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《肉の塊》

《肉の塊》

定義

記述

区別

《健常者》と《妄想しつつある肉の塊》

  1. もうそうにくかい、もうそうにくまり、もそにま
  2. 《健常者》は『《私》は《妄想しつつある肉の塊》である』と思っているのではないか?
  3. 我々は《妄想しつつある肉の塊》(もそにま)であり、我々の《群れ》は《妄想しつつある肉の塊》の《群れ》、《妄想しつつある肉の塊の群れ》(もそにむ)であり、我々の《ルール》は《妄想しつつある肉の塊の群れ》の《ルール》《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》(もにむる)である。
  4. 《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》において、コトバは、《欲求伝達欲求》の《欲求実現手段》である。
  5. 《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》において、妄想は、《欲求実現手段》である。論理学、分析と総合、政治的な主張、設計図、法律、契約、・・・・。
  6. 蟻もヒトも《妄想しつつある肉の塊》であり、妄想を伝達するコトバを持つ。

《妄想しつつある肉の塊》と《プログラミング・オブジェクト》

  1. 《妄想しつつある肉の塊》の《妄想》は《プログラミング・オブジェクト》の内部状態の認知であり、内部状態への出力である。
  2. 《妄想しつつある肉の塊》の《欲求》《プログラミング・オブジェクト》のプログラムである。

《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》・100

  1. 《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》において《妄想しつつある肉の塊》は《欲求》の実現のために動く《欲求実現マシン》である。
  2. 《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》において《妄想しつつある肉の塊》は《欲求》の伝達を行う、《欲求伝達マシン》である。

《息しつつあるモノ》と《妄想しつつある肉の塊》

  1. 最も混濁した意識を維持し続けて、イシモ・100を実行すると、《妄想しつつある肉の塊》が見えてくる。

《妄想しつつある肉の塊》、モソニカ。

  1. 《妄想しつつある肉の塊の群れ》、モソニム
  2. 《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》、モニムル
  3. 《妄想しつつある肉の塊》は《妄想しつつある肉の塊》の《自己言及》である。《妄想しつつある肉の塊》は《妄想しつつある肉の塊》の《妄想》である。
  4. 《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》《自己言及》である。《自己言及》《ルール》《妄想しつつある肉の塊の群れのルール》の中に在る。
  5. 素粒子は《妄想しつつある肉の塊》である。
  6. 引力はない。如何なるモノにも他のモノ動かす力はない。如何なるモノにも自らを動かす力と《欲求》とが在る。モノAの「引力」とはモノBがモノAを認知することによって、モノBが自らをモノAに向かって動かそうとする《欲求》を生じさせる、ということである。

『肉の衣』、「肉の衣を纏ったカムイ」と《肉の塊》

  1. 多分に、アイヌ的発想であるかもしれない。
  2. http://www.nextftp.com/y_misa/sinyo/sinyo_01.html
    1. 小さい矢は美しく飛んで私の方へ来ました,それで私は手を差しのべてその小さい矢を取りました.クルクルまわりながら私は風をきって舞い下りました.
  3. http://www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/terms/t21-nik.html
    1. キリスト教では、キリストの霊つまり「ロゴス」は、肉なる存在のイエズスに宿ったとされるが、グノーシス主義でも、救済者クリストス(キリスト)の霊は、「肉の衣」を纏い、人類救済のため、地上に肉化した。人間の状況は、この救済者「星のイエズス」と同様であり、肉の衣のなかに、その本来性である「霊の火花・破片」が閉じこめられている。
  4. 『肉の衣』という発想は出てこない。『肉の衣』という発想は魂が3次元の物理世界の中にある、という発想を前提としている。《たけ(tk)の思いこみ》では魂は、3次元の物理空間とは別の座標軸方向に広がっている、と考える。《知りつつあるモノ》《背後者》にはマイナスの距離の座標軸が広がっているのだ。((《知りつつあるモノ》に大きさを認めれば『内部』となり、大きさを捨象すれば『背後者』となる))。

