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タブー

キーワードタブー

定義

http://ja.wikipedia.org/wiki/タブー

  1. タブー(Taboo)とは、聖なるものと俗なるもの、清浄と不浄を分けて考える文化や宗教観念において、その両者の接触を禁ずる慣習や宗教上の制約を指す。ポリネシア語tabuが語源。18世紀末にジェームズ・クックが旅行記において、ポリネシアの習俗を紹介する際に用いたことにから西洋社会に伝わり、その後世界各地に同様の文化があることから広まった。現代では洋の東西を問わず、日常的に忌避の対象をさす言葉として使われている。
  2. ・・「その禁忌を犯したときに自動的に災厄に見舞われるもの」、それをもってタブーと言うことができる。
  3. ・・いわゆる未開社会などを範としてタブーについて考えると、タブーの対象とされるものは、それをタブー対象であると定義している集団にとって、秩序外・制御外の事象である。
  4. ・・穢れと聖性は表裏一体であり、どちらも通常のレベルの共同体秩序の外側にある。あるいはものによっては共同体の秩序の根幹にある。これに近づくことを禁じることによって、その社会は秩序を保とうとする。根幹と外側とではまったく逆ととらえられるかもしれないが、前者を揺るがすとはつまり文化の屋台骨を突き崩すことであり、後者を疎かにすることは自らの輪郭を掻き消そうとする行為となる。理(ことわり)は「事を分ける」ことを語源とするように、外と内とを分け得ない状態に戻ることは、秩序から混沌に落ちていくことと言えよう。
  5. つまり、タブーという文化的装置によって共同体の秩序を崩す行動を差し止めるはたらきというのは、社会(共同体)を守る機能である。外的な脅威に対してというよりは、その社会そのものが自壊してしまう危険から。だからこそタブーの働きは何者かの意思によるのではなく「自動的」でなければならないのだと、観察者の目は分析する。その視点に立つとき、いかなる事象がタブーの対象とされているかを静謐に分析することは、その社会を理解するための非常に重要な点となる。避けられているものこそが、その社会の秩序の根幹に係わっているからである。

区別

『群れの規則』タブー

  1. タブー『群れの規則』の一種である。

タブー《怯えつつあるモノ》

  1. 《怯えつつあるモノ》は、タブー《怯えつつあるモノ》であることが多い。
  2. 《怯えつつあるモノ》は、知覚停止、思考停止、行動停止を導く。
  3. タブー《怯えつつあるモノ》は、彼の世界全体を知覚停止、思考停止で一部分を欠如した形で認識するようになる。それが『現実』というもの。
  4. 暴力《怯えつつあるモノ》も、暴力を発動させる原因となると信じられた行動がタブーとなる。

タブーと規範

  1. 《ヒトの群れ》の規範。ピアジェの「幼児期の他律的道徳」。他律的規範。
  2. http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~y-taka2/sociology/page033.htm
    1. 規範をそれの設定主体に着目して分類すると、集団内部で成員自身によって作られる自律的規範と、外部から集団に与えられる他律的規範に分けられる。現実にはどの集団にも両方があるが、理論的には前者だけの自律的集団と、後者だけの他律的集団を対立させることができる。結社は自律的であり、官僚制集団は他律的である。集団のタイプがそのどちらであるかによって、支配の性格が大きく違ってくる。
  3. http://www.jape.or.jp/activities/kenshukai/2001summer/kityokouen.htm
    1. ピアジェが言うように、集団生活の経験が少ない年少の幼児は、相手の立場を知らないため、自己中心的存在です。そのため、大人や年長者から言いつけられたことに従うことが善であり、それにそむくことが悪だと考える傾向が強いわけです。これを「他律的道徳」と言います。これに対して、集団生活の経験が豊かになると、自分と友達との相異に気づいて、自分だけの立場でなく、相手の立場も考えに入れながら活動をすすめていきます。その結果、相手の喜ぶことをするのが善であり、迷惑になることをするのが悪という観点から、自分の行動を自分で判断する「自律的道徳」が発達することとなります。
Last modified:2006/01/04 03:43:59
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