されている、ってことも。それゆえ、今のことでも、またもっと辛いことでも、服従するほかありませんわ。」「権力を手に握っている者の言うまま、やっていくつもりですの。そうするほかないのですもの。よけいな騒ぎをしてみても、何のたしにもなりませんもの。」

追従ザル進化

  1. ヒトはサルの子孫なのである。
  2. ヒトはサルとして生まれるのである。ヒトヒトとして生まれてくるわけではない。ヒトは、ヒトになることができるサルとして生まれてくるのである。
  3. 追従ザルは、ヒトになりきれなかったサルである。
  4. ヒトは、追従ザルでは悪いのか? ○:。×:。
  5. 追従ザルは、強いボス猿を好む。
  6. ヒト追従ザルでないことはできない。ヒト追従ザル+αである。ヒトはサルに毛が3本生えたモノである。
  7. 「サル山の 選挙はかくの 如くなり」。ではあるが、我々はサルであることを止めることはできない。我々はサル山から立ち去ることはできない。我々がなすべきことは、第一には、我々自身がサル山のサルであることを悟ることである。
  8. サル山のサルは 己の愚かさに似合った ボス猿を好む。
  9. 我々がなすべきことは、サル山のサルを仲間として感じ合うことである。サル山のサルヒトとしての生き方の合理性を感じ取ることである。サル山のサルを愛することである。
  10. サヤサ・イシモ*100。サヤサ=サル山のサルイシモ《息しつつあるモノ》
  11. 我々がなすべきことは、我々自身が弁証法的進化を遂げることである。
  12. ブッダサル山のサルの一匹に過ぎない。モーゼにせよ、キリストにせよ、ムハンマドにせよ、孔子にせよ、・・にせよ、サル山のサルの一匹にしか過ぎない。
  13. 道徳を換骨奪胎した文部官僚たちはサル山の《サルの群れ》である。
  14. 民を数えよ。民に親しく(ちかしく)せよ。
  15. 《私》《動き》は、《私》からのサル山のサルへのコトバである。
  16. コトバの意味を決めるのは聞き手である。《私》《動き》の意味を決めるのはサル山のサルである。人之視己、如見其肺肝然・・故君子必慎其独也(人が自分の正体を見ぬく力というのは、肺や肝臓まで見通せるかの如く鋭いものであるから・・立派な人は必ず、人が見ていようが見ていまいが、自らの感性・認識・判断が自然なものであるかどうかを吟味するものである)。大畏民志(民衆が為政者を見抜く力は畏(おそ)るべきものである)。・・《私》ボス猿を求める追従ザルたちの期待に応えた行動をすべきなのか?? ボス猿を 求めるサルに 応うべきや?
  17. サル山のサルからの《私》への暴力、脅迫。サル山のサル独占暴力団ボス猿。が、在る。
  18. サル山のサルからの《私》への暴力、脅迫はすべて受け入れよう。受け入れて、《私》《息しつつあるモノ》から息として噴出しよう。
  1. ボス猿は 強きが善かれ サルの群れ
  2. ボス猿は 強きを選ぶ サルの群れ
  3. ボス猿に 強きを選ぶ サルの群れ
  4. ボス猿は 弱きに強き サルの群れ
  5. ボス猿の いじめに喝采 サルの群れ
  6. ボス猿の いじめ喜ぶ サルの群れ
  7. ボス猿の いじめを選ぶ サルの群れ
  8. サル山の 選挙は かくの ごときなり
  9. サル山の サルの選挙は かくの如し