検索

《混濁しつつある身体》 - [#《混濁しつつある身体》を放置しておくと、それが《肉の塊》と呼ぶべきモノであることが分かる。《いま・ここの・この肉の塊》]

《プログラミング・オブジェクト》 - [#このヒト、この《肉の塊》はイシイのうちの一つである。体内世界体外世界《身体》表面の区分はイシイのうちの一つである。]

《思い描き》 - [欲求分類リスト - [#《肉の塊》《見通し》への欲求を持つ。《肉の塊》は涅槃への欲求を持つ。《肉の塊》《感じ合い》への欲求を持つ。《肉の塊》は食欲を持つ。《肉の塊》は排便への欲求を持つ。《肉の塊》は性欲を持つ。《肉の塊》は親和欲求を持つ。《肉の塊》へ奉仕への欲求を持つ。《肉の塊》は破壊への欲求を持つ。《肉の塊》《他者》のさまざまな欲求への《感じ合い》への欲求を持つ。《肉の塊》は記述欲求をもつ。《肉の塊》は思考欲求を持つ。《肉の塊》は息することへの欲求を持つ。《肉の塊》は眠ることへの欲求を持つ。《肉の塊》は起きていることへの欲求を持つ。《肉の塊》は死への欲求を持つ。《肉の塊》は生き続けることへの欲求を持つ。《肉の塊》《思い描き》への欲求を持つ。《肉の塊》《プログラミングオブジェクト》への欲求を持つ。《肉の塊》は仕事への欲求を持つ。《肉の塊》は仲間への欲求を持つ。]]

『よい』『わるい』 - [#過去の《私》の選択はすべて『よい』である。存在するモノはすべて『よい』である。《今・ここ》のこの《肉の塊》の次の《動き》の選択以外は、すべて『よい』である。]

《私》 - [《私》とは「自己言及しつつあるこの《肉の塊》」である。]

《身体》 - [《肉の塊》《身体》]

《実感》 - [《知りつつあるモノ》 - [#《肉の塊》《知りつつあるモノ》クオリアとして実感することができる。情報循環《背後者》への噴出点があることを、クオリアとして実感することができる。]]

《他者の思いこみ》 - [##《私》《思いこみ》はこの《肉の塊》の緊張である。《他者》というモノのあの《肉の塊》の中の緊張は、感じることができない。]

《群有思いこみ》 - [#「《彼》が属している《群れ》のすべてのヒトが<<共通に>>保持している《思いこみ》」というモノは、厳密には、存在しない。2人の《群れ》であっても、実際には、厳密に同じ《思いこみ》を持つということはあり得ない。《思いこみ》《肉の塊》の外部で保持させることはあり得ない。厳密に同じ《思いこみ》を持つことはありえないが、近似的にはあり得る。客観的に見て、近似的に複数の個体が同じ《思いこみ》を持っている場合の、その《思いこみ》《共有思いこみ》または《思いこみの共有》という。]

《求める思いこみ》 - [#《息しつつあるモノ》は、《知りつつあるモノ》《視点》では、比較的輪郭がはっきりしているが、《肉の塊》《視点》では、輪郭が不明確になる。《肉の塊》《視点》においては、《息しつつあるモノ》は、《息しつつある肉の塊》と、それを動かす原因者としての《息させつつあるモノ》とに分離する。]

《内からの視点》 - [#《今・ここの・この肉の塊》《内からの視点》からの、《世界》を経由した、《モノたち》への《外からの視点》。]

《健常者》 - [《健常者》《肉の塊》]

《行く末》 - [#7:《死》は、「《内からの視点》からの《行く末》の《認識限界》」である。《行く末》の《死》の向こうに、《行く末》《背後者世界》が広がる。他の《背後者世界》と同じであるなら、《認識限界》の先には虚数の距離(虚数の時間)のカオスが広がり、その無限遠点の先には、《いま・ここの・この肉の塊》に戻る。]

