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《見失い》

《見失い》とは?

記述

区別

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《入り込み》 - [#《入り込み》《見失い》を伴う、か?○:。×:。]

《噴出》 - [#モイフンがイシモ見失う時、モイフンは暴走する。]

《体内直知時空》 - [#《近傍物理空間》を冷静に知覚すると《体内感覚世界》見失う。《体内感覚世界》は容易に見失われる。]

《背後者》 - [#《混濁》にも《背後者》が含まれているが、《知りつつあるモノ》が生じた時点で、見失われた。もしくは、《知りつつあるモノ》の発生と同時に、《背後者》が生じた。]

《知られつつある混濁》 - [『精神哲学』 - [* 《体内感覚世界》が虚数軸というのは違うだろう。単に、対外世界と異なり、手で測ることができない、また、空間定位が曖昧であるということ、また、《思いこみ》への《入り込み》によって、物質的空間性を見失ってしまう、ということに過ぎない。本当の虚数軸(非物質性)は《知りつつあるモノ》の背後にある世界においてのみである。おそらく、《背後者世界》《体内感覚世界》との混同があるのであろう。まあ、《体内世界》においては両者は一つなのであるから、混同してもかまわない。区別が在るのは《知りつつあるモノ》《知られつつある世界》《背後者世界》とを分割する場面においてのみである。・・てか、区別しているのは、たけ(tk)じゃん。てか、体内世界は物質的存在である。だから、誤り。物質的存在であるのに、認識経路が異なるので、対外世界とは違ったモノのように見えるということ。まあ、物質とは体外世界モノであるとするなら、体内世界モノは非物質的ではある(定義の問題)。]]

《今・ここの・このモノ》 - [#《知りつつあるモノ》は、《他者のコトバの世界》入り込むと《今・ここの・このモノ》見失う。]

《息しつつあるモノ》 - [#《混濁》においては《息しつつあるモノ》見失われている。]

《私》 - [#《今・ここの・このモノ》の問題は、見失われることである。《私》の生活の中の大部分の時間において、《今・ここの・このモノ》見失われている。何によって見失われているのか? 《他者》《コトバの世界》《私》自身の《思いこみの世界》入り込むことによって、《知りつつあるモノ》《今・ここの・このモノ》見失う。]

《知りつつあるモノ》 - [#《知りつつあるモノ》は、自らが《モノの世界》の中にあることを見失うことがある。]

《ユートピア》の権力 - [##発言力や決定権限を持っている多くの人たちが目の前の損得で物事の判断をすることで、長期的な損得を見失っているようです。]

《肉の塊》 - [如悪悪臭、如好好色 - [* 《肉の塊》 - [#この《肉の塊》は、モノとして、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノとしての《見通し》としては、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノは、『一切』からの情報に反応しているのである。もんだいは、ヒトとしての《見通し》においては、『一切』への《見通し》見失っている、ということ。「『一切』へのヒトとしての《見通し》」と「『一切』へのモノとしての《見通し》」。「ヒトとしての『一切』への《見通し》」と「モノとしての『一切』への《見通し》」。ヒトとしての自覚における《見通し》《描かれつつある思いこみ》として再構成された『一切』への《見通し》。人は、《描かれつつある思いこみ》に描かれた世界しか視ることはできない。ヒトは、感じることにおいては、すでに、人は『一切』への《見通し》を持っている。《感点》における『一切』への《見通し》、と《視点》における『一切』における《見通し》如悪悪臭、如好好色。心を誠にすること。]]]

『よい』『わるい』 - [#スポットライトの当たったところ<<だけ>>を、克明に描き出すことは、『よい』か、『わるい』か? といえば、全体を見失わせる結果になるから、『わるい』と言うべきであろう。]

『なすべきこと』 - [#《ヒトのアニマ》とは、《モノアニマ》を見失うことである。《モノアニマ》の『なすべきこと』ならざるモノ『なすべきこと』であると思いこむことである。]

