FrontPage  Index  Search  Changes  wikifarm  Login

《仕合わせ》

キーワード《仕合わせ》

定義

《私》《他者》との関係、相互作用が、円滑に、活発に機能している状態を《仕合わせ》と言う。

  1. ヒトヒトとの関係、相互作用が、円滑に、活発に機能している状態を《仕合わせ》と言う。

区別

ヘーゲルの「人倫」と『仕合わせ』

  1. 『精神哲学』下、p.215:諸個人の心術は・・全体との同一性の知・・信頼・・個人が持っている諸関係・・意図をもって働く・・自己を犠牲にする能力・・正義・・慈悲深い傾向性・・。
  2. たけ(tk)『仕合わせ』とかなり、近い。→「《仕合わす》ということ」。
  3. ヘーゲルの「人倫」は「家族」の次が「市民社会」「欲望の体系」だ・・・・。
  4. 『仕合わせ』は「家族」の中でしかあり得ず、その外では「欲望の体系」に巻き込まれざるをえない、ということか?
  5. たけ(tk)が「《仕合わす》ということ」で言いたかったのは、
    1. 欲望の体系、貨幣経済の市民社会の中でも、ヒトヒトとの《繋がり》においては、《仕合わす》ということ、相手の《欲求》を尊重することが必要であり、
    2. 国民が他の国民や政治家を説得する場合にも、相手の《欲求》(政治家の権力《欲求》)を尊重する必要があり、
    3. 為政者が政治を行う場合にも、国民の《欲求》を如何にしてくみとるかに腐心しなければならないし、
    4. 国家と国家との間でも、他国の《欲求》を尊重しなければならない、
    5. ということを言いたかったわけだ。これは『大学』の主張でもある。
  6. 市民社会が『国家』の権力や法の下に在っても、その中でのヒトヒトとの《繋がり》は在り、
  7. 国際社会が戦争と権謀術数で動いているとしても、そのなかでのヒトヒトとの《繋がり》は在る。
  8. 阿修羅という掲示板においても、同じことだ。どこにおいても、《仕合わす》という行動が必要なのだ。

アリストテレスの「幸福」と『仕合わせ』

  1. 『ニコマコス倫理学』上。p.20:快楽、富、名誉・・健康・・
  2. アリストテレスのあげた「幸福」は、即物的なモノばかりだ。「関係」の《視点》が入っていない、ということか。《個体》の属性、所有物、といった《視点》しかない。

『国家』『目的』『仕合わせ』か?

  1. ○:
    1. 《私》《求める思いこみ》としての『国家』『目的』は、その社会の人々の『仕合わせ』である。
    2. 暴力』(『支配』、権力)は、権力をになう人々の『仕合わせ』である。
    3. 暴力』の『目的』『仕合わせ』である。関係に不調和を感じたときに、その不調和を解消する手段として『暴力』を選択するのである。『暴力』は『仕合わせ』《欲求実現手段》である。
  2. ×:
    1. 『国家』の現実的な『目的』は『暴力』(『支配』、権力)である。
    2. 暴力』『支配』は不完全な関係欲求であり、『仕合わせ』ではない。

ヒトヒトとの快適なコミュニケーション」は『仕合わせ』か?

  1. ○:
    1. 一種だろうな。
    2. きれいな印刷物は「一瞬の『仕合わせ』」だろう。
  2. ×:
    1. 一時的なコミュニケーションでも(たとえばきれいな印刷物でも)「ヒトヒトとの快適なコミュニケーション」と呼びうるが、『仕合わせ』とは呼ばない。