如悪悪臭、如好好色 - [* 《肉の塊》 - [#この《肉の塊》は、モノとして、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノとしての《見通し》としては、すでに、『一切』への《見通し》を持っている。モノは、『一切』からの情報に反応しているのである。もんだいは、ヒトとしての《見通し》においては、『一切』への《見通し》見失っている、ということ。「『一切』へのヒトとしての《見通し》」と「『一切』へのモノとしての《見通し》」。「ヒトとしての『一切』への《見通し》」と「モノとしての『一切』への《見通し》」。ヒトとしての自覚における《見通し》《描かれつつある思いこみ》として再構成された『一切』への《見通し》。人は、《描かれつつある思いこみ》に描かれた世界しか視ることはできない。ヒトは、感じることにおいては、すでに、人は『一切』への《見通し》を持っている。《感点》における『一切』への《見通し》、と《視点》における『一切』における《見通し》如悪悪臭、如好好色。心を誠にすること。]]

虚数の距離 - [#《死》は、「《内からの視点》からの《行く末》の《認識限界》」である。《行く末》の《死》の向こうに、《行く末》《背後者世界》が広がる。他の《背後者世界》と同じであるなら、《認識限界》の先には虚数の距離(虚数の時間)のカオスが広がり、その無限遠点の先には、《いま・ここの・この肉の塊》に戻る。]

時間 - [#7:《死》は、「《内からの視点》からの《行く末》の《認識限界》」である。《行く末》の《死》の向こうに、《行く末》《背後者世界》が広がる。他の《背後者世界》と同じであるなら、《認識限界》の先にはマイナスの距離カオスが広がり、その無限遠点の先には、《いま・ここの・この肉の塊》に戻る。]

『一切』 - [#《息しつつあるモノ》《視点》においては、『一切』は、《今・ここの・この肉の塊》と、その内部の《世界》である《体内世界》と、外部の《世界》である《体外世界》とで構成される。]

空気 - [# 《肉の塊》 - [#息することは、空気《肉の塊》《繋がり》。]]

《息しつつあるモノ》 - [#《息しつつあるモノ》世界は、《今・ここの・この肉の塊》《体内世界》−《体外世界》−モノたちの《体内世界》]

《思いこみ》 - [#《肉の塊》《視点》において、《思いこみ》の《もと》はなにか? 《背後者》カオス的な状態にあって、そこから、ぽっと、《思いこみ》が出現する。不安定な状態から突然安定状態に変化して、形が現れる。]

《サル山のサル》 - [《繋がりつつある肉の塊》《サル山のサル》]

《モノの世界》 - [#《思い描きつつあるモノ》はこの《肉の塊》である、か?]

『意味』 - [《健常者》 - [#《肉の塊》はおみ《思いこみ》をもち、《思いこみの世界》の中で動いているという《思いこみ》をもち、実際には《モノの世界》の中で動いている。意味ある《動き》をしていると思い込んでいる。意味は《思いこみの世界》でしか意味でありえないのだから、彼らは《思いこみの世界》の中で『動いている』(という《思いこみ》を信じている)のだ。]]

『現実』 - [『現実』《肉の塊》]

《サル山のサルの群れ》 - [『一切』 - [##《今・ここの・この肉の塊》の内部の《思いこみ》は、《サル山のサル》《思いこみ》との相互影響関係において生じる。]]

《視点》 - [#《今・ここの・このモノ》から《混濁しつつあるモノ》に移行し、《混濁しつつあるモノ》から《肉の塊》に移行すると、《肉の塊》は、孤独相においても群生相においても持続的に在り続けるモノであることを発見する。《肉の塊》への《視点》時間的に持続する《視点》である。]

《背後者回路》 - [#この《肉の塊》《背後者回路》。この《肉の塊》はある。この《肉の塊》が思惟しつつあるとき、この《肉の塊》はある。《この肉の塊》。]

《他者の動き》 - [循環 - [古い概要1 - [#この《肉の塊》は、《他者》との《繋がり》を有する。《他者》との情報循環を有する。《他者》から情報を得、《他者》からの情報を内部に蓄積し、処理し、動く。この《肉の塊》《動き》は、《他者》情報として伝わり、《他者》はこの《肉の塊》の疎きからの情報を蓄積し、処理し、《他者》動く。その《他者》《動き》からこの《肉の塊》は、情報を取得する。]]]

