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《指し示す思いこみ》

《指し示す思いこみ》

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定義

区別

《指し示す思いこみ》《知った思いこみ》

  1. 《知った思いこみ》は、《直知》《実感》によって或るモノを知ったときに生じる《思いこみ》モノ《思いこみ》という流れ。
  2. 《指し示す思いこみ》は、思考や《他者》への伝達のために、《思い描き》を通して、或るモノを指し示そうとする《思いこみ》《思いこみ》モノという指し示し。

《指し示す思いこみ》《指し示す思い描き》

  1. 同じか?
    1. ○:たぶん、同じ。
    2. ×:操作可能性、疑いの有無、が違う。《思い描き》には『疑い』があり、《思いこみ》には『疑い』がない。《思い描き》には操作可能性があり、《思いこみ》には操作可能性が無い。《思いこみ》は『それは動かせない』という《思いこみ》を伴う《思い描き》であり。《思い描き》は『それは操作可能である』という《思いこみ》を伴う《思いこみ》である。

《息しつつあるモノ》独占暴力団

  1. 税金がらみの『仕事』は、独占暴力団からの《他者からの思いこみ》である。
  2. 《息しつつあるモノ》独占暴力団《実感》するか? ○:《他者からの思いこみ》として実感する。《息しつつあるモノの群れ》の中の、警官、軍人、執行官は独占暴力団の表面にある人々である。独占暴力団の人々は、通常はコトバのみを伝達する、しかし、そのコトバは『言うことを聞かなければ暴力装置を発動して強制するぞ』という意思と能力を背景とするコトバである。×:。
  3. 《求める思いこみ》の伝達のコトバ暴力的実現に担保された《求める思いこみ》の伝達。
  4. 伝達された《求める思いこみ》の実現に協力するのは、暴力的強制に担保された場合ばかりではない。むしろ、子供に頼まれた場合などは、相手は無力である、が、その《求める思いこみ》の実現に協力しようとする。
  5. 《求める思いこみを発しつつあるモノ》。健常者は、あまり、《求める思いこみ》を発することはない。上司や顧客や権力は《求める思いこみを発しつつあるモノ》である。あと、子供かな。
  6. 《健常者》は、違反者に対しては、『ルールに従え』という《求める思いこみ》を発する。彼の言う『ルール』とは彼の行動様式の主観的信念である。要するに、『我々と同じ行動様式に同調せよ』という《求める思いこみを発しつつあるモノ》である。(モモハモ=《求める思いこみを発しつつあるモノ》)。
  7. 上司は『仕事』の《求める思いこみを発しつつあるモノ》である。
  8. 独占暴力団は『税務』の『仕事』を《求める思いこみを発しつつあるモノ》である。
  9. 《息しつつあるモノ》『仕事』《他者からの思いこみ》に応答するか? ○:。×:できないじゃん。
  10. 《私》《息しつつあるモノ》『仕事』への《他者からの思いこみ》を受け取ると、《息しつつあるモノ》《私》に、『仕事』行動様式への《見通し》への《求める思いこみ》が生じる。行動様式への《見通し》は、『スケジュール』であり、『手順』である。
  11. 『手順』は《思いこみ》である、が、モノ動きと対応関係のある《思いこみ》である。『手順』の要素は、モノ動き《指し示す思いこみ》である。

《指し示す思いこみ》《視点》

  1. 《指し示す思いこみ》《視点》依存的である。
  2. 多次元輪郭空間》の《視点》における《指し示す思いこみ》はあるか? まあ、ある。
  3. コトバ《指し示す思いこみ》→輪郭→モノ
  4. コトバが、モノの属性や要素やそれらの結合状態に「縁って」生じるという考え方(『ミリンダ王の問い』p.74)。
  5. モノの輪郭や属性や要素やそれらの結合状態と(《今・ここの・このモノ》の)《視点》との《繋がり》によって」それを《指し示す思いこみ》が生じ、その《指し示す思いこみ》を指し示すコトバが生じる。
  6. モノの要素や属性を知ることによって、それが何であるという名前が定まる。
  7. 対話の場面において「人格的個体」というコトバが指し示すモノ《思いこみ》でしかありえない。ということか?