『精神哲学』 - [* 《体内感覚世界》が虚数軸というのは違うだろう。単に、対外世界と異なり、手で測ることができない、また、空間定位が曖昧であるということ、また、《思いこみ》への《入り込み》によって、物質的空間性を見失ってしまう、ということに過ぎない。本当の虚数軸(非物質性)は《知りつつあるモノ》の背後にある世界においてのみである。おそらく、《背後者世界》《体内感覚世界》との混同があるのであろう。まあ、《体内世界》においては両者は一つなのであるから、混同してもかまわない。区別が在るのは《知りつつあるモノ》《知られつつある世界》《背後者世界》とを分割する場面においてのみである。・・てか、区別しているのは、たけ(tk)じゃん。てか、体内世界は物質的存在である。だから、誤り。物質的存在であるのに、認識経路が異なるので、対外世界とは違ったモノのように見えるということ。まあ、物質とは体外世界モノであるとするなら、体内世界モノは非物質的ではある(定義の問題)。]

『一切』 - [#『一切』見失った精神状態も『一切』に含まれる。]

《饕餮》 - [#『普遍的に正しいコトバ』への《求める思いこみ》《私》への《視点》を失わせる。《饕餮》とは、『普遍的に正しいコトバ』への《求める思いこみ》の故に《私》への《視点》見失うこと、である。]

《見通し》 - [#《息しつつあるモノ》《今・ここの・このモノ》《アニマ》に気付くための良いきっかけである。《息しつつあるモノ》見失った時には、《モノアニマ》を見失っていると考えたほうがよい、幻の世界に入っていると判断したほうがよい。]

『心地よいウソ』 - [#人は、コトバのウソを見抜いたときから、モノの真実に気がつくようになる。しかし、モノの真実は危険である。社会的な生存の根拠を見失う危険がある。それゆえに、その危険に気づいて怯えた人は、より強く『心地よいウソ』を選択するようになる。]

《繋がり》 - [《背後者》への見通し - [* ご注意:この「《背後者》への見通し」の原稿を書き終わってしばらくしたら、激しい頭痛とめまいに襲われて、救急車で運ばれてしまった。CTスキャンや血液検査で脳や身体には異常がないとの診断だった。よって、この「《背後者》への見通し」の原因であったと思われる。白隠和尚の病気と同じだ。《知りつつあるモノ》《背後者》への見通しを得るということは、《知りつつあるモノ》《身体》《生きつつあるモノ》との繋がりを、意識のうえで、破壊してしまうことを意味する。《知りつつあるモノ》は自身の存在原因見失うのである。これに対処するには、《知りつつあるモノ》が「《知りつつあるモノ》《生きつつあるモノ》噴出である」という自覚を持つことが必要になる。「《背後者》への見通し《生きつつあるモノ》噴出である」。そのように念じ続けたら、めまいが生じなくなったようだ。簡単にいえば、腹式呼吸で深呼吸をすれば症状は軽くなる。白隠和尚の軟酥の法も知っておくとよい。ご注意あれ。]]

《他者からの思いこみ》 - [#《息しつつあるモノ》見失ってはいけない。]

『科学』 - [#問題は知識信仰、《科学信仰》のほうなのだ。信仰は生の世界見失わせる阿片である。ヒトは阿片と暴力によって奴隷化される。うーむ、脳内麻薬。脳細胞を脳内麻薬によって奴隷化することによって、我々の脳は成立しているのかもしれない。科学者は《ヒトの群れの麻薬》の製造業者である。]

《地球》 - [ヒトは大地を見失っているか?]

