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自己言及的なモノ

キーワード→《自己言及的なモノ

定義

区別

自己言及的なモノ》と自己言及の次数の座標軸、自己言及軸。

  1. 自己言及の次数の座標軸は、《多次元輪郭空間》の座標軸の一つ。
  2. 自己言及的なモノ》は自己言及次数軸の方向に膨らみをもつモノである。

自己言及的なモノ》とモノ

  1. 自己言及的なモノ》はモノか? モノとしての安定的な輪郭を有するか?
  2. 自己言及軸への膨らみという輪郭を持ったモノである。

《身体》と《自己言及的なモノ

  1. 《身体》は《自己言及的なモノ》である。
  2. 右手の指先で左手の甲を感じること。これは同時に、左手の甲が右手の指先を感じることでもある。また同時に、右手の指先が『左手の甲を感じつつあるモノ』を感じることであり、左手の甲が『右手の指先を感じつつあるモノ』を感じることでもある。また同時に、左手の甲が『右手の指先によって感じられつつあるモノ』を感じることであり、右手の指先が『左手の甲によって感じられつつあるモノ』を感じることでもある。

《個体間関係》と《自己言及的なモノ

  1. 《個体間関係》は《自己言及的なモノ》である。
  2. 《私》は、『《彼》が知っている《私》』に配慮しながら、《彼》に接する。・・まあ、たけ(tk)にはそんな高度なテクニックはない。
  3. 《私》は《彼》を知り、《彼》は《私》を知る。《私》が知っている《彼》が知っている《私》、という自己言及関係。
  4. 《知られつつある私》と《知りつつある私》とでは異なるのではないか?
  5. 《私》が知っている《彼》が知っている《私》が知っている《彼》が知っている《私》」と「《私》が知っている《彼》が知っている《私》」とは同一のモノである。《知られつつある私》は《自己言及的なモノ》である。
  6. 《知りつつあるモノ》《他者》の出現によって撹乱されるというのは、《私》の状態が孤立モードから対話モードに移行するために生じたを考えられる。
  7. 《私》は孤立モードにおいては、《思いこみ》は個体内で循環している。
  8. ところが、《他者》が出現すると、《思いこみ》《他者》との間で循環するようになる。
  9. 《我》《我》との対話のモードから《他者》との対話のモードに移行する。
  10. 《他者》との対話モードにおいては、《我》世界の中心であることはできなくなる。
  11. 《他者》との相対において、《他者》に注目し、《他者》に注目される存在となる。
  12. 思索モードと対話モード。相変異。孤独相と群生相。孤独モードと群生モード。
  13. 「《彼》を知っている《私》」と「《彼》を知っている《私》を知っている《彼》を知っている《私》」とは同じモノである。

《知りつつあるモノ》と《自己言及的なモノ

  1. 《知りつつあるモノ》は《自己言及的なモノ》である。

ロジスティック写像と《自己言及的なモノ

  1. ロジスティック写像は《自己言及的なモノ》である。

ハウリングと《自己言及的なモノ

  1. ハウリングは《自己言及的なモノ》である。
  2. スピーカとマイクとの距離を0にすると、無限大のループとなる。
  3. スピーカとマイクとの距離をマイナスにしたら?

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自己言及的なモノ》 - [タイトルに一致 自己言及的]

キーワード - [## 《自己言及的なモノ》]

ロジスティック写像 - [《自己言及的なモノ》 - [ロジスティック写像と《自己言及的なモノ》]]

自己言及 - [自己言及と「自己言及的なモノ」]

《知りつつあるモノ》 - [《知りつつあるモノ》と「自己言及的なモノ」]

『デ・アニマ』 - [#《4原因説》といった客観的な考察を持ち込まなかったのは、《私》の魂、という主観的現象を混合して考えているからだろう。《自己言及的存在》は、眼差しを向けただけで(自己言及の次数があがって)変質してしまう。このような問題があるので、《4原因説》という客観的理論を持ちこむことができなかったのだろう。]

ゴミ箱 - [##もう一つは自己言及の問題です。例えば我々が「悲しい」と思うい時、「悲しい」という心的状態が存在するだけでなく、「悲しい」という心的状態を把握していなければなりません。この後者の働きがない場合、「悲しい」という気持ちにはならず、「何がなんだかよく分からなかった」とか「どんな気持ちだったか覚えていない」となるはずです。(そーゆう場合もありますよね)意識というのは本質的に自己言及的なのです。]

《群れのアニマ》 - [#自己言及的存在の「自己言及の次数の座標軸」。「じゃあ、《体細胞の群れ》《快》を『感じている』ということは、どういうことか?」。]

科学 - [#あるシステムの入力装置が、入力装置自体(もしくはシステム全体やそれらの状態)を情報として(自己言及的に)入力しつつあるときに、その入力装置(主我)または情報として入力された内容(客我)を、《我》という。]

《我》 - [『我』は自己言及的な概念であり、自己言及的な概念は破綻する。『我』は概念としては存在しえない。「我」というコトバは使わないほうがよい。]

ゴミ箱2006-04 - [#その以降部分が入力情報として自己言及的に把握されたのが《知りつつあるモノ》。]

デカルトの《我》は検証可能か? - [##(2)「我」というコトバは、「《「我」というコトバを発しつつあるモノ》自身を指し示すコトバ」という自己言及的なコトバである。]

《思惟しつつあるモノ》 - [#《思惟しつつあるモノ》自己言及的に思惟し始めると、自己言及カオスに陥る。そのカオスへの《怯え》が、《思いこみ》への強い執着を生み出す。そして、《入り込みつつあるモノ》に変質していく。《思惟しつつあるモノ》自己言及において、不安定なのである。]

モノたちとの対話 - [#「風呂桶のミズは自己言及的な求める《思いこみ》をもっている。それゆえに、水は一つにまとまるのだ」 ]

《モノの思いこみ》 - [《我の思いこみ》・・自己言及的な《思いこみ》]

ゴミ箱2005-02 - [「他者は、彼に属する自然としての身体のうちで心的に支配しているものとしても経験している」(p.165)を、たけ(tk)用語で翻訳すると、「『他者』は《他者の身体》の中で『彼に属する自然としての身体のうちで心的に支配しているもの』と《思いこみつつあるモノ》」である。となる。「『他者』は《他者の身体》のなかの《思いこみつつあるモノ》である」となる。この《思いこみ》は、フッサールによると、特殊な《思いこみ》のようなので、《自我の思いこみ》という用語を付けておこう。《自我の思いこみ》は自己言及的な《思いこみ》である。《自我の思いこみ》を突き詰めると、自己言及のパラドックスによって発狂してしまうだろう、というか、《めまい》に陥るだろう。《思いこみ》《身体》《他者の身体》の中で循環するものである。その循環の中に《自我の思いこみ》もあり得る、ということは言えるだろう。]

ゴミ箱2005-04 - [《他者》自己言及《思いこみ》を有することは確かだろう。]

ゴミ箱2005-03 - [自己言及的な《我》がなくなることはないな。]

Last modified:2006/07/08 18:18:18
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