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『悪』

キーワード『悪』

定義

『悪』とは「『xxが無くなること』/『xxが少なくなること』を《求める思いこみ》」があるときの「その《求める思いこみ》《視点》からxxを見た時の主観的表現」である。

  1. 『悪』は存在するモノへの評価である。
  2. 『善』は存在しないモノへの評価である。
  3. 『善』よりも『悪』のほうが語りやすい。
  4. 『悪』は評価である。評価とはモノへの《思いこみ》《重ね合わせ》である。
  5. 『悪』モノの属性ではない。特定の《視点》からのモノへの評価である。
  6. 『悪』《視点》依存的である。

区別

砂上の楼閣は『悪』であるか?

  1. コンピュータのシステム開発は、砂上の楼閣の如し。土台から崩れていく。

『悪』記憶

  1. 何が善くて、何が悪いか、なんぞということは、2,000年前から書物でかかれてきたことだ、結論は出ているのじゃないのか?
  2. 問題は、何時の世でも、人々は、それを知らずに、無視して、ほおかむりして、できませんといって、できるわけではないと言って、『現実』的ではないといって、口先だけだといって、実行しようとしてこなかった、ということだ。
  3. 問題は、ヒトは、歴史的な記憶を背負って生れ来るのではない、ということ。過去の記憶をもたずに生れてくるのだ。過去の歴史は、学ばない限り、記憶にならない。
  4. 過去の歴史から記憶を再構成しようとしないモノたち。先人の知恵をわが物にしようとしない《ヒトたち》。

高利貸しと『悪』

  1. 高利貸しは『悪』である、と、たけ(tk)は思う。
  2. しかし、利息自体が『悪』なのか?
  3. 利息を払うという約束を守らないことは『悪』ではないのか?
  4. 『悪』は相対的であり、量的な判断である。程度問題である。
  5. 灰色の領域が出てくるのは、やむを得ない。
  6. 適当なラインで、犯罪的な『悪』、民事的な『悪』、道義的な『悪』、の線を決めるほかない。道義的な『悪』のラインは、法定金利の5%、6%といったところだろう。民事的な『悪』は15%。犯罪的な『悪』は?
  7. グレーゾーンがおかしい、などと、マスコミが騒いでいたな。マスコミの連中はバカではないだろう。意図的に、煽っているのだ。権力者に都合のよいように世論を操作して、権力者に迎合して、特権を維持しようという目的だろう。

『法』『悪』

  1. 『法』は『善・悪』を評価する基準であるか? ○:。×:5キロ程度のスピード違反は『悪』ではない。
  2. 『法』は命令である、か? ○:。×:。
  3. 「法」というコトバをどの様に定義するか? の問題だな。

イシモ・エンテン

  1. 『善』はヒトたちの《思いこみ》である。
  2. 『善』はヒトたちの《動き》《背後者回路》の一部である。

相対的『善悪』はあるか?

  1. 『より善』であるモノはあるか? ○:。×:。
  2. 『より善』かどうかの判断基準は? ○:。×:。
  3. より多くの利益を配慮した判断は、『より善』なる判断といわれる。仁。

『悪』と「非難すべきこと」

  1. 『悪』は「非難すべきこと」であろう。
  2. 「非難すべきこと」が在るのなら、「非難すべきことを非難すること」は『なすべきこと』である。
  3. 「非難すべきこと」は在るか?
  4. 悪しき結果が在るのなら、悪しき結果を導く行動は、非難すべき行動である。
  5. 自殺は悪しき結果である。か? 自殺に追い込もうとしていた人々にとって、悪しき結果であるか? 自殺によって、生き地獄から逃れた当人にとって、悪しき結果であるか?
  6. 《ヒトの群れ》にとって、自殺は悪しき結果であるか?
  7. ライフゲームのオブジェクトにとって、自殺は悪しき結果であるか? 通常は、ライフオブジェクトは自殺しない。ライフオブジェクトは生き続ける《求める思いこみ》を有する。ライフオブジェクトの、生き続けることへの《求める思いこみ》を相殺して、マイナスにしてしまうほどの、マイナスの《求める思いこみ》は、ライフオブジェクトにあり得るか?
  8. ライフオブジェクトにとっての苦しみとは? 捕食者のニオイは、ライフオブジェクトにとっての苦しみであろう。警戒状態を余儀なくされる。警戒状態においては、積極的な《動き》への《求める思いこみ》を阻害する。苦しみは、《求める思いこみ》への抑制の原因か?
  9. あてつけ自殺は『悪』か? あてつけ自殺をする自由が在る。《絶対者公理》においては、『悪』は自由である。自由は非難されない、か? 非難されるべきことを行う自由が在る。『真』は『悪』である。

『悪』《肉の塊》

  1. ヒト《肉の塊》である。しかし、ヒトは、《肉の塊》として扱われるべきではない。ヒトヒト《肉の塊》として扱うのは、『悪』である。ヒトヒト《肉の塊》として扱うのは、『真』であるが、『悪』である。《私》《他者》から《肉の塊》として扱われたくない。それゆえに、ヒトヒト《肉の塊》として扱うのは『悪』である。《私》が望まないことは『悪』である。

善悪は、本質的に、主観的なモノでしかない。

  1. 本質的に主観的なモノを、絶対的なモノとして、《私》モノとしていかなければならない。
  2. 絶対的なモノとしての《私》価値観に、相対性を感じたら、その相手の価値観を取り込んでしまえばよい。
  3. より多くの、価値観を取り込んだ、価値観が、より客観的な価値観といえるだろう。
  4. 多くの価値観を取り込めば、二律背反で決断できないことが出てくる。そのときには《息しつつあるモノ》に従えばよい。
  5. →「主観的価値絶対主義と客観的価値相対主義と・・」
  6. 隗より始めよ。いまここで、xxをすることが『善』であるのか、を検討する習慣を付けよ。
  7. 善悪は、《私》『なすべきこと』の判断基準であって、《彼》が『なすべきこと』の判断基準ではない。
  8. 善悪は、《私たち》が『なすべきこと』の判断基準であって、《彼ら》が『なすべきこと』の判断基準ではない。
  9. 善悪は、《私》『なすべきこと』の判断基準であって、《私たち》が『なすべきこと』の判断基準ではない。「《私たち》が『なすべきこと』」を語ることが《私》『なすべきこと』であるかぎりにおいて、《私たち》が『なすべきこと』を語るべきである。
  10. 「《彼ら》が『なすべきこと』」を語ることが《私》『なすべきこと』であるかぎりにおいて、《彼ら》が『なすべきこと』を語るべきである。

イスラエルの政治家は悪い、か?

  1. 「xxというヒトが悪い」というのは、「xxというヒトの行為が悪い」という意味だろう。ちゃんと、「xxというヒトのxxという行為が悪い」と言うべきだろう。

如悪悪臭、如好好色」は『善』か?

  1. 善悪は《息しつつあるモノ》に聞け、は『善』か?
  2. ふむ・・。《息しつつあるモノ》に聞くと、世の中のことなどどうでもよくなるみたいだ。自分だけが問題。自分のまわりだけが問題。自分のまわりの、そのまわりだけが問題、そのまわりだけが問題・・。
  3. 《息しつつあるモノ》は、善悪を指図するか?
  4. 『生きること』を妨げるモノ『悪』であり、快適にするモノが『善』である。

《仕合わせ》は『善』か?

  1. 自己満足は『悪』か?
  2. 自己満足は『善』か?
  3. 《仕合わせ》は、《息しつつあるモノ》を快適にするが故に『善』である。

靖国神社は『悪』か?

  1. テロリスト養成宗教は『悪』か?
  2. 靖国神社は、《私》《息しつつあるモノ》《不快》にするが故に『悪』である。
  3. 靖国神社は、或る人びとの《息しつつあるモノ》《快》にするが故に『善』である。
  4. 靖国神社という存在自体が『悪』であるのではなく、靖国神社を利用する人びとのうちの或る部分が『悪』である。
  5. 靖国神社を国民隷属の手段として使う人びとは『悪』か?

ボス猿主義『悪』か?

