FrontPage  Index  Search  Changes  wikifarm  Login

ルール

キーワードルール、『ルール』、《ルール》

定義

区別

ルール、法とイデア

  1. 法は《他者の思いこみ》である。《ヒトの群れ》の秩序維持のための道具のアイディアである。規範、『規範』。『法』『法律』。『ルール』。

モノからのルールと、《ヒトの群れ》からのルールと、《思いこみ》からのルール

ルールと「マモンルール」。

  1. 経済学は「マモンルール」の研究である。
  2. マモン曰く。
    1. ヒトは金儲けのために生きるべし。さもなくば、ヒトに生きる目的なし。金儲けはヒトの群れに受け入れられた証しであり、他者に価値あるモノとして認められた証しである。

面従腹背とルール

  1. モノルール《ヒトの群れ》からのルール《思いこみ》からのルール
  2. 《ヒトの群れ》には、その《群れ》を成り立たせるための暗黙の《ヒトの群れのルール》がある。それはヒト《ヒトの群れ》から受け取るルールであり、《ヒトの群れからのルール》である。《ヒトの群れのアニマ》に属する《ルール》
  3. それとは別に、《群れ》の支配者、ボス猿の命令としての『ルール』がある。それは、《思いこみ》からのルールである。《ヒトの群れへのルール》である。《思いこみからのルール》。

検索

http://www.asyura2.com/07/kenpo1/msg/398.html

    1. >法律の効力とは人の都合や思いや希望などとは別に客観的に有効か無効かの状態で存在しているのですから、この客観的な効力状態をまず把握すればよいということになります。
    2. この文を法律の先生に見てもらった方がいいと思うぜ。客観的な効力状態ってなあ何のこったろうねえ。法の適用における客観的状態ってもんは、そこに生きている人間の都合や思いや希望を抜きには判断できねえだろうによ。

『なすべきこと』 - [#「人を殺してもよい」というルールの社会を想像してみるのがよい。「質問に答える代わりに、相手を殺してもよい」「買い物で金を払う代わりに殺してもよい、商品を渡す代わりに殺してもよい」となれば、学校に行くことも、買い物をすることもできなくなる。]

コトバ - [#《思いこみ》ルールとしての論理学。]

《たけ(tk)の思いこみ》 - [###《思いこみ》入り込んだ場合の《認識限界》::《知りつつあるモノ》《思いこみ》の内部に入り込むことがある(というか、通常は《思いこみ》の中に入り込んでいる)。《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入り込むと、《知りつつあるモノ》のまわりに《思いこみの世界》が広がってくる。そこにも《認識限界》がある。しかし、《思いこみの世界》ルールはそれぞれの《思いこみの世界》自身が決める。従って、『無限に広がった世界』などという《思いこみ》も可能である。]

《群生相》 - [#『個人主義』は《群生相》における《思いこみ》の一つの形であろう。《共有思いこみ》の一つの形であろう。日本的な『隠遁的個人主義』、吉田兼好。芭蕉。《ヒトの群れ》から孤立した場所での個人の確立。西洋的な個人主義も、個室から始まる。プライベート空間を各人が持っている、各人はプライベート空間と、パブリック空間とを持っており、その境界にパーソナリティという建物がある、という構造の西洋的な個人主義。各人は、《ヒトの群れ》に対して受動的に振る舞う《わたくし》であるか、《ヒトの群れ》に能動的に振る舞う《おおやけ》であるか、《ヒトの群れ》から隠遁した個人であるか、という選択的な、日本的な個人主義。『詫び寂びの個人主義』。詫び寂びにおいて、始めて個人の全体性が回復される、という『個人主義』。建物型の個人主義、なんとか庵。仮面型の個人主義。防衛的で動かない、働きかけない個人主義と、能動的に働きかける個人主義。仮面型の個人主義では、個人の全体性を回復しない、救済には繋がらない、という考え方。仮面型の参加と、《おおやけ》の参加。滅私奉公的な《おおやけ》への参加。プレイヤーとしての仮面型の参加、審判としての《おおやけ》型の参加。ルールの下のプレイヤー、ルーラーとしての《おおやけ》。プレイヤーか、部品か? すべてのヒトが同一のルールの下に在る《ヒトの群れ》か、ルールの下のヒトと、ルールの上のヒトで成り立つ《ヒトの群れ》か。ルールのイメージが違う。]

