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《思いこみの世界》

キーワード《思いこみの世界》

定義

《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入り込むと、《思いこみ》《思いこみの世界》となる。

《思いこみの世界》においては、空間定位が曖昧である。

《思いこみの世界》は緊張した世界であり、《モノの世界》は弛緩した世界である。

《思いこみの世界》は、《思いこみ》《噴出しつつあるモノ》噴出する《思いこみ》の中に《知りつつあるモノ》が在る状態のときの、《知りつつあるモノ》世界である。

区別

《思いこみの世界》《モノの世界》《仮想実在》

  1. 《思いこみの世界》においては、《知られつつあるモノ》《知った思いこみ》とはイコールである。か? ○:。×:。
  2. 《思いこみの世界》においては《仮想実在》《モノの世界》モノ《指し示す思い描き》との区別がつかない。か? ○:。×:。

イシモ・100

  1. 1:《息しつつあるモノ》
  2. 2:『無意味の世界』
  3. 3:《息しつつあるモノ》《背後者世界》
  4. 4:《息しつつあるモノ》《背後者世界》によって浄化されつつある《近傍物理空間》
  5. 5:《動きつつある身体》
  6. 6:《身体》内部での感情の爆発、語りかけのコトバの爆発。
  7. 7:聖生活の噴出、消滅。俗生活の噴出。→6→7の無限ループ
  8. 8:俗世界の4層。《モノたちの世界》、《生きモノたちの世界》、《ヒトたちの世界》、《ヒトたちの思いこみの世界《思いこみの世界》《仮想実在》。《デジタル世界《デジタル実在》が加わりつつある?
  9. 《他者からの思いこみの世界》? ○:《他者からの思い込み》の延長。×:。
  10. ヒトたちの思いこみの世界》? ○:。×:。

「往く者(過去)をよびもどすのは、異端か。来たる者(未来)に希望をつなげというのか・・?」『孔子暗黒伝』p.124

  1. http://kanbun.info/keibu/rongo1805.html
    1. 18-05 楚狂接輿。歌而過孔子曰。鳳兮鳳兮。何徳之衰。往者不可諌。來者猶可追。已而已而。今之從政者殆而。孔子下欲與之言。趨而辟之。不得與之言。
    2. 楚(そ)の狂(きょう)、接輿(せつよ)、歌って孔子を過(よぎ)りて曰く、鳳(ほう)や鳳(ほう)や、なんぞ徳の衰えたる。往(ゆ)きし者は諌(いさ)むべからず、来(きた)る者はなお追うべし。已(や)まんのみ已(や)まんのみ。今の政(まつりごと)に従う者は殆(あやう)し。孔子下(お)りてこれと言わんと欲す。趨(はし)りてこれを辟(さ)け、これと言うを得(え)ざりき。
  2. 過去の歴史について是非を評論しても意味がない。未来に希望をつなげ。考えるのをやめよ。今の政治にかかわってはならない。ということで、「往者不可諌」を「往く者(過去)をよびもどす」と理解するのは無理がありすぎる。「諌」に「呼び戻す」という意味はないだろう。
  3. 問題は、想像力の世界においては、「過去を(諌めようとして)想像すること」は「過去を呼び戻す」こととイコールになってしまう、ということ。過去を見通すことはできるが、過去を見通すことは過去が再現されることではない。実在の過去は《思いこみ》とは離れて存在する。離存性《思いこみの世界》においては、離存性を忘れがちである。というか、離存性を忘れたところに《思いこみの世界》は存在する。

《群生相》における《思いこみの世界》

  1. 《群生相》における《思いこみの世界》とどう向き合うか、という問題。
  2. 《群生相》における《思いこみの世界》とは、『そのように思い込むと、うまく立ち回ることができる』と個体的経験から確信している《思いこみの世界》である。

《思いこみの世界》と《思いこみ選択回路》

  1. 《他者》は《思いこみ選択回路》である。《他者》《思いこみの世界》は、《他者》の欲求傾向を反映する。《他者の思いこみの世界》。《他者からの思いこみの世界》。

在庫管理と《思いこみの世界》

  1. 在庫管理データの世界《思いこみの世界》の一つである。
  2. 在庫は《モノの世界》にある。
  3. 棚卸しは、《思いこみの世界》からの《モノの世界》への《視点》である。
  4. 《モノの世界》からの《視点》で、棚卸しをやっているヒトを見ると、滑稽なしぐさのモノでしかない。
  5. 我々が棚卸しをやっているヒトを見るときには、《モノの世界》からの《視点》ではなく、通常は、彼の棚卸しの《思いこみの世界》を通して、彼の行動を理解する。彼の《思いこみの世界》は、『ご主人様にこの帳簿に書かれている商品の数を数えて、帳簿と違っていたら、これこれと書けと言われた』だけなのか、彼が棚卸しの責任者なのか、まあ、いろいろ、考えられるが、ともあれ、彼の《思いこみの世界》を通して、かれの行動を理解する。理解社会学?