《息しつつある身体》 - [#《息しつつある身体》を放置しておくと、それが《肉の塊》と呼ぶべきモノであることが分かる。]

《混濁しつつあるモノ》 - [#《知りつつあるモノ》《混濁しつつあるモノ》《混濁しつつある身体》《肉の塊》]

《他者》 - [#《知りつつあるモノ》入り込むと、世界は、前面世界《知られつつある世界》《近傍物理空間》)と《背後者世界》とに分離する。《他者》《知られつつある世界》《背後者世界》とに出現する。しかし、この二つの世界は、《知りつつあるモノ》への《入り込み》によって生じた区別なので、モノとしては同じモノ、同じ世界である。《知りつつあるモノ》への《入り込み》をやめると、《他者》は或る一つの世界に出現するモノである。((弁証法的な説明方法が適切なのか?))。《混濁しつつある身体》《肉の塊》の外部の空間に現れるモノである。((女性の性交における《他者》は、《肉の塊》の内部に現れるモノなのか?))]

《噴出点》 - [《実感》 - [《知りつつあるモノ》 - [#《肉の塊》《知りつつあるモノ》クオリアとして実感することができる。情報循環《背後者》への噴出点があることを、クオリアとして実感することができる。]]]

《ユートピア》 - [#この《肉の塊》には《求める思いこみ》がある。『なすべきこと』《求める思いこみ》がある。『ユートピア』の《求める思いこみ》がある。]

《他者の求める思いこみ》 - [ * 《今・ここの・この肉の塊》 - [『仕事』 - [#『仕事』《息しつつあるモノ》の無限循環である。『仕事』《息しつつあるモノ》と具体的な《他者》からの《求める思いこみ》との無限循環である。《息しつつあるモノ》→この《肉の塊》《動き》《他者》からの《求める思いこみ》《息しつつあるモノ》。]]]

《ブッダの「一切」》 - [#群生相においては、《肉の塊》は、《他者のコトバ》への即応体制にある。]

《呼吸停止の実験》 - [今・ここ - [《ちから》 - [《今・ここの・この肉の塊》 - [《選びつつあるモノ》 - [#《私》が『呼吸停止の実験をしてみよう』と思って、しばらく息を止めて観察するのは、選択である、か? そういう《思いこみ》が生じたのは《背後者》からの《ちから》の故であるかもしれない。《私》がこの《肉の塊》であるなら、この《肉の塊》の内部に在る《背後者》も含めたモノ《私》である。《背後者》も含めて考えれば、《私》《選びつつあるモノ》である。]]]]]

『仕事』 - [#『仕事』《息しつつあるモノ》の無限循環である。『仕事』《息しつつあるモノ》と具体的な《他者》からの《求める思いこみ》との無限循環である。《息しつつあるモノ》→この《肉の塊》《動き》《他者》からの《求める思いこみ》《息しつつあるモノ》。]

《思いこみの世界》 - [《肉の塊》《思いこみの世界》]

《外からの視点》 - [今・ここ - [《内からの視点》 - [#《今・ここの・この肉の塊》《内からの視点》からの、《世界》を経由した、《モノたち》への《外からの視点》。]]]

《感じ合い》 - [曰く言い難しであるが、この《肉の塊》からの、その世界への、《感じ合い》へのクオリアはある。]

《ユートピア》の《ヒトの群れ》 - [#《私》《息しつつあるモノ》は、《あなた》の《息しつつあるモノ》である、か? 《あなた》の《息しつつあるモノ》への《見通し》《感じ合い》。《あなた》とは対話における《対者》である。《あなた》には《あなた》の《知りつつあるモノ》があり、《思いこみ選択回路》があり、《あなた》の発するコトバがあり、《あなた》が受け取るコトバがある。そして、《あなた》には《あなた》の《息しつつあるモノ》がある。《あなた》には《あなた》の《肉の塊》があり、《あなた》には《あなた》の《極座標の原点》がある。《あなた》の《息しつつあるモノ》は《私たち》の《息しつつあるモノ》である。《私たち》とは、《私》と《あなた》の《ヒトの群れ》である。]

