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《体内感覚》

キーワード《体内感覚》

定義

《混濁の世界》《近傍物理空間》《体内感覚世界》とに分離し、《体内感覚世界》《思いこみ》と「狭い意味での体内感覚」に分離する。

「狭い意味での体内感覚」は痛みとか体内の《ちから》の感覚とかである。

「広い意味での体内感覚」は《体内感覚世界》モノへの感覚のすべてを含む。《思いこみ》も「広い意味での体内感覚」に含まれる。

internal sense

in-body sense

out-body sense

体内感覚は一つの世界である。《知りつつあるモノ》は(一つの)体内感覚入り込むことができる。《知りつつあるモノ》入り込んだ体内感覚は、たとえば痛みは、《知りつつあるモノ》世界となる。((世界としての体内感覚は、《体内感覚世界》は別物、《体内感覚世界》はもろもろの体内感覚が現出する場である。))

《知りつつあるモノ》《身体》を知る経路には、体外感覚と体内感覚とがある。

体内感覚は空間定位が曖昧である。トポロジカルな世界を構成する。

体内感覚によって《知られつつあるモノ》としての《身体》

体内感覚における《身体》の《認識限界》と《背後者》

区別

『感覚の『科学』的定義』と体内感覚

  1. http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9F%E8%A6%9A
    1. 現在広く認められている感覚の定義は「特定の物理的エネルギーに応答し脳内におけるシグナルが受容・解釈される決められた部分に一致する、感覚細胞の型(またはそのグループ)を含む一つのシステム」だろう。
  2. 《他者の感覚》とやらの定義になるのかな?
  3. 感覚ならざるモノの定義だな。
  4. まあ、地動説的な定義なのか・・。《私》には無関係な定義だな。「感覚」は「《私》が感じるモノ」ではないらしい。
  5. 簡単に言えば、「感覚細胞が活性化した」とでも言いましょうか・・。
  6. 『敷居につまずいて痛かったので、今後気をつけよう』と思ったとき『感覚細胞が活性化したのか』と納得して、なにか、『意味』があるのか?
  7. 動物の感覚を実験している科学者の、実験しつつある感覚は、問われているのか?
  8. 動物の感覚を実験している科学者の、実験しつつある感覚は、「特定の物理的エネルギーに応答し脳内におけるシグナルが受容・解釈される決められた部分に一致する、感覚細胞の型(またはそのグループ)を含む一つのシステム」で理解可能なのか? 科学者は自分自身の感覚を、そのようなモノとして理解し、納得しているのか?
  9. 科学者の、特定の物理的エネルギーに応答し脳内におけるシグナルが受容・解釈される決められた部分に一致する、感覚細胞の型(またはそのグループ)を含む一つのシステム》から「特定の物理的エネルギーに応答し脳内におけるシグナルが受容・解釈される決められた部分に一致する、感覚細胞の型(またはそのグループ)を含む一つのシステム」というコトバ(定義・理論)が生まれる仕組みはどうなっているのか? 科学者は、実験を、科学者の《私》の感覚で感じたから、《私》の考えで、そのような理論を生み出したのではないのか?
  10. まあ、理論から《私》を捨象する体系が誤っている、と言うわけではない。たんに、多数の真理系のなかの一つとしては成立可能だ。
  11. 科学者は《私》を中心に考えているのに、《私》を捨象した理論を語る。これはウソツキというタイプの人間とは異なるのか?
  12. 「特定の物理的エネルギーに応答し脳内におけるシグナルが受容・解釈される決められた部分に一致する、感覚細胞の型(またはそのグループ)を含む一つのシステム」は、感覚なのか? 「システム」を言うなら、「システムへの入力」「システムへの入力情報」が感覚なのではないか?
  13. エベレストを記述するにあたって、シェルパの村からエベレストに向かう山道の入り口の石を調査して、とりあえずその石をエベレストとして定義しておく、という感じ。確かに、その石もエベレストの一部ではあったかもしれないね。

「感覚」と体内感覚

  1. http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9F%E8%A6%9A
    1. ヒトの感覚は5分類では次のようになる。
    2. 体性感覚: 表在感覚(皮膚感覚)と深部感覚。
      1. 表在感覚には触覚(触れた感じ)、温覚(暖かさ)、冷覚(冷たさ)、痛覚(痛さ)がある。
      2. 深部感覚には運動覚(関節の角度など)、圧覚(押さえられた感じ)、深部痛、振動覚がある。
    3. 内臓感覚:内臓に分布した神経で、内臓の状態(動き、炎症の有無など)を神経活動の情報として感知し、脳で処理する仕組み。
      1. 臓器感覚(吐き気など)
      2. 内臓痛
    4. 特殊感覚: 視覚(目で見る)、聴覚(耳で聞く)、味覚、嗅覚、前庭感覚(平衡感覚)がある。
      1. 視覚:光を網膜の細胞で神経活動情報に変換し、脳で処理する仕組み。
      2. 聴覚:音波を内耳の有毛細胞で神経活動情報に変換し、脳で処理する仕組み。
      3. 味覚:食べ物に含まれる化学物質(水溶性物質)の情報を、舌、咽頭、喉頭蓋などの味覚細胞で神経活動情報に変換し、脳で処理する仕組み。
      4. 嗅覚:鼻腔の奥にある嗅細胞で、空気中の化学物質(揮発性物質)情報を神経活動情報に変換し、脳で処理する仕組み。
      5. 前庭感覚:内耳の半規管などで、頭部の傾き、動き(加速度)などを神経活動情報に変換し、脳で処理する仕組み。