モノ《指し示す思いこみ》と、幻を《指し示す思いこみ》

  1. 「幻を《指し示す思いこみ》」は《描かれつつある思いこみ》である。幻は、描かれなければ見ることができない。
  2. 「幻を《指し示す思いこみ》」は《指し示す思いこみ》か? 広義では《指し示す思いこみ》かもしれない。
  3. 《他者》が幻を見ているときに、それを指し示すのは、《指し示す思いこみ》である。《他者》の幻というモノ《指し示す思いこみ》である。

《指し示す思いこみ》と説明的理性と信仰的理性

  1. アリストテレスの説明的理性。アレーテイア《モノの世界》)への確信が在って、それを《指し示す思いこみ》で説明する、という理性。

《指し示す思いこみ》《描かれつつある思いこみ》

  1. 《知った思いこみ》には《指し示す思いこみ》《描かれつつある思いこみ》とがある。
  2. 《指し示す思いこみ》は、その実体が外部にあり、離存的である。離存性
  3. 《描かれつつある思いこみ》は、その《思いこみ》を《描きつつあるモノ》の《求める思いこみ》の鏡像である。
  4. 《指し示す思いこみ》の内容は定義することができない。『あれを指し示している』とモノを指し示すことができるだけである。指し示されたモノを記述するのは、《描かれつつある思いこみ》である。

《指し示す思いこみ》《知った思いこみ》

  1. 《知った思いこみ》には《指し示す思いこみ》《描かれつつある思いこみ》とがある。のか?
  2. 『共有知』。『知識』『現実』。という《描かれつつある思いこみ》
  3. 《指し示す思いこみ》は伝達可能か?
  4. 「目のあるものは見よ」。「目のないものには、見よとは言わぬ」。

コトバ《指し示す思いこみ》

  1. コトバ《思いこみ》を指し示し、《指し示す思いこみ》モノを指し示す。
  2. 《指し示す思いこみ》《思いこみ》のタイプの一つである。
  3. コトバは直接にモノを指し示すことはない。コトバは、《指し示す思いこみ》を通じて、間接的にモノを指し示す。

検索

《ブッダの「一切」》 - [#『一切』とは、或るモノが有する《知った思いこみ》の全てを《指し示す思いこみ》である。]

《プログラミングオブジェクト》 - [《プログラミングオブジェクト》は作者にとっては《描かれた思いこみ》であり、利用者にとっては《指し示す思いこみ》である。]

《描かれつつある思いこみ》 - [《知った思いこみ》には《指し示す思いこみ》《描かれつつある思いこみ》とがある。]

《知った思いこみ》 - [《指し示す思いこみ》《描かれつつある思いこみ》]

《我》 - [#『我』という《思いこみ》入り込みつつあるモノが、《『我』という《思いこみ》入り込みつつあるモノ》自身を指し示す《思いこみ》である。]

コトバ - [#『本質』は《思いこみ》である。或るモノの『本質』は、そのモノ自体である。そのモノにたいする様々な視点から見た様々な輪郭を統合して、多次元輪郭空間の中で浮かび上がってきた多次元の輪郭の先にあるモノ、という《思いこみ》が『本質』である。単一の視点から見た『本質』でもよい。このハサミの本質は、『モノを切る道具』てもよいし、単価xx円で原価xx円一ヶ月の平均販売数量がxx個の商品という『本質』でもよい。その『本質』の《思いこみ》の先にあるモノが『本質』だ、という理解の上で使うなら、その《思いこみ》が「モノの『本質』」である。或る視点もしくは複合的な視点から見て、或るモノを指し示す《思いこみ》の先にあるモノ《思いこみ》が『本質』である。]

輪郭 - [コトバ - [#『本質』は《思いこみ》である。或るモノの『本質』は、そのモノ自体である。そのモノにたいする様々な視点から見た様々な輪郭を統合して、多次元輪郭空間の中で浮かび上がってきた多次元の輪郭の先にあるモノ、という《思いこみ》が『本質』である。単一の視点から見た『本質』でもよい。このハサミの本質は、『モノを切る道具』てもよいし、単価xx円で原価xx円一ヶ月の平均販売数量がxx個の商品という『本質』でもよい。その『本質』の《思いこみ》の先にあるモノが『本質』だ、という理解の上で使うなら、その《思いこみ》が「モノの『本質』」である。或る視点もしくは複合的な視点から見て、或るモノを指し示す《思いこみ》の先にあるモノ《思いこみ》が『本質』である。]]

『デ・アニマ』p.10-20 - [#身体の内部にある魂と、他者の記憶の中にある魂、とは、どう違うのか? まあ、全然違うのだが、共通点はあるのか? まあ、モノと「モノを指し示す《思いこみ》」との関係なのだが・・。《たましい》と言うモノと、それを指し示す『たましい』という《思いこみ》。]

《アニマ》 - [#「《思いこみ》の中の《アニマ》」は「モノの中の《アニマ》」を指し示す《思いこみ》である。]

『心地よいウソ』 - [#「《思いこみ》の中の《アニマ》」は「モノの中の《アニマ》」を指し示す《思いこみ》である。]

