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《まなざし》

《まなざし》

  1. キーワード

定義

《感じ合い》に対する概念。

  1. 《知りつつあるモノ》による「知ること」の別名。
  2. 《息しつつあるモノ》による《感じ合い》は、おそらくは仲間に対する、仲間の《内からの視点》を感じるための機能。《まなざし》は、おそらくは、エサに対する注意、捕食者に対する注意、従って3次元的な空間定位が非常に重要な場面で発達した機能。

区別

《他者からのまなざし》:たかまな 《他者からのまなざし噴出点》:たまふて 《他者からのなまざしの背後者》:たまはい

タモモ・100

  1. 《他者の求める思いこみ》に何の義理があるというのか?
  2. 《私》《身体》は、《他者の求める思いこみ》に対して、協力する。身体反応に過ぎない。
  3. 《他者からの思いこみ》(タカモイ)は不快である。
  4. 《私》《他者》《まなざし》を向けることができない。《私》《まなざし》が憎しみに満ちていることを知っているからである。
  5. 《他者の求める思いこみ》《他者》からの《まなざし》を通して、《私》に流れ込んでくる。《他者からのまなざし》
    1. 《私》を支配しようとする《他者の求める思いこみ》(「ちゃんと働け!」)
    2. 《私》を利用しようとする《他者の求める思いこみ》(「ちゃんと働け!」)。
    3. 《私》に愛されることを求める《他者の求める思いこみ》
    4. 《私》を攻撃しようとする《他者の求める思いこみ》(「お前は生意気だ!」)。
    5. 《私》に知恵を求める《他者の求める思いこみ》
    6. 《私》から逃れようとする《他者の求める思いこみ》(「あなた痴漢でしょ!」)。
    7. 《私》を取り調べようとする《他者の求める思いこみ》
    8. 《私》に笑顔を売ろうとする《他者の求める思いこみ》(マックの店員)。
  6. 君子危うきに近寄らず。《他者からのまなざし》は「危うき」である。虎穴に入らずんば虎児を得ず。《まなざし》は虎穴である。虎児は《他者の求める思いこみ》である。
  7. あなたは救われる。《あみだぶ》を見れば救われる。《あみだぶ》の名前を聞けば救われる。((『心地よいウソ』に過ぎないが・・))。

《まなざし》『心地よいウソ』

  1. 《他者》は、《他者からのまなざし》において『心地よいウソ』を求めている。
  2. 《他者》は、別の《他者》Bに『ヒト』という『心地よいウソ』を求めている。『私を救ってくれるヒト』『私の世界を救ってくれるヒト』という『心地よいウソ』を求めている。『私を笑わせてくれるヒト』なら、ウソではない、か? 『私を金持ちにしてくれるヒト』『私を美人にしてくれるヒト』ならウソではない、か? 『私にご飯を食べさせてくれるヒト』であれば、ウソではない、か? 《まなざし》において噴出する《他者の求める思いこみ》は『私を救ってくれるヒト』である。『ボス猿』である。自発的服従である。『自発的服従に値するヒトボス猿)』である。それが、(《私》からの)《まなざし》における『地獄の真実』である。
  3. 《弟子たち》の情けない姿を見よ。《エピゴーネン》が『地獄の真実』である。
  4. 《まなざし》に救いを求めるヒトは救われない? 否。『心地よいウソ』を信じることができるヒトが、救われたヒト、である。『地獄の真実』を見るヒトは、地獄に落ちたヒト、である。たけ(tk)は、地獄に落ちることを、望む。((「救われたい」ってのは「金魚すくい」の金魚になりたい、ってことだね))。
  5. 《他者からのまなざし》『心地よいウソ』《求める思いこみ》《噴出しつつあるモノ》である、わけではない。《地獄の真実》を《求める思いこみ》噴出することもあるし、憎悪に満ちた攻撃の《求める思いこみ》噴出することもある。

《他者からのまなざし》と(《私》からの)《まなざし》

  1. 全然違うやん? ○:《相対者公理》によれば、《同質者公理》によれば、同じ性質のモノである。×:全然違う!。

《まなざし》と『地獄の真実』

  1. 《まなざし》は『地獄の真実』(ジゴシン)である。
  2. あなたは、いま『地獄の真実』を見ている。というのが《まなざし》である。
  3. 『地獄の真実』は《私》《背後者》である。《私》《背後者》《求める思いこみ》である。『地獄の真実』の泥沼に咲いた蓮の花である。??。《私》《背後者》に蓮の花など無い。《私》《背後者》の《認識限界》の先の《混濁》の先の《いま・ここ》の《知りつつあるモノ》『一切』《知りつつあるモノ》。観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄。《他者》《まなざし》の中にある《苦しみ》??『地獄の真実』を見る《苦しみ》。本当に得たいモノが得られないという『地獄の真実』の《苦しみ》。
  4. 『地獄の真実』を知るのは《苦しみ》? そのうち、快感になるよ。でも、やっぱり、《苦しみ》だよ。『地獄の真実』を知るだけじゃ駄目なんだ。何が必要? 《私》も『地獄の真実』の一部であることからは逃れられない。それを知ったからといって、逃れられるわけではない。逃れられない、ということを知ったなら、逃れようとする《求める思いこみ》を捨てればいいじゃん。『地獄の真実』の中にあること、『地獄の真実』の中で生きること、を楽しめばいいじゃん。《正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定》。
    1. 『地獄の真実』を見ればよい、
    2. 『地獄の真実』の中で楽しむ方法を考えればよい、
    3. 『地獄の真実』のなかでの楽しみを維持できるように語ればよい、
    4. 『地獄の真実』の中で生きればよい、
    5. 『地獄の真実』の中で生きていくにあたっての『目的』をでっち上げればよい、
    6. そのために精進すればよい、
    7. そのために考えればよい、
    8. そのためにときどき反省してみればよい。
  5. 『地獄の真実』は情緒的な表現であり、《思いこみ》の要素が強い。

