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『無意味の世界』

『無意味の世界』

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定義

ムミセ

記述

  1. 《息しつつあるモノ》はそれの《世界》《実感》する。
  2. 《息しつつあるモノ》《世界》とは、《体内世界》と《体外世界》であり、全体としての《世界》そのものと、《世界の中のモノたち》で形成される。
  3. 《実感》『意味』である。
  4. しかし、《息しつつあるモノ》《実感》を吟味していくと、最初に感じられた『意味』はことごとく消え去ってしまう。
  5. 世界の中のモノたち》は『それが存在する』という『意味』以上の、固有の『意味』を失っていく。《世界》は『それが存在する』という『意味』は持つが、それ以上の『意味』を失って、『無意味の世界』になる。
  6. 『無意味の世界』を吟味しつづけると、そこに《生きモノたちの群れ》が現れる。

区別

『無意味の世界』《生きモノたちの群れ》

  1. 『無意味の世界』《実感》の中に《生きモノたちの群れ》《実感》が現れる。確かに・・。しかし・・。
  2. 《息しつつあるモノ》《生きモノ》であるが、満足してしまった《生きモノ》である。満足した《生きモノ》にとっては、『意味』はあるモノはあるが、『意味』あるモノはごくわずかである。・・コトバには『意味』があるのに、『意味』がないとは?・・そのうちに、コトバからも『意味』が消えてしまうのではないか?『意味』《身体》にとっての『意味』でしかない。いなもともと、『意味』というのは《身体》にとっての『意味』なのである。《私》《身体》であるかぎりにおいて、《私》にも『意味』がある、が、《私》《身体》を拒否するかぎりにおいて、《私》には『意味』がない。
  3. 《息しつつあるモノ》『無意味の世界』モノに過ぎない。客観の《視点》にとって意味があるはずがない。《宇宙史》からの《視点》《宇宙史》にとっての世界に、『意味』があるはずがない。
  4. 《動き》『意味』は、《背後者回路》《動き》に過ぎない。・・《私》《背後者回路》《身体》なのだ。
  5. 『知る』ことには『意味』がない。《知りつつあるモノ》にとっては『知る』ことに『意味』はない。
  6. 分解してしまった《生きモノ》には『意味』がない。
  7. ブッダにとっては『ブッダ』は『意味』がない。『ブッダ』に『意味』を見いだしたのは《生きモノ》たちである。
  8. 《生きモノたちの群れ》『意味』があるとしても、その『意味』はそれにとっての『意味』である。《私》にとっての『意味』ではない。・・《彼ら》には『意味』がある。
  9. 《生きモノたちの群れ》『意味』『無意味の世界』のなかの《生きモノたちの群れ》にとっての『意味』である。
  10. 《生きモノ》『意味』を求める、《生きモノ》《味わい》を求める。《生きモノ》にとっては『意味』はある。
  11. 《息しつつあるモノ》《生きモノ》である。
  12. 《動き》には意味がある。
  13. 《背後者回路》を『知る』ことには『意味』がある。『知る』ことには『意味』がある。《生きモノ》にとっては『知る』ことは『意味』がある。・・『知る』ことには『意味』がない。『知る』ことは『意味』を破壊する。
  14. ブッダにとって『ブッダ』は『意味』がある。《生きモノたちの群れ》『意味』がある。《生きモノの群れ》(イモム)(草・木・犬・猫・ゴキブリ・黴菌たちの群れ)には『意味』がある。《アニマ》には『意味』がある。・・ブッダにとっての『ブッダ』は人々、《生きモノたちの群れ》のなかで『ブッダ』を《演じつつあるモノ》である。《生きモノたちの群れ》のなかで《演じつつあるモノ》には『意味』がある。《彼ら》にとっての『意味』がある。
  15. 《私》《生きモノたちの群れ》の中の一匹でしかない。《私》《私》にとっての『意味』を求めているのである。・・《私》《生きモノたちの群れ》のなかで『私』《演じつつあるモノ》である。私の《身体》は・・かな?・・《私の身体》が《私》なのである、か?
  16. 《絶対者公理》にとっては『無意味の世界』であり、《相対者公理》にとっては《生きモノたちの群れ》である。《知りつつあるモノ》にとっては『無意味の世界』であり、《動きつつあるモノ》にとっては《生きモノたちの群れ》である。・・関係ないだろ。

