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《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》

《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》

  1. 《息しつつあるモノ》
  2. 《実感》
  3. キーワード

定義

《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》」は《他者》《動き》からの《私》《息しつつあるモノ》への《実感》です。

  1. 《他者の動き》

《呪文》は「タウイジ

記述

区別

タウイジ『意味』

  1. タウイジ『意味』はあるか? ○:。×:それを見通せば『意味』はなくなる。

タウハジ・100

  1. 1 《他者》《動き》《背後者》からの《私》《息しつつあるモノ》への《実感》
  2. 2 《個体》なのか、《群れ》なのか?
  3. 3 《背後者回路》なのか、《カオス》なのか?
  4. 4 タムウジ:《他者の群れ》《動き》からの《私》《息しつつあるモノ》への《実感》。漠然とした、巨大、強力な《ちから》として実感される。《私》の《それた動き》、《曲がった動き》、《禍々(まがまが)しき動き》《凶々(まがまが)しき動き》への制裁を加えようとする《ちから》。群れ全体に与えられる天命

タウイジ・100(3)

  1. 1 《他者》《動き》には、《他者》の『息する』ことの《動き》が混じっている。
  2. 2 タイウジ:《他者》の『息しつつある』《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》? ○:性的交渉を期待する異性と向かい合うと、「息づかいが聞こえてくる」ことを《実感》することがある。やくざに脅されるとき、彼の《意図的な息づかい》、が聞こえてくる。×:分離して《実感》することはできない。彼の『息しつつある』《動き》は、別の《動き》に遮られ、もしくは、別の《動き》に変換されて、現れる。
  3. 《実感限界》があるな。《認識限界》と同様の問題。直接に《実感》するモノの先にあるモノは実感できない。
  4. タウハジ:《他者》《動き》《背後者》からの《息しつつあるモノ》への《実感》

タウイジ《息しつつあるモノ》

  1. タウイジは、「《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》」、か? ○:《実感しつつあるモノ》は受動的である。《実感》は《実感されつつあるモノ》から《実感しつつあるモノ》へと流れる。《実感》を実感しつつあるときには、これが自然である。×:。
  2. タウイジは、「《他者》《動き》への《息しつつあるモノ》からの《実感》」、か? ○:《実感》《思い描き》つつあるときには、これが理論的であると感じられる。×:《思い描き》では意味がない。《思い描き》による錯覚を避けるための指標になりそうだ。「への」というコトバが浮かんだら、《思い描き》による錯覚である可能性が高い。
  3. タウイジは、「《他者》の《動きつつあるもの》からの《息しつつあるモノ》への《実感》」、か? ○:。×:《他者》《動きつつあるモノ》なるものは見えない、感じられない。

タウイジ・100(2)

  1. 下腹部が疲れるぞ。生まれてこのかた、こんな筋肉を使ったことは無かったぞ。
  2. 《他者の息しつつあるモノ》《求めつつあるモノ》である。《求めつつあるモノ》《私》には見当たらない。
  3. タイイジ:《他者の息しつつあるモノ》からの《私》《息しつつあるモノ》への《実感》

タウイジ《他者の息しつつあるモノ》

  1. 《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》は、《他者からの動き》への《実感》である。《他者からの動き》は《他者の身体》からの《動き》であり、《他者の身体》《動き》《他者》《息しつつある身体》《動き》であり、《他者の息しつつあるモノ》《動き》である。《他者からの動き》は《他者》の《いぶき》(息吹)である。

タウイジ《世界アニマ》《アニマ》

  1. だいぶ前に、《世界アニマ》を感じたことがある。《体外直知時空》の全体にアニマを感じた。
  2. タウイジは、個々のモノ《アニマ》からの《実感》であろう。
  3. 《世界アニマ》《見通し》《他者からの思い込み》《実感》とに分離した。

タウイジ・100

  1. 1 《息しつつあるモノ》タウイジ《息しつつあるモノ》と同じモノ
  2. 2 これがないと、たけ(tk)はエイリアンになってしまう。
  3. 3 《身近な人々》からのタウイジ《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》
  4. 4 タウイジの網目は下腹部のあたりから広がり、《知りつつあるモノ》はその上の真空中に浮かんでいる。
  5. 5 タウイジの網目には、好きな人々が前にいて、嫌いなやつらが後ろにいる。
  6. 6 タウイジ『一切』である。
  7. 7 タウイジは、《知りつつあるモノ》が受け取る《見通し》も、中丹田への《他者からの思いこみ》も、《実感》として受け取る。
  8. 8 タウイジ《浄化》していくと、《他者の息しつつあるモノ》が見えてくる。《息しつつあるモノの群れ》の網目が見えてくる。重要なのは、《他者の息しつつあるモノ》から《他者からの思い込み》に至る仕組みであろう。

《思いこみ》《息しつつあるモノ》

  1. 《思いこみ》の視点に立つを《息しつつあるモノ》の存在を忘れる。《息しつつあるモノ》の視点に立つと《思いこみ》を捨ててしまう。《思いこみ》《息しつつあるモノ》とは相互否定関係にある。ヒトの関心はどちらかに傾く。相互否定の無限ループ、への《見通し》
  2. 干からびて凝り固まった《思いこみ》に息を吹き込むこと、命を吹き込むこと、その《思いこみ》への血流を回復すること、凝りをほぐすこと。
  3. 《身体》《動き》《指し示す思いこみ》(シウサコ)。『xx』という《思いこみ》は、《xxを作る/xxをxxする》という《身体》《動き》《指し示す思いこみ》である。或るモノ《xx》を《指し示す思いこみ》は、の《動き》《指し示す思いこみ》(シウサコ)。『xx』という《思いこみ》は、《xxをxxする》という《身体》《動き》《指し示す思いこみ》である、限りにおいて『意味』を持つ。コトバ《思いこみ》『意味』とは、それに付随する《身体》《動き》《指し示す思いこみ》である。
  4. 《身体》《動き》記憶は、『意味』のない《動き》記憶である。《身体》《動き》《指し示す思いこみ》とたどるかぎり、『意味』にたどりつかない。
  5. 『意味』とは《息しつつあるモノ》《実感》である。或るモノ《xx》への実感とは、意味とは、そのモノに付随する《他者の動き》への《息しつつあるモノ》からの実感である(タウイジ)。《他者の動き》『意味』はない。しかし、『意味』の本体は《他者の動き》にではなく、《実感》にある。
  6. 『意味』は、《私》《身体》《動き》への《息しつつあるモノ》からの《実感》にある、か? ○:。×:そこから『意味』を取り出すのは難しい。《私》《動き》『意味』に繋がるのは、他のモノ《他者》に影響をああえる与えるかぎりにおいてであろう。しかし、《私》には他のモノ《他者》にどのような影響を与えたかを《実感》するのは難しい。たぶん、《演技者》にはそのような《実感》があるのだろう。
  7. 《他者》のか《私》のかは問わず、その相互関係も含めた、両方の、《動き》への《息しつつあるモノ》からの《実感》(ウゴイジ)とすべきか?

ブッダ《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》

  1. ブッダが何を言おうと、《私》にとっては、ブッダコトバ《他者》の《動き》からの《息しつつあるモノ》への《実感》であるに過ぎない。

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