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《息しつつあるモノの背後者》

《息しつつあるモノの背後者》

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定義

《息しつつあるモノ》《背後者》《息しつつあるモノ》の《認識限界》の先にあるモノ

いしはい。

記述

区別

イシハイ・イモセル・100《生きモノたちの世界のルール》

  1. 《息しつつあるモノの背後者》《生きモノたちの世界のルール》
  2. 《息しつつあるモノの背後者》を支配するのは《モノたちの世界ルール》である。《モノたちの世界ルール》には物理と《身体のルール》と《生きモノたちの世界のルール》などがある。ブッダは《身体のルール》を説いた。《モノたちの世界ルール》は《ヘラクレイトスの「ロゴス」》である。
  3. 《息しつつあるモノの世界》で重要なルールの一つは《生きモノたちの世界のルール》である。
  4. 《生きモノ》たちは、それぞれの《欲求》原因として動く。フィロソフィーは、「私は知りたい」という《欲求》である。
  5. 《欲求実現手段》には複数の手法の選択肢があることが多い。《欲求実現手段》としての主義を手法という。マルクス主義→マルクス手法。資本主義→資本手法。市場手法と統制手法。
  6. どのような《状況》のときに、どのような《動き》をすれば、どのような《結果》を生じるか、というルール
  7. 《群れのルール》は・・、《群れ》を作るか、作らないかは《生きモノたちの世界のルール》によって決まる。《群れ》を作った場合の《生きモノたちの世界のルール》が《群れのルール》である。
  8. ブッダは《身体のルール》を説明した。《身体のルール》は《モノたちの世界ルール》の一部分である。
  9. なぜか・・、イモセル・イシハイ・100は、足と下半身のチカラを生じさせる。足の冷たさへの感覚が生じる。
  10. なんで、《生きモノたちの世界のルール》《息しつつあるモノの背後者》の中にあるのか? 確実に存在するモノ《息しつつあるモノ》しかないから。
  11. ヒトは、半分以上《思いこみの世界》に住んでいるので、話がややこしくなる。《ヒトたちの世界ルール》という法則と『ヒトたちの世界ルール』という《思いこみ》。《ヒトたちの世界の法則》と・・。《ヒトたちの世界ルール》では《思いこみ》と《誤解》とが、重要な要素となる。((『戦国策』なんぞを読んでいる最中だったりして・・))。
  12. 《騙し》は《生きモノたちの世界のルール》でもある。食虫植物の美しい花や蜜の匂いを出すのは《騙し》だろう。普通の花がそれを行うのも《騙し》である。花は花粉の運び屋をおびき寄せるのが目的なのだ。しかし、虫にとって、蜜が得られれば『よい』。食われてしまうと『わるい』。《騙し》というのは『あなたにとって『よい』ことがあります』という合図を出したときに、実際に『よい』ことがあればOK、《騙し》ではない。『わるい』結果を生じさせるなら《騙し》。商店が求めているのはカネを落とす客である。客にとってモノが買えるなら『よい』モノが得られなかったり、価値が低いモノだったりしたなら《騙し》。『心地よいウソ』は《騙し》ではない? 『心地よいウソ』は《騙し》である? 《騙し》に結果の『よい』『わるい』は問わない?
  13. 《生きモノ》は欲求者である。《欲求》を実現できれば『よい』《欲求》の実現が阻害されるなら『わるい』。
  14. 「欲望のシステム」は市民社会であるより、《生きモノたちの世界のルール》というべきである。「das System der Bedurfnisses」
  15. 《思いこみ》《生きモノたちの世界のルール》から派生している。《思いこみ》世界《身体》内での再構成である。或る種の《生きモノ》は、《思いこみ》《身体》内に持つことによって、世界状況ルールとを把握し、動きの結果を予測し、予測に基づいて動くことを可能にする。《思いこみ》は、それが的確であるなら、《彼》の生存確率を高める。マダニが酪酸の匂いに反応して樹からよ飛び降りるのは《彼》の《思いこみ》である。酪酸と哺乳動物の血が吸えることとの、論理必然的な関係はない。たまたま、哺乳動物が酪酸の匂いを発する、たまたま、哺乳動物がマダニの餌となる血を運んでいる、という偶然の重なりに過ぎない。しかし、マダニは、酪酸の匂いによって温血動物が近づいてきた、と思いこむのである。
  16. 植物は、触覚によって、昆虫が花に来たことを知る。昆虫が花の色や蜜の匂いに釣られてきたことを知り、彼が花粉を運ぶことを知る。植物の《思いこみ》である。
  17. 貨幣手法は合理的な手法なのか? 統制手法よりは、合理的である。統制手法では、誰が何を欲求しているかを、統制者が知っていることが前提だが、その前提はあり得ないことだから。貨幣手法では、各人が、自らの《欲求》に応じて、そのモノの貨幣的評価を行う。《ベーシック・インカム》でなければ、カネが集中して、餓死者がでる。統制手法が必要。
  18. ヒトは、《思いこみ》《求める思いこみ》を持つ。『心地よいウソ』、的確なコトバ、自らを律する『ルール』。
  19. 100億の誤った《思いこみ》に満ちている。《思いこみ》《群れ》カオス
  20. 的確な《思い描き》を持つことは、頑張れば、可能であろう。しかし、それをコトバで伝えることは、限りなく困難である。コトバの意味は聞き手が決めるからである。コトバは、聞き手が聴きたい《思い描き》しか、伝えることはできない。不可能なこと=伝達=は望むべきではない、まずは、《私》が知ることに集中せよ。《私》が、《思い描き》の痕跡として残したコトバは、《私》に以前の《思い描き》を復元させるか? ○:。×:。
  21. 《今・ここの・この肉の塊》《生きモノ》である、か? ○:。×:。
  22. 意図的呼吸になるが、これは《息しつつあるモノの背後者》のせいだろう。