《科学信仰》 - [《他者のアニマ》 - [#問題は知識信仰、《科学信仰》のほうなのだ。信仰は生の世界見失わせる阿片である。ヒトは阿片と暴力によって奴隷化される。うーむ、脳内麻薬。脳細胞を脳内麻薬によって奴隷化することによって、我々の脳は成立しているのかもしれない。科学者は《ヒトの群れの麻薬》の製造業者である。]]

『意味』 - [《背後者》への見通し - [* ご注意:この「《背後者》への見通し」の原稿を書き終わってしばらくしたら、激しい頭痛とめまいに襲われて、救急車で運ばれてしまった。CTスキャンや血液検査で脳や身体には異常がないとの診断だった。よって、この「《背後者》への見通し」の原因であったと思われる。白隠和尚の病気と同じだ。《知りつつあるモノ》《背後者》への見通しを得るということは、《知りつつあるモノ》《身体》《生きつつあるモノ》との繋がりを、意識のうえで、破壊してしまうことを意味する。《知りつつあるモノ》は自身の存在原因見失うのである。これに対処するには、《知りつつあるモノ》が「《知りつつあるモノ》《生きつつあるモノ》噴出である」という自覚を持つことが必要になる。「《背後者》への見通し《生きつつあるモノ》噴出である」。そのように念じ続けたら、めまいが生じなくなったようだ。簡単にいえば、腹式呼吸で深呼吸をすれば症状は軽くなる。白隠和尚の軟酥の法も知っておくとよい。ご注意あれ。]]

《他者の思いこみ》 - [#人は、コトバのウソを見抜いたときから、モノの真実に気がつくようになる。しかし、モノの真実は危険である。社会的な生存の根拠を見失う危険がある。それゆえに、その危険に気づいて怯えた人は、より強く『心地よいウソ』を選択するようになる。]

《アニミズム》 - [#マルクスの唯物論的認識論は、正しいと思うのだが、エピゴーネンは、マルクスがもっていた《見通し》見失っている。聞慧・思慧・修慧。]

《サル山のサル》 - [#《ゆめ》というのは想像力、イマジネーションなのだ。レノンの『イマジン』。想像してごらん。《ゆめ》見てごらん。《サル山のサル》は《ゆめ》を嫌悪する。《サル山のサル》は《ゆめ》を見ると《うつつ》を見失う。「うつつを抜かす」。《ゆめ》を見る《我》は《うつつ》の存在である。《我》が《ゆめ》を見失えば、《我》は《うつつ》に従属するようになる。《うつつ》だと思っていたもののが実は《ゆめ》であるというのが、共同幻想論。]

ゴミ箱2005-03 - [世界は苦しんでいるか? 世界は畜生道に苦しんでいるか? 果てしない欲望の充足に苦しんでいるか? 世界は天上道に苦しんでいるか? 硬直した客観的知識を信じて自らの道を見失っていないか? 世界は修羅道に苦しんでいないか? 攻撃衝動をコントロールできずに破滅に向かっていないか? 世界は涅槃道に苦しんでいないか? 悟ることを喜び現実を放置してはいまいか?]

行動様式 - [#分業は『よい』? ○:《作り手》の《行動様式進化》。進化の必然である。×:全体を見失わさせる。非人間的(人間は全体的生活の統合を望む)。]

体外世界 - [『精神哲学』 - [* 《体内感覚世界》が虚数軸というのは違うだろう。単に、対外世界と異なり、手で測ることができない、また、空間定位が曖昧であるということ、また、《思いこみ》への《入り込み》によって、物質的空間性を見失ってしまう、ということに過ぎない。本当の虚数軸(非物質性)は《知りつつあるモノ》の背後にある世界においてのみである。おそらく、《背後者世界》《体内感覚世界》との混同があるのであろう。まあ、《体内世界》においては両者は一つなのであるから、混同してもかまわない。区別が在るのは《知りつつあるモノ》《知られつつある世界》《背後者世界》とを分割する場面においてのみである。・・てか、区別しているのは、たけ(tk)じゃん。てか、体内世界は物質的存在である。だから、誤り。物質的存在であるのに、認識経路が異なるので、対外世界とは違ったモノのように見えるということ。まあ、物質とは体外世界モノであるとするなら、体内世界モノは非物質的ではある(定義の問題)。]]