『仕合わせ』《仕合わせ》

  1. 『仕合わせ』? ○:『仕合わせ』《視点》依存的である。×:。
  2. 《仕合わせ》? ○:キーワードである。×:モノではない。《思いこみ》の一種である。

仕合わせる》と《仕合わせ》

《仕合わせ》『よい』『わるい』

  1. 《仕合わせ》『よい』か? ○:《仕合わせ》『よい』状態なのだから、『よい』《仕合わせ》《私》の外部状況であり、外部状況には《私》にとっての『よい』『わるい』がある。×:。
  2. 進化的な『よい』『よい』か?
    1. ○:
      1. 貢献すること=《他者》にとって『よい』ことをする=は『よい』
      2. 《他者》《混濁しつつある他者の身体》=にとっては、『よい』『わるい』が在る。相手にとって『よい』こと、《私》にとって『よい』こと、《繋がり》にとって『よい』ことを目指すという《意図》をもって、相手に合わせること。
      3. 《道具》にとって『よい』こと、《私》にとって『よい』こと、《私》《道具》との《繋がり》にとって『よい』こと、の『よい』ことへの《求める思いこみ》を持って、《私》《道具》に合わせること、《道具》《私》に合わせること、という《繋がり》
      4. 《他者》《私》とが互いに《仕合わす》ことは『よい』。《仕合わせる》こと。
      5. 《他者》《私》《仕合わせ》《道具》とすることは『よい』。彼にとっても《仕合わせ》であるから。
    2. ×:
      1. 《個体》にとっては関係ない。《死すべき個体》にとっては『よい』『わるい』はない。
      2. 《他者》も《死すべき個体》であるから、《他者》にとって『よい』ことも無い。
      3. 《混濁しつつある他者の身体》にとっての『よい』とは、《混濁しつつある他者の身体》からの脱却である。《混濁しつつある他者の身体》にとっての『よい』とは、『よい』が無くなる状態になることである。
      4. 《私》《他者》道具とすること=貢献すること=は『わるい』。
      5. 《他者》《私》道具とすることは『わるい』。
      6. 《他者》《私》《仕合わせ》《道具》とすることは『わるい』。

《仕合わせ》《他者からの思いこみ》

  1. 《仕合わせ》《他者からの思いこみ》《動きつつあるモノ》循環の中にある《意味》の一種である。

『仕合わせ』《思いこみ》

  1. 仕合わせ」は《思いこみ》か? ○:。×:。

《仕合わせ》と『幸福』

  1. 『ソクラテス以前以後』p.52。だが幸福とは何なのか。ソクラテスの時代以降、この問いは古代の諸学派によって論争された主要問題だった。哲学者たちの見るところ、
      1. 幸福を快楽と同一視するか、
      2. 社会的成功や名誉や名声だとするか、
      3. 知識や知恵だとするか
    1. によって、人間は大雑把に言って三つのタイプに分類することができた。
  2. 《仕合わせ》が入っていないね。ナンデダロ?
  3. アリストテレスには循環の概念がない。

《仕合わせ》と「《動き》の4点循環

  1. 《知った思いこみ》《動き》《求める思いこみ》《動き》《動きつつあるモノ》《動き》《知られつつある世界》《動き》、というのが「《動き》の4点循環」。
  2. 他者もまた、「《動き》の4点循環」の場である。
  3. 二つの循環は∞字型に組み合わせられて一つの循環となる。
    1.  《私》《知った思いこみ》《動き》
    2. 《私》《求める思いこみ》《動き》
    3. 《私》《動きつつあるモノ》《動き》
    4. 《私》《動き》
    5. 《他者》《知られつつある世界》《動き》
    6. 《他者》《知った思いこみ》《動き》
    7. 《他者》《求める思いこみ》《動き》
    8. 《他者》《動きつつあるモノ》《動き》
    9. 《他者》《動き》
    10. 《私》《知られつつある世界》《動き》
    11. 《私》《知った思いこみ》《動き》
    12. →・・。
  4. 《他者》《動き》は、《私》の「《動き》の4点循環」の中に在る。
  5. 《私》《動き》は、《他者》の「《動き》の4点循環」の中に在る。

