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公理主義

予備知識公理主義

定義

論理的に見て破綻を来さない無矛盾な体系が複数あり得る、ということをみとめる立場を「公理主義」という。数学の理論の一つである。

  1. 無矛盾の論理体系(真理体系)は複数あり得る、という立場。

区別

公理主義《視点》

  1. 『形而上学』、上、p.122:同じもの(同じ属性・述語)が同時に、そしてまた同じ事情のもとで、同じもの(同じ基体・主語)に属し且つ属しないということは不可能である。(矛盾律)
  2. 《視点》が変われば無矛盾の論理大系は異なったモノになる。

説明

たけ(tk)は、ゲーデルの不完全性定理を次のように理解している。

(1)「いかなる論理体系でも無矛盾であるとき、その無矛盾性をその体系の公理系だけでは証明できない」(第2不完全性定理)。したがって、

(2)「いかなる論理体系において、その論理体系によって作られる論理式のなかには、証明する事も反証することもできないものが存在する。」(第1不完全性定理)

(3)この「証明する事も反証することもできないもの」を「公理」と呼ぶ。したがって、すべての論理体系は証明不可能な公理を基礎として組み立てられている、と言い換えることができる。公理を基礎とする論理体系を「公理系」と呼ぶ。

(4)公理に基づく論理体系は唯一のものではなく、基礎となる公理を入れ換えることにより、複数の体系が可能である。複数の公理系がそれぞれ無矛盾な論理体系として併存することが可能である。 たとえば、ユークリッド幾何学に対して非ユークリッド幾何学が併存している。

たけ(tk)思うに

(5)ゲーデルの第2不完全性定理は「自分自身の無矛盾性を証明する」という意味での自己言及である。ゲーデルの定理は、論理学への自己言及のパラドックスの導入である。

(6)ゲーデルの証明は数学者たちの「無矛盾な世界」への美しい《思いこみ》が「心地よいウソ」でしかないことを証明した、という意味で偉大な功績である。そればかりではなく、一般に、すべての《思いこみ》はそれが唯一の真なる体系であることを証明できないこと、すなわち、或る《思いこみ》を無矛盾であり真であると確信したときにも、他の複数の真なる体系が併存していることを承認しなければならない、ということを意味している。

(7)自己言及のパラドックスが生じる由縁は、自己言及という行為自体が、コトバ世界からの脱出を意味しているからであろう。コトバ世界がそれ自体に言及するためには、そのコトバが置かれている世界を経由しなければなし得ない行為だからだ。コトバ世界モノ世界の中に浮かんでいるモノなのである。

ジャック天野曰く

(1)第1不完全性定理における、証明も反証もできないゲーデル命題は、自己言及を用いて記述される。

(2)実は、非決定性命題を構成するのに、自己言及を用いる必要はない。

(3)公理は実はそれ自体がすでに証明である。つまり、公理は証明可能である。

(4)ゲーデルの結果は、数学が有限文字数で語りきれないこと。そして数学の無矛盾性もまた有限文字数による記述で根拠付けられないことを示す。

(5)tk氏のいうモノ世界は記述し得ない点で、《思いこみ》に過ぎない。

* 「(3)公理は実はそれ自体がすでに証明である。」てのが分からぬ。

  1. http://ja.wikipedia.org/wiki/公理
    1. 公理(こうり)とは、学問を構築する上で前提とされる命題のこと。
    2. さかのぼるのをどこかであきらめ、幾つかの命題を無批判に認めざるをえない。 この無批判に認める命題が「公理」である。
    3. 現在の数学では公理とは記号で書かれたただの論理式にすぎない。その論理式から単なる記号操作で得られる論理式が定理であるととらえられている。
    4. 近代数学では実際の点、直線、平面は数学で扱う「点」、「直線」、「平面」とは(似てはいるものの)無関係で、 公理という論理式を満たす無定義な記号列であり、それ以上でもそれ以下でもない。
  2. まあ、「無批判に認める」ことを証明というのであれば、なんであるが・・。

* 「(4)ゲーデルの結果は、数学が有限文字数で語りきれないこと。」てのは、「数学が無限文字数であれば語りうる」ということでもないだろう。

* 「(5)tk氏のいうモノ世界」は「モノ世界」というコトバによって指し示されているモノであるから、記述し得るモノである。ただし、その記述のコトバと聞いた《他者》が、たけ(tk)が指し示している《モノの世界》と同じモノを指し示す《思いこみ》を、《他者》の内心に生じさせる、という保障がない、という問題があるだけ。

  1. →「《モノの世界》を《コトバ》で説明することと自己言及

* いったん「ご批判」のページに移して、それぞれのページで検討するか?

本稿との関係

《主観公理》《客観公理》とか《同質者公理》《特別者公理》といった《思いこみ》は、それぞれの公理に基づいて無矛盾な論理体系、世界を形成しうると考えている。そして、それ自身ではその公理を証明することはできず、また、お互いに矛盾する体系がそれぞれ無矛盾なモノとして併存する、という関係にあると考えている。

参考になりそうなurl

http://www.sakamura-lab.org/tachibana/first/05minj/2.html

http://www.sakamura-lab.org/tachibana/first/05minj/4.html

http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/fukanzen.htm

第1不完全性定理は「いかなる論理体系において、その論理体系によって作られる論理式のなかには、証明する事も反証することもできないものが存在する。」というもの。

第2不完全性定理は「いかなる論理体系でも無矛盾であるとき、その無矛盾性をその体系の公理系だけでは証 明できない」というものである。

Last modified:2007/05/12 13:06:46
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