《肉の塊》 - [《肉の塊》と『群れのルール』]

多次元輪郭空間 - [#《動きつつあるモノ》《視点》ルールの上に在る。《知りつつあるモノ》《視点》ルールの下に在る。]

『一切』 - [#《動きつつあるモノ》《視点》は、彼が動く世界ルール《視点》である。囲碁を行うモノは、囲碁のルール《視点》動く。対局者は『勝ち』を目ざして動く、というのも囲碁のルールである。相手も『勝ち』を目ざして動く。この手を打てば、相手はこう応じる、というのは囲碁のルールの応用・発展であり、ルールの拡大である。先読みも囲碁のルールである。プレイヤーはゲームの『ルール』の《視点》動く。]

《モノの世界》 - [#《モノの世界》《思いこみ》であろう。《モノの世界》という《思いこみ》ルールによって構成された《思いこみ》であろう。]

ゴミ箱2006-10 - [###◎ルール違反しても教師に個人的に許してほしいとねだる]

『省察』 - [#イデア実在論の《思いこみの世界》ルールが分からないと、何ともいえないな。]

《視点》 - [《混濁》への見通し - [##視点(始点)は同じで、ルールが違う。射影幾何ルールと位相幾何のルールルールが違う世界の接点において両方の世界《知りつつあるモノ》。]]

自己言及 - [《知られつつある世界》《知りつつあるモノ》によって生じた《思いこみ》である。《思いこみ》《モノの世界》とは別のモノである。したがって、『それが同一である』という《思いこみ》から生じる問題は、《モノの世界》ルールからは生じない。]

《健常者》 - [#『ヒトの群れのルール』が『結果』を与えているのだよな。『ヒトの群れのルール』てのは《思いこみ》だね。《思いこみ》を信じることにおいて盲目的だね。盲目的に信じなければ動けないのだね。]

科学 - [##セルの生死は次のルールに従う。基本的な考えは「過疎状態でも過密状態でも生き残ることはできない」というものである。]

《知りつつあるモノ》 - [#《コトバの世界》ルールによれば、同じコトバで指し示された同じモノである。]

《思いこみ》 - [#《思いこみ》は、《思いこみの世界》ルールで構成される。《思いこみの世界》ルールにおいて、時間や個別性を捨象してしまえば、『普遍的である』という《思いこみ》が生じる。]

《思いこみの世界》 - [#もっとも、《思いこみの世界》ルール《思いこみの世界》自身が決めるので、その《思いこみの世界》において、その世界《体内感覚世界》の中に在る、と認識されるわけではない。]

ゴミ箱2006-08 - [## 話はかわるが、集団(組織)と個人では、集団(組織)の方が強いに決まってる。放っておいてみんな「自由」になるなら改革も革命もいらないわけで、強いものだけが好き勝手するというのをルールで抑えて、他大勢にも息をつけるスペースを創出しようというのが要するに立憲主義的自由主義(おおざっぱにいって民主主義)で、だからフランス革命は王様の首をちょんぎるだけでなく、憲法(やら人権宣言)をつくった。]

ゴミ箱2006-07 - [## それに対していきなり空港や港、道路や通信施設などを破壊しつくして、何十万人もの民間人をホームレスにしたのはイスラエルだ。ルールを先に破ったのはイスラエルなのである。だから、国際社会のイスラエル批判と即時停戦呼びかけを私は全うな意見だと思う。]