体内感覚《健常者》

  1. 《健常者》体内感覚を持たないのか? ○:。×:。
  2. 《健常者》体内感覚を知らないのか? ○:。×:。
  3. 《健常者》体内感覚を感じないのか? ○:。×:。
  4. 《健常者》体内感覚を語ることを忌避するのか? ○:。×:。

『暑さ』と体内感覚

  1. 『暑さ』というのは皮膚感覚であり、体内感覚だろう。皮膚内部の温度上昇によって非快感が増している、という皮膚内部の状況への感覚だ。
  2. 『熱さ』は皮膚外部のモノに対する感覚だろう。なので、体外感覚。

体内感覚《背後者》

  1. 《背後者》は、想定された《思いこみ》である。
  2. 《背後者》からの噴出体内感覚である。体内感覚を背後者の志向性兆候として捉えたモノ噴出である。
  3. 志向性噴出兆候として観察していると、その兆候噴出しつつあるモノが見えてくるようになる。《浄化》による見通してある。《浄化》によって見通されたモノは、体内感覚である。浄化によって見通されるようになった体内感覚《背後者》である。
  4. 背後者は広い意味での体内感覚だが、狭い意味での体内感覚とは異なる。《思いこみ》とも異なる。《背後者》《体内感覚世界》の中の第三の種類のモノである。

体内感覚《思いこみ》

  1. 《思いこみ》体内感覚だろうか?
  2. たけ(tk)の定義による《体内感覚》には《思いこみ》も含まれる。
  3. 《思いこみ》体内感覚世界の中のモノだが、体内感覚とは区別される。体内感覚世界の中には《思いこみ》体内感覚とがある。
  4. 《思いこみ》は広い意味での体内感覚には含まれるが、狭い意味での体内感覚からは区別される。

体内感覚《体内感覚世界》

  1. 体内感覚世界を構成するか?
  2. 知りつつあるモノ《体内感覚世界》の中のモノか?
  3. 《混濁の世界》《体内感覚世界》《近傍物理空間》とに分離する。
  4. 《体内感覚世界》の中のモノには体内感覚《思いこみ》とがある。
  5. 体内感覚《体内感覚世界》の中のモノの一種である。

体内感覚モノ

  1. 体内感覚モノか?

「頭頂葉の体性感覚野」と体内感覚

  1. 「頭頂葉の構成は基本的に以下の3つにわけられる。1 体性感覚野(3,1,2野)・・関節や他の深部知覚は1,2野にいっている」(http://www.asahi-net.or.jp/~RP5T-HR/namitou.html

体内感覚と体外感覚:

体内感覚が構成する世界《近傍物理空間》

体内感覚と六処(六境)と五感:

