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《此時此処に在る体細胞の群れ》

《此時此処に在る体細胞の群れ》(いこたむ)に関連する疑問

  1. 《内からの視点》での《体細胞の群れ》情報作用が《知りつつあるモノ》であり、そこから知られつつある私の世界である。か?
    1. ○:
      1. 情報作用」は私による身体外部からの情報の入手→認知情報情報変換→動作情報→外部への動き…他者による私の動きの認知→情報入手→他者の内部での(認知情報情報変換→動作情報)→他者の動き…私による情報入手→…、という循環である。
      2. 《内からの視点》は客観主義ではない。
    2. ×:
      1. 情報作用」が意味不明。
      2. 客観的な物言いは無意味である。
  1. 此時此処に在る《混濁しつつある身体》《体細胞の群れ》である、か?
    1. ○:
      1. 《体細胞の群れ》は命の連続でも重要な概念である。《いのちの連続》
      2. 《体細胞の群れ》が如何にして《知りつつあるモノ》を獲得し得るかもテーマの一つである。
      3. 生物学的には自明である。
      4. コレは、受精卵から始まって、細胞分裂によって増えた《体細胞の群れ》である。
      5. 《混濁しつつある身体》はなんでもありである。《混濁しつつある身体》《体外時空の中の身体》でもある。
    2. ×:
      1. 《体細胞の群れ》であることは直知できない。
  1. http://blog.livedoor.jp/taki1959/archives/41489990.html メルロ=ポンティが晩年になって書き直そうとした『知覚』論とは?
    1. 「概念、観念、精神、表象といった概念を、次元、分節、水準、蝶つがい、回転軸、布置といった概念によって置き換えること。」
    2. 次元、分節、水準・・・これらの言葉が意味するものとは。さらに身体を、より存在感の強い「肉」と言い換える。
    3. 「私の身体は、世界(それも一箇の知覚された世界)とおなじ肉でできている。」
  2. 《たけ(tk)の思いこみ》の関心はメルロポンティの関心と近いか?○:。×:。
  1. 《此時此処に在る体細胞の群れ》《内からの視点》《知りつつあるモノ》である、《私》である?○:。×:。
  1. 《体外時空》の中の《身体》《体外時空の中の身体》《此時此処に在る体細胞の群れ》である?○:。×:。
  1. 《体細胞の群れ》《知った思いこみ》を持つか?○:。×:。
  1. 《体細胞の群れ》《知りつつあるモノ》であり得る?○:。×:。

《此時此処に在る体細胞の群れ》《体細胞の群れ》とは

  1. 我々人間は《体細胞の群れ》である。
    1. 人間は《モノの群れ》である。
    2. モノの群れ》でしかない人間が、何故に自我を持つのか?
    3. 《群れ》は自我を持つことができるのか?
    4. 《群れのアニマ》

《此時此処に在る体細胞の群れ》に関連する疑問

《体細胞の群れ》ヒト

  1. ヒト《体細胞の群れ》である。
  2. 《体細胞の群れ》ヒトである、とは言えない。ヒト《体細胞の群れ》とはどのように違うのか? どのように同じなのか?
  3. ヒトは、《私》《私》の仲間という主観的存在であるが、《体細胞の群れ》は客観的な存在である。
  4. ヒトは、実際に存在するモノであるが、《体細胞の群れ》は観念的に創作された理念型である。
  5. ヒトは主観世界における実体であるが、《体細胞の群れ》《客観世界》における虚像である。主観的世界においては、主観的世界の中のモノは実体を有するが、客観的世界においては、客観的世界の中のモノは観念的な想像である。という《視点》
  6. ヒトにとって重要なのは、そのヒトにとっての主観的意味である。ヒトは、そのヒトにとっての主観的重要度に応じて実在性のクオリアを感じる。
  7. メタな《視点》
  8. 「meta- 【接頭-1】 後〜、共〜、超〜、変化{へんか}した」(http://www2.alc.co.jp/ejr/index.php?word_in=meta-&word_in2=%82%A9%82%AB%82%AD%82%AF%82%B1&word_in3=zJPa7DCxJ15687987t)。
  9. メタ・フィジクス=『形而上学』(タ・メタ・タ・フィジカ:自然的なモノたちの後のモノたち)。自然学の後の考察。自然学を「反省的に再構成したもの」への《視点》

《ライフ・オブジェクト》と《体細胞の群れ》

  1. 体細胞は《ライフ・オブジェクト》である。
  2. 《ライフ・オブジェクト》とは、ライフゲームのコンピュータシミュレーションにおける、シミュレートされた生物である。

クオリア《体細胞の群れ》

  1. クオリアは体細胞の群れの内部情報である。
  2. 実感の主体も体細胞内部の情報である。
  3. 主体が感じる実感も体細胞内部の情報である。
  4. 情報の意味は体細胞の群れの動きとの繋がりである。
  5. 情報の意味は、それに対するそのモノの反応の動きである。
  6. 情報に対するモノの反応の動き情報として内部に発生し、
  7. もとの情報と反応に関する情報とが繋がっているという情報も発生するときに、
  8. 我々はその情報に意味を感じる。
  9. 外部状況情報と内部状況情報と自己状況情報
  10. 主観的内部状況情報は自己状況情報、客観的自己状況情報は内部状況情報

検索

《知りつつあるモノ》 - [#《肉の塊》《体細胞の群れ》の別名である。]

《肉の塊》 - [《体細胞の群れ》の感覚的実体を《肉》という。]

《混濁》 - [#《肉》というのは《体細胞の群れ》と同じ。別名。《身体》ともほぼ同じだろう。]

《私》 - [#《ヒトの群れの健康》。《群れの健康》。《体細胞の群れ》。]

《今・ここの・このモノ》 - [#《今・ここの・このモノ》《肉の塊》である。《体細胞の群れ》である。]

《宇宙史》 - [#なんだ、《宇宙史》《肉の塊》《体細胞の群れ》)ではないか。]

《群れのアニマ》 - [#われわれ人間は《体細胞の群れ》である。]

自己言及的なモノ》 - [《群れのアニマ》 - [#自己言及的存在の「自己言及の次数の座標軸」。「じゃあ、《体細胞の群れ》《快》を『感じている』ということは、どういうことか?」。]]

《極座標の原点》 - [#《体細胞の群れ》《極座標の原点》というのは《群れ》の中を流通する情報に過ぎない。・・ここでの《極座標の原点》《知りつつあるモノ》の意味だな。《知りつつあるモノ》《思いこみ》に過ぎない、というのと同じ意味だな。]

ハグレ猿 - [#多細胞生物の《体細胞の群れ》にはボス猿細胞はない。]

《混濁しつつあるモノ》 - [#《私》は体細胞の《群れ》である。《体細胞の群れ》]

《ヒトの群れの健康》 - [《体細胞の群れ》《ヒトの群れの健康》]

Last modified:2017/07/06 02:34:32
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