《あみだぶ》と『心地よいウソ』

  1. あなたは救われる。《あみだぶ》を見れば救われる。《あみだぶ》の名前を聞けば救われる。((『心地よいウソ』に過ぎないが・・))。ナムダブ。
  2. 《あみだぶ》に逢ったら《あみだぶ》を殺せ。
  3. 「《あみだぶ》に逢ったら《あみだぶ》を殺せ」は『心地よいウソ』ではない。『地獄の真実』だ。
  4. たけ(tk)《まなざし》は『地獄の真実』を《求める思いこみ》である。

ゴミ箱2006-07 - [##「知識のためにはではなく主体のために、主体の存在そのもののために、真理に到達するための代価となるような浄化、禁欲、放棄、まなざしの転換、経験の修正など、研究、実践、経験の総体を『霊性』と呼ぼう」(Ibid.)。]

ゴミ箱2005-11 - [##著者は,あるときは「希望としての暴力」をベンヤミン,ファノン,サイード,デリダの哲学から汲み取り、あるときはグレン・グールド、シェーンベルク、アドルノ、黒人音楽に暴力の時代の苦悩の表現をみる。音楽は人間の最もエモーショナルな部分に訴えて、人間に美的快楽をもたらすとともに、崇高にも野蛮にも駆り立てる。ブレヒトやクルト・ヴァイルのめざした革命の音楽は、「ホルスト・ヴェッセル」のようなファシストの音楽に呑み込まれた。その痛恨の歴史も忘れてはならない。このように、音楽のもつアレゴリーの二面性を著者は強調する。本書のもう一つの柱は、日本の資本主義を底辺で支える日雇い労働者やホームレス、フリーターへの熱いまなざしである。超高層ビルの林立する新宿の西口地下に並ぶダンボール・ハウスの群れ。あるいはコンピュータ制御の職場やコンビニで働く膨大な「下層フリーター」を通し、今日の階級や労働の意味と可能性を追究する。日本と世界が新たに生成する方途はどこにあるのか。暴力の第三の時代に「暴力と音」という視点からこのアポリアに挑戦した、特異な思想家の力作評論。]

  1. 熱い《まなざし》とは何か? 期待し、要求する《求める思いこみ》《まなざし》だろう。《求める思いこみ》の中に入り込んだ《知りつつあるモノ》からの《まなざし》であろう。しかし、熱いまなざしは、ぐさりとつきささることはあっても、ヒト動かすことはない。(と、思う)。

《まなざし》・100

  1. 《まなざし》は厄介である。《まなざし》は恐怖である。《まなざし》は憎しみである。《まなざし》は獲物を殺す意図である。《まなざし》は破壊する意図である。
  2. 《まなざし》は鏡の恐怖である。《まなざし》は鏡の憎しみである。《まなざし》は鏡の軽蔑である。
  3. 1:《息しつつあるモノ》
  4. 《まなざし》《息しつつあるモノ》への《破壊欲求》である。《思い描き》としての《まなざし》であれば、力は弱い。しかし、現実の《まなざし》は、《息しつつあるモノ》を停止させる。《息しつつあるモノ》を忘れさせる。《息しつつあるモノ》《世界》から追放する。
  5. 現実の《世界》《まなざし》は、《息しつつあるモノ》《世界》から追放しない。追放したように見えるのは、《知りつつあるモノ》《思いこみの世界》入り込ませるので、《息しつつあるモノ》が忘れられるだけである。《思いこみの世界》からは追放されても、《モノの世界》からは追放されない。
  6. 《まなざし》は純粋で強力な《思いこみ》《ちから》である。ということは、《知りつつあるモノ》《思いこみ》《ちから》なのか?
  7. 《まなざし》はと《外からの視点》であり、《知りつつあるモノ》《内からの視点》である。
  8. 《まなざし》《自己言及》である。《まなざし》自己言及のハウリングである。《まなざし》《ハウリング》である。
  9. 《まなざし》は、《知りつつあるモノ》が単独である場合には憎しみと破壊だが、《知りつつあるモノ》《息しつつあるモノ》と共にあるときには、親しみと共感なのではないか? ○:。×:。

検索

したいこと』 - [#『したいこと』は、通常は意識されることなく、《動き》として噴出される。しかし、《まなざし》が当てられると《動き》は抑制され、《求める思いこみ》として《体内感覚世界》噴出する。]

モノたちとの対話 - [#ということは、彼が僕に怒りに任せて殴りかかってきたとしても、僕はそのような形で彼を生かしている。彼が軽蔑のまなざしで僕をシカトしても、僕はそのような形で彼を生かしているのか。]

《ヒトの群れ》 - [#《ヒトたち》だと《まなざし》。《人々》だと共感、《感じ合い》。]

《共振しつつある身体》 - [《共振しつつある身体》《まなざし》《感じ合い》]

《知りつつあるモノ》 - [#《まなざし》の認知情報が背後者情報記憶、欲求、決断)に変換する場所である。《感じ合い》の認知情報《知りつつあるモノ》が集結点ではない。]

《愚かな人々》 - [#空気を読むこと、自律的な思考を放棄すること。《感じ合い》を重視すること。《まなざし》を放棄すること。]

《感じ合い》 - [#3Dは、獲物に対する《まなざし》世界、]

ゴミ箱2007-05 - [#3Dは、獲物に対する《まなざし》世界、]