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《健常者》

キーワード《健常者》

定義

『私はヒトであり、異常ではない』と思っているモノ

区別

《健常者》《欲求実現手段》

  1. 《他者》《私》《欲求実現手段》である。《私》《他者》《欲求実現手段》である。OK」というのが、健常者の発想なのか・・。
  2. 《健常者》は共食いを『よい』とする《生きモノ》である。

《健常者》『マモンの原理』

  1. 《健常者》マモンに忠誠を誓い、タヌキが作った葉っぱを崇拝する。
  2. 《健常者》ヒトではない。《生きモノ》だ。敢えて言うなら、マモンに忠誠を誓う《生きモノ》である。
  3. カネの奪い合いは共食いの一種である。仲間の《いのち》を奪って食べることである。
  4. 食物連鎖の頂点にたった《生きモノ》は、共食いを始める。か? ○:。×:。
  5. http://hicksian.cocolog-nifty.com/irregular_economist/2006/04/post_9293.html
    1. 捕食者・被捕食者モデルの原型はLotka-Volterra モデルだからこれの数学的な構造を理解するには、僕は『力学系入門』を使いました。もちろんこれにアカロフ・中谷巌命題をリロードしようなんて発想は当時はなかったわけで。公平賃金仮説というか高田保馬の勢力理論の基礎をどうするかの延長で考えていただけでして。
  6. 経済学者の気に食わないところは、政策によって変る部分を存在しないモノとして扱っていることだな。

《エウドクソスの「善」》《健常者》

  1. 無明を善であるとして選択しつつあるモノ《健常者》である。

《健常者》《混濁しつつある他者の身体》

  1. 同じか? ○:。×:《健常者》には価値観がまじっている。

http://gihyo.jp/dev/serial/01/alpha-geek/0021

    1. DANKOGAI:正気と狂気の違いって何だろ?
    2. JESSE:いまどき正気の人はいません。みんなどこか狂ってます。だから大事なのは,正気か狂気かじゃなくて…。
    3. 全員:役に立つ狂気か役立たない狂気か(笑)。

《健常者》と「内心」

  1. 《健常者》は「内心」というコトバで、自我イメージに付随する《思いこみの噴出》を指し示しているようである。
  2. たけ(tk)《健常者》の「自我イメージ」を知らない。たけ(tk)には、《健常者》が言うところの「内心」を見つけることはできない。ばらばらの《思いこみの噴出》はあるが、統一的な「自我イメージ」を形成することができないし、そもそも、《思いこみの噴出》は即効で捨ててしまう。たけ(tk)にみえるのは、物体としての《身体》の内部の《体内世界》《体内感覚世界》とそこに点在するモノたち、だけである。

《健常者》と「汝自身を知れ」

  1. 「汝自身を知れ」というコトバ《健常者》を理解する秘密が隠されている。
  2. 《健常者》は「汝自身を知らないモノ」であり、「汝自身を知ろうとしないモノ」である、「汝自身を知らなくても何ら問題を生じないモノ」である。
  3. 《健常者》は、彼の『世界』は知っているが、『汝自身』は知らない、知ろうとしない、知らなくても問題が無いモノである。

《健常者》《肉の塊》

  1. 《健常者》《肉の塊》である。たけ(tk)《肉の塊》である。《我》《肉の塊》、《彼》も《肉の塊》である。
  2. 《肉の塊》はおみ《思いこみ》をもち、《思いこみの世界》の中で動いているという《思いこみ》をもち、実際には《モノの世界》の中で動いている。意味ある《動き》をしていると思い込んでいる。意味は《思いこみの世界》でしか意味でありえないのだから、彼らは《思いこみの世界》の中で『動いている』(という《思いこみ》を信じている)のだ。
  3. 結局、大昔の、《思いこみのサル》という思想から発展していないね。

《健常者》《怯えつつあるモノ》

  1. 《健常者》《怯えつつあるモノ》である。『刑事責任』が想定している《健常者》《ヒトの群れ》の規則に《怯えつつあるモノ》である。「規則からの逸脱」に《怯えつつあるモノ》である。
  2. 「怯え」は『不在』への《求める思いこみ》である。
  3. 《怯えつつあるモノ》は『未来』や『結果』を《予見しつつあるモノ》である。「予見」というのは時間的未来の状況への《知った思いこみ》である。《思いこみの中での見通し》である。
  4. 《健常者》は『私は異常ではない』と思いこんでいるヒトをいう。
  5. 科学者》は、『複数の《健常者》が反復して観察可能であること、を『客観性』だ』と信じている人びと。
  6. 《我》は、複数の《健常者》が反復して観察可能ではない、?? 《健常者》《我》のアポリアを知っているから、《我》を見ないのである。《健常者》自己言及のアポリアが『私は異常ではない』という《思いこみ》を破壊することを恐れるのである。《健常者》自己言及のアポリアに《怯えつつあるモノ》である。
  7. 予知、予見、予想、予測、・・。どれも『未来』への《知った思いこみ》である。確信の度合が異なるだけ?
  8. 《ヒトの群れ》の規則への怯え、《モノの世界》の規則への怯え。
  9. 規則は『未来』への《知った思いこみ》を生み出す。

《健常者》《見通し》

  1. 《健常者》は、普通に、結果を見通しながら動いているんだよね。どうやっているのだろう?
  2. 外界にしか知的関心を持たない人なのだろう。外界についての《見通し》は持っているのだ。
  3. ヒトの群れのルール』が『結果』を与えているのだよな。『ヒトの群れのルール』てのは《思いこみ》だね。《思いこみ》を信じることにおいて盲目的だね。盲目的に信じなければ動けないのだね。

《健常者》と「我を忘れた人びと」

  1. 「我を忘れた人びと」にとっての『我』とは・・。「我を忘れて動く主体」のことである。ふーむ。無我の境地の人びと。《健常者》というのは「無我の境地の人びと」なのか。
  2. 「我を忘れた人びと」にとっての『我』とは・・。知ることの対象ではなく、感じることの対象なのだろう。「飯を食っているときに『我』を感じる」。「仕事をしているときに『我』を感じる」「xxをしているときに『我』を感じる」といった類いのものであろう。感じることと知ることでは違う。→『形而上学』
  3. 感じること→《知った思いこみ》→知ること。

《健常者》《たけ(tk)の思いこみ》

  1. 《健常者》にとっては《たけ(tk)の思いこみ》は有害無益である。
  2. 《たけ(tk)の思いこみ》にとっては《健常者》は天敵である。
  3. 《健常者》は大自然を構成するモノであり、《健常者》《動き》は《大自然の営み》である。
  4. 《健常者》《気》違いである。たけ(tk)《気》とは《気》が異なる人びとである。

検索

宅間くん - [ゴミ箱2006-02 - [#宅間くんは狂人ではない。宅間くんのどこが狂人なのか? 完全に合理的である。ただ、その合理性が「健常者」の《思いこみの世界》と異なっているだけだ。]]

《混濁しつつあるモノ》 - [#健常者は凡夫である。凡夫は《ステレオタイプに知りつつあるモノ》である。]

ゴミ箱2006-02 - [#「健常者」の犠牲者。]

科学 - [#複数の《健常者》(『私は異常ではない』と思いこんでいるヒト)が反復して観察可能であること、を『客観性』だと信じている人びと。]