『無意味の世界』《意味を求めつつあるモノ》

  1. 《生きモノ》『意味』《求めつつあるモノ》である。《息しつつあるモノ》《意味を求めつつあるモノ》である。
  2. 《生きモノ》《息しつつあるモノ》は、『無意味の世界』の中で、《意味を求めつつあるモノ》である。

『無意味の世界』『よい』『わるい』

  1. 《見通し》が欲しければ、『無意味の世界』で在るべきである。『意味の在る世界』は『意味』という《思いこみ》の霧で遮られた《見通し》である。

『無意味の世界』《実感》

  1. 『無意味の世界』《実感》である。《実感》『意味』である。『無意味の世界』『意味』を持つ。

『無意味の世界』《近傍物理空間》

  1. 《体外直知時空》《知りつつあるモノ》とっての『無意味の世界』である。
  2. 『無意味の世界』《息しつつあるモノ》にとっての《近傍物理空間》である。
  3. 《視点》の違い。《近傍物理空間》《知りつつあるモノ》《視点》『無意味の世界』《息しつつあるモノ》《視点》《実感》か?
  4. 《視点》《知りつつあるモノ》にとっての《実感》《見通し》《知りつつあるモノ》にとっての《実感》
  5. 《近傍物理空間》『意味』を持たない世界である。しかし、『無意味の世界』は、単に『意味』を持たない世界全般を指すのではなく、《息しつつあるモノ》にとっての《実感》として現れた世界を指し示す。
  6. 『無意味の世界』『意味』を持たないのは、《知りつつあるモノ》による《見通し》『意味』剥奪性の結果である。
  7. 《近傍物理空間》は、《息しつつあるモノ》《実感》の中の《知りつつあるモノ》《見通し》世界であり、間接的に《息しつつあるモノ》《実感》である。
  8. 『無意味の世界』は、《息しつつあるモノ》《見通し》の中の《実感》であるから、『意味』を失っているのである。

『無意味の世界』コトバ

  1. 『無意味の世界』コトバで記述することに『意味』はあるか? ○:《私》にとって『意味』があればよいのである。《たけ(tk)の思いこみ》。×:《生きモノ》たちの餌食になるだけだ。

『意味』『無意味の世界』(ムミセ)

  1. 『無意味の世界』なのか?
    1. ○:『孔子暗黒伝』《饕餮》になってしまったのだ。《息しつつあるモノ》《生きモノ》であるが、満足してしまった《生きモノ》である。満足した《生きモノ》にとっては、『意味』はあるモノはあるが、『意味』あるモノはごくわずかである。《息しつつあるモノ》『無意味の世界』モノに過ぎない。客観の《視点》にとって意味があるはずがない。《宇宙史》からの《視点》《宇宙史》にとっての世界に、『意味』があるはずがない。《動き》『意味』は、《背後者回路》《動き》に過ぎない。『知る』ことには『意味』がない。《知りつつあるモノ》にとっては『知る』ことに『意味』はない。分解してしまった《生きモノ》には『意味』がない。ブッダにとっては『ブッダ』は『意味』がない。『ブッダ』に『意味』を見いだしたのは《生きモノ》たちである。《生きモノたちの群れ》『意味』があるとしても、その『意味』はそれにとっての『意味』である。《私》にとっての『意味』ではない。《生きモノたちの群れ》『意味』『無意味の世界』のなかの《生きモノたちの群れ》にとっての『意味』である。
    2. ×:《生きモノ》『意味』を求める、《生きモノ》《味わい》を求める。《生きモノ》にとっては『意味』はある。《息しつつあるモノ》《生きモノ》である。《動き》には意味がある。《背後者回路》を『知る』ことには『意味』がある。『知る』ことには『意味』がある。《生きモノ》にとっては『知る』ことは『意味』がある。ブッダにとって『ブッダ』は『意味』がある。《生きモノたちの群れ》『意味』がある。《生きモノの群れ》(イモム)(草・木・犬・猫・ゴキブリ・黴菌たちの群れ)には『意味』がある。《アニマ》には『意味』がある。《私》《生きモノたちの群れ》の中の一匹でしかない。《私》《私》にとっての『意味』を求めているのである。《絶対者公理》にとっては『無意味の世界』であり、《相対者公理》にとっては《生きモノたちの群れ》である。《知りつつあるモノ》にとっては『無意味の世界』であり、《動きつつあるモノ》にとっては《生きモノたちの群れ》である。