『なすべきこと』 - [##(2)世のため人のため、《他者》のため『仲間』のため《群れ》のために《今・ここの・この肉の塊》を活かすこと。]

《背後者世界》 - [#《息しつつあるモノ》《視点》では、《我》はこの《肉の塊》の中の情報循環の一部でしかない。《背後者世界》はこの《肉の塊》の中の、《我》によって区別された部分であるに過ぎない。]

体外世界 - [《プログラミング・オブジェクト》 - [#このヒト、この《肉の塊》はイシイのうちの一つである。体内世界体外世界《身体》表面の区分はイシイのうちの一つである。]]

正見 - [《肉の塊》 - [#《正見》、《正見しつつある肉の塊》。]]

噴出 - [《噴出》《肉の塊》]

《混濁》 - [#《思いこみ》噴出に身を任せると、《混濁》が生じる。この《肉の塊》は、《思いこみを噴出しつつある肉の塊》であり、《思いこみ》によって《混濁しつつある肉の塊》である。]

《絶対者公理》 - [#《今・ここの・この肉の塊》《息しつつあるモノ》は、あのモノにあるはずの《息しつつあるモノ》と交換可能ではない。]

《繋がり》 - [#《私》からの《繋がり》は、《繋がりつつある肉の塊》《繋がり》《繋がりの先のモノ》で構成される。]

《群生相》 - [《繋がりつつある肉の塊》《群生相》]

《共振しつつある身体》 - [#《息しつつあるモノ》からの《視点》で言うと、《共振しつつある身体》というよりも、この《肉の塊》、と言ったほうがしっくり来る。]

今・ここ - [《いま・ここの・この肉の塊》 - [# もろもろの《思いこみ》《息しつつあるモノ》《今・ここの・この肉の塊》の間に生じる。]]

《今・ここの・この肉の塊》 - [#キーワード《今・ここの・この肉の塊》]

イコニ - [キーワード→《いま・ここの・この肉の塊》→# キーワード《今・ここの・この肉の塊》]

『精神哲学』 - [心は、《肉の塊》の中での《思いこみ》循環の総体である。もっと端的に、心は、《体内世界》である。眠った状態の《体内世界》、覚醒した状態の《体内世界》、感覚しつつある状態の《体内世界》。]

《在る》 - [###この《肉の塊》。《いま・ここの・この肉の塊》。]

《たけ(tk)の思いこみ》 - [#《いま・ここの・この肉の塊》が最初のコトバであるか? ○:。×:。]

同一性 - [#《内からの視点》も変化しつつ持続し、時間を超えて『同一性』を保って存在する。《今・ここの・この肉の塊》《内からの視点》が、そうである。《永遠の今》も変化しつつ持続し、時間を超えて『同一性』を保って存在する。]

動かす - [《求める思いこみ》 - [#《息しつつあるモノ》は、《知りつつあるモノ》《視点》では、比較的輪郭がはっきりしているが、《肉の塊》《視点》では、輪郭が不明確になる。《肉の塊》《視点》においては、《息しつつあるモノ》は、《息しつつある肉の塊》と、それを動かす原因者としての《息させつつあるモノ》とに分離する。]]

自己言及 - [《肉の塊》自己言及]

《鏡の向こうからの眼》 - [# 『なすべきこと』 - [#ジョウキュウ・ニマモツ。《浄化球》の中の《肉の塊》の鏡像とそのまわりのモノたちとの《繋がり》の鏡像を観察すること。]]