《息しつつあるモノの背後者》《混濁しつつある他者の身体の群れ》

  1. 《息しつつあるモノの背後者》《混濁しつつある他者の身体の群れ》とが対応関係にあるのか?
    1. ○:
      1. そのような気がする。
      2. 《息しつつあるモノの背後者》もそれ自体としては共時的である。《混濁しつつある他者の身体の群れ》も見方によっては通時的でありうる。
      3. 《息しつつあるモノの背後者》《群れ》《実感》ではない。
      4. 同程度の『実在感』でバランスが取れている。
      5. 《息しつつあるモノの背後者》《近傍物理空間の背後者》に至る。《近傍物理空間の背後者》《混濁しつつある他者の身体》の重なり合いとして現れる。《混濁しつつある他者の身体》の重なりは、ばらけて、《混濁しつつある他者の身体の群れ》になる。《混濁しつつある他者の身体の群れ》《近傍物理空間の背後者》である。
    2. ×:
      1. 《混濁しつつある他者の身体の群れ》は共時的であり、《息しつつあるモノの背後者》は通時的であり、対応関係にない。
      2. 《息しつつあるモノの背後者》《群れ》であるべきである。
  2. イシハイ・コタシム・100
    1. 《混濁しつつある他者の身体の群れ》カオスである。《混濁》である。それをそのまま受け入れて、噴出させて、浄化すればよいのである。
    2. ERG《欲求》《連想のトンネル》、情緒マニピュレータに《操られつつあるモノ》
    3. 《他者》の『自我イメージ』とは、「自分が何者であるかを自分に向かって語って聞かせるストーリー」である。(p.129『「聴く」ことの力』)
    4. 《群生相》における『群れからの命令』という《思いこみ》『仕事』『決まり』

《息しつつあるモノの背後者》《身体》

  1. 《息しつつあるモノの背後者》は、結局のところ、《背後者》としての《身体》のようである。《身体》の項目で言う「《背後者世界》の先にある《身体》」。
  2. 《息しつつあるモノの背後者》においては、《身体》は、《今・ここの・この肉の塊》《背後者》の2通りに現れる。

イシハイ・シンタイ・100、イシハイ・イコニ・100

  1. 1;《息しつつあるモノ》《今・ここの・この肉の塊》の中の一部分である。
  2. 2:《今・ここの・この肉の塊》は鼻⇔肺⇔《息しつつあるモノ》が凹んだ《凹型身体》である。《今・ここの・この肉の塊》は息しつつある《凹型身体》である。
  3. 3:《今・ここの・この肉の塊》《知りつつあるモノ》《体内感覚世界》《身体》内部の《認識限界》が凹んだ《凹型身体》である。
  4. 4:知られた《今・ここの・この肉の塊》の内部状態は、《体内感覚世界》である。

《息しつつあるモノの背後者》と「もう駄目でしょうか?」「もう駄目だ・・と、そんな気がするんですね」

  1. 『「聴く」ことの力』p.10。
  2. 情緒的な《繋がり》《求める思いこみ》を操るテクニック。《操りつつあるモノ》
  3. 情緒マニピュレーターに《操られつつあるモノ》