ゴミ箱2006-06 - [#「B) ものの存在の知覚と、それについての人間の思考は一致しない。」というのは、アリストテレスの被指示性という約束ごとで処理するほかないだろう。しかし・・、コトバが指し示す《群有思いこみ》の普遍性、と、指し示されるモノの個別性、という根本的相違は、乗り越えることができない。種類とモノとの関係? 「xxという種類」というコトバが指し示す《思いこみ》と、「xxという種類のモノ」というコトバが指し示すモノとの相違、も《思いこみ》モノという根本的な相違。「xxという種類」というコトバが指し示す《思いこみ》と、「xxという種類のモノ」というコトバが指し示す《思いこみ》とは、「種類とモノ」の関係を示している。しかし、それはコトバコトバとの関係、《思いこみ》《思いこみ》との関係でしかない、ので、コトバモノとの関係を示すものではない。]

相変異》 - [#群生相においては、《生きつつある身体》イデア化してしまう。《生きつつある身体》は死んでしまう。「生きつつある身体」という記号が指し示す《思いこみ》=『生きつつある身体』というイデア=になってしまう。しかし、そのイデアは死んだ身体なのだから、矛盾しており、イデアとしての伝達可能性を有しない。イデアとしても死んでしまう。]

公理主義 - [* 「(5)tk氏のいうモノ世界」は「モノ世界」というコトバによって指し示されているモノであるから、記述し得るモノである。ただし、その記述のコトバと聞いた《他者》が、たけ(tk)が指し示している《モノの世界》と同じモノを指し示す《思いこみ》を、《他者》の内心に生じさせる、という保障がない、という問題があるだけ。]

当為 - [#《求める思いこみ》には真偽はない。モノを指し示す《思いこみ》ではない。真偽というのは《知った思いこみ》とそれが指し示しているはずのモノとの一致、不一致の問題。]

《視点》 - [コトバ - [#『本質』は《思いこみ》である。或るモノの『本質』は、そのモノ自体である。そのモノにたいする様々な視点から見た様々な輪郭を統合して、多次元輪郭空間の中で浮かび上がってきた多次元の輪郭の先にあるモノ、という《思いこみ》が『本質』である。単一の視点から見た『本質』でもよい。このハサミの本質は、『モノを切る道具』てもよいし、単価xx円で原価xx円一ヶ月の平均販売数量がxx個の商品という『本質』でもよい。その『本質』の《思いこみ》の先にあるモノが『本質』だ、という理解の上で使うなら、その《思いこみ》が「モノの『本質』」である。或る視点もしくは複合的な視点から見て、或るモノを指し示す《思いこみ》の先にあるモノ《思いこみ》が『本質』である。]]

ゴミ箱2006-04 - [#あるはずのモノとしての《知りつつあるモノ》を指し示す《思いこみ》としての『知りつつあるモノ』という《思いこみ》があり、]

《モノの思いこみ》 - [コトバ - [#『本質』は《思いこみ》である。或るモノの『本質』は、そのモノ自体である。そのモノにたいする様々な視点から見た様々な輪郭を統合して、多次元輪郭空間の中で浮かび上がってきた多次元の輪郭の先にあるモノ、という《思いこみ》が『本質』である。単一の視点から見た『本質』でもよい。このハサミの本質は、『モノを切る道具』てもよいし、単価xx円で原価xx円一ヶ月の平均販売数量がxx個の商品という『本質』でもよい。その『本質』の《思いこみ》の先にあるモノが『本質』だ、という理解の上で使うなら、その《思いこみ》が「モノの『本質』」である。或る視点もしくは複合的な視点から見て、或るモノを指し示す《思いこみ》の先にあるモノ《思いこみ》が『本質』である。]]

cogito, ergo sum - [#「我」というコトバが指し示す《思いこみ》を『我』のイデアという。]

『知識』 - [#『知識』の実体はコトバである。《思いこみ》を共有するためにはコトバが不可欠である。そのコトバが指し示す《思いこみ》が人によって異なることがあるが、異なった《思いこみ》を持つ場合には、『誤った理解』と呼ばれる。]

ゴミ箱2005-06 - [#「(「直観」?)の概念によっては、実在・経験を(科学のと似た正確さで)認識する手段はまだ与えられない」(p.4):「直観」というコトバが指し示す《思いこみ》では認識主体に成りえない。「直観」というコトバが指し示すモノが認識主体に成りうる。ということか?概念というのは《思いこみ》を指し示すからだ。ちゃうな。「持続」「記憶」「躍動」という概念では認識者の問題が出てこない、という意味だな。]