愚かな人々 - [#『ヒトの群れのルール』が『結果』を与えているのだよな。『ヒトの群れのルール』てのは《思いこみ》だね。《思いこみ》を信じることにおいて盲目的だね。盲目的に信じなければ動けないのだね。]

ゴミ箱2006-06 - [## 報告は、テロリズム及び大量破壊兵器の拡散を防止するための国際的な義務を各国が実施する上での実績が芳しくないとの判断に立って、「決議1540は、国連安保理が国際社会すべてを縛るルールを作る可能性を示すもの」として、この決議を基本的に歓迎している(浅井注:このような肯定的評価といい、ここでは紹介しないが、報告が国連安保理による軍事措置に対して肯定的であることといい、私としては報告の国連評価に関しては素直に同調できない)。しかし同時に報告は、「安保理のこのような責任が世界の諸国によって受け入れられるようにするためには、その責任が5大国によって支配される少数のグループによってではなく、十分な協議により、かつ、国連全加盟国の利益のために担われるようにしなければならない」とも付け加えることを忘れていない。]

ゴミ箱2006-02 - [#権利のための闘争・・への、発展が必要。どうやって? 権利のための闘争というのは、制度化のための闘争。立法を要求する闘争。ルールへの《求める思いこみ》。人為的ルールへの《求める思いこみ》。]

イデア実在論 - [イデア実在論はイデアが実在であり、モノはその偶有性であると考える。《コトバの世界》ルールで考えるとこうなる。]

《決めつつあるモノ》 - [《思いこみの世界》 - [#もっとも、《思いこみの世界》ルール《思いこみの世界》自身が決めるので、その《思いこみの世界》において、その世界《体内感覚世界》の中に在る、と認識されるわけではない。]]

『仕事』 - [#息をすることは、『仕事』である。生きることは『仕事』である。生きるために群れることは『仕事』である。群れるために群れのルールに従うことは『仕事』である。群れのルールに従って、役割を果たすことは『仕事』である。多様なルールと多様な役割の中から一つの《動き》を選ぶことは『仕事』である。]

ゴミ箱2006-01 - [##国際派のユダヤ人たちは、ブッシュ大統領の中東政策のみならず、アメリカ国内政策についても口出しをするようになった。そこでブッシュ一味としては、舞台裏で密かにゲームのルールを変更して、イスラエルおよびそのシンパの出番を封じ込め、ひいてはアメリカ政治の主導権をその手中に収めんと企んでいる。 ]

《背後者回路》 - [#所有ルールテリトリー。]

《地表のヒトの群れ》 - [#企業はマモンの戦士だ。マモンは社会に対して責任を負わない。それでよい。ただ、社会の法的規制に従うべきであり、社会に対して何らの権限も行使できないようにしなければならない。社会が決めたルールの下でマモンの戦争をする分には、有益・無害であることができる。・・のだが。実際には、『カネ』の力が《ヒトの群れ》を支配してしまう。マモン《ヒトの群れ》を破壊してしまう。民主政治というのは、アイディアとしては良いものだと思うのだがな・・。野蛮人が文明を破壊するのは、《ヒトの群れ》の常ではある。]

時間 - [##捨象された時間イデアにおいては、時間が捨象されていることが多い。イデア《思いこみ》であるから、《思いこみ》ルールに従って時間を捨象することもできる。しかし、その《思いこみ》自体が時間の中にあるのであるから、時間の捨象は《思いこみ》に過ぎない、と言うべきだろう。]

《思いこみを求める思いこみ》 - [## 第二に、対象になった個人や集団が異議申し立てできないことが多い。セクハラにしても、あだ名にしても、抗議したところで「ジョーダンだよ、ジョーダン」と軽い遊びの気持ちであることを表明されると、抗議することがルール違反とみなされてしまう。あらかじめ異議申し立ての回路が閉ざされているのである▼19。]

