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情報

キーワード情報

定義

情報」というコトバを使いたいのだが、定義が定まっていないようだ。

区別

ヒトと、プリンタとは認知規則を共有している?

  1. ○:
    1. 用紙サイズ=A4は同じ意味の情報である。A4というのは大きさである、プリンタはカセットにセットされた用紙の大きさを知っている。
    2. 騙される可能性があるのはヒトでも同じである。
    3. センサの違いは大きな違いではない。
    4. プリンタの《知った思いこみ》とはセンサからの情報から動作情報に変換するまでの情報を言う。
    5. プリンタにとってのA4の意味とは、動作に影響することを意味する。動作に影響するのでA4という情報には意味がある。プリンタはA4の意味を知っている。
  2. ×:
    1. プリンタはA4の意味を知らない。
    2. プリンタは容易に騙される。
    3. ヒトは眼で判断するが、プリンタはセンサで判断する。
    4. プリンタには《知った思いこみ》はない。

認知規則の共有とは?

  1. 「AならばB」である。モノの形→(認知規則)→《知った思いこみ》

情報と《内・外の視点》

  1. ある情報《私》にとって『意味』がある、というのは《私》《内からの視点》である。
  2. 情報が一定範囲の《ヒトの群れ》の中で流通する、というのは《外からの視点》である。

モノ情報

  1. 情報モノの形をとらなければ存在しえない。モノの形に対する解釈が情報である。モノの形+認知規則→情報
  2. 認知規則とはモノの形を情報に変換するマッピング規則である。「AならばB」である。

モノからの主観を離れて客観的に存在する情報はあるか?

  1. ○:《群有思いこみ》ドメインの中に客観的に存在するモノである。ドメイン情報の解釈に関する協約である。プロトコル(協約)もドメインの中に客観的に存在するモノである。
  2. ×:事前にプロトコルの共有がある場合にのみ、《群有思いこみ》としての客観的情報がある。《群有思いこみ》は主観的な存在だから、客観的情報もない。
  3. 客観的に存在する情報は、特定のドメイン(認知規則が共有されている範囲の個体の群れ)の中に客観的に存在する。ドメインに依存するとはいえ、客観的に存在する。《思いこみ》《身体》内部に客観的に存在するのと同じ。

コピーと情報

  1. コピーは別のモノである。
  2. コピーは同じ情報である。

情報と主体(《極座標の原点》

  1. 情報は主体相対的である。或る主体にとって情報であるモノは、別の主体にとっては情報でないかもしれない。或る主体にとっての意味と、別の主体にとっての意味とは異なるかもしれない。
  2. 主体とは、情報を入手し、処理し、出力する、《極座標の原点》である。
  3. 情報とはモノ(記号)とモノ(主体)との間の《繋がり》の一種である。

情報量と情報

  1. wikipedia:情報量
  2. 情報量
  3. http://ja.wikipedia.org/wiki/情報量
  4. http://ja.wikipedia.org/wiki/情報量(1)
  5. http://wiki.fdiary.net/moikomi/?c=edit;p=http%3A%2F%2Fja.wikipedia.org%2Fwiki%2F%BE%F0%CA%F3%CE%CC
  6. http://ja.wikipedia.org/wiki/情報量
  7. http%3A%2F%2Fja.wikipedia.org%2Fwiki%2F%BE%F0%CA%F3%CE%CC
  8. http://ja.wikipedia.org/wiki/%BE%F0%CA%F3%CE%CC
    1. 情報理論では、選択情報量を以下のように定義する。 E を確率 P(E) で生起する一つの事象とする。 事象 E が起こったことを知らされたとき受け取る情報量 I(E) を「I(E) = log(1/P(E)) = -log P(E)とする。上式中の対数(log)の底として何を選んでも、情報量の値が定数倍変わるだけなので、本質的な差はない。底としては2を選ぶことが多く、このときの情報量の単位をビット(bit)としてきた・・。
  1. 「確率状態から確定状態への移行をもたらす知らせ」の情報量。
  2. シャノンの定義が、我々にとっての「意味」をもたないことは明らかだろう。
  3. 「意味」は決断への影響の度合である。その情報が我々の決断にどの程度影響を与えるのか、という「その情報の我々の決断への影響度」*「選択情報量」=「我々にとっての情報量」であろう。
  4. 「その情報の我々の決断への影響度」というのは、その情報を知ったときに我々の決断状態が変わる確率であろう。

情報クオリア

  1. 我々は情報クオリアとして感じるか?

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Last modified:2007/05/02 17:56:53
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