八正道 - [##1 正見 (samyag-dRSTi, sammaa-diTTi)。己のモノとしての構造への《見通し》見失わないこと。《知りつつあるモノ》《動きつつあるモノ》との《繋がり》への《見通し》を維持すること。《私》《他者》との《繋がり》への《見通し》見失わないこと。《他者》の構造への《見通し》見失わないこと。]

正見 - [《正見》とは、《ブッダの「一切」》における位置づけを見失わないことであろう。]

《今・ここの・この肉の塊》 - [如悪悪臭、如好好色 - [* 《肉の塊》 - [#この《肉の塊》は、モノとして、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノとしての《見通し》としては、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノは、『一切』からの情報に反応しているのである。もんだいは、ヒトとしての《見通し》においては、『一切』への《見通し》見失っている、ということ。「『一切』へのヒトとしての《見通し》」と「『一切』へのモノとしての《見通し》」。「ヒトとしての『一切』への《見通し》」と「モノとしての『一切』への《見通し》」。ヒトとしての自覚における《見通し》《描かれつつある思いこみ》として再構成された『一切』への《見通し》。人は、《描かれつつある思いこみ》に描かれた世界しか視ることはできない。ヒトは、感じることにおいては、すでに、人は『一切』への《見通し》を持っている。《感点》における『一切』への《見通し》、と《視点》における『一切』における《見通し》如悪悪臭、如好好色。心を誠にすること。]]]

《思いこみのサル》 - [#しかし、科学・技術・論理の《思いこみ》の勝利に酔いしれて、自らの姿を見失えば、《思いこみのサル》の悲劇になる。]

《肉》 - [#この《肉の塊》は、モノとして、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノとしての《見通し》としては、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノは、『一切』からの情報に反応しているのである。もんだいは、ヒトとしての《見通し》においては、『一切』への《見通し》見失っている、ということ。「『一切』へのヒトとしての《見通し》」と「『一切』へのモノとしての《見通し》」。「ヒトとしての『一切』への《見通し》」と「モノとしての『一切』への《見通し》」。ヒトとしての自覚における《見通し》《描かれつつある思いこみ》として再構成された『一切』への《見通し》。人は、《描かれつつある思いこみ》に描かれた世界しか視ることはできない。ヒトは、感じることにおいては、すでに、人は『一切』への《見通し》を持っている。《感点》における『一切』への《見通し》、と《視点》における『一切』における《見通し》如悪悪臭、如好好色。心を誠にすること。]

『省察』 - [#「諸々の學問において或る確固不易なるもの」などない。学問・科学は共同幻想に過ぎない。共同幻想であっても、『一切』であるなら、よろしいのだが、実験可能な分野・対象しか扱わないのであれば、NG。科学は主観を扱わない。共同幻想は主観の対極にある。共同幻想を信じれば、主観を見失う、という構造にある。]

ゴミ箱2007-03 - [##名誉毀損裁判を起こすことがこの問題の本質を見失う可能性を秘めているのが恐ろしいのです。]

ゴミ箱2007-02 - [##この国の総理は靖国参拝に拘泥って大局を見失っている。相互間の問題を篩い分けて残ったものといえば、互いに対する不信感の増幅という結果だけだった。指導者が握っている正しからざる判断が、日中間の対立軸を際立たせている。日本側の都合だけを言い募っても、問題が解決する訳はないだろう。それどころか、却って悪化させてしまっている。日本の宰相が我を押し通そうとすればするほど、過去の反省を疑わせてしまうことになってゆく。日中両国の円満な関係を発展させるための時間を、これまで失ってきたことが惜しまれる。為政者は時と場合とをよく弁えて、最適な判断を行うことができなければならない。些細な部分に拘って大局を見失っていたのでは、互いにとって有益な結果はえられない。]