  1. ボス猿への追従を是とする人びとは『悪』か?
  2. 《息しつつあるモノ》《不快》にするが故に『悪』である。
  3. 実害(追従の強要)がなくても、見ることにおいて《不快》である。結果において《不快》である。態度において《不快》である。
  4. アメリカに対する各国政府の態度は、ボス猿主義そのものだ。
  5. 現実に、ボス猿からの迫害が予見できる場合の、ボス猿主義『悪』か? これは、『悪』ではないだろう。
  6. ボス猿が、反抗者に対して現実に迫害を行う場合(アメリカのような情報力に優れたインテリヤクザ場合)の、追従は『悪』か?
  7. まわりがボス猿主義者で囲まれ、彼らの追従によって、反抗意図がボス猿に筒抜けになる状態においての、ボス猿主義的追従は『悪』か? 
  8. 現実には、ボス猿にはそのような能力がないにもかかわらす、また、仲間も通報者でもないにもかかわらず、過剰に怯えて、誤想によって、追従するのは『悪』か?
  9. 人間てのは、誤想の塊だね。

ヤクザ的権力は『悪』か?

  1. 除去可能であれば『悪』か?

なるようになる、は『悪』か?

努力しないことは『悪』か?

  1. 努力は存在か?
  2. 努力は『善』か?
  3. 努力の目的が不明なのは『悪』か? 目的不明の努力は『悪』か? 『善』か?
  4. 目的『悪』でも、それに向かって努力するのは『善』なのか?

世界金融資本は『悪』か?

  1. マモンの代理人は『悪』か?

悪魔(マモン=金、ルシフェル=傲慢)は『悪』か?

  1. 人間の精神状態の神格化に過ぎない。
  2. 人間の精神状態のある部分は『悪』か?

テロは『悪』か?

環境破壊は『悪』か?

戦争は『悪』か?

差別は『悪』か?

  1. ユダヤ人は自ら差別し、差別されることを好む。

格差は『悪』か?

人類の愚かさは『悪』か?

  1. これが諸悪の根源だろう。
  2. しかし、是正不可能なモノ『悪』ではなく、環境である。状況である。
  3. 台風は『悪』か? 地震は『悪』か? 津波は『悪』か? 
  4. ウィルスは『悪』か? 部屋のゴミは『悪』か? 『除去すべきモノ』は『悪』か?

人類は『悪』か?

  1. 人類は地球のガン細胞である。
  2. 人類が『悪』であるなら、人類の絶滅は『善』ということになる。

ガン細胞は『悪』か?

  1. ガン細胞にも生きる権利がある。

悪法は『悪』か?

《不快》に基づいて動くことは『悪』である。

  1. 《快》に基づいて動くことは『善』である、か?
  2. 《不快》原因を取り除くことは『善』である、か?
  3. 世界《不快》に満ちている。
  4. 《私》動くのは《楽しみ》だからである。モノがあるのは《楽しみ》だからである。世界《楽しみ》に満ちている。
  5. 世界《楽しみ》だと思えば《楽しみ》に満ちている。《不快》だと思えば《不快》に満ちている。一瞬の気分の変化で、《楽しみ》に満ちていたり、《不快》に満ちていたりする。
  6. 《彼》が《不快》であれば《私》《不快》になる。《彼》が《快》であっても、《私》《不快》になる。《彼》がいなければ、《私》《楽しみ》世界に入ることができる。《彼》は《楽しみ》のためにある。と思えば、《彼》の《楽しみ》《私》を楽しくし、《彼》の《不快》《私》を楽しくする。
  7. 《彼》が《私》《楽しみ》であることを見通せなければ、《彼》は《私》《不快》にする。《私》が《彼》が《私》《楽しみ》であることを見通せれば、《彼》は《私》《快》にする。
  8. 《他者》《私》《楽しみ》であることを見通すこと。サディスティックな《楽しみ》
  9. 《楽しみ》《動き》への意志と結びついた認識である。《不快》は、《動き》への阻害と結びついた認識である。《不快》《動き》を停止させ、爆発させる。
  10. 世の中の『悪』《私》《楽しみ》である。《ヒトの群れの腐敗》《私》《楽しみ》である。『《楽しみ》である』と判断することは、《私》《動き》と認識とを結びつけるということである。従って、すべての事物は《私》《楽しみ》であると判断すべきである。
  11. 『悪』《私》《楽しみ》であることが分かった。では、『悪』とは何なのか? 《私》《楽しみ》は『善』でもあり、『悪』でもある。『善』も《私》《楽しみ》であり、『悪』《私》《楽しみ》である。そこには『善』と『悪』との区別はない。
  12. 《私》が『それを増大させる《動き》』に繋がる事物が『善』である。《私》が『それを減少させる《動き》』に繋がると認識する事物が『悪』である。
  13. 《他者の快》は『善』である。《他者の不快》は『悪』である。《他者の不快》は『それを減少させる《私》《動き》』に繋がるが故に、『悪』である。
  14. 《私》に対する『善』なる《動き》は存在しない。《私》はすべてを楽しみ、その《楽しみ》《他者》《動き》によって増減しないからである。《私》《楽しみ》を増加させる《他者》《動き》はあり得ない。《私》《他者》《楽しみ》が増加することを楽しむ。《私》は《他者の不快》が減少することを楽しむ。《彼》が《楽しみ》を増すことは《私》を楽しませるのであるから、《私》に対する『善』なる《動き》である。《彼》が《楽しみ》を失い、《不快》を増大させることは《私》を楽しませる。って・・。《彼》が何であれ、動くことは《私》を楽しませる。《彼》が動かないことも《私》を楽しませる。《彼》が死ぬことも《私》を楽しませる。
  15. 《他者の快》は『善』である。《他者の不快》は『悪』である。しかし、《私》《快》は『善』でも『悪』でもない。《私》《不快》は『善』でも『悪』でもない。《私》にとっては、《私》《快》《不快》《楽しみ》である。《私》《楽しみ》《不快》《私》《楽しみ》である。
  16. 《快》という漢語が《私》にとってのクオリアを有しないということか? 抽象化され、《身体》から切り離された《楽しみ》《快》であり、《身体》との繋がりを持った《快》《楽しみ》ということか。《快》は動詞になりえないが、《楽しみ》は動詞になり得る。楽しむということは《身体》に結びついた《動き》だが、《快》は感覚的な対象でしかない。

《私》を不愉快にさせるモノ『悪』である。

  1. 《私》が不愉快になるのは、期待が外れた時である。《他者》に期待し、そのモノに期待している時に、期待が外れることは不愉快である。
  2. 『なすべきこと』を為さないのは『悪』である。《他者》《私》に期待することを為さないのは『悪』である。『なすべきこと』は『《他者》《私》に期待すること』である。ウソだ。愚かな《他者》《私》に期待することは、それ自体が『悪』である。《私》に期待する《他者》『悪』である。《私》に期待する《他者》は、《私》を不愉快にさせるモノである。

優越欲求を『悪』と評価する《視点》

  1. すっごーく、絶対的な優越感情に基づく《視点》なんだよね。これって。実は・・。
  2. 優越欲求は関係欲求であり、それが(主観的にでも)満足されれば、上位の成長欲求が台頭する、ということ。ERG理論。

