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概要

概要。2007-06-04。再開

《混濁》

  1. 《たけ(tk)の思いこみ》《混濁》から始まる。"take_tk's thought" begins with "opacity".

《混濁》の第一次分離」

  1. 《混濁》《知られつつあるモノ》である。そして、《混濁》《知りつつあるモノ》がある。
  2. 《知られつつあるモノ》としての《混濁》《混濁の世界》と呼ぶ。
  3. 《混濁》
    1. 《知られつつあるモノ》としての《混濁》《混濁の世界》)と
    2. 《知りつつあるモノ》とへ分離する。"opacity" is divided to two objects, "world of opacity" and "knowing-object".
  4. 《混濁の世界》
    1. 《近傍物理空間》
    2. 《思いこみ》とに分かれる。"world of opacity" is divided to "near-space" and "thought".
  5. 《近傍物理空間》
    1. 《身体》
    2. 《他者》
    3. 「その他のモノたち」とに分離する。
  6. 《身体》は、それが知ったモノ《知りつつあるモノ》も知る。《知りつつあるモノ》が意図すると《身体》動くという特徴をもつ。しかも、その《繋がり》は、《近傍物理空間》を媒介として行われてはいない。
  7. 《他者》は、その出現によって《知りつつあるモノ》を背後から撹乱するという特徴を持つモノである。
  8. まとめると、《混濁》
    1. (1)《知りつつあるモノ》
    2. (2)《思いこみ》
    3. (3)《近傍物理空間》
      1. (3)《近傍物理空間》モノとしての《身体》
      2. (4)《近傍物理空間》モノとしての《他者》
      3. (5)《近傍物理空間》の他のモノたち、とに分離する。
    4. これを「《混濁》の第一次分離」と呼ぶ。