《仕合わせ》と、神との関係性

  1. おそらく、宗教的人間は、とくに、絶対唯一神を信じる宗教的人間は、『神』という架空の人格との関係において、《仕合わせ》を感じるのである。
  2. 『神』というのは、自己の鏡像であるから、『神』という『他者』との完全な協調的相互関係が実現できるだろう。幻の『他者』との間の、幻の《仕合わせ》である。
  3. たけ(tk)が、モノたちの《アニマ》との関係性において、《仕合わせ》を感じるのも、にたようなモノだ。《アニミズム》《仕合わせ》も幻の《仕合わせ》か?
  4. ヒト《他者》《アニマ》を感じて、《他者》との関係性において《仕合わせ》を感じる。これは、《幻覚》の作用と言うべきであろう。しかし、視覚と並行して《幻覚》を感じてはいけないという法はない。この「他のモノ《アニマ》を感じる《幻覚》」は、ミラーニューロンの働きであろう。正統な生物的感覚なのである。
  5. 絶対神の《アニマ》は、彼の主観的世界の全体というモノ《アニマ》である。とすれば、それも、正統な生物的感覚の変形であると見ることができる。
  6. 他のモノ《アニマ》との交流が《仕合わせ》である。
  7. 《アニマ》の原形は、同じ《群れ》の『仲間』に対する感覚である。『仲間』との間では、《思いこみ》の伝達が行われる。『《思いこみ》の伝達が可能である』という《思いこみ》を伴った、モノへの感覚が《アニマ》である。

『主体性』と《仕合わせ》

  1. 『主体性』って幸せなの??
  2. 「最後の人間」とは、主体性を失った消費を繰り返すだけの存在に落ちた人間 を意味するニーチェの言葉である http://www.asyura2.com/0510/bd42/msg/383.html 投稿者 TORA 日時 2005 年 12 月 13 日 13:43:55: CP1Vgnax47n1s

モノたちと《仕合わせ》

  1. 《モノの世界》においては共振関係によって、そのモノ《思いこみ》《私》に伝達される。
  2. モノたちからの《思いこみ》は、モノごとに噴出する。
  3. モノたちからの《思いこみ》は、共振関係によって得られた《思いこみ》噴出の受け入れである。
  4. 「キョウカンジョウキュウ」共振関係によって得られた《思いこみ》《浄化球》を通した噴出共振関係の《思いこみ》《浄化球》への噴出
  5. 個々具体的なモノとの共振関係における《思いこみ》の受領。
  6. モノたちは、共振関係自体、共振自体を楽しんでいて、それを通じて彼らの内部の《思いこみ》噴出・伝達しているようには見えない。『仕合わせ』を楽しんでいるようにみえる。モノたちには『仕合わせ』《求める思いこみ》がある。

ユダヤ教的行動様式《仕合わせ》

  1. ゴイムとの集団的敵対関係を通じて、小集団内部での団結を強めて、小集団内部での《仕合わせ》を実現する、という行動様式
  2. ゴイムとの《不仕合わせ》な関係との対比において、小集団内部での《仕合わせ》を強く感じるようになる、という心理構造。
  3. 《不仕合わせ》な関係の対価としてのゴイムの家畜化という報酬。

関係欲求と《仕合わせ》

  1. ERG理論だと、関係欲求は成長欲求の下位に置かれている。
  2. しかし、《仕合わせ》と言う関係欲求の充足がないと、成長欲求もない。
  3. 《仕合わせ》のための自己犠牲、成長欲求の断念。平凡主義。関係欲求を成長欲求の上位に置くということか? 成長欲求とは関係欲求の完全な実現であるという、成長欲求の捉え方、成長欲求への《視点》の違いか?