検索

  1. 『意味』 - [『無意味の世界』コトバ]
  1. 《背後者回路》 - [《背後者回路》を制御すべきか? ○:このヒトのために協力しようよ。×:このヒトが何をしようと、どうなろうと関係ない。このヒトが存在する世界『無意味の世界』である。《息しつつあるモノ》『無意味の世界』。《無意味の世界》。]
  1. 《他者の動き》 - [#《他者の動き》『意味』はあるか? ○:当該《他者》にとっては『意味』がある。当該《他者》の《他者》《私》以外)にとっては『意味』がある。×:《私》にとっては『意味』がない。《他者の動き》『無意味の世界』のなかの《動き》である。]
  1. 《息しつつあるモノ》 - [《息しつつあるモノ》『無意味の世界』(ムミセ)]
  1. 《他者の息しつつあるモノ》 - [#《息しつつあるモノ》にとって世界は意味があるか? ○:息ができるかどうかはで世界『意味』が異なる。×:『無意味の世界』『意味』があるかどうかは《思いこみ》による)。]
  1. 《息しつつあるモノの群れ》 - [#《息しつつあるモノの群れ》《私》《息しつつあるモノ》を含むか? ○:《息しつつあるモノの群れ》《私》《拡大身体》である。《身体》には部分が有る。われわれは結合双生児(http: //ja.wikipedia.org/wiki/結合双生児)なのである。吐き気がしてきた、吐き気の唾液が出てきた。脳幹後部が痛くなってきた。《息しつつあるモノの群れ》から悪魔的な黒い攻撃欲求のタール状の液体が吹き出してきた。赤いタール、焦燥感と怒りの液体が吹きだしてきた。焦燥感の白い霧が吹き出してきた。透明な液体、悲しみの涙が吹き出してきた。絶望の鉄の壁がせりあがってきた。自暴自棄の瓦礫が吹き出してきた。あきらめの砂が吹き出してきた。世俗的諦観の水が吹きだしてきた。無知の暗い空間が吹き出してきた。突き抜けて、彼ら自身の現実感覚が現れてきた。彼らの『無意味の世界』が現れてきた。《息しつつあるモノの群れ》『無意味の世界』の群れである。彼らはモノ《背後者回路》に駆動されるモノである。彼らは《生きモノ》である。《生きモノの群れ》である。《求めつつあるモノ》《群れ》である。《求めつつあるモノの群れ》:もともむ。《生きモノの群れ》は能力を求める。生存能力を《求めつつあるモノ》である。《生きモノの群れ》は《繋がり》をそれ自体の目的として求める。《繋がり》は《生きモノの群れ》の《生きる》ことそのものだからである。《群れ》を持たない《生きモノ》はいない。同種の《生きモノ》を持たない《生きモノ》はいない。《群れ》の他の《個体》に守られることは、《生きモノ》の求めることである。同種の《個体》に共食いされることは望まないし、しようともしない。《私》は単なる《生きモノ》である。《私》は絶対者である。しかし、彼らも絶対者である。《息しつつあるモノの群れ》は《絶対者の群れ》(ぜたむ)である。《生きモノの群れ》は《絶対者の群れ》である。《絶対者の群れ》は《モノの群れ》であり、《生きモノの群れ》である。《生きモノの群れ》は《求めつつあるモノの群れ》である。《生きモノ》は共感を求め、能力を求める。《生きモノ》は共感と能力とを同時に《求めつつあるモノ》である。《息しつつあるモノの群れ》は共感と能力とを同時に《求めつつあるモノ》である。×:《身体》の中に《見通し》のある部分と、無い部分とが有るのはおかしい。]