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ステレオタイプ

キーワードステレオタイプ

定義

《求める思いこみ》と直結した《知った思いこみ》。認識がただちに行動的意味を持った判断に直結するような、認識概念。という意味で使う。感情的認識概念。

  1. 「stereo」本来の「固定的な」という意味合いは重視しない。
  2. 当為と認識の区別がついていないヒトの認識は、すべて、ステレオタイプである。しかしなあ・・、認識の《意味》は行動的意味でしかあり得ない。とするなら、ステレオタイプな認識とは「意味を持った認識」ということになる。ステレオタイプでない認識は「意味を持たない認識」ということになる。「認識の意味」というのは「行動的な意味」であるか、「イメージ構成的な意味」であるかだろうな。《求める思いこみ》に繋がる意味、と、《知った思いこみ》に繋がる意味。

リップマンの「ステレオタイプ」(p.244、7-6)

http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a2230020.html

    1. ステレオタイプ(stereo type) 
    2.  2.言語と社会 異文化コミュニケーションと社会
    3.  特定の社会集団の成員がある社会的事象に対してもつ過度に単純化、固定化、歪曲化された概念やイメージをさし、一般に好悪とか憎悪の感情的意味を帯びる。リップマン(W.Lippmann)が、このことばを「頭の中にある像」を示すものとして用いて以来、社会心理学の概念として用いられるようになった。日本文化教育では、その知識が「日本人とはこういものだ」「日本ではこのように行動すればよい」といったステレオタイプ的なものの見方の形成につながる危険性があるので、注意しなければならない。

区別

《科学信仰》ステレオタイプな思考様式

  1. 《科学信仰》は、ステレオタイプな思考様式の一種である。
  2. ステレオタイプな思考様式は『悪』である、か?
  3. ステレオタイプな思考様式のヒトが、社会的決定に関与する場合には、『悪』となる。
  4. ステレオタイプな思考様式のヒトは、騙すヒト『悪』の幇助者である。

ステレオタイプと動機的認識概念

  1. それを認識することが、動きへの動機に直結しているような認識概念。ステレオタイプとは異なって、固定的である必要はない。
  2. ステレオタイプは固定的動機的認識概念。
  3. 感情的認識概念。「感情的認識」というのが一般的か?
  4. 「感情的認識 の検索結果 約 5,730,000 件」
  5. http://web.sc.itc.keio.ac.jp/~funatoka/pavlov/sensuous_rational.html
    1. 感情的認識と理性的認識sensuous cognition and rational cognition (75-6)
    2. 最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページへ
    3. 哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。
    4.  古くから認識の源泉、真なる認識の拠をもとめて、二つの立場、経験論と合理論との見解がみられる。すなわち、
      1. 感情的認識に重点を置く立場、感覚をみなもととし、これにもとづく認識を主張したのが経験論であり、他方、
      2. 理性的認識の側に重点をおく立場、感覚による認識を低くみるとか、または真なる認識の視覚はないとかとして、思想の側にのみ拠る知識(この知識の典型の一つを数学に見いだす)をとりあげる合理論が、たがいに対立しながら解かれてきた。
    5. ヨーロッパの哲学史では、
      1. プラトン、アリストテレス、中世のスコラ学は合理論の立場をしめし、中世後期の実在論・唯名論普遍論争は、合理論と経験論対立のいちじるしい例であった。
      2. 経験論は近代にはいって、とくにF.ベーコン、ロックらによって唱えられ、また
      3. 合理論はデカルト、スピノザらにによって主張された。ふつう、
      4. カントがこれら両論の統一を試みたとされる。しかし、かれは、認識活動をする人間の意識における、完成および悟性・理性に先天的形式なるものをたてて、これで主観的観念論の見地のもとで統一総合をはかったのであって、そこには客観的実在(物自体)は不可知だとする不可知論が結果していた。
      5. マルクス主義の唯物論哲学が出現して、
        1. 認識の過程を唯物論による弁証法的見解をもってとらえ、
        2. 感情的認識の側と理性的認識の側とを正しく統一的に理解し、認識の全面的把握をかちえた。
        3. 人間の認識は、によりもまず、感覚を通じて客観世界とむすびつき、この世界を認識する発端をうる。このさい、人間の物質的生産活動なる実践が人間を客観世界とむすびつけるものであり、これに応じて感覚は人間にその世界のありさまを伝える。感覚は外界対象のさまざまな外面的性質を伝える(冷熱・色・香・硬軟などの区別や諸対象の総意や変化や関係など)。
        4. これら多くの感覚、これらによる肝炎が、生活の実践のなかで積み重ねられていくことで人間の思考作用(これには言語の役割が大きい)の発展があり、
        5. 一般的・概括的な認識が生じてくる。すなわち、概念・判断・推理・結論などという抽象的―論理的操作である。感性による認識はその集積の結果として、感覚にもとづく多様な外界対象についての認識に概括・一般化されて、外面的な事物の認識がたんにこれにとどまらずに、それら事物の内部にひそむ本質、そして法則をとらえうるようになる。これは理性(思考作用)による認識であり、こうして、
        6. 認識は感性的阿物からはじまって、理性的なものへと発展する。ただし、
        7. 理性的認識が諸事物の本質・法則をとらえるといっても、これは感性的認識をまたないでは成立しないとは上述にみるとおりでありこれら両者を分離して別個の認識とするのは誤りであることが、マルクス主義唯物論の認識論で明らかにされる。

心地よいウソステレオタイプ

  1. 心地よいウソステレオタイプな認識をもたらす、が故に、心地よいのである。

ステレオタイプと理念型

  1. 当為と認識とを混同した理念型がステレオタイプ
  2. 当為と認識とを峻別したステレオタイプが理念型。

stereo とステレオタイプ

  1. 「stereo」は「立体、固い」。「stereo type」には「印刷用の鉛版(ステロ版)」という意味があり、「紋切り型、陳腐な、お決まりの」という意味もある。

検索

ゴミ箱 - [#コクマルガラスとステレオタイプ]

《混濁しつつあるモノ》 - [《ステレオタイプに知りつつあるモノ》と《混濁しつつあるモノ》]

《アニマ》 - [###知識機能:人間は、外界からの情報を通して環境を理解したいという欲求を持つが、環境があまり複雑な場合には、態度が判断の基準、または準拠枠となって、環境理解のたすけをする、ステレオタイプとよばれるもの、この種の機能を果たす態度に他ならない。]

《ヒトのアニマ》 - [#或る種の《ヒトのアニマ》心地よいウソステレオタイプ《思いこみの世界》の中にある。]

《思いこみ》 - [#日本語ってのはステレオタイプ言語=当為的認識・価値的認識の単語しかない言語=なのだよね。認識と当為とが結びついた単語しかない言語。そもそも、「認識」は「みとめる」=「承認する」になってしまう。]

《見通し》 - [#《見通し》を語ることは、《見通し》《知った思いこみ》に変換し、《知った思いこみ》コトバにして語ることである。コトバ《知った思いこみ》を伝達する。コトバを聞いたヒトは、《知った思いこみ》を得る。《知った思いこみ》を得たヒトは知ったつもりになる。《知った思いこみ》《思いこみの世界》入り込んで、《見通し》を得たような気分になる。しかし、《知った思いこみ》を聞いた『見通し』の《思いこみ》を得ることは、《見通し》の妨げとなる。ステレオタイプ《思いこみ》は『見通し』の《思いこみ》である。無知の知。『見通し』の《思いこみ》を得たモノは『無知の知』を知るべきである。『無知の知』によって《混濁》に突入すべきである。]

《ヒトの群れ》 - [#怠惰(たいだ)||なまけすぎ。||スロウス||ベルフェゴール||ステレオタイプ=思考の節約、というのは怠惰の原理なのではないか? 《ヒトの群れ》のベルフェゴールの原理。]

『正しいコトバ』 - [#認識を糾す。正しい認識は『ヒトとしてのあるべき姿』、『ヒトとしてのあるべき認識』である、ということ。価値的認識、ステレオタイプの認識、の強制。]

《知りつつあるモノ》 - [《知りつつあるモノ》と《ステレオタイプに知りつつあるモノ》]

《他者のアニマ》 - [#《動き》との連結によって加工された《知りつつあるモノ》《混濁しつつあるモノ》か? ステレオタイプ《知りつつあるモノ》《混濁しつつあるモノ》か? 《ステレオタイプに知りつつあるモノ》。]

コトバ - [コトバステレオタイプの思考]

《繋がり》 - [当為 - [#《ヒトの群れ》において、善悪が規則化されるのは、ステレオタイプの思考節約のためだろう。規則化された善悪を、義とか礼とかいう。仁義礼智信。《見通し》が仁、規則化された善悪が義、善悪に関係あるかどうかは分からないがともかく《ヒトの群れ》で規則化されているモノが礼、目的的な思考力が智、約束を守ることが信。]]

ゴミ箱2006-01 - [#怠惰(たいだ)||なまけすぎ。||スロウス||ベルフェゴール||ステレオタイプ=思考の節約、というのは怠惰の原理なのではないか? 《ヒトの群れ》のベルフェゴールの原理。]

《地表のヒトの群れ》 - [#怠惰(たいだ)||なまけすぎ。||スロウス||ベルフェゴール||ステレオタイプ=思考の節約、というのは怠惰の原理なのではないか? 《ヒトの群れ》のベルフェゴールの原理。]

『家畜化主義』 - [#ステレオタイプ、思考の節約。]

《思いこみを求める思いこみ》 - [《思いこみを求める思いこみ》ステレオタイプな思考様式。]

当為 - [#《ヒトの群れ》において、善悪が規則化されるのは、ステレオタイプの思考節約のためだろう。規則化された善悪を、義とか礼とかいう。仁義礼智信。《見通し》が仁、規則化された善悪が義、善悪に関係あるかどうかは分からないがともかく《ヒトの群れ》で規則化されているモノが礼、目的的な思考力が智、約束を守ることが信。]

「権威主義的性格」 - [###迷信とステレオタイプ]

《他者の思いこみ》 - [#「利他主義」の偽善。まっとうな思考をステレオタイプに非難するためのスローガン。]

ゴミ箱2005-07 - [「偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別の現象は、相互に重なりあい密接に連動しながら現代社会に浸透している。その一般的な問題点としてつぎの諸点が指摘できる。]

Last modified:2006/06/11 00:01:00
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