悪法と『悪』

  1. 法には悪法と善法とが在る。
  2. 法とは、権力によって、その違反者に対して、不利益処分が課せられる規範である。
  3. 道義的非難。という不利益処分。
  4. 権力による暴力(強制力)の独占。
  5. シカトという不利益処分。小集団の権力(暴力の独占)。
  6. 「悪法は法なりや」という問いは曖昧である。「法には悪法と善法とが在る」。
  7. 道理に反し、バランスを欠き、悪しき結果をもたらす法は『悪』である。悪法である。
  8. 『善』であっても、バランスを欠いて過酷になれば悪法である。聖人君子でない者は死刑に処する、という法は悪法である。不可能を要求する法は悪法である。
  9. 「法を法たらしめる要素として、規範が「正義」に合致することが必要か」(http://ja.wikipedia.org/wiki/法_(法学))。「法を法たらしめる要素として、規範が「道理」に合致することが必要か」、というべきだろう。無理(悪法)が通れば道理(善法)引っ込む。
  10. 「この問題については、特に、ナチス体制の下で制定された法律に従った者につき、その法的責任を第二次世界大戦後に追及することができるのか、ナチス体制下の法律の効力を巡り論争が展開された」。悪法は多いよ。ヒトラーが罰せられて、トルーマンが罰せられないのは悪法だ。勝てば官軍。は悪法である。
  11. 『勝てば官軍』は悪法であると評価する《視点》。権力の形成過程としてみるなら、暴力独占への過程としてみるなら、勝てば官軍というのは当然である。
  12. 内戦と戦争。内戦は権力独占への競争である。戦争は権力独占を目的としない。
  13. 「法と道徳との関係をめぐる問題や、必要条件であるかどうかは別として法には強制力を伴う点から、法が個人の行動に対して干渉できるのはどのような根拠に基づくのかという問題がある。//この問題につきよく引用される考え方の一つとして、ミルが提唱した侵害原理 (危害原理とも, harm principle)、すなわち、個人の意思に反してその行動に干渉できるのは、個人が他者に対して何らかの侵害を加えることを防止するためであるとする考え方があげられる」。これでよいんじゃないのかなぁ・・。
  14. 「しかし、古典的な自由主義社会であればともかく、社会経済的弱者保護という観点が強調される福祉国家思想が広まった社会では、このような根拠だけで説明し切れるかという問題点もある」・・これが分からぬ。
  15. 「法が強制力を伴った命令として機能すべきこと、法が内容独立的理由であること、などはみなよりよき統治のあり方を提示する道徳(政治)理論によって裏付けられなくてはならない」(http://blog.livedoor.jp/futagotou507/archives/50088154.html)。アリストテレス的《視点》
  16. 法は《群有思いこみ》である。《ヒトの群れ》《群有思いこみ》を必要とする。
  17. http://blog.livedoor.jp/futagotou507/archives/50198883.html
    1. 「「不正な法も法である」という言明に対する可能な態度は以下の三つとなる。
      1. (1)「不正な法も法である」は法の意味に照らして矛盾という場合:ハードコア自然法論、
      2. (2)「不正な法も法である」は、私達の法という言葉の使い方に照らして適切な言明であるとする場合:記述的法実証主義、
      3. (3)「不正な法も法である」は、法の存在するものと考えるべき条件、あるいは「在るべき法」とは異なる「在る法」も一般的に持つものと考えられる性格―その最大の候補の一つが、いわゆる法の規範性、つまり法の主張(claim)さらに(より議論が分かれるが)自らに対する服従責務つまり遵法責務の要求―が何であるかに関する規範的(政治哲学的)議論に照らして、正しい言明であると考える場合:ドゥオーキンの法実証主義批判および規範的法実証主義。重要なのは、(3)の立場では、その規範的議論に照らして、人々が「不正な法」と言っているものは実は法でない、と主張する余地が生じることである(**)。」(http://blog.livedoor.jp/futagotou507/archives/50198883.html
  18. 法実証主義を方法的断定として議論を進めるか、妥当な結論を目指して議論を進めるか。
  19. 《群有思いこみ》論と法実証主義、《群有思いこみ》論と規範的法実証主義。
  20. 法は宙に浮いているものではない。《ヒトの群れ》の中を循環する《群有思いこみ》として存在しているのだ。法を、どうしても、《ヒトの群れ》から切り離して考えたいということかのか? 法実在論、イデア実在論。法のイデアを実在とみなす思考法。法を《ヒトの群れ》循環しつつある情報として実在する、という思考法。
  21. http://blog.livedoor.jp/futagotou507/archives/50198883.html
    1. 「法実証主義」と「法道徳主義」との争い
  22. 法は、人々の《思いこみ》としての『道徳』の延長に在る《群有思いこみ》だろ。
  23. 人々の《アニマ》を尊重しなければならない。
  24. http://blog.livedoor.jp/futagotou507/archives/50198883.html
    1. ノイマン氏は「存在論的問題」を法の記述をめぐる「法実証主義」と「法道徳主義」との争いの問題とし、それを「規範的問題」つまり法評価と区別した上で、現在では「存在論的問題」をめぐる争いはそれほど重要でなくなっている―なぜなら対立は、法の諸原理を通じて法と道徳とが結合するとするドゥオーキン的立場と、法の諸原理があくまで法の諸原理でしかないが、それは個々の法実践に相対的(偶有的)な形で道徳を編入しうるとする「包含的法実証主義」(あるいは「編入テーゼincorporation thesis」)との間にしか存在しないから―とする。
  25. 『法』や『道徳』は《私》の幻(《思いこみ》イデア)なのか、人々の幻(《群有思いこみ》、人々の《アニマ》)であるのか。イデア実在論で語るなら、すべて偽である。

金儲けを『悪』と評価する《視点》

格差を『悪』と評価する《視点》

平等を『悪』と評価する《視点》

  1. 優越欲求。→欲求分類リスト
  2. 『自分だけ(ヒトより)よいのがよい』という欲求。
  3. 進歩主義は優越主義か?
  4. 画一化を『悪』と評価する《視点》。画一化と平等では全然違う。画一的基準による人間評価がもたらす不平等。平等を画一化だと非難するのは、鏡像非難である。

戦争を『悪』と評価する《視点》

平和を『悪』と評価する《視点》

  1. 平和は腐敗をもたらす。社会の腐敗を『悪』とする《視点》はあり得る。
  2. 正当防衛のための戦争は必要である、という《視点》
  3. 攻撃本能を充足させることは『善』であるという《視点》
  4. 攻撃欲求の《視点》

《ヒトの群れ》の腐敗を『悪』と評価する《視点》

  1. 《ヒトの群れ》の病気を『悪』と評価する《視点》
  2. 病気を『悪』と評価する《視点》

無明を『悪』と評価する《視点》

  1. 涅槃を『善』と評価する《視点》
  2. 無知を『悪』と評価する《視点》。無知は損である。損は『悪』であると評価する《視点》
  3. 『損』は彼自身(《群れの中の個体》)の不利益。『悪』《ヒトの群れ》の不利益である。

損害を与えることを『悪』と評価する《視点》

  1. 刑法の保護法益。

権力(暴力の独占)を『悪』と評価する《視点》

  1. 人民の無力化を『悪』と評価する《視点》

全体主義を『悪』と評価する《視点》

  1. 《ヒトの群れ》《群れの中の個体》より優先すべきとする《視点》『悪』とする《視点》
  2. 《群れの中の個体》《ヒトの群れ》よりも優先すべきだとする《視点》
  3. バランスを欠いた《視点》『悪』である、という《視点》
  4. 議論を深化させるためには、バランスを欠いた独断的主張が必要である。方法的断定が必要である。しかし、議論深化の為の方法的断定が、結論においてよいということはあり得ない。

人権『悪』と評価する《視点》

  1. 《ヒトの群れ》《群れの中の個体》より優先すべきとする《視点》。これはウソだ。人権『悪』とするヒトが、自分自身を権利・権限を何よりも愛していることは、ほとんどの場合、明らかである。
  2. 優越欲求の《視点》
  3. 《特別者公理》《視点》

『悪』《視点》

  1. 『xxを悪と評価する』《視点》《視点のパラメータ》

自律者は『悪』である。か?

  1. 自律者=ハグレ猿=は、ボス猿追従ザルの群れにとっては『悪』である。ボス猿追従ザルの群れのシステムを破壊する『悪』である。
  2. 追従ザルステレオタイプな思考様式。
  3. 自律者は、《群れの中の個体》の予測可能性を害するが故に『悪』である。
  4. 自律者の《群れ》においては、自律者は《群れの中の個体》の予測可能性を害さないので、『悪』ではない。
  5. 自律者は、追従ザル《群れ》《群れの中の個体》の予測可能性を害するが故に、追従ザルにとって『悪』である。また、ボス猿の支配に服さないがゆえに、ボス猿にとって『悪』である。
  6. 自律者は、合法性の範囲内で自律する、が故に、『悪』ではない。
  7. 自律者は、他の個体への加害を避けようとするが故に、『悪』ではない。
  8. 自律者は、自らにとってなにが有益かを、自らの眼と頭と体で考えて判断する。《他者》もまた、自分と同質の存在であることを知って、判断し、行動する。それゆえに、《他者》を害することは、自らを害する結果になることを知る。それゆえに、自律者は、《他者》を害することを避けようとする。それゆえに、自律者の行動は『悪』ではない。
  9. 《他者》《動き》が、《私》にとって『悪』である場合があるのは、《他者》が自律者であろうと、追従者であろうと、ボスであろうと、同じである。
    1. ボス猿追従ザル《私》に追従を迫るが故に、『悪』である。
    2. 他の自律者は、その判断が完全には予測可能ではなく、誤解に基づく行動や、彼の利益のために《私》の利益を害する判断をして行動する可能性があるが故に、『悪』であり得る。
  10. 自律者であることは、疲れる、が故に、彼自身にとって『悪』である。
  11. ヒトは、完全に、すべての《動き》を、自律的に行うのは不可能である。自律者と言えども、追従的な行動を選択することがある。ただ、追従的行動を、自律的に判断して追従するのであり、判断によっては、追従的でなく、個々自律的に判断する場合もある。追従的行動でも構わないこと、ドーデモイーこと、に関しては、自律者は追従的に行動する。
  12. すべてのヒトは自律者である。彼にとって重要なことに関しては自律者として振る舞い、ドーデモイーことに関しては追従的に振る舞う。問題は、彼にとって重要であるにもかかわらず、彼の主観的判断において、ドーデモイーことであると判断して、追従的に振る舞ってしまう可能性がある、ということだ。

《群れ》は『善』『悪』の判断主体であり得るか?