直知 - [《繋がり》 - [#《他者》の個性も『伝聞世界』の《思いこみ》なのだろう。直接の《繋がり》を有する《他者》の個性は直接知で知られる。『直知世界』の中のモノである。《他者のコトバ》《噴出しつつあるモノ》への直知によって知られた《他者》は『直知世界』の中に在る。《他者のコトバ》の意味内容によって知られた『他者』は『伝聞世界』の中に在る。直知された《他者》Aについての《他者》Bからのコトバによるうわさ話は??。たとえば「A君はケガしたらしい」というコトバによって生じた『ケガをしたA君』は『伝聞世界』の中のモノである。じっさいに見舞いに行って、直知すると『直知世界』の中に入る。か?。直知の経験による記憶の中の『A君』は、《今・ここの・この肉の塊》にとって《知られつつあるモノ》としての《A君》ではない。記憶の中の『A君』は『伝聞世界』の中のモノなのではないか?]]

《ちから》 - [《肉の塊》《ちから》]

循環 - [《息しつつあるモノ》 - [#4 《繋がり》《感じ合い》《動き合い》《繋がり》《私》と《彼ら》との感受性と表出との循環関係。モノのレベルでの《繋がり》。魄の《繋がり》《身体》《内からの視点》。繋がった《身体》《内からの視点》。《繋がりつつある身体》の《内からの視点》《今・ここの・この肉の塊》モノのレベルでの感受性と表出モノのレベルでの《知ること》と《動くこと》への《内からの視点》からの《見通し》モノのレベルでの《繋がり》への《内からの視点》からの《見通し》。モツウミ=モノのレベルでの繋がりへの内からの視点からの見通し。]]

《体内世界》 - [《肉の塊》《視点》においては、世界は、]

古い概要1 - [#《息しつつあるモノ》《身体》《肉の塊》《近傍物理空間》モノたち・ヒトたち]

《繋がりの先のモノ》 - [《混濁しつつある身体》《繋がりつつある肉の塊》であり、その《繋がり》の先には、モノがある。それを《繋がりの先のモノ》と呼ぶ。]

《動き合い》 - [《息しつつあるモノ》 - [#4 《繋がり》《感じ合い》《動き合い》《繋がり》《私》と《彼ら》との感受性と表出との循環関係。モノのレベルでの《繋がり》。魄の《繋がり》《身体》《内からの視点》。繋がった《身体》《内からの視点》。《繋がりつつある身体》の《内からの視点》《今・ここの・この肉の塊》モノのレベルでの感受性と表出モノのレベルでの《知ること》と《動くこと》への《内からの視点》からの《見通し》モノのレベルでの《繋がり》への《内からの視点》からの《見通し》。モツウミ=モノのレベルでの繋がりへの内からの視点からの見通し。]]

善良 - [《善良な人々》と《今・ここの・この肉の塊》]

《知りつつあるモノ》 - [#《知りつつあるモノ》《肉の塊》の中の情報循環の一つの点である。《知りつつあるモノ》《肉の塊》の中の作用である。]

『共同幻想論』 - [『国家は国民のすべてを足もとまで包み込んでいる袋みたいなもので、人間は・・いずれこの世界に存在しているかぎり、人間は誰でも外に出ることはできない』という《思いこみ》こそが共同幻想である。『伝聞世界』実在論。憑き物である。『私は群れの一員である』というのは《思いこみの世界》の中でのみ真実であり得る。《今・ここの・この肉の塊》である《私》《群れ》の一員であることはありえない。《群れ》ではなく《他者》との《繋がり》が在るだけである。しかし、《思いこみの世界》における『私』は『群れ』の一員なのである。《私》は『私は群れの一員である』という《思いこみ》によって行動し、それによって、《他者》から『彼(私)は群れの一員である』という承諾を得ることができる。《他者》からの『彼(私)は群れの一員である』という《思いこみ》を維持することができる。帰属意識という《思いこみ》。]

cogito, ergo sum. - [#思惟に関しては、たけ(tk)は、コトバ《噴出》コトバに付随する《思いこみ》《噴出》《噴出》された《思いこみ》コトバ《知りつつあるモノ》、反省的・自己言及的な認知によって再度生じる《噴出》、その循環、それらの循環の背後にある《求める思いこみ》、それらを支える《肉の塊》等々の要素からなる作用であり、単純な作用・属性であるとは思えない。]