分類

  1. 痛み、かゆみ、胸やけ
  2. 筋肉に《ちから》を入れている感じ
  3. 皮膚の不快感(『暑さ』)
  4. 衝動的に動こうとして、抑えたときの感じ

参考

http://park8.wakwak.com/~noboru/teigishu.htm

    1. フォーカシングとは、「からだを使って、自分の気づきを促し、こころを癒していく」現代心理療法のエッセンスを凝縮した方法だという。
    2. ジェンドリンが、カウンセリングの成功例を研究しているときに、成功事例にはクライエントの側にある共通の特徴があることを発見した。それはクライエントが、面接のどこかで「話し方がゆっくりになって、言葉の歯切れが悪くなり、その時に感じていることを言い表す言葉を探し始め」るということ。自分の内側の「心とも身体ともつかない曖昧な漠然とした感じ」を確かめるように話していたのである。 この「内面の曖昧な感じに触れる」という内的な体験のプロセスをジェンドリンは、フォーカシングと名づけた。
    3. 先に紹介した『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』の著者、トールは、 「自分の感情を知るのが難しいなら、からだの内面にあるエネルギー場に、意識を集中させてみましょう。からだを内面から感じるのです。これで自分の感情を感じることができるはずです」といっている。トールも、からだの内への気づきを重視しているのだが、フォーカシングは、それを誰もがいつでもできる取り組みやすい技法(わざ)として方法を確立。
    4. 「フォーカシングは、からだとの信頼関係を結んで、からだの気づきを通して、この自分自身の豊かな部分が伝えてくれる智恵に耳を傾けられるようにしてくれます。フォーカシングは、からだが大声で叫び出す前に、ささやいているうちに、そのささやきを聴けるようにしてくれます。フォーカシングは、内なる正しさの感覚にかなうよう、人生を変えていきます。」その変化は、おだやかでゆっくりしたものであるようだ。
    5. ヴィパッサナー瞑想も一瞬一瞬の体内感覚への気づきを重視するが、あわせてフォーカシングを学ぶことは、体験を深めるのに役立つのではないかと思う。
    6. 自分のからだを観察して、何か感じをつかんだら、その感じをただそのままそこに置いておく。自分で判断を下したり、自分の感情を回避したり、なぜそう感じるのかを突きとめようとしても、結局同じところにとどまるか、もっと嫌な気分になるかだろう。
    7. 「あなたの感情をあるがままに置いておくことができたなら、その時こそ、感じが変わるのです。変えようとすると、変わらないのです。」    
    8. 誰がやってもそれを感じ取り、意識の光にもたらす、つまりあるがままに置いておくおくことができるよう、ひとつひとつステップを踏んで進んでいけるよう、工夫されている。私も、自分ひとりでいつでもどこでもできるフォーカシングの方法をぜひ学びたいと思った。文章はやさしく、説明はかゆいところに手が届くような細やかさだ。
  1. ヨーガか何かの宣伝かな?

http://www.inst-lifenavi.jp/konsyunomessage.html

    1. ゲシュタルト療法では気づきに3種あると考える。〇弭佑竜い鼎、⊃搬瞭睇瑤竜い鼎、身体外部の気づき、である。
    2. 思考の気づき
      1. 気づきの中で最も大きな力を持っているのは思考の領域である。思考とは、今頭の中に起こっている、考えること、分析すること、評価すること、想像したりすることで、理解したというレベルに過ぎないのである。時には思考が本当の自分に気づかないために使われ、感情や思いを避ける巧みな抑圧の道具になっていることさえある。
    3. 身体内部の気づき
      1. 身体内部の気づきとは、体内感覚の気づきである。怒り、恐れ、喜びなどはいつも身体内部で起きている重要な感情である。ところが現代人は自分の本当の感情に触れることを恐れるようになってきた。
      2.  経験は脳で記憶されるのではなく、脳の神経と結びついた筋肉によって記憶されていることがワークの中で実感として分かってくる。
    4. 身体外部の気づき
      1. 身体外部の気づきとは外部との関わりに気づくことである。
      2. 人間に限らず、すべての動物、昆虫などは五感を頼りに生きている。五感は外部と自分を結ぶ道具であるが、外部とのコンタクトができていないのが現実で、思考レベルで気づいた積もりでいることが多い。
      3.  我々の蓄積された感情(体験)は筋肉と結びつき、性格の鎧といわれる防衛機制を創りあげて、繰り返しそれを働かせているので、特に「からだ」からのメッセージに注目してみることが大切である。
    5. ある出来事について、3つの気づきが統合されるとき(即ち、本当の自分に気づく時)、自己成長がスタートし、何んとも言えない軽やかな気分になり、自律人間へ向かって一歩踏み出した実感を味わうことができる。
  1. ゲシュタルト療法なんてのがあるのかな?

http://ha3.seikyou.ne.jp/home/donsai/vw/v2207.htm

    1. 【認識の意味づけ】
      1.  生理的反応運動としての感覚は、感覚器官への外界からの刺激から始まる一 連の継起的反応連鎖とその統合としての再帰過程であるである。
      2.  それは、生体の活動として統制されている。意味づけが行われ、単なる継起 的反応が組織的に展開される。単なる生理的反応の運動としてはなかった運動 が現れる。
      3.  生体の活動としての統制そのものも発展し、より高次の統制を受ける。それ が神経系による統制であり、ここで感覚器官の意味づけが行われる。
      4.  人間は感覚を実践=現実変革の一環に組織し統制する。感覚−認識−知識− 意志−実践−からなる一方向のみのサイクルではない。体内感覚、体内環境の 認識、実践感覚いわゆる勘所、運動制御のシステムとして実践的である。
      5.  感覚的に反映される情報は生物的、動物的、人間的、各レベルで操作され、 意味づけられるものが統制され組織される。単なる光、音、粒子、温度、圧力、 湿度等等、単なる餌、代謝の快適さ、といったことではなく、世界認識として、 すなわち実践の指針の位置を示すものとして人間の感覚はある。これこそが、 コンピュータの情報処理との決定的な違いである。
  1. うーむ、やりたいことは分かるが、今一歩。妥当なことがたくさん書いてあるが、まとまりに欠ける。
Last modified:2008/02/09 22:14:40
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References:[《闇》] [《生きモノたちの世界のルール》]