  1. 《群れ》の崩壊、《群れのシステム》の崩壊は、《群れの中の個体》にとっても『悪』である。《群れ》全体のシステムの活性化は、《群れの中の個体》にとっても『善』である。
  2. 《群れ》にとっての『善』が、《群れの中の個体》にとっての『悪』である場合もある。『善』『悪』《視点》依存的である。
  3. 《群れ》《視点》にとって、《群れ》の『善』が、同時に《群れの中の個体》にとっての『悪』である場合に、《群れの中の個体》に補償することは、《群れ》を維持するために有用であるが故に、『善』である。
  4. 《群れ》《視点》にとって、《群れ》の『善』が、同時に《群れの中の個体》にとっての『悪』である場合に、《群れの中の個体》を無視することは、《群れ》を維持することを害するが故に、『悪』である。《群れ》《視点》《群れの中の個体》《視点》を超越すると言う《視点》は、《群れ》《視点》にとって『悪』である。ヒトは、人体の体細胞の生存に依存しているのである。

《動き》『悪』と『善』

  1. 《動き》には『善』なる《動き》がある。挨拶は『善』である。
  2. 《動き》は不在であり、存在である。可能性としての存在である。反復して存在するが、必ずしも反復的に存在するとは限らないと言う意味で不在である。間欠的存在である。
  3. 《動き》は間欠的存在であり、不在であり存在であるから、再び現れることが期待される存在である。それゆえに、《動き》には『善』なる《動き》と、『悪』なる《動き》とがある。
  4. 『悪』を減少させる《動き》は『善』なる《動き》である。

《群有思いこみ》『悪』か?

  1. 《群有思いこみ》はウソである。よって、『悪』である。
  2. たとえば、《今・ここの・このモノ》は、人々は『たけ(tk)』という名前であると思っているが、これも、《群有思いこみ》である。
  3. 《群有思いこみ》は、無秩序と言う『悪』を防ぐという意味では相対的『善』である。
  4. 予測可能性は『善』である。
  5. 自律者は、《群れの中の個体》の予測可能性を害するが故に『悪』である。

コトバモノへの指し示しは『悪』か?

  1. 『悪』であるはずがない。
  2. ウソであるから、『悪』である。
  3. コトバを知っただけでモノを知ったつもりになるという、恍惚の《思いこみ》を生じさせる『悪』である。
  4. 《ヒトの群れ》での約束ごとは、ウソであっても(それだけでただちに)『悪』ではない。
  5. コトバモノへの指し示しは《群有思いこみ》である。

ステレオタイプな思考様式は『悪』か?

  1. 思考の経済は『悪』ではない。
  2. ステレオタイプな思考様式のヒトが社会的決定に関与する場合には『悪』となる。ステレオタイプな思考様式のヒトは、騙すヒト『悪』の共犯者である。

騙しは『悪』か?

  1. http://ja.wikipedia.org/wiki/
    1. 嘘(うそまたはウソ)とは事実に反する事柄の表明であり、過失や無知ではなく、故意になされたものを言う。事実に反することが聞き手にあらかじめ了解されている場合は、嘘ではなくフィクションや冗談といったものに分類される。嘘は他者もしくは自分を欺くために用いられる。嘘をつく動機や技術、事実との関係などによって、嘘は正負、両方の効果を及ぼしうる。
    2. コミュニケーションにおいて嘘はある程度潤滑油的な機能をしているとの研究がある。全く嘘をついてはいけない状況になるとコミュニケーションは滞る。我々は言い訳や責任転嫁などの嘘を無意識的に行うが、通常これらは正常の範囲である。心理学・精神医学的に扱う異常の症例では虚言症や作話症などがある。
    3. 多くの文化において、嘘は悪いこととされるが、嘘の中には文化的に許容されるものがある。どのような嘘が文化的に許容されるかは、その文化の性質を反映している。
    4. ほらは自分や自分の出身地などを大げさに誉め称えることである。大げさの程度が高ければ、常識的に嘘であると判断できるフィクションとして聞き手を楽しませる要素も大きい。誕生日のパーティなどで、祝う相手をびっくりさせるために、秘密裏に計画されるびっくりパーティでは、計画を隠しておくために嘘がつかれることが多い。このように他人を喜ばせるための嘘は良いこととされる。
    5. 末期ガン等の病気の告知では医師から患者へは嘘の病名が告知されることがある。親族などは本人に真実を伝えることが辛過ぎるため嘘をつく欲求が起こる。これらの嘘は一般に黙認されるが、インフォームド・コンセントの面からは問題視する声もある(ブラック・ジャック『侵略者(インベーダー)』の例)。
    6. マルチ商法やキャッチセールスなどの詐欺で使われる嘘は、社会通念から許容されず、法律によって罰せられる。
    7. また政治家などはより意図的・計画的に嘘をつく。統計学でも操作によって嘘をつくことが可能である。
  2. 信無くば立たず。「ヒトが信じられなくなれば、この世はおしまいだ」。
  3. 「我々は言い訳や責任転嫁などの嘘を無意識的に行うが、通常これらは正常の範囲である。」か??
  4. 冗談のウソ。
  5. 路上商人のウソ。商売人のウソ、商品表示のウソ。
  6. 政治家のウソ、宗教家のウソ。
  7. 比喩とウソ。
  8. 聞き手の《楽しみ》のためのウソ。
  9. 演劇、映画、小説のウソ。手品の騙し。
  10. ウソであることが了解されているウソ。騙されることを楽しむ、というためのウソ。
  11. 相手の利益のためのウソ。
  12. 敵を欺くためには、まず、味方を欺け。
  13. 騙されることを楽しむ、というのは、騙されないようにするための訓練であり、真実を見抜くための訓練である。というか、アソビは知的訓練である。『悪』から逃れるための訓練である。
  14. 知性と騙しとは、大いに関係がある。
  15. ウソは言語による騙しだが、騙しは言語によるものだけではない。ロスチャイルドのワーテルローの情報による株買い占めは、株売買、という行動による騙しである。フェイントは騙しである。コトバを非言語的な有意味行動に広げるなら、騙しはコトバによるモノとなる。ヒトは自然現象にも騙されるが、その場合には、自然現象も有意味行動なのである。
  16. 騙しは、錯誤を生じさせることである。錯誤は《知った思いこみ》《モノの世界》との間に齟齬が在ることである。

追従ザル『悪』である、か?

  1. 追従ザルハグレ猿にとっては『悪』である。追従ザルボス猿の意向を汲んで、ハグレ猿を攻撃するから、『悪』である。
  2. 「好ましき」と「好:コウ」+「の増しき」、「悪しき」と「悪:アク」+「しき」。

貨幣は『悪』である。か?