ゴミ箱2005-11 - [商売には悪への誘惑がこびりついている。詐欺、搾取、粗悪品、独占。誘悪。法によって規制されない限り、悪を為した者が勝者となり、悪への誘惑がルールとなる。]

ゴミ箱2005-10 - [#言語的に可視化された《思いこみ》。仮言命題。ルール。]

ゴミ箱2005-09 - [##学習障害児は、どの学校にも昔から、ある割合で存在しました。しかし、近年になってそれに大きく上乗せされた部分を、十把ひとからげに扱ってよいものでしょうか。学習不適格が増える一方で、全体のIQ(知能指数)が上がってきているのはなぜでしょうか。これらは、「新種」の子供たちです。少なくとも親や教師たちにとって、「新種」の問題です。これに対して、社会や学校という既存の枠組みとそこで適用されるルール価値基準を離れて、これらの子供たちを人間として純粋に観察する研究者も増えてきました。そして少しずつ、この「新種」の子供たちの全体像が明らかになりつつあります。]

ゴミ箱2005-08 - [#アメリカのほうが上手なのは、将来を見込んであらかじめルールを変えたり、経済制裁などで目立たないように準備しておく、ということ。日本は、内輪で納得すればルールなど無視してもよい、という気分になってしまう。力道山の正義は、やられ続ければ爆発してもよい、という正義。ふむ、真珠湾のアメリカの正義(リメンバーパールハーバー)もそうか。謹慎すれば免責される、という正義。自虐を続ければ狂気の反撃は正義となる。]

ゴミ箱2005-07 - [## 第二に、対象になった個人や集団が異議申し立てできないことが多い。セクハラにしても、あだ名にしても、抗議したところで「ジョーダンだよ、ジョーダン」と軽い遊びの気持ちであることを表明されると、抗議することがルール違反とみなされてしまう。あらかじめ異議申し立ての回路が閉ざされているのである▼19。]

《混濁》への見通し - [##視点(始点)は同じで、ルールが違う。射影幾何ルールと位相幾何のルールルールが違う世界の接点において両方の世界《知りつつあるモノ》。]

《混濁の世界》の《認識限界》と《背後者》 - [《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入ることができる。《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入ると、その「《思いこみ》世界ルール」によって規定されたモノしか認識できなくなる。《思いこみ》による認識は様々である。]

ゴミ箱2005-06 - [#コトバによってモノを知ることはできない。という意味。これ自体は、昔から、多くの賢人が言っていることであり、ある種の常識なのだが、80%の普通のヒトにとっては、非常識に属する話だ。普通のヒトは、こういう言説に対しては軽蔑の眼差しを向ける。気が違うヒトが訳のわからぬことを言っている、という眼差しを向ける。そんなことじゃ通らないよ、という。そうなのだ、コトバによるコミュニケーションに疑問を挟むものは、社会の奴隷としては不適切なのだ。で、しかも、ヒトは社会の中で生きる以上は、少なくとも一つ以上の場面では、社会のルールの奴隷として振る舞わなければ、生きていけないのだ。こういう思想は、おそらく、社会を成り立たせている根本を覆す危険思想とみなされるだろう。]

ゴミ箱2005-02 - [《モノの世界》においては《知りつつあるモノ》自己言及の問題は生じない。《知られつつある世界》《知りつつあるモノ》によって生じた《思いこみ》である。《思いこみ》《モノの世界》とは別のモノであり、それが同一であるという《思いこみ》から生じる問題は、《モノの世界》ルールからは生じない。]

ゴミ箱2005-04 - [法律が多ければ、世の中が混乱する。単純なルールでなく、意図的に歪められた多数のルールがはびこれば、抜け穴も多くなる。]

ゴミ箱2005-03 - [第3レイヤは《思いこみ》ルールによる共振関係。]

Last modified:2007/05/03 14:23:24
Keyword(s):
References: