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イデア

キーワードイデア

定義

  1. 或るモノA(ヒト)が或るモノB(道具)を作る時には
    1. 最初、モノAは存在するが、モノBは存在しない
    2. モノAは『モノB』に関する《求める思いこみ》を持つ。
    3. モノAは『モノB』の《求める思いこみ》を実現するという方法で、モノBを作る。
  2. モノBが存在するに至った後に、モノC(ヒト)がモノBを知ると、
    1. モノCは『モノBを作ったモノヒトA)の、『モノB』という《求める思いこみ》』という《知った思いこみ》を感じる。
  3. モノBのイデアとは、
    1. モノA(モノBを作るヒト)の『モノB』の《求める思いこみ》
    2. モノC(モノBを知ったヒト)の『モノBを作ったモノの、『モノB』という《求める思いこみ》』という《知った思いこみ》
    3. 意味する。

区別

道具イデアイデア

  1. 道具イデアの有用性は認めよう。

法とイデア

  1. 法は《他者の思いこみ》である。《ヒトの群れ》の秩序維持のための道具のアイディアである。規範、『規範』。『法』『法律』。『ルール』。

イデアと被造物

  1. イデア道具道具は被造物である。ヒトも、道具である、という信仰。

イデアとアイディア

  1. Webでアプリを実行するというアイディア。
  2. 道具作りのアイディア→道具。実際に存在するWebアプリという存在に内在するアイディア。イデア
  3. 《求める思いこみ》からアイディアが生じる。《求める思いこみ》から《道具的な思いこみ》が生じる。手段の目的化。手段の自己目的化。本来の目的を忘れる。

イデア《アニマ》

  1. イデアは、《思いこみ》《アニマ》である。《思いこみ》の中のモノ《アニマ》である。
  2. モノ《アニマ》は、そのモノが消えても存在することができる。か? 『そのモノ』への《思いこみ》があれば、『そのモノ《アニマ》』を感じることができる。そのモノが存在しないときに『そのモノ』への《思いこみ》からの《アニマ》は、『そのモノ』は《思いこみ》の中のモノであるから、《思いこみ》の中のモノからの《アニマ》である。((これって、偽物の《アニマ》じゃん))
  3. モノアニマ
  4. イデアモノへの《思いこみ》《アニマ》モノからの《思いこみ》
  5. 《作られたモノ》にはそれを《作ったモノ》の《作られたモノ》への《思いこみ》が残存している。
  6. 多数者のカオスから生まれたモノは、カオスによって《作られたモノ》か? カオスの《作られたモノ》への《思いこみ》が残存しているか? カオスというのは状態である。多数者の全体がカオスの実体である。全体というモノ《宇宙史》)からの《思いこみ》が《作られたモノ》に残存している、か?
  7. 《思いこみ》モノである。クオリアである。輪郭によって区別されるモノである。《思いこみ》モノであるがゆえに《アニマ》を持つ。言霊?

アニマイデア

  1. イデアモノに対するヒト《思いこみ》ヒトに内在する《思いこみ》
  2. アニマモノに内在する《思いこみ》。そのモノが有する《思いこみ》
  3. 道具アニマ道具のイデアイデア道具を作るヒトに内在する《思いこみ》アニマ道具に内在する《思いこみ》道具を知るヒトは、道具アニマを受け取って、自らのうちに道具のイデアを再構成する。
  4. 道具を知ったヒト道具イデアを感じるというのは、その道具を作ったヒトイデアを感じるということである。
  5. 道具以外のモノヒトが作ったモノ以外のものにイデアはない。
  6. 「作られたモノ」には「それを作ったモノ」のイデアを感じることができる。
  7. 道具のイデア道具に内在しているか? 道具のイデア道具アニマとして存在しているか? 道具のイデアは、そのモノと作成者との関係において、外在しているに過ぎない。
  8. アニマはすべてのモノに内在しているが、イデアは別のモノによって作られたモノにしか存在しない。しかも、内在ではなく、関係性において外在するに過ぎない。