《混濁》の第二次分離」

  1. 《近傍物理空間》の《認識限界
    1. 《知りつつあるモノ》は『《近傍物理空間》がもっと広い空間の中の一部である』ことを『知っている』。しかしそれは《思いこみ》の中において『知っている』にすぎない。
    2. 《近傍物理空間》を眺め回してみると、モノたちの表面がおりなす凸凹の球形を内側から見ていることがわかる。青空の遠点、星空の遠点も、結局はモノの表面が見えているに過ぎない。
    3. 直線道路の両端を延長した点を無限遠点という。無限遠点《近傍物理空間》の球面上の一点に見つけることができる。それは、表面に在るのか、それとも、表面の向こう側に在るのか、分からない。
  2. モノの表面と《認識限界》と《背後者》
    1. 《近傍物理空間》の中のモノたち(《身体》《他者》を除く)に注目しよう。《知りつつあるモノ》モノたちの表面しか知ることはできない。その内部を知ることができない。リンゴを切って見たとしても、切断面が表面になるだけである。電子顕微鏡で覗いたとしても、そこに見えたモノが、モノの表面である。
    2. 《知りつつあるモノ》は、『モノには内部がある』ことを『知っている』。『モノには見えている表面の反対側にも表面がある』ことを『知っている』。『モノの向こう側には別のものがある』ことを『知っている』。『ドアの向こうには別の部屋が在る』ことを『知っている』。『《近傍物理空間》の球体の向こう側には別の空間が広がっている』ことを『知っている』。
    3. モノのこちら側の表面は《認識限界》である。《認識限界》の先を《背後者》と呼ぶことにする。モノの内部や、モノの向こう側は、モノの《認識限界》の《背後者》である。《背後者》モノの内部、モノの裏側、モノの向こう側)は《思いこみ》の中にある。
  3. 《身体》《体内感覚世界》《外からの視点》《内からの視点》
    1. 《身体》も他のモノと同様に表面が在る。
    2. 《知りつつあるモノ》《身体》を知る《視点》には《外からの視点》《内からの視点》の二つがある。
    3. 《知りつつあるモノ》《身体》《外からの視点》で知ることができる。その場合には、《身体》の内部は《認識限界》の向こう側にある。
    4. 《知りつつあるモノ》《身体》《内からの視点》で知ることもできる。《身体》の内部において体の内部の感覚、たとえば《痛み》や《ちから》を感じることができる。モノの内部を直接感じることができるというのは他のモノにはない特徴である。
    5. 《知りつつあるモノ》《身体》を内部から感じる時には、曖昧模糊とした空間が《身体》の内部に広がっていることがわかる。《身体》を内部から知る場合には、どうやら、空間定位が曖昧である。体外の《近傍物理空間》とはかなり性質が異なる。これを《体内感覚世界》と呼ぶことにする。
    6. 《体内感覚世界》の感覚を《体内感覚》と呼ぶ。たとえば、頭痛とか腰痛とかである。
    7. なお、《体内感覚世界》において《身体》の表面まで到達する《見通し》を得ることは困難なようである。
  4. 《体内感覚世界》における《入り込み》
    1. 《体内感覚》が生じると、《知りつつあるモノ》はその中に入っていくことができる。神経を集中する、と言われる状態に成ることができる。《入り込み》の状態になると、《知りつつあるモノ》《近傍物理空間》の存在を忘れてしまうこともある。
  5. 《思いこみ》《体内感覚世界》
    1. 《思いこみ》というモノはどこに在るのか? 観察していると、《体内感覚世界》の中にあることが分かってくる。《体内感覚世界》では空間定位が曖昧なので、あたかも体外に広がるように感じることもあり。物理空間から遊離した場所にあるように感じることもできる。
    2. 《思いこみ》への《入り込み》
    3. 《思いこみ》においても、《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入り込むことができる。《入り込み》の状態になると、《知りつつあるモノ》《近傍物理空間》の存在を忘れてしまうこともある。《思いこみ》入り込んだ場合には、《思いこみ》《知りつつあるモノ》が置かれている場所となるので、その《思いこみ》《思いこみの世界》と呼ぶ。《体内感覚世界》の空間定位の曖昧さが、《思いこみの世界》《近傍物理空間》から遊離されたモノのように感じさせることになる。
  6. 《思いこみの噴出》。
    1. 《思いこみ》はどこから出てくるのだろうか? 《知りつつあるモノ》より下のほうで《噴出》してくるように感じるが、はっきりは分からない。しかし、《体内感覚世界》のどこかから《噴出》しているのは確かであり、その部分を、漠然とではあれ、感じることができるようになる。《噴出》してくるのだから、その場所(噴出点)とその背後があることも確かである。ここにも《背後者》が出てくる。この場所を《噴出しつつあるモノ》と呼ぶことにする。
  7. 《知りつつあるモノ》《体内感覚世界》
    1. 《知りつつあるモノ》《体内感覚世界》の中に在る。というのは、《知りつつあるモノ》の近傍を尋ねれば、《体外感覚世界》ではなく《体内感覚世界》がより近くに在るからである。
    2. 《知りつつあるモノ》は、原理的に、直接に知ることができない。知られた『知りつつあるモノ』は《知りつつあるモノ》ではなく《知られつつあるモノ》である。従って、《知りつつあるモノ》は《認識限界》の先にある。しかし、《知りつつあるモノ》の近傍を尋ねれば、《知りつつあるモノ》からの距離が0である所まで知ることができ、それは《体内感覚世界》以外のものではない。従って、《知りつつあるモノ》は《認識限界》の表面の向こう側にあるのではなく、《認識限界》の表面にあると考えるべきである。
  8. 《混濁》の第二次分離
    1. ここまでをまとめると、《背後者》は直接に知ることができないとして除外するなら。《混濁》は単純に《体外感覚世界》《体内感覚世界》に分離することになる。《体内感覚世界》の中に《思いこみ》《知りつつあるモノ》が含まれることになる。《体外感覚世界》《近傍物理空間》から《体内感覚世界》を除いた部分である。その中には、《体外感覚世界》モノとしての《身体》《他者》とその他のモノとがある。
  9. 《混濁》は次のように分離する。
    1. 《体外感覚世界》
      1. 《体外感覚世界》モノとしての《身体》
      2. 《体外感覚世界》モノとしての《他者》
      3. 《体外感覚世界》モノとしての、その他のモノたち
    2. 《体内感覚世界》
      1. 《体内感覚世界》モノとしての《身体》《体内感覚》(痛みなど)
      2. 《体内感覚世界》モノとしての《思いこみ》
      3. 《体内感覚世界》モノとしての《知りつつあるモノ》