《怯えつつあるモノ》 - [##「この世界戦争は、もっとも凄惨な社会変動と血みどろの動乱を招来する。そのとき、革命を起こす少数派から防衛せざるを得なくなった民衆ほ、全世界でこれら文明の破壊者を殺教するだろう。一方、大部分の者たちはキリスト教に幻滅し、方向性を見失い、理想をあがき求めながらも、それをどこに求めるべきかを知らぬまま、最終的に民衆に提示されるルシフアーの純粋な教理の世界的台頭を通して、真の光をつかむのだ。キリスト教と無神論の同時的征服と壊滅によって起きてくる広範囲にわたる反動から、これは現実のものとなる」]

原因 - [《繋がり》 - [《背後者》への見通し - [* ご注意:この「《背後者》への見通し」の原稿を書き終わってしばらくしたら、激しい頭痛とめまいに襲われて、救急車で運ばれてしまった。CTスキャンや血液検査で脳や身体には異常がないとの診断だった。よって、この「《背後者》への見通し」の原因であったと思われる。白隠和尚の病気と同じだ。《知りつつあるモノ》《背後者》への見通しを得るということは、《知りつつあるモノ》《身体》《生きつつあるモノ》との繋がりを、意識のうえで、破壊してしまうことを意味する。《知りつつあるモノ》は自身の存在原因見失うのである。これに対処するには、《知りつつあるモノ》が「《知りつつあるモノ》《生きつつあるモノ》噴出である」という自覚を持つことが必要になる。「《背後者》への見通し《生きつつあるモノ》噴出である」。そのように念じ続けたら、めまいが生じなくなったようだ。簡単にいえば、腹式呼吸で深呼吸をすれば症状は軽くなる。白隠和尚の軟酥の法も知っておくとよい。ご注意あれ。]]]

ゴミ箱2006-11 - [###『善』なる実践者は、『真』を見失う。]

『仁』 - [#《他者》に関心が移ると、提唱者は《私》《見通し》たがゆえに《他者》に関心を移したとしても、エピゴーネンたちは、《私》を見通すことに関心をもたない俗物となる。《私》見失った亡霊たちになる。]

クルアーン - [#自分というモノ見失っている、ということだろう。コトバに依存すれば、モノ見失う。自分というモノ見失う。]

ゴミ箱2006-08 - [#上流階級にいる人は、回りがみんな知識人だから、すべての人が(政治家も)知的・理性的に行動していると信じてしまう。暴力と損得で生きていることを知らない。忘れてしまう。見失ってしまう。]

ゴミ箱2006-05 - [##このロボットは平常の状態では、FSMの状態遷移をそのままに追従しながら、ナビゲーションしていくことが可能であろう。問題は、ノイズなどの何らかの外からの摂動で、ロボットがランドマークを誤認識した場合に発生する。ロボットは自己のFSMが予測するものと異なったランドマーク記号を受けることにより、現在の状態・位置を見失うであろう。なぜなら、FSMは不正な記号入力に対しては、ただ停止するだけであるから。ランドマークのカテゴリゼーション能力をエンジニアリング的に向上させれば良いといった意見もあるかもしれないが、それは問題を先送りにするにすぎない。問題は位相空間に定義される環境世界と位相を持たない記号システムFSMのインターフェースが恣意的になることにある。両者が共有されない空間に定義されている限り、どのようなインターフェースを両者の間に導入してもその恣意性は解消されないであろう。]

《生きつつある身体》 - [#身体ならざるモノが生きる意味を知っていると思うとすれば、それは、そのモノの背後にある《生きつつある身体》の存在を見失った、能天気な自己意識でしかないだろう。 ]

《他者のアニマ》 - [#問題は知識信仰、《科学信仰》のほうなのだ。信仰は生の世界見失わせる阿片である。ヒトは阿片と暴力によって奴隷化される。うーむ、脳内麻薬。脳細胞を脳内麻薬によって奴隷化することによって、我々の脳は成立しているのかもしれない。科学者は《ヒトの群れの麻薬》の製造業者である。]

ゴミ箱2006-04 - [#客観的《視点》が、主観的体験の《視点》見失わせるということを、科学は客観的に認識すべきである。]