地球 - [《繋がりつつある肉の塊》《地球》]

《繋がりつつある肉の塊》 - [キーワード《繋がりつつある肉の塊》]

《思い描きつつあるモノ》 - [#《繋がりつつある肉の塊》《思い描き》原因である。コンピュータと《繋がりつつある肉の塊》。仕事場の仲間と《繋がりつつある肉の塊》《群生相》。]

『デ・アニマ』p.0-10 - [#《死んだ肉の塊》と《生きつつある肉の塊》とでは何が違うのか? 《生きモノ循環》と《モノ循環》。ホメオスタシス?。システム的循環?。]

ミラーニューロン - [《共振しつつあるモノ》 - [#この《肉の塊》《他者》共振する。《他者》《アニマ》《他者》の属性として、状態として、感じる。ミラーニューロンの働きで、直接に感覚的に知ることができる。この《肉の塊》はこう《共振しつつあるモノ》であり、《共振しつつある肉の塊》である。][#この《肉の塊》《他者》共振する。《他者》《アニマ》《他者》の属性として、状態として、感じる。ミラーニューロンの働きで、直接に感覚的に知ることができる。この《肉の塊》はこう《共振しつつあるモノ》であり、《共振しつつある肉の塊》である。]]

《体細胞の群れ》 - [《知りつつあるモノ》 - [#《肉の塊》《体細胞の群れ》の別名である。]]

《共振しつつあるモノ》 - [#《身体》《肉の塊》であるときには《共感しつつあるモノ》]

《思いこみつつあるモノ》 - [《思いこみつつあるモノ》と《思いこみつつある肉の塊》]

《肉》 - [キーワード《肉》《肉の塊》、《肉のかたまり》]

たけ(tk) - [「たけ(tk)」は、このウィキを書きつつある《肉の塊》を指し示す名前。]

『省察』 - [#この《肉の塊》自己言及することができる。自己言及の状態になることができる。「私」というコトバは、自己言及しつつある《肉の塊》を指し示している。((自己言及しつつある《肉の塊》とはなにか? 《肉の塊》における自己言及とはなにか? 《肉の塊》からの「言及」とは何か? 「言及」というのは《肉の塊》《思いこみ》なのだ。《肉の塊》《思いこみ》を持つことができる。《肉の塊》は『それ自身』への《思いこみ》を持つことができる。それが《肉の塊》の『自己言及』だろう))]

《背後者》 - [#《息しつつあるモノ》《視点》では、《我》はこの《肉の塊》の中の情報循環の一部でしかない。《背後者世界》はこの《肉の塊》の中の、《我》によって区別された部分であるに過ぎない。]

《選びつつあるモノ》 - [#《私》が『呼吸停止の実験をしてみよう』と思って、しばらく息を止めて観察するのは、選択である、か? そういう《思いこみ》が生じたのは《背後者》からの《ちから》の故であるかもしれない。《私》がこの《肉の塊》であるなら、この《肉の塊》の内部に在る《背後者》も含めたモノ《私》である。《背後者》も含めて考えれば、《私》《選びつつあるモノ》である。]

したいこと - [#《息しつつあるモノ》動きはこの《肉の塊》動きである。《息しつつあるモノ》はこの《肉の塊》である。]

欲求分類リスト - [修羅の欲求、畜生の欲求、天上の欲求。《肉の塊》の欲求。ブッダの欲求。]

《自己言及しつつあるモノ》 - [ * 《私》 - [《私》とは「自己言及しつつあるこの《肉の塊》」である。]]

『悪』 - [『悪』《肉の塊》]

ルール - [《肉の塊》 - [《肉の塊》と『群れのルール』]]

《今・ここの・このモノ》 - [《今・ここの・このモノ》《肉の塊》]

座標変換 - [《肉の塊》 - [#「客観的主観」から「主観的主観」を観察するためには、その《肉の塊》の内部に鏡をおいて、その鏡を通して世界を見ればよい。極座標モデル。主観と客観との座標変換。]]