追従ザル《視点》《視点のパラメータ》

  1. 追従ザルというモノは見たことがない。しかし、「こいつ、追従ザルじゃねーの」と思うことはある。
  2. 権威者のコトバしか信じない、という思考様式はある。ヒトの発言を、発言者の権威によって、信じるか信じないかを決める、思考様式。権威主義的思考様式。
  3. 基本的に、《他者のコトバ》を信じる、という思考様式。《信じつつあるモノ《思いこみ》を《信じつつあるモノ》、《思いこみの世界》入り込みつつあるモノ《思いこみの世界》に《すがりつつあるモノ》。
  4. 科学的思考様式は、《他者のコトバ》を疑う、思考様式。理性的? 知的思考様式。
  5. パトス。
  6. http://www.hicat.ne.jp/home/mickmar/ethos/ethos1.html
    1. アリストテレスは,西洋文化における説得の種類を以下の3つに分類しました。
      1. 「話し手のエトス(ethos)」による説得
      2. 「聞き手のパトス(pathos)」による説得
      3. 「メッセージのロゴス(logos)」による説得
    2. 「エトス」とは,平たく言うと話し手の人格や資質,信頼度などです。すなわち,「話し手のエトス」による説得とは,同じことを話しても「ああ,この人の言うことなら信じよう」という聞き手の反応が導かれる説得,ということになります。
    3. 「パトス」は聞き手の感情のことです。
    4. 聞き手の心理的欲求を満たし,操作するのですから,心理的欲求にはどのようなものがあるか知っておくことは有益です。マズローの要求階層などが便利な指標となるでしょう。
  7. 話し手のエトスといっても、それが効果を持つのは、聞き手が追従ザルである場合だ。
  8. 聞き手のパトスは《求める思いこみ》である場合と、《怯え》である場合とがある。
  9. 聞き手の《怯え》に訴えるメッセージが、もっとも強力である。ただし、もっとも嫌悪すべき、忌避すべきメッセージである。コトバ暴力である。これは、それが必要であり、他に手段がない場合の最終手段であるべきである。
  10. 追従ザル《視点》ボス猿を選ぶ《視点》である。ボス猿を選んだ後は、そのボス猿コトバに従うだけなので、独自の《視点》はない。
  11. 追従ザル《視点》は、奴隷の自慢の《視点》である。「うちのご主人様は、おまえのご主人様より、強くて大きい」というのが《奴隷の自慢》である。
  12. 民族主義、集団主義は、《奴隷の自慢》である。
  13. 金持ちの自慢は、「俺の財布には、お前の財布より、たくさんお金が入っている」ということ。財布の自慢。
  14. 世界の全体への《見通し》』というコトバを、『全知全能の《神の視点》』と理解する人々の《視点のパラメータ》ブッダ《視点》を「ヒトならぬモノ《視点》」と理解する人々の《視点のパラメータ》。見通すことへの《怯え》。《見通し》と《追従》のアンビバレンツへの《怯え》。《追従》は自らの《見通し》の放棄である。追従ザル《怯えつつあるモノ》である。コスモスに《すがりつつあるモノ》である。《すがり》《縋り(すがり)》。ボス猿がもたらすコスモスに《すがりつつあるモノ》である。ボス猿がもたらす《思いこみ》に《すがりつつあるモノ》である。
  15. 世界の全体への《見通し》』というコトバを、『全知全能の《神の視点》』と理解する人々、ブッダ《視点》を「ヒトならぬモノ《視点》」と理解する人々の《視点》は、『働き者』の《視点》である。学問の《視点》は『怠け者』を生み出す。

追従ザル《怯えつつあるモノ》

  1. 追従ザル《怯えつつあるモノ》である。
  2. 知ることへの《求める思いこみ》よりも、知ることへの《怯え》が強い人々である。

「指が月をさすとき」と追従ザル

  1. 指が月をさすとき、追従ザルは『彼はボス猿かもしれない』(『彼は、私がボス猿とすべきモノかもしれない』)と思う。
  2. 「指が月をさすとき、愚者は指を見る」ということ。「中国の諺に「指が月をさすとき、愚者は指を見る」という言葉がある。出典は『成語林』(旺文社)によれば、「首楞厳経(しゅりょうごんきょう)」(楞厳教と略されることもある)だそうだ。//月を指せば指を認む。「月」を仏法に、「指」を教理にたとえて、道理を教えても文字や言葉のはしばしにこだわって、本質を理解しようとしないたとえ。」(http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/language/yubi.html)。

追従ザルと『ユートピア

  1. 追従ザル(他律的行動者)がいなくなることは『ユートピア』か?
  2. すべての人がすべての場面で自律者である必要はない。
  3. 自ら判断するのではなく、ボス猿の判断を自らの判断として受け容れる、という他律的判断方法。それも、彼の自律的判断には違いない。
  4. 信号機に従って横断歩道を渡るというのは他律的判断である。信号は無視して自分で判断して渡るという、自律的判断よりも望ましいだろう。(癖になると危険、他人がまねをすると他人が危険、規範に従うという精神的利益)。
  5. 他律的判断は、つねに、自律的判断の結果として生じる。問題なのは、他者の判断の妥当性を判断する能力、他者の判断に妥当性を欠くと判断した時に自ら判断する能力、だろう。
  6. 《状況》見通して、結果を予測して、行動を選択する能力。

イデア主義と追従ザル

  1. 現世的なボス猿を信じられなくなれば、宗教的なボス猿への救いを求めるようになる。
  2. 擬人化されたイデア=宗教的ボス猿
  3. イデア主義は、追従ザルよりは進化した思考様式なのか・・。
  4. ボス猿へのすがりつき、から、イデアへのすがりつき、への進化