  1. 貨幣は騙しであるから、『悪』である。貨幣自体には価値がないのに、価値があると騙すことである。
  2. 物々交換は『悪』である。
    1. Aさんは、αをもっていて、αには50、βには90、γには10の価値を感じる。
    2. Bさんは、βをもっていて、βには50、γには90、αには10の価値を感じる。
    3. Cさんは、γをもっていて、γには50、αには90、βには10の価値を感じる。
    4. というときに、物々交換では、交換が成立しない。
    5. ABがαβを交換しようとしても、Aさんからみると、50の価値のαを渡して、90の価値のβを受け取るので、うれしいが、Bさんからみると、50の価値のβを渡して、10の価値のαを受け取るのはうれしくないので、交換が成立しない。
    6. 貨幣的交換であれば、ABがβを70円で交換するなら、Aさんは70の価値の貨幣を渡して、90の価値のβを受け取るので、うれしさ20。Bさんも、50の価値のβを渡して、70の価値の貨幣を受け取るので、うれしさ20。ということで、両者20のうれしさで交換が成立する。それを三者で行えば、全員が40の満足で、欲しいものが手に入る。貨幣の移動は差し引き0。
  3. 貨幣的交換は『悪』である。上記の例で、Aさんが狡猾で、Cさんからγを50円で買って、Bにγを90円で売る。Bさんからβを50円で買って、Cさんにはαを90円で売る、とすると。ABCそれぞれが欲しいものを取得するという結果は同じだが、貨幣の移動が、Aは+80、B・Cは−40となる。
  4. モノ価値は、《視点》依存的なので、客観的価値は無く、等価交換もあり得ない。
  5. モノには客観的価値が無いにもかかわらず、それが在るものであるかの如く価格が設定される、ということが騙しである。

「騙されるほうが悪い」というレトリックと『悪』

  1. 「騙されるほうが悪い」というレトリックは『悪』である。殺人犯よりも被害者のほうが悪い、というレトリック。
  2. 「騙されるヒトがなければ詐欺は存在しえないので(条件関係)、騙されるヒトが詐欺と言う『悪』原因である」。「殺されるヒトがなければ殺人は存在しえないので(条件関係)、殺されるヒトが殺人と言う『悪』原因である」。
  3. 「欲に眩んで騙された、のだから、騙されるほうが悪い」。「欲に眩む」のは『悪』である。
  4. 魚は餌に釣られる。餌に釣られる魚は『悪』である。
  5. 「餌に釣られる『悪』」と「騙す『悪』」とを同列に置くレトリック。
  6. レトリックは『悪』である、か? 「言いくるめ」「言い負かし」。
  7. 論争、論戦的対話。「言い争い」的な対話。
  8. 「言い争い」のコトバ『悪』である、か?
  9. 白を黒と「言いくるめる」ことができる。
  10. 「言いくるめ」を「言い争い」的対話で論破することは困難である。視点、論点を次々変えて言いくるめようとする論者を説得するのは困難である。「言い負かす」ことを目的として「言いくるめ」を手段として対話する論者を論破することは不可能である。彼は論破される代わりに怒りを爆発させるだけである。
  11. 「言い争い」は『悪』である。
  12. コトバ『悪』である、か? コトバは麻薬である。彼に『分かったつもり』の恍惚を与えるのは『悪』である。 コトバ『悪』であるかどうかは聞き手に依存する。小人養いがたし。
  13. 小人に語るのは『悪』である、か? 小人には説明すべきではなく、命令すべきである、か? 理解力がないモノに説明するのは『悪』である、か? 理解力が無いヒトは居ない。理解を拒否するヒトは居る。怯えるヒトは理解を拒否する。
  14. ヒトを《怯え》させるヒト『悪』である。
  15. 暴力『悪』である。『悪』は相対的である。より大きな『悪』を回避するためであれば、小さな『悪』は、相対的に見て『悪』ではなくなる。比較衡量。
  16. 『悪』は量である。『悪量』。『悪量』の単位が欲しいな。大きい『悪』、小さい『悪』
  17. 『悪』《視点》に依存する。『悪量』は《視点》に依存する。
  18. 「いじめられるほうが悪い」というレトリックもある。
  19. 「他の違反車が捕まらないのに、自分だけ捕まるのはおかしい」というレトリック。
  20. レトリック(修辞学)ではないようだ。→
  21. http://www2.alc.co.jp/ejr/index.php?word_in=%8C%BE%82%A2%82%AD%82%E9%82%DF%82%E9&word_in2=reedeirrf&word_in3=zJPa7DCxJ15687987t
    1. 言いくるめる get round // gloss over
    2. 言いくるめる 【他動】con
    3. 言いくるめる〔困難な問題などを〕 argue away [off]
    4. (人)をうまく言いくるめる 【他動】rope〈話〉
    5. 黒を白と言いくるめる swear [prove that] black is white // talk black into white
    6. 白を黒と言いくるめる call white black
    7. うまく言いくるめること stuffing〔キルト作製手法の一つ。3層(表布、キルト芯、裏布)にキルティングを施した後、主に裏側から綿、毛糸、ひも、ロープなどを詰めて凹凸を作る。特にひもやロープ類を入れることをコーディング(cording)と言う〕
    8. 言いくるめるのが上手な人 fast talker
  22. http://ja.wikipedia.org/wiki/詭弁
    1. 詭弁(きべん)とは、ある誤った命題を証明する際に三段論法などの論理学の手法を故意に誤って適応する、さらに証明されていない(虚偽の)命題を援用する、などの方法を採った論証を言う。古代中国の史記に登場する用語でもある。
    2. 有名な例に、「白馬は馬に非ず」(公孫竜)、「何ものも存在しない。何かが存在しても知りえない。存在を知りえても伝えられない」(ゴルギアス)などがある。公孫竜の論法は以下のようなものだ。
    3. 概念「白馬」は色概念としての「白」と形概念としての「馬」とに分けられる。従って、白と馬という2つの概念が合わさった「白馬」は「馬」という概念とは異なる。また概念「馬」には「黄馬」や「黒馬」が含まれる。一方、「白馬」という概念には「黄馬」や「黒馬」は含まれない。

『悪』《思いこみ》

  1. 『悪』は存在しない、『悪』は存在ではない、『悪』《知った思いこみ》ではない。
  2. 『悪』《求める思いこみ》である。『悪』《求める思いこみ》に極座標の原点を置いた時の、モノへの主観的表現である。
  3. 『悪』は存在するモノへの評価である。『善』は存在しないモノへの評価である。評価はモノへの《思いこみ》《重ね合わせ》である。

『悪』と《怯え》

  1. 《怯え》は思考停止であって、判断停止であって、善悪の評価の停止である。
  2. 《怯え》を生じさせる原因『悪』である。

検索

《不快》 - [《不快》『悪』]

ゴミ箱 - [##そもそも「無効なクリック」を1件ずつ正確に把握する方法を、Googleが持っている様子はない。もしそうした技術があるなら、サイト管理者による自己クリック(うっかりミスによる事故クリックもある)にせよ、外部からの悪意や善意による無効なクリックにせよ、きちんと計測して「無効なクリック」に該当する分を広告料からさっ引けばいいのだ。そうすれば広告主は無駄な広告費支払いがなくてハッピーだし、不正クリックをしない真面目なサイトを運営者もハッピーだ。もちろんGoogleもハッピーだろう。しかしGoogleは、そうやってみんながハッピーになれる方法を提供していない。]

《快》 - [《不快》『悪』]

ゴミ箱2006-05 - [##これに対して、類推的モードにおいては、明示的な記号表現およびその操作という演算形式を取らずに、表現と操作が非分離な形態で認知過程は時間発展していく。筆者が述べてきたRNNは、まさにこの類推モードでの認知過程をモデルしていると言える。RNNにおいても、その出力を入力に自己回帰することにより、再帰的計算を行うことができると考えられる。RNNがフラクタルやカオスといった構造を内包する能力があるのは、その再帰的計算メカニズムにある。しかし、その再帰的計算は、明示的記号操作に基づくそれとは違い、精度がおびただしく悪い。数を数えるRNNも原理的には構築できるが、無限に数え上げるという動作をしようとすると、内部状態は有限連続空間の中のカントール集合上に表現されることになる。有限の精度しか保てない神経回路網において、その内部状態に頼っての数え上げの動作にはおのずと限界が出てくる。また、類推とは経験した限られた事象からの般化・演繹であるとすると、学習般化の不完全性の問題が浮上してくる。例えば、RNNは例文を学習することにより、大まかに文法構造を抽出することは可能であるが、有限の学習サンプルを用いての学習では常に「完全」な形での文法獲得はあり得ない。そのようなRNNで再帰的に単語列を生成させていく場合には、再帰的作動を繰り返していく程に、非文を生成してしまう確率が増えていくであろう。しかし、類推的認知過程の利点は、その計算過程が大雑把であるために、矛盾の発生に対してもロバストでいられることであろう。前述したように、論理に基づく記号操作の過程では、矛盾が生成された場合、作動は停止せざるをえないが、力学系に埋め込まれた類推的認知の過程では、矛盾が生成しても力学系はただ時間発展していくのみなのである。]

科学 - [#道具や地図の、それ自体には善悪はない。]

コトバ - [#善悪の感情を含んだコトバ、ラベリング。感情的価値判断を含んだコトバ《求める思いこみ》を意味に含むコトバ。]

キーワード - [## 「悪魔退治主義」]

《求める思いこみ》 - [##さて困りました。量子の性質を表す根本の方程式の答が複素数になってしまうということは、実際の量子の性質を説明するのに非常に都合が悪いことです。なにせ、上の普通の波の説明にもありましたように、実数の波なら振幅が実数なので、現実世界の振幅と関連付けることができますが、複素数だとそうもいかないからです。]