ゴミ箱2006-03 - [##「この世界戦争は、もっとも凄惨な社会変動と血みどろの動乱を招来する。そのとき、革命を起こす少数派から防衛せざるを得なくなった民衆ほ、全世界でこれら文明の破壊者を殺教するだろう。一方、大部分の者たちはキリスト教に幻滅し、方向性を見失い、理想をあがき求めながらも、それをどこに求めるべきかを知らぬまま、最終的に民衆に提示されるルシフアーの純粋な教理の世界的台頭を通して、真の光をつかむのだ。キリスト教と無神論の同時的征服と壊滅によって起きてくる広範囲にわたる反動から、これは現実のものとなる」]

《他者のコトバの世界》 - [#《今・ここの・このモノ》の問題は、見失われることである。《私》の生活の中の大部分の時間において、《今・ここの・このモノ》見失われている。何によって見失われているのか? 《他者》《コトバの世界》《私》自身の《思いこみの世界》入り込むことによって、《知りつつあるモノ》《今・ここの・このモノ》見失う。]

ゴミ箱2005-11 - [#心理現象としての「生活空間の空洞化」は、「本当の生活関係」を見失った状態。再発見すればよいということになるはず。]

ゴミ箱2005-10 - [##近代−現代が、どんなに人間尊重(ヒューマニズム)、さらには全生命の尊重(エコロジー)を追及しても、なぜかうまくいかないのは、一つはどんなに善意から出発していても結局は意味を見失ってしまうような見方を基にして、一生懸命追求してきたからなのだ。ホラーキーな構造、4象限を見落とした、進歩的改良主義、平等主義、文化相対主義、エコロジー・・・・・・は意図がどんなによくても、結果はよくならなかったし、これかもよくならないだろう。]

ゴミ箱2005-09 - [普通のヒトが無自覚的に理解していることを、あえて、自覚的に正確に書こうとするというのは、書こうとするヒトが、その事物の無自覚的自明性を見失いつつあることを意味する。]

ゴミ箱2005-08 - [##「無記」(avyaakata, avyaakRta)とは、形而上学的な問題について判断を示さず沈黙を守ることである。無用な論争の弊害からのがれ、苦しみからの解放という本来の目的見失わないためにとられた立場である。]

ゴミ箱2005-07 - [#しかし、ベースになっているのは《モノの世界》における関係性である。《背後者世界》《思いこみ》の関係性を重視し過ぎると、実体を見失うだろう。]

ゴミ箱2005-06 - [われわれが事物を見失うのは、事物自体が自らを見失うことである。]

《背後者》への見通し - [* ご注意:この「《背後者》への見通し」の原稿を書き終わってしばらくしたら、激しい頭痛とめまいに襲われて、救急車で運ばれてしまった。CTスキャンや血液検査で脳や身体には異常がないとの診断だった。よって、この「《背後者》への見通し」の原因であったと思われる。白隠和尚の病気と同じだ。《知りつつあるモノ》《背後者》への見通しを得るということは、《知りつつあるモノ》《身体》《生きつつあるモノ》との繋がりを、意識のうえで、破壊してしまうことを意味する。《知りつつあるモノ》は自身の存在原因見失うのである。これに対処するには、《知りつつあるモノ》が「《知りつつあるモノ》《生きつつあるモノ》噴出である」という自覚を持つことが必要になる。「《背後者》への見通し《生きつつあるモノ》噴出である」。そのように念じ続けたら、めまいが生じなくなったようだ。簡単にいえば、腹式呼吸で深呼吸をすれば症状は軽くなる。白隠和尚の軟酥の法も知っておくとよい。ご注意あれ。]

ゴミ箱2005-04 - [身体ならざるモノが生きる意味を知っていると思うとすれば、それは、そのモノの背後にある《生きつつある身体》の存在を見失った、能天気な自己意識でしかないだろう。]

Last modified:2017/06/10 21:20:42
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