追従ザルと地涌仏

  1. 未自覚な自覚者である。

愚か者と追従ザル

  1. 追従ザルにとっては愚かであることが賢明なことである。

特徴

  1. 神仏に「すがりたい」54%…読売世論調査 [読売新聞]
    1. http://www.asyura2.com/0505/cult2/msg/207.html
    2. 投稿者 white 日時 2005 年 9 月 02 日 10:14:14: QYBiAyr6jr5Ac
    3. 現世的なボス猿を信じられなくなれば、宗教的なボス猿への救いを求めるようになる。
  2. 『われわれが日本の政治家や官僚にいくら非常識なこと、絶対に断ると思ったことでも、要求したら彼らは降参する。もしわれわれが要求しなかったらほかの国が要求するだろう。日本は“取り放題の国”だ』(http://www.asyura2.com/0505/senkyo11/msg/1177.html
  3. 追従ザル(ブタ篇)の明言『他のブタが殺されても私には関係ないわ。だって、私はまだ、挽き肉にされたわけじゃないもの。。』
  4. ヒトは、《ヒトの群れ》の中にあるかぎり、「すべての場面で追従ザルでないこと」はできない。(皇帝であれば、別かも)。買い物をするということは、『群れの規則』に追従することである。
  5. 自律者の徳目(仁義礼智信)と従属者の徳目(忠孝悌)
  6. ヒト追従ザルとして生まれる。新生児は母親に対する追従ザルでなければ生きていけない存在として生まれる。
  7. 『力なきモノ』の《思いこみ》をもつモノ追従ザル
    1. 『力あるモノ』の《思いこみ》をもつモノボス猿
    2. 『力なきモノ』の《思いこみ》をもつモノ追従ザル
    3. 『みな同じはず』という《思いこみ》をもつモノハグレ猿
  8. 抑圧移譲の行動様式
  9. ボス猿を信じることは追従ザルの『善』である。追従ザルの善とはボス猿の悪を信じないことである。追従ザルの善とはボス猿の悪を知ったとしても、見ないふりをすることである。追従ザルの善とは、ボス猿の悪を許すことである。
  10. 悪人がいくら害悪を及ぼすからと云っても、善人の及ぼす害悪にまさる害悪はない(ニーチェ)。 ここで言う善人とは、善なる追従ザルのことである。
  11. 追従ザルの善とは、何はともあれボス猿から憎まれないことである。
  12. ヒトは、根本的な意味において(群れの全員から憎まれては生きていくことができないという意味において)追従ザルであることから逃れることはできない。
  13. モノのあはれは、追従ザルボス猿からハグレ猿への成長である。自立であり、自律を知ることである。しかし、再び、《ヒトの群れ》に戻るべきである。
  14. 追従ザル《背後者回路》にもボス猿への憎しみがある。憎しみ+敗北感→追従。
  15. 秘密を知るモノに追従することを好むという、追従ザル行動様式。その《背後者回路》は? 力のありそうな個体を自分のボス猿とみなす、という《背後者回路》
  16. 説得するのは難しい、というか、相手が権威主義者=追従ザル=の場合には、《私》に権威を感じなければ、何を言っても無駄。追従ザルは『彼がボス猿と認めたヒト』の意見に追従する。
  17. 権威主義者=追従ザル
  18. 追従ザル《背後者回路》
    1. ボス猿に追従する《私》』という『自我イメージ』
    2. 《私》ボス猿として追従してくる他者』を保護する、という自我イメージ。
    3. 《私》と追従関係にない他者は無視・敵対すべき他人』という自我イメージ。
  19. 追従ザルボス猿の命令を待って行動する。
  20. 信頼すべきボス猿の命令があるまでは状況は正常であると判断する。というのが正常性バイアスの正体だろう。
  21. 追従ザル《背後者回路》は、命令のコトバで成り立っている。追従ザルの『世界』は、命令のコトバで成り立っている。認識のコトバがない世界。自らを表現するコトバがない世界
  22. 追従ザルボス猿を『身内』だと信じるが、ボス猿追従ザルを『身内』だとは思っていない。という認識ギャップ。
  23. 追従ザルが(ハグレ猿の)哲学を知ることはできない。(ハグレ猿の)哲学のコトバを覚えることはできる。追従ザルにとってのコトバとは命令である。コトバの「理解」とは、コトバを聞いて、その命令内容をイメージすることである。命令のコトバとして、そのコトバに従うことである。従って「凡夫には理解できない」のである。
  24. 「凡夫には理解できない」という断定こそが、理解への道。
  25. 「支配についてジンメルとウェーバーがともに強調するのが「服従者の服従意欲」である。」(http://www.socius.jp/lec/19.html
  26. ボス猿追従ザルとは共に、知らしむべからず、を求める
  27. 追従ザルの自己認識は『群れの中の私』である。
  28. 規範を
    1. 自分が命令されたコトバとして知るヒト追従ザル
    2. 他人に命令するコトバとして知るヒトボス猿
    3. 他人相互における命令関係のコトバとして知るヒトハグレ猿
  29. 《ヒトの群れ》の悲劇は追従ザルがそのままボス猿になることである。
  30. 大衆=追従ザル
Last modified:2007/06/17 20:55:05
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References:[《ユートピア》の権力]