《近傍物理空間》《背後者》と、《息しつつあるモノの背後者》

  1. 《息しつつあるモノの背後者》で浄化していくと、
    1. 《身体》の浄化、
    2. 《知りつつあるモノの背後者》の浄化のあとに、
    3. 《近傍物理空間》の浄化が残る。《近傍物理空間》を浄化すると、
    4. 《近傍物理空間の背後者》が残る。
  2. 《近傍物理空間の背後者》モノの内部であろう。
  3. キクハイ・イシハイ・100
    1. 多数の《他者》《混濁しつつある身体》《連想のトンネル》の重なり合い。一つ一つの《連想のトンネル》《思い描き》を生じさせる。しかし、多数の《他者》《連想のトンネル》を掘り重ねると、穴だらけになってしまう。掘り崩してしまうと、《思い描き》を生じさせる力を失う、か? ○:掘り崩してしまうと、《連想のトンネル》の向こう側の壁に描かれていたモノの絵が、壁と共に消えてしまう。×:ある位置に立ち、ある位置を見通せば、その場所にあるモノ《思い描き》が生じる?。
    2. 《混濁しつつある他者の身体の群れ》。「多数の《他者》《混濁しつつある身体》《連想のトンネル》の重なり合い」はばらけて、《混濁しつつある他者の身体の群れ》になる。

イシハイ・100

  1. 2:《息しつつあるモノの背後者》はブラックホールのようになんでも吸い込んでしまうな。強力な《浄化球》といったところか?
  2. 《孤独相》《息しつつあるモノ》と、《群生相》《息しつつあるモノ》とは、《息しつつあるモノ》《背後者》を通して、繋がっている。《孤独相》《息しつつあるモノ》《背後者》《無限遠点》の先には《群生相》《息しつつあるモノ》があり、その先には《群生相》《息しつつあるモノ》《世界》がある。《群生相》《息しつつあるモノ》《無限遠点》の先には《孤独相》《息しつつあるモノ》《世界》がある。
  3. 《群生相》において《息しつつあるモノ》を見通すモノは、《孤独相》《息しつつあるモノ》《世界》を受け止めなければならない。《孤独相》において《息しつつあるモノ》を見通すモノは、《群生相》《息しつつあるモノ》《世界》を受け止めなければならない。
  4. 《孤独相》《息しつつあるモノの背後者》《群生相》」、という全体。《息しつつあるモノの背後者》を極座標の原点とする《世界》
  5. 《息しつつあるモノの背後者》の《認識限界》の表面には無数の時間《息しつつあるモノ》たちがある。《息しつつあるモノの世界》の表面の《息しつつあるモノ》のまわりにはそれぞれの《息しつつあるモノ》《息しつつあるモノの世界》が広がっている。《息しつつあるモノの世界》《群れ》
  6. 《息しつつあるモノの背後者》のブラックホールのまわりでは、『ある』ことは『意味』をなさず、『為す』ことのみがあることができる。
  7. 歩きつつあるときの《息しつつあるモノの背後者》
  8. 《息しつつあるモノの背後者》は鼻と口を通して《近傍物理空間》に繋がっているモノである。
  9. 《息しつつあるモノの背後者》を意識すると、息をするのが疲れる。意図的な呼吸になる。
  10. 《息しつつあるモノの背後者》は私を支配するモノである。《息しつつあるモノの背後者》は私自身である。
  11. 他者の《息しつつあるモノの背後者》。《息しつつあるモノの背後者の群れ》。《息しつつ背後者の群れ》。

《息しつつあるモノの背後者》《ヒトの群れ》

  1. 《ヒトの群れ》《息しつつあるモノの背後者》の中に入っている。《息しつつあるモノの背後者》の実体は《混濁しつつある身体》であり、《混濁しつつある身体》記憶の中の《ヒトの群れ》が、《息しつつあるモノの背後者》の中の《ヒトの群れ》である。これは、過去の記憶であり、過去の記憶において、《ヒトの群れ》を外部から観察していたことによる。最近の《混濁しつつある身体》において《ヒトの群れ》《内からの視点》で、《混濁しつつある他者の身体の群れ》としてとらえるようになったので、《息しつつあるモノの背後者》の中の《ヒトの群れ》《混濁しつつある他者の身体の群れ》に入れ代わる。

《息しつつあるモノの背後者》《四次元チューブ》

  1. 《息しつつあるモノの背後者》《四次元チューブ》である。
  2. その表面の一部分が、《いま・ここ》の《息しつつあるモノ》であるような《四次元チューブ》である。そのまわりに《混濁しつつある身体》があり、《体外直知時空》がある。《混濁しつつある他者の身体の群れ》がある。

《息しつつあるモノの背後者》と《知った思い描き》

  1. 《知った思い描き》とは、それを知りつつあるときの、それ、《知られつつあるモノ》、が、そのまま、《知った思い描き》の内容であるような、《思い描き》である。
  2. 《知った思い描き》を思い出したときの《思い描き》は?
  3. コトバを聞いたときに生じる《思い描き》は?

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