《視点》 - [『正しいコトバ』 - [#『良い』『悪い』は、科学的に検証可能な事象ではない。《視点》によって判断が変わるからである。科学《視点》によって判断が変わる事象を扱わない。「《視点》によって判断が変わる事象」は「検証可能な事象」ではない。]]

極座標モデル - [#《他者》を操る、という《かたち》の実践では、巨悪への道にしかならない。同感を求め、《他者》にも直観と自律を求める、ということ。]

《浄化球》 - [#大脳新皮質の《アニマ》は、《ヒトの群れのアニマ》ではないのか? 『ヒトの群れ』の《視点》《アニマ》ではないか? 『ヒトの群れ』にとって、何が善であり、何が悪であるかを判断する《視点》ではないか? 動物的判断は個体にとっての善悪の判断の《視点》であろう。即自的《視点》。『ヒトの群れ』の《視点》も即自的《視点》である。『汝自身を知れ』というのは対自的《視点》である。自己言及のアポリアをもたらす《視点》である。自己言及カオスを突き抜けた《視点》が、超越的《視点》である。自己言及が作り出すカオス《混濁》の海のなかで《見通し》を維持する《視点》である。]

《仕合わせ》 - [##それ故、日本の倫理観を問題にするとき、性善説や性悪説といった個人の資質の問題であるよりも、むしろ「共同体的」形成論理としての倫理が長い歴史上に形成されてきたことを重視しなければらならない。]

『なすべきこと』 - [##悪党は悪党の《楽しみ》のために生きている。]

《相対者公理》 - [#《他者》《視点》から見て《私》が相対者であるのは明らかではないか!! しかし、その物言いは、《私》《他者》《視点》を知っている、ということを前提としている。《私》《他者》《視点》を知っていると言って、何が悪いか!! 悪くはないが、正しくはない。知らないモノを知っているというのは正しくない。誤りである。ウソである。心地よいウソを信じて何が悪い!! だから、悪いとは言っていない。善いウソもあるだろうよ、ということ。]

「古神道」は地球上の人類すべてに適用する - [ユダヤにしてもネオコンにしても、「彼らの神とは”幽界の神仙”であるから、彼らだけの守護神」でしかない(『支配戦略2』p.156)。現代の彼らは金融やマスメディアや政界裏工作を使って人心を惑わしている幻術使いに過ぎない。彼らの思想は「汚れた思想を持ち込んだ・・(ために)高級な清明霊は逃げて・・低級霊や悪霊の住居になって」いるのである(『日本神道のすべて』p.64)。彼らのために大祓の儀式をやってやろうじゃないか。]

《ヒトの群れの腐敗》 - [##性格の悪い人ほどその世界で大きな影響力を持っている。] 数学なんて美しくない - [!!!01 名前:宮本浩樹(蘇り悪魔@永遠の命)さん 投稿日:2005/06/07(Tue) 00:02 No.5016 ]

引きこもりこそが人類の進化の希望である - ["" 悪臭を臭いと感じ、美しいものを美しいと感じるように素直な気持ちになることである(如悪悪臭、如好好色)。]

人間と畜生のイメージの逆転のパラダイム - [* コンラート・ローレンツの『攻撃−−悪の自然史』を読めば攻撃衝動が生物に現れた宇宙原理であることが分かるだろう。] 「他者が確実に存在する」って言える人 - [!!!145 名前:宮本浩樹(蘇り悪魔@永遠の命)さん 投稿日:7/22-20:36 No.5319]

《他者のアニマ》 - [###誕生後今日までの間に、他者に暗示にかけられてしまったからである。いわく、「離婚はよくない」「反抗児になるべきでない」「男の饒舌は見にくいもの」、このように借りものの価値観をあたかも自分本来の価値観であるかのように思い込まされている。これが諸悪の根源である。エリスは借りもののイラショナル・ビリーフを捨てて、ラショナル・ビリーフを取り入れよと説く。]

《視点のパラメータ》 - [『正しいコトバ』 - [#科学は、「善悪の判断を変えてしまう《視点》」を科学すべきである。《視点のパラメータ》科学すべきである。存在被拘束性を科学すべきである・・、て・・、そういうメタな知識が手に入っても、具体的な場面での善悪の判断の参考にはならない。]]

当為 - [#『大学』の「意(こころ)を誠(まこと)にする」というのは「如悪悪臭、如好好色::悪臭を臭いと感じ、美しいものを美しいと感じるように素直な気持ちになること」]

《特別者公理》 - [#モノの(コトバ《思いこみ》からの)離存性から見て、モノは善でもなく悪でもない、(真でもなく偽でもない)。美でもなく醜でもない。善悪、真偽、美醜は《思いこみ》の中にしかない。]

《混濁》 - [《混濁》と「如悪悪臭、如好好色」]

ゴミ箱2006-04 - [#脳科学が発達すれば、「悪いことを考えている奴」をコンピュータでマークすることが可能になるのだろうな・・。改札の正面に権力者の顔を表示して、それを見た時に不快感を感じたヒト、を弾きだすのは簡単だろう。]

客観的 - [#巧言令色少ないかな仁というのは、コトバの意味の換骨奪胎に気をつけろ、という意味のコトバだ。・・しかし、それを主張すれば、名誉毀損の攻撃が待っているだろう。名誉毀損攻撃も「名誉毀損」の意味の換骨奪胎である。「名誉毀損」の意味を「悪いモノを悪いと主張すること」にすり替えているのである。]

《ヒトの群れ》 - [《ヒトの群れ》と善悪]

愚かな人々 - [#《他者》を騙す力をもったコトバを語るヒトを、賢いヒトという。(悪賢いヒト)。]

排他的集団主義 - [##道徳的行動は自分の行動の結果をいろいろ想定してみたうえで、自分のとるべき行動を決定しなければならない行動であって、そこには、かなり柔軟な思考が必要とされるからです。ところが子どもは、その認知発達に応じて、自分なりの道徳判断の枠組をもっていて、それに基づいて判断します。子どもの道徳判断と大人の道徳判断とがしばしばくい違うのもそのためです。だから、子どもが悪い行為をしたからといって、頭ごなしに叱るのではなく、どんな理由でその行動をしたかを確かめることが先決です。その説明を聞くと、子どもが大人とはかなり異なる考え方をしていることがわかります。子どもの認知発達の段階が、大人の段階と異なっているからです。]

《群れ》 - [#個体間の距離の確保のための引力と斥力。標準距離での関係確保。《状況》によって、基準距離を縮めたり、伸ばしたり。《状況》が悪いときには基準距離を縮め、《状況》がよいときには基準距離を伸ばす。全体に《状況》が悪くなったときには、部分集団に分裂する。基準距離の縮小に移動が追いつかずに分裂してしまう。]

脳科学 - [##重要なのは、人間心理工学という学問ジャンルが存在し、それが政治や国際金融資本と結びつくと、大衆洗脳に悪用されてしまうということである。人間というのは、感情に訴えられるとすぐに、おかしなプロパガンダでも受け入れてしまう傾向を持っている。人間心理を知り尽くした、タヴィストックやスタンフォード・リサーチセンター、電通などのような広告産業はそれを商品の売り込みにも利用するし、選挙キャンペーンにも利用するし、戦争の売り込みにも利用する。広告代理店と大手マスコミ関係者とアメリカの意向を受けた政治家たちはグルである。]

たけ(tk)のマーフィーの法則 - [#悪用可能な技術は悪用される。]

ゴミ箱2006-03 - [#科学によって、「全てが解明された」状態を想定して、その段階において《我々》が何をなすべきか、を考えておくのがよいだろう。じつは、何も変わらないのではないか? 変わるのは、悪用する人びとが跋扈するようになる、という程度だろう。今朝の新聞だったか、脳科学の成果を商品販売に応用しようという動きがあるらしい。《他者》を操る技術になっていくのだ。]

離存性 - [「偽とか真とかいうは、たとえば善は真であるとか悪はただちに偽であるとかいうように、自体そのものののうちに存することではなくて、ただ思想(ディアノイア)のうちにあるにすぎない。のみならず単純な概念や事物のなにであるかを示す実体概念については、その真偽は思想のうちにさえ存しない」(『形而上学・上』p.224)] テレビ - [#世論を誘導しようという悪意はあるが、民衆を家畜化しようとする悪意はない? 容易に誘導される、操作可能な民衆にすることを、家畜化という。]