《仕合わせ》ブロイラー

  1. ブロイラーとしての安心と、身体サイズの自由があれば、満足なのだ。仕合わせ、ってそんなモノだよ。

空気主義と《仕合わせ》

  1. 空気主義、調和主義、小集団主義。日本的行動様式。名前が決まらぬ。
  2. http://www.asyura2.com/0510/social2/msg/177.html
  3. http://pine.zero.ad.jp/~zac81405/ethics.htm
    1. 日本人の倫理観は、その根底において、社会的・共同体的な現象の中で、人間関係がうまく確立され、それによって共同体がうまく維持・形成されていくことを志向することによって形造られてきた。
    2. 「幸せ」とは「仕合わせ」であり、物事がうまく合わさっている状態を指し、それは共同体の中での関係がうまく保たれている状態をいう。
    3. そこで共同体を破壊するような行為(殺人・窃盗など)は、犯罪として厳罰とされるが、個人がどんな過ちをしても共同体を破壊しない限りは寛容に受け入れられてきた。
    4. ・・
    5. 共同体の中での関係がうまく保たれている状態が「幸せ」であるために、個々の礼節についての論理は極めて発達したが、倫理を体系的に国家や社会のあり方から根本的に問うような倫理観は、自覚的に取られなかった。
    6. それ故、日本の倫理観を問題にするとき、性善説や性悪説といった個人の資質の問題であるよりも、むしろ「共同体的」形成論理としての倫理が長い歴史上に形成されてきたことを重視しなければらならない。
    7. そこで、この共同体倫理が実体としてどういったものであるかを解き明かす必要がある。
    8. ・・
    9. 山本七平が著した「空気の研究」という極めて興味深い指摘がある。
    10. 例えば、サラリーマンが夜遅くまで残業すること、誰もいない真夜中の赤信号で止まって待つこと、そうした日本人の行動に対して「なぜ?」と問えば、多分、「そういう雰囲気ではない」といった答えが返ってくる。
    11. ・・
    12. ファレルの言う「徹底した退屈さ」を日本人が退屈だと思わないことは事実だろう。
    13. つまり、「平凡に生きる」ということを肯定的に受け入れるかが問題なのだ。
    14. 映画の「寅さん」「釣りバカ」シリーズ、小津安二郎の映画、五木寛之の小説は、確かに「精神的に貧困な」退屈極まりない駄作とも言えるが、私自身は嫌いではないし、実際に日本ではよく売れている。
    15. 平凡な人間に対して、「何故努力しないのか?お前は敗者だ」と言ってしまうのがアメリカだ。
    16. アメリカ人と違って、「人生の敗者(loser)」という言葉を日本人は通常使わない。
    17. ・・
    18. 日本は、世界史的にも極めて珍しい「均質な国家」だといえる。
    19. ただ、それと同時に日本が極めて多元的な価値観を容認してきた事も事実だ。
    20. 均質であるがゆえに、人種・宗教・貧富における差異が社会集団間で物理的紛争を起こさない事に加えて、平凡・普通である 事を否定する不寛容(intolerance:一神教の排他性を表す語句)が存在しなかったことが、日本社会の安全を支えていることは間違いないだろう。
    21. こうした意味での「相対主義と均質性」の伝統が、社会に無用の軋轢を生み出さなかった。それが日本社会の安全性を長いこと支えて来たといえるのではないか。

ソクラテスの「幸福」と《仕合わせ》

  1. http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/s10.html
    1.  ソクラテスは非常に単純なことがらから出発している。それは人間の配慮ということも人間の幸福(eudaimonia)のための配慮であるということである。そして、人間が精神と身体の両面において健康であることが幸福であり、不健康、病気であることが不幸なのである。不健康、病気の者は治療を受けなければならない。そのときに目指されるものは快ではなくて善でなくてはならない。司法術、医術が目指すのはその対象が受ける苦痛、快楽ではなくて、その治療の目的である精神的、身体的悪からの解放としての善である。
    2.  ソクラテスは人間の幸福の全体(hee pasa eudaimonia)は、彼が教養と正義の徳の点で、どのような状態にあるか(paideias hopoos echei kai dikaiosunees)ということにかかっている(470E)と云う。ソクラテス的パイデイア(paideia)は、このように見てくると、すぐれて人間の精神の面での健康にかかわって来ることが明らかとなる。魂の劣悪さである無学(amathia)や不正(adikia)からの解放こそ、真の弁論術たる広い意味でのソクラテス的パイデイアの目指すところである。われわれは無教養(apaideusia)(527E)の状態から脱け出さなければならない。
  2. むしろ《ヒトの群れの健康》《ヒトの群れの腐敗》の問題に近いか?
  3. ヒトを個体的に捉えて、幸福を「ヒトの属性」として捉える《視点》
  4. ヒトを関係的に捉えて、《仕合わせ》を「ヒトヒトとの相互関係」として捉える《視点》ヒトを全体としての《ヒトの群れ》に置き、さらに時間的総体の中の存在として捉えると、《仕合わせ》は「関係的・時間的継続体としての《ヒトの個体》の属性」だと言えないこともない。
  5. 身体と、心とを分離的に捉えている。
  6. 身体と、「身体と身体との関係」を分離的に捉える。

