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『私』

キーワード『私』

「私」というコトバが指し示す《仮想実在》《思い描き》『私』という。

  1. 「私」というコトバは、《「私」というコトバを発しつつあるモノ》を指し示すコトバである。
  2. 《健常者》は、《「私」というコトバを発しつつあるモノ》を思い描くとき、『「私」というコトバを発しつつあるモノ』という《思い描き》に加えて、多様なイメージを付加して『私』《思い描き》の内容としている。従って、《健常者》にとっての『私』は『《「私」というコトバを発しつつあるモノ》に付随するさまざまなイメージの統合体』という《思い描き》を意味する。
  3. モノにイメージを重ね合わせて思い描くことを、《思いかさね》という。重ね合わせられるイメージは、そのモノとは別のモノであり、通常は《仮想実在》である。

『私』は、『《他者》《私》に関して抱いているイメージ』という《思いこみ》である。『私』《他者》《思いこみ》に関する《私》《思いこみ》である。

『私』という『』つきのコトバは、《他者の思いこみ》としての、《他者》がいだいている自己イメージの意味で使う。

区別

お礼と『私』

  1. お礼というのは、感謝の気持ちを伝えるコトバだろう。
  2. 感謝の気持ちは、あるのか? たしかに、あるとき、「わー、xxさんがxxしてくれて助かった、感謝感激」と思った記憶はある。しかし、《今・ここの・このモノ》の中に感謝の気持ちを捜そうとしても見つからない。
  3. 感謝の気持ちを伝えるというのは、《今・ここの・このモノ》の中に感謝の気持ちが在ってそれを伝えるのではなく、《あの時・あの場所の・あのモノ》が感謝の気持ちをもった瞬間がある、という、記憶を伝えることなのか?
  4. ということは、「私は感謝しています」の「私」とは「『私』に関する記憶の塊」ということか? 「過去の《私》に関する記憶の塊」が『私』であるのか?

『私』《私》 《私》は、《他者》の《他者》としての《今ここのモノ》である。 『私』は、『《他者》の『《私》に関するイメージ』』という《思いこみ》である。『私』《他者》《思いこみ》に関する《私》《思いこみ》である。

  1. 《私》というのは他者との相対関係における総体としての《このヒト》のこと。《このヒト》のイメージはある。それが《私》《思いこみ》としての『私』
  2. 状況への見通し》と、その結果として発見される《状況》《私》との関係において、『私』は発見されるモノである。

《他者の思いこみ》としての『私』《私》《思いこみ》としての『私』

  1. 《同質者公理》によれば同じ性質のモノである。
  2. 《私》《思いこみ》としての『私』を持たないから、『私』は常に《他者》《思いこみ》である。
  3. 《私》は行動原理としての《背後者回路》を持っている。それが『私』か?

ロジャーズの「自己概念」《他者の思いこみ》としての『私』

  1. 《他者》『私』にはどんなものがあるのだろうか?
  2. いろいろなヒトが居る、ということはいろいろな《他者》『私』があるということ。

《知りつつあるモノ》『私』

  1. 《知りつつあるモノ》《私》《思いこみ》としての『私』のイメージの一部となっている。

『私』は、《私》が持っている世界イメージの中での主役である。

  1. 「あなたはあなたの人生劇場の主役である」。
Last modified:2008/02/09 15:34:07
Keyword(s):
References:[《演じつつあるモノ》] [《私》] [《身体》] [《独占暴力団》]