『家畜化主義』 - [#『悪しきエリート主義』というと、エリートとしての特権を振り回して憎まれる人びと、というイメージになる。『悪しき』という価値概念を加えた概念は認識概念としては妥当ではない。]

《他者の思いこみ》 - [#『居心地の悪い《モノの世界》』を見通すことは、ヒト《アニマ》である。『真実』としての《モノの世界》を見通すことも《ヒトのアニマ》である。]

《科学信仰》 - [""(記者)社会が科学に倫理的な規範を求め、科学のほうはまさに実生活の体験を排除するところに成り立っているという悪循環はどうしてなのでしょう。]

《思いこみ》 - [##[ 割り込み ] interrupt  ある連続した処理の最中に、別の処理を行なわせること。 たとえばキーボードなどのデバイスからCPUへのデータ転送は、CPUの処理とはまったく非同期に行なわれる。いつ起こるか分からないキーボード入力をCPUが待っているのでは効率が悪いので、CPUには他の処理をさせておき、入力が起こった時点でこれに割り込みをかけ、キーボードの処理を行なわせるようにする。具体的には、デバイスはCPUに割り込み信号を送ることで、デバイスからCPUへのデータ転送要求を伝える。するとこの割り込み信号を受け取ったCPUは、それまで行なっていた処理を中断し、割り込みハンドラと呼ばれるルーチンを実行する。]

主観的価値絶対主義と客観的価値相対主義と・・ - [選択の結果として犠牲になった人々の反応が害悪をもたらさないようにするためにはどうすべきか、]

デカルトの《我》は検証可能か? - [""「偽とか真とかいうは、たとえば善は真であるとか悪はただちに偽であるとかいうように、自体そのものののうちに存することではなくて、ただ思想(ディアノイア)のうちにあるにすぎない。のみならず単純な概念や事物のなにであるかを示す実体概念については、その真偽は思想のうちにさえ存しない」(『形而上学・上』p.224)]

《怯え》 - [ゴミ箱 - [#ユダヤ人を悪魔的に恐れて怯えているのか・・。]]

《ヒトの群れの健康》 - [##ざっとおさらいしてしまえば、どうも私は現象学とネットワークをごちゃごちゃにしてしまっているのが悪いのかも知れないと反省しつつも、竹田青嗣的な意味での「現象学的還元」をして意識を遡及していくと(いや、そんなことしなくとも...)「文章の意味構造はネットワークで表現できる」という内なる確信にいたる。そして、もし文章というネットワークが自己組織的に生成されるという観点にたてば、「人の会話(発話)は、意味のネットワークを交換、自分の知識ネットワークに組み込むという理解、変容した内容を再発信することによる理解内容のチェックと発展、で構成される」であろう。さらに、広い意味での思考と会話がベースになっている「人の社会」は「多重ネットワークとして表現できる」という考えに到達してしまう、というところまでが前段の記事だった(かな?)。]

モノたちとの対話 - [#ということは、君が諸悪の根源か。他のモノどもが苦しんでいても構わない?]

ユートピア』 - [#景気が良いというのは《ヒトの群れ》の状態だ。状態は良くなったり悪くなったりするから状態なのだ、永遠に良い状態というのはあり得ない。躁状態が永遠に続くことを願うようなものだ。] 宅間くん - [《他者の群れ》 - [#宅間くん《求める思いこみ》は『世界への復讐』だろう。宅間くん《こころざし》を持つか? 『世界への復讐』は《こころざし》か? 『復讐』も一貫していれば《こころざし》というべきだろう。『悪』への《こころざし》も認めなければならない。]]

ゴミ箱2006-02 - [##ところがです、高砂義勇兵慰霊碑保存の話が現地でも大きく取上げられると、それらの碑文の「大東亜戦争肯定」精神に、地元から激しい反発が寄せられ、それに現地行政当局も反応。極右どもが設置した新たな石碑は撤去され、地元行政当局に保管され、しかも以前よりの碑文もその内容が適切でないとして、布切れかぶせられ、今後は文面の書き換えも検討されるらしいのです。「台湾は親日。だから大日本帝国は悪くない」というのは日本の宗教右翼連中が日頃から主張していること。その説を補強しようとの高砂義勇兵賛美の政治活動だったのでしょうが、そのような妄想は厳しい現実の前に粉砕され、必死に募金活動をした連中は大泣きしていることでしょう。エロゲームやら変態漫画やらが好きなしかも知的水準が低いいわゆる「ネット右翼」連中もそれらの運動に取りこまれていたようでありますが、奴らのお小遣いからの浄財も台湾でゴミ箱行きになりそうというわけでめでたしめでたしです。]

《繋がりつつあるモノ》 - [#《わな》ってコトバは、悪い意味でしか使わない、がそれに相当するよい意味のコトバがないし、善悪を問わずに使えるような適当なコトバもない。]

欲求分類リスト - [##ニフの会議室がそれだけで「世界」でありえたのに対して、mixiに代表される現在のSNSてのはネットという広大な「世界」の中に強引に垣根を張り巡らせて部分社会を作るサービスである。良く言えば西洋の「社交クラブ」のノリ、悪く言えば子供の頃に夢中になった「秘密基地」のノリ。同好の士が集まる場というよりは、赤の他人を排除しようという方向により強い力が働いているように思えるのだ。]

《繋がり》 - [ゴミ箱2005-11 - [#筋がよくわからぬ。「神を敬い」と「仏を崇める」との関係がよくわからぬ。さらに、「法華経を弘通する日蓮を人々は怨んだために、全ての神を敬い全ての仏を崇めるその善行はかえって大悪となってしまう」という繋がりが分からぬ。]]

追従ザル - [#聞き手の《怯え》に訴えるメッセージが、もっとも強力である。ただし、もっとも嫌悪すべき、忌避すべきメッセージである。コトバ暴力である。これは、それが必要であり、他に手段がない場合の最終手段であるべきである。]

《決めつつあるモノ》 - [ゴミ箱2005-11 - [####世論や政治の干渉を嫌悪する発想。何のための戦争かを決めるのは自分たちであるという発想。]]

ステレオタイプ - [## 特定の社会集団の成員がある社会的事象に対してもつ過度に単純化、固定化、歪曲化された概念やイメージをさし、一般に好悪とか憎悪の感情的意味を帯びる。リップマン(W.Lippmann)が、このことばを「頭の中にある像」を示すものとして用いて以来、社会心理学の概念として用いられるようになった。日本文化教育では、その知識が「日本人とはこういものだ」「日本ではこのように行動すればよい」といったステレオタイプ的なものの見方の形成につながる危険性があるので、注意しなければならない。]

《他者の群れ》 - [#宅間くん《求める思いこみ》は『世界への復讐』だろう。宅間くん《こころざし》を持つか? 『世界への復讐』は《こころざし》か? 『復讐』も一貫していれば《こころざし》というべきだろう。『悪』への《こころざし》も認めなければならない。]

《ヒトの群れのアニマ》 - [##この点は、ロシアや中国なども同じである。どの国も、アメリカを正面切って非難することの危険性をよく知っている。日本は最初から「アメリカがどんなに悪いことをしても、アメリカの味方をするのが国益だ」という立場をとっているが、ふだんは威勢の良いことを言うフランスやロシアも、いざというときには日本とほとんど同じ態度しかとれていない。 ]

粘菌 - [普段は単細胞生物として細胞分裂で増殖している。ところが、環境が悪くなると、暴走を始める個体が現れ、他の個体はその暴走に参加することによって、次第に融合してしまう。そして、暴走が止まると、融合体から枝が伸びて先端から胞子が放出される。という生き物。暴走中の融合体を「粘菌アメーバの移動体」という。原始的な植物というべきか?]