イデアイデア主義

  1. キリスト教的妄想なのか?
  2. イデア実在論

イデアと定義

  1. 「いかなるイデアも定義されえない」(『形而上学・上』p.283)。定義は《他者のコトバ》を使うほかないからである。

イデアと《道具的思いこみ》

  1. イデア道具的な《知った思いこみ》である。
  2. 『それを知った』と思いこむことが、役に立つから、そのように思いこむモノである。
  3. 《知った思いこみ》は、すべからく、道具的な《知った思いこみ》である。《知った思いこみ》は、動きに繋がる意味を持たない限り、《思いこみ》として維持されない。
  4. 《見通し》には意味があるとは限らず、道具的ではない。《見通し》に輪郭を描き、染色してモノを区別し、そのモノ記憶する時、つまり、《思いこみ》として記憶する時に、意味が発生し、《道具的な思いこみ》となる。
  5. 「健康というのは医者の心のうちにある概念(ロゴス)であり認識である・・。そこで、健康体は、(医者の心のなかでの)次のような推理(ノエーシス、思惟)の結果として作り出される。「健康とは《これこれ》(の形相または比(ロゴス))である。それゆえに、この病体が健康であるためには《これにこれこれ》のものが。たとえば(熱と寒との)均衡(ホマロテース)が、現存せねばならない。しかるに、これが現存すべきだとすれば、そのためには熱があらねばならない。等々」と。このように医者は推理をつづけて、ついにかれ自らで行動し(ポイエイン)(施術し)うる点まで達する。なぜこの点までと言うかというに、すでにこれから後の運動過程、すなわちこの病体がすでに健康で《ある》に至るまでの過程は、(推理過程ではなく)制作(ポイエーシス)と呼ばれる過程だからである」(『形而上学・上』p.249)
  6. 『健康』は医者の《アニマ》である。

イデアとユダヤ的一神教

  1. ユダヤ的一神教においては『《モノの世界》も宇宙神の《思いこみ》によって作られたモノである』という《思いこみ》に基づいて《モノの世界》を理解する。《モノの世界》は宇宙神の《思いこみ》=宇宙神のイデアを実現した世界である、と理解する。
  2. イデアは本来、ヒトのアイディアであり、道具を作るためのアイディア、といった意味に過ぎなかったが、ユダヤ教的一神教にあっては、《モノの世界》を作るためのアイディアというように拡張されている。
  3. モノを『被造物(creature)』のイメージで理解するわけである。

イデア《ニーズ・イーター》

  1. 道具のイデア《ニーズ・イーター》である。
  2. 道具に対する人のニーズを食べて増殖する《ニーズ・イーター》である。
  3. 道具的な概念は《ニーズ・イーター》である。『国家』とか『貨幣』とか・・、は人々のニーズを食べて増殖する《ニーズ・イーター》である。
  4. 道具というモノ道具のイデアによって作られる。道具というモノ道具のイデアによって理解される。道具は人のイデアによって作られたモノであるから、モノの本質はイデアであるという結論になりやすい。
  5. 人工物であっても人のイデアに基づくモノとは限らない。都市というのは人工物だが、多数者の勝手なイデアの結果であり、単一のイデア原因者であるわけではない。
  6. コンピュータのような複雑な道具も、多数者の関与があるので、単一のイデアで捉えることが困難になりつつある。
  7. 道具の本質はイデアではない。道具の利用者が道具の作成者の意図に沿って道具を認識する場合には、道具イデアによって捉えられている。しかし、道具を別の観点から見た場合には、道具イデアで捉えることはできない。(マルセル・デュシャンの『泉』)
  8. モノとしての道具の本質はイデアではないが、道具のイデア《ニーズ・イーター》である。

イデア道具

イデアコトバ

  1. イデアコトバに対応する《思いこみ》である。

イデア《疑いつつあるモノ》

  1. デカルトは《疑いつつあるモノ》を『疑いつつあるモノ』というイデアで捉えた。
  2. イデアは『普遍的なモノ』という《思いこみ》を伴う《思いこみ》である。
  3. イデア《思いこみ》であるから、《モノの世界》とは別の世界にある。《思いこみの世界》は『《モノの世界》を超越した世界にある』という《思いこみ》を伴った《思いこみ》である。
Last modified:2007/08/30 14:03:06
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