《混濁》の第三次分離」

  1. 《背後者》
    1. では、《知りつつあるモノ》の背後はどうなっているのだろうか? 《知りつつあるモノ》が知るということはどういうことなのだろうか?
    2. 《知りつつあるモノ》が何かを知って、『xxを知った』と思うとき、《知った思いこみ》《体内感覚世界》《噴出》する。
      1. 《知った思いこみ》噴出点と《知りつつあるモノ》の場所とは異なった場所に在る。また、《思いこみ》《噴出》噴出点の《背後者》から生じる。従って、《知りつつあるモノ》の知ったということの影響は、噴出点の《背後者》を経由して噴出点に影響を与えている。
      2. また、その影響関係は《知りつつあるモノ》によって《知られつつある世界》を経由しているわけでもない。《知りつつあるモノ》の《認識限界》の向こう側で繋がっているのである。
      3. 従って、《知りつつあるモノ》から、《知りつつあるモノ》《背後者》《噴出しつつあるモノ》《背後者》を経由して、《噴出しつつあるモノ》から《知った思いこみ》《噴出》している。
    3. 《身体》動かす時にも、《知りつつあるモノ》の背後を経由して《身体》動かす
    4. 《身体》が感じたことを、《知りつつあるモノ》が感じる時にも、背後から感じることがある。
    5. 《他者》が出現した時にも、《知りつつあるモノ》は背後から撹乱される。
    6. 《知りつつあるモノ》が背後から影響を受けていることを実験的に確かめるためには《呼吸停止の実験》をしてみるとよい。《知りつつあるモノ》は背後から影響を受けて錯乱状態になるだろう。
    7. 《知りつつあるモノ》の背後にある《知りつつあるモノ》《背後者》《体内感覚世界》の他の《背後者》《身体》《背後者》《思いこみ》《噴出しつつあるモノ》《背後者》などと繋がっている。
  2. 《混濁》の第三次分離
    1. 《背後者》や《認識限界》に注目して分離するなら、《知られつつある世界》と《認識限界》と《背後者》とに分離する。《知られつつある世界》には《体外感覚世界》《体内感覚世界》とがある。《認識限界》にはモノの表面や《思いこみ》《噴出点》そして《知りつつあるモノ》がある。《背後者》はそれらの《認識限界》の《背後者》である。
  3. 《混濁》は次のように分離する
    1. 《知られつつある世界》
      1. 《体外感覚世界》
      2. 《体内感覚世界》
    2. 認識限界
      1. モノの表面
      2. 《思いこみ》《噴出点》
    3. 《背後者》
  1. 《動き》時間
    1. この時点でもう一つの《認識限界》に気がつく。
    2. 《知りつつあるモノ》《混濁の世界》の中に《動きつつあるモノ》を見つける。《他者》は通常、《動きつつあるモノ》である。また、《呼吸停止の実験》で見つけた《息しつつあるモノ》《動きつつあるモノ》である。
    3. 《動きつつあるモノ》を見つけると、過去と将来があることに気がつく。しかし、《知りつつあるモノ》は過去も将来も直接に見ることはできない。過去は記憶の中にあり、未来は予感の中に在る。《いま》は《認識限界》である。過去と未来は《認識限界》の先にある。すなわち過去と未来は《背後者》である。
    4. 《知りつつあるモノ》は常に、《いま》の中に在る。これを《永遠の今》と呼ぶ。
    5. 《近傍物理空間》を空間と時間で最大限延長していくと《宇宙史》にいたるに違いない。しかし、もちろん《宇宙史》は《認識限界》の向こう側のモノである。

→「古い概要1」。廃棄=2007-03-17(土)

Last modified:2007/07/07 11:47:29
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