《知った思いこみ》 - [#《思いこみ》は知覚された《肉の塊》の内部状態である。]

《宇宙史》 - [《宇宙史》《肉の塊》]

ゴミ箱2007-02 - [#《愚かな肉の塊》をまとえ、ということだね。]

《かたち》 - [《肉の塊》 - [#これは《正見》しつつある《肉の塊》である。というのは、《知った思いこみ》ではない。《求める思いこみ》である。従って、これは『正見しつつある肉の塊』である、というのが正しい。《肉の塊》は、漏尽によって、《かたち》を失う。どのような規定でも可能な状態になる。しかし、何らかの規定が必要である。そこで、『正見しつつある肉の塊』である、という規定を行って、その《視点》から見るようにする、ということ。]]

『生存目的』 - [この《肉の塊》『生存目的』《求める思いこみ》を持つ。]

《地表のヒトの群れ》 - [#《地表のヒトの群れ》への感性をこの《肉の塊》の中の《息しつつあるモノ》に取り込むこと。]

《息しつつある背後者回路》 - [#合掌すること、両手を合わせること。《身体》《動き》、形。《肉の塊》の形。]

《我》 - [#少なくとも、《今・ここの・このモノ》、この《肉の塊》《自己言及しつつあるモノ》である。この《肉の塊》は、《背後者回路》をもった、構造的なモノである。自己言及回路を持ったモノである。自己言及回路は、《知りつつあるモノ》にとっては、その一部が背後に隠された回路である。]

『哲学の根本的問い』 - [#来たるべき《見通し》と、この《肉の塊》《モノの世界》《繋がり》への《見通し》をもたらす根本的気分としての謙虚]

《輪郭》 - [《肉の塊》 - [《肉の塊》と輪郭。]]

《サルの灯明》 - [#《サルの灯明》《視点》においては《私》《肉の塊》である。いずれ死ぬモノである。永遠ではない。永遠なのは《空気》であり、《空気》の中のモノたちであり、《空気》の定めに従い続けるモノたちが在ることである。]

自灯明 - [#《我》というモノはない。ここにあるのは《肉の塊》だけだ。((《肉の塊》《我》と呼ぶなら、そう呼んでもよい。))]

入り込 - [《入り込み》《肉の塊》]

原因 - [《求める思いこみ》 - [#《息しつつあるモノ》は、《知りつつあるモノ》《視点》では、比較的輪郭がはっきりしているが、《肉の塊》《視点》では、輪郭が不明確になる。《肉の塊》《視点》においては、《息しつつあるモノ》は、《息しつつある肉の塊》と、それを動かす原因者としての《息させつつあるモノ》とに分離する。]]

《描かれつつある思いこみ》 - [#《モノの世界》の中のモノへの《指し示す思いこみ》《思いこみの世界》の中のモノへの《描かれつつある思いこみ》《思いこみの世界》《モノの世界》の中のモノである(《モノの世界》の中の《肉の塊》の中のモノである)。]

ゴミ箱2006-11 - [###「内なる理」と「外の理」。実践者の内部の理。実践者の《肉の塊》の理。]

『道徳感情論』 - [#《共振しつつあるモノ》《感じ合いつつあるモノ》、《感じ合いつつある肉の塊》は在る。]

《浄化球》 - [#《浄化球》の中の《肉の塊》とそのまわりのモノたちとの《繋がり》(ジョウキュウ・ニマモツ)の鏡像を観察すること。その《繋がり》に内在する帰結としての《なすべきこと》の鏡像を《浄化球》の中に発見すること。人間は社会的関係の総体である。]

群生相 - [#『群生相』はこの《肉の塊》《ヒトの群れ》の中にある時の状態を言う。《群生相》はそのような状態の《肉の塊》を言う。]

Last modified:2008/05/19 18:38:35
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References:[《混濁しつつある身体》] [《身体》] [《息しつつあるモノ》] [《肉の塊》]