《仕合わせ》《憎みつつあるモノ》

  1. 《憎みつつあるモノ》《身体》的な《求める思いこみ》《知りつつあるモノ》から《噴出しつつあるモノ》である。
  2. 《憎みつつあるモノ》《他者》が害されることを予想しつつ《他者》に接近するモノである。《他者》に接近すれば、《他者》か害されることは当然に予測される。《憎みつつあるモノ》は、《他者》が害されることに怯えつつ、《仕合わせ》のために《他者》に接近するモノである。《憎み》がなければ《仕合わせ》を実現することはできない。(《憎しみ》ではなく、《憎み》。「にくいね」といえば、差異に対する親愛と尊重を表現している)。
  3. 《憎みつつあるモノ》《他者》に執着しつつあるモノである。

《仕合わせ》《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》《仕合わせ》《求める思いこみ》である、わけではない。
  2. 《求める思いこみ》の中には《仕合わせ》《求める思いこみ》もある、ということ。

《仕合わせ》《息しつつあるモノ》

  1. 《心地よさ》とは《息しつつあるモノ》が、支障なく自然に動くことである。《息苦しさ》の反対である。
  2. ヒトヒトとの《繋がり》において、《息しつつあるモノ》が支障なく自然に動くことが《仕合わせ》である。「息があう」ことが《仕合わせ》である。

《仕合わせ》《動き》

  1. 《仕合わせ》を実現し、維持するためには《動き》が必要である。
  2. 《私》の《心地よさ》と《他者》の《心地よさ》の両方をめざす《動き》である。
  3. 《他者》の《心地よさ》を害せば、《他者》《動き》《私》の《心地よさ》を害するようになるだろう。

《個体》の《仕合わせ》《群れ》の《健康》

  1. 《群れ》の健康は、《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》である。《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》とは、その《個体》が相互関係において活発であり、役割を果たし、心地よいことである。
  2. 《仕合わせ》とは、モノモノとの心地よく活発な《繋がり》である。
  3. 《快》

検索

《ヒトの群れの健康》 - [#《私》は体細胞の《仕合わせ》を考えない。か? 《私》は健康を考える。《群れ》の健康は、《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》である。《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》とは、その《個体》が相互関係において活発であり、役割を果たし、心地よいことである。]

《私》 - [#《私》は体細胞の《仕合わせ》を考えない。か? 《私》は健康を考える。《群れ》の健康は、《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》である。《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》とは、その《個体》が相互関係において活発であり、役割を果たし、心地よいことである。]

《浄化球》 - [#《仕合わせ》ヒトヒトとの心地よい《繋がり》である。《繋がり》とは何か、も問題だが、《心地よさ》とは何か、も問題となる。]

ユートピア』 - [#「みんなが仕合わせに生きられる世界」。]

《モノの思いこみ》 - [ゴミ箱2005-11 - [#《モノの世界》においては共振関係によって、そのモノ《思いこみ》《私》に伝達される。《思いこみ》モノごとに噴出する。共振関係によって得られた《思いこみ》噴出。「キョウカンジョウキュウ」共振関係によって得られた《思いこみ》《浄化球》を通した噴出共振関係の《思いこみ》《浄化球》への噴出。個々具体的なモノとの共振関係における《思いこみ》の受領。モノたちは、共振関係自体、共振自体を楽しんでいて、それを通じて彼らの内部の《思いこみ》噴出・伝達しているようには見えない。『仕合わせ』を楽しんでいるようにみえる。モノたちには『仕合わせ』《求める思いこみ》がある。]]

ゴミ箱2005-12 - [#ブロイラーとしての安心と、身体サイズの自由があれば、満足なのだ。仕合わせ、ってそんなモノだよ。]

《他者からの思いこみ》 - [#《他者からの思いこみ》《動きつつあるモノ》循環において『仕合せ』もある。]

ゴミ箱2007-07 - [#「人間の物欲中心の唐心を捨て、世界を作っている神の法則に沿った素直なこころに戻ることであると。そして、世界にその考えを広めることであると。」・・《仕合せ》の原理。]

ゴミ箱2006-05 - [#排他的民族主義的傾向は否定してもよいのではないか? 協和的民族主義は是なり。《仕合せ》民族主義。]