《ヒトのアニマ》 - [#『簡単そうにみえる』というのは詐欺であり、食虫植物のように悪質である、様な気がするが・・。]

『正しいコトバ』 - [『正しいコトバ』と『悪いコトバ』]

ゴミ箱2006-01 - [##リップルウッドの賢さを褒めるべきか、日本政府が無策だったのか、いずれにせよ金融知識の差が命運を分けたようです。たとえは悪いかも知れませんが、詐欺に騙されないためには詐欺師の手口を知っておくことが一番の予防策です。詐欺師の手口を知らない人は簡単にカモにされてしまいます。]

《背後者回路》 - [#賢さを嫌悪する人々の《背後者回路》。「純真」主義の《背後者回路》。赤子信仰、というのは、天皇主義者の陰謀だったのだろう。本居宣長か・・。医者なのか、浄土宗だって(http://www.norinagakinenkan.com/about_norinaga/rirekisyo.html)。]

《選びつつあるモノ》 - [《たけ(tk)の思いこみ》を《記述しつつあるモノ》: コトバ《噴出しつつあるモノ》コトバ《選びつつあるモノ》。選ぶとは? 『良い』モノを近くに引き寄せる作業、もしくは、『悪い』モノを遠くに追いやる作業、であろう。 コトバ《操りつつあるモノ》コトバを選ぶのも操ることである。]

《疑いつつあるモノ》 - [#この間のペルー人が「悪魔が《私》に命令した」と言っていたから「悪魔が命令するというそのことから、悪魔が存在するということが、結果する」となる?]

《地表のヒトの群れ》 - [##お店を開いて三年半、つくづく実感したのは、今の社会で人間として真っ当なことをしようと思うとバカを見るということです。何も考えないようにするか、悪魔に魂を売らなければ、生きてゆきづらい。もちろん、そんな社会がおかしいのですが、何がおかしいかわからないから、自分をごまかして生きるしかない。それができる人はよいのですが、私のような不器用な人間は、それができない。だから抵抗しても抗うことはできないだろうにもかかわらず、それでもあがき続けてしまうのでしょう。]

ゴミ箱2005-12 - [##「目的のためには手段を選ばない」のが政治の基本であり、目的とは常に犯罪であり、政治家の良し悪しは「犯罪を正当化する能力」に掛かっている。] 《思いこみを求める思いこみ》 - [## 第五に、しばしば予言の自己成就のメカニズムが作動する▼21。そもそも「差異」から「差別」がうまれるのではなく、「差別」から「差異」が想定されるのであるが▼22、ひとたび「逸脱」の側に〈振り分け〉られてしまうと、アイデンティティの危機に適応するため、どんなに不当でもその社会的期待を受け入れざるをえない状況に追い込まれていく。「落ちこぼれ」「秀才」「非行少年」――呼ばれたものになっていくメカニズムが作動する。社会学者はこの現象を「予言の自己成就」と呼ぶが、犯罪・非行の文脈では「悪の劇化」(dramatization of evil)または「第二次逸脱」(secondary deviation)と呼んでいる。たとえば非行歴のある少年が悪者のレッテルを貼られたため就職などの合法的な再出発ができず、生きていくためにふたたび非合法な行為においこまれていくといった悪循環のプロセスをさす▼23。」(http://www.socius.jp/lec/20.html)]

「権威主義的性格」 - [##権威主義的性格は・・自分たちの不満をスケープ・ゴーツとしての外集団に対する憎悪に転換させ、同時に、孤独であることの不安から逃れるために、外在的な権威へのマゾヒズム的な貢献によってアイデンティティを確保しようとする。しかも、その内奥には、不安を罪悪感と葛藤がうずまいており、たえず「抑圧移譲の原理」にしがみつかねばならない。]

《ヒトの個体》 - [* 極悪非道の犯罪者に対して「あんなのヒトではない」というときの「ヒト」? 「ゴイムはヒトではない」というときの「ヒト」?]

タブー - [##ピアジェが言うように、集団生活の経験が少ない年少の幼児は、相手の立場を知らないため、自己中心的存在です。そのため、大人や年長者から言いつけられたことに従うことが善であり、それにそむくことが悪だと考える傾向が強いわけです。これを「他律的道徳」と言います。これに対して、集団生活の経験が豊かになると、自分と友達との相異に気づいて、自分だけの立場でなく、相手の立場も考えに入れながら活動をすすめていきます。その結果、相手の喜ぶことをするのが善であり、迷惑になることをするのが悪という観点から、自分の行動を自分で判断する「自律的道徳」が発達することとなります。]

体内感覚 - [##ジェンドリンが、カウンセリングの成功例を研究しているときに、成功事例にはクライエントの側にある共通の特徴があることを発見した。それはクライエントが、面接のどこかで「話し方がゆっくりになって、言葉の歯切れが悪くなり、その時に感じていることを言い表す言葉を探し始め」るということ。自分の内側の「心とも身体ともつかない曖昧な漠然とした感じ」を確かめるように話していたのである。 この「内面の曖昧な感じに触れる」という内的な体験のプロセスをジェンドリンは、フォーカシングと名づけた。]

ゴミ箱2005-11 - [##「今」が良い悪いと考えるのは、「過去」の自分や記憶と比較して、良い悪いと捉えたものであり、それは「今」に拘っているの ではなく、すぎ去った「過去」に拘り、「過去」に生きているとは言えませんか?]

military shrine - [どうも書き方が悪かったようです。テーマは、]

《状況》 - [#たけ(tk)は「ヒトへの影響力」を嫌悪していた。]

ゴミ箱2005-10 - [##だから、たとえば「超感覚的知覚」について言うなら、もしそれが実際にわかっていないのであれば、それは「わかっていない人によるわかっていない人のための議論」にしかならないのであって、実際に経験していないものを「こんなもんだろう」と勝手に推測しておいて、それがいいとか悪いとか言っているのはまったくの無駄話にしかならないわけである。「わかっている人だけが集まって話し合えばいいんだよ」ということ、これは実はケン・ウィルバーの方法論のカナメである。「ぶっちゃけて」言えばそういうことなので、彼は、「わかっていない人なんて相手にする必要はない」と断言しているのである。これはよく読めば本当だとわかるだろう。彼は、わかっていない人を説得・論破するための議論をしているのではないのだ(そういう誤解をされがちだが・・いや正確には、「わかってない人は口を出すな」ということは説得したいと思っているのであろう、そして具体的議論はわかっている人だけでやろうと考えているのだろう)。]

ゴミ箱2005-09 - [###私に言わせると、ホロコーストは、ヒロシマやドレスデンやあるいはレニングラードでの飢餓状態などの、他の戦争犯罪よりも悪い、と言えるものではありません。それは1939年から1945年までの間に作られた恐ろしい出来事の一つなのです。]

《ニーズ・イーター》 - [#汎用化すれば肥大化し、効率が悪くなり、使われなくなる。ニーズを失う。]

ゴミ箱2005-08 - [#「戒」に「きまり」などないだろう。破戒僧こそが「修行の前提となる正しい生活態度」であるのかも知れないのだ。悪人正機。]

《気》 - [#悪い気はしない]

ゴミ箱2005-07 - [#そもそも、引きこもりが悪いのか?]

天命 - [#「周人肯定天的道品格,将其看作道法則的設定者,具有奨善罰悪的能力,并且認為通過“敬天”、“保民”、“疾敬”就可以“受天命”」:天の道徳と品格を肯定して、天を道徳法則の設定者とみなした。また、天は善を勧め悪を罰する能力をもつと信じた。それゆえに天を敬い、民を保ち、徳を敬う事によって天命を受けることができると信じた。これも一種の天・人合一思想であるが、同時に命運に対する人という問題についての思想であり、道徳的であることを命ずる思想でもある。]

ゴミ箱2005-06 - [悪い予言をするヒトは嫌われる。]

民主主義は理想の制度ではない - [""これらの人士は、社会構造のすべての機微を知っていて、政治の初歩から要諦までのすべての用語に通じている。これらの人士は、人間の裏側すべてに通じ、かれらが操作しなければならない人間機微の体系を熟知している。それらの体系とはゴイムの素質、欠陥、悪習、本質、階級、身分の特徴など、考え方・感じ方の類型を意味する。]

ゴミ箱2005-05 - [宇宙神は現実的な解を簡単にはもたらさない。啓示が無ければ解にならない。啓示は特別な《思いこみ》を持ったヒト《思いこみ》に過ぎない。正しい場合もあるし、悪しき結果を生む場合もある。判断が出来ない、というか、判断は後づけで決まる]

ゴミ箱2005-04 - [競争で勝ったモノが金持ちになって何が悪い。]

ゴミ箱2005-03 - [「悪魔?」]

靖国の原点は慰霊ではない - [靖国神社の元になった「招魂社」は幕末の志士(今で言うテロリスト)たちが政敵を殺そうとして逆に殺された瞬間の魂を招く儀式から始まった。その儀式を通じて生者に、敵への憎悪をかきたて、死への恐怖心を麻痺させ、戦闘の鬼へと変身させる儀式だったのである。]

Last modified:2007/05/11 11:18:50
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