《思いこみの世界》《体内感覚世界》

  1. 《思いこみの世界》の実体は《体内感覚世界》である。
  2. 《思いこみの世界》無限遠点《身体》である。

《肉の塊》《思いこみの世界》

  1. 《肉の塊》の1は《肉の塊》自体である、《肉の塊》の2は《モノの世界》である。《肉の塊》の3は《思いこみの世界》である。
  2. 《思いこみの世界》は、蚕が繭をはきだして、蚕が繭を世界であると認識するようなモノか?
  3. 《思いこみの世界》の実体は《体内感覚世界》である。《視点》《肉の塊》自体から、《肉の塊》の中の一部分に縮小して、その一部分から《体内感覚世界》世界として捉えるようになったモノが、《思いこみの世界》である。

《思いこみの世界》と六処

  1. 《混濁》は、空間知覚と《体内感覚世界》とに分離する。空間知覚は視覚的な《近傍物理空間》、聴覚的な《近傍物理空間》、嗅覚的な《近傍物理空間》、触覚的な《近傍物理空間》などがある。視覚的な《近傍物理空間》と聴覚的な《近傍物理空間》とは異なる。知覚空間と呼ぶか? 知覚空間=知覚された空間。
  2. 《思いこみ》を感じるのも知覚空間の一つである。《思いこみ》も空間的な知覚の一種である。
  3. 幻覚的な《近傍物理空間》もある。3次元的な視覚空間の中に《他者》を発見すると同時に彼の《他者の思いこみ》を感じるのは幻覚的な《近傍物理空間》だ。
  4. 客観的なこの街とか東京とかいうのは幻覚的な《近傍物理空間》だ。
  5. 幻覚的な《近傍物理空間》《思いこみの世界》の一部である。
  6. 視覚的な《近傍物理空間》においては、《身体》がその中にみえているので、《知りつつあるモノ》《身体》の中にあるはずだ、という《思いこみ》が生じる。しかし、聴覚的な《近傍物理空間》では、《身体》の音が聞こえないので、《知りつつあるモノ》が出てこない。
  7. 幻覚的な《近傍物理空間》は、視覚的な《近傍物理空間》や聴覚的な《近傍物理空間》と重なっている場合もあるが、独立して発生する場合もある。独立して発生する場合には、物理空間ではなくなる。独立して発生する場合でも知覚空間ではある。
  8. 六処なのか・・。
    1. 器官:眼処、耳処、鼻処、舌処、身処、意処の「六処」
    2. 能力:眼根、耳根、鼻根、舌根、身根、意根の「六根」
    3. 世界:色境、声境、香境、味境、触境、法境の「六境」。というらしい。
    4. 能力:視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、幻覚
    5. 世界:主観的[視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、幻覚世界
  9. 視覚的な《近傍物理空間》のイメージに執着しすぎていたかもしれない。
  10. 知覚空間には視覚空間、聴覚空間、嗅覚空間、味覚空間、触覚空間、幻覚空間の6種類がある。最後の幻覚空間は《思いこみの世界》のことだ。最初の視覚空間が今までの《近傍物理空間》に相当する。
  11. 人に名づけられたコトバで考えるのは癪である。自分で名づけたコトバで考えたい。《他者》の思考に乗っているかぎり、自分の思考を取り戻すことはできない。でも、自分のコトバの意味が、明確に分かった後に、それが、《他者のコトバ》を同じモノを指し示していることが分かったならば、《他者のコトバ》を使ってもよいだろう。
  12. しかし、それにしても、抹香臭くて、使いにくいな・・。仏教理論の英語訳でも捜してきて、カタカナ語に翻訳して使うか?
  13. 《近傍物理空間》というのは遠隔物理空間との対。遠隔物理空間は主観的幻覚空間の中にある。客観的空間は主観的幻覚空間の中にある。今までどおり《思いこみの世界》の方がよいか・・。
  14. 主観的、客観的という区別は意味を持たないのか? 客観的というコトバは、《ヒトの群れ》で流通するコトバが指し示すモノが、ヒトの主観に関りなく同じモノを指し示す、ということを意味する。しかし、コトバは、ヒトの主観を抜きにしては意味をもち得ず、何かを指し示すというということもあり得ない。「ロボットが或るコトバを聞いて、或るモノを指し示す」ということがあるならば、客観的、ということがあり得るかもしれない「そのコトバは、客観的に、そのモノを指し示す、という関係を有する」ということが言えるかも知れない。「ロボットが或るコトバを聞いて、或るモノを指し示す」ためには、そのようにプログラムされているか、そのように学習した場合だけだろう。
  15. ロボットが学習するのか、ロボットがプログラムされるのか?
  16. ヒトが学習するのか、ヒトがプログラムされるのか?

《思いこみの世界》虚数軸の世界

  1. 《思いこみの世界》虚数軸の世界である。のだが、ヒトと話しているときには、《思いこみの世界》が実数軸の世界であり、《他者》《モノの世界》を理解させるためには、《思いこみの世界》にとっての虚数軸の世界《モノの世界》である、と言わなければならない。
  2. 《複素数の時空》。《虚数軸の世界

《思いこみの世界》《浄化球》

  1. 《思いこみの世界》無限遠点《浄化球》を置くと、その世界における《思いこみ》《浄化球》に吸い込まれていき、その世界《思いこみ》《背後者》からの噴出であることが感じられるようになる。
  2. 数学的論理の世界→数学的論理について知っていることの記憶噴出→論理を《求める思いこみ》コトバによって世界を知ることへの《求める思いこみ》コトバにすがる《思いこみ》コトバにすがる《思いこみ》を発生させている身体的な何か、熱っぽいモノ。その熱が冷めると、数学的な論理の世界は、《モノの世界》の中の《知りつつあるモノ》《見通し》の中に入ってくる。

《思いこみの世界》《体内感覚世界》

  1. 《思いこみの世界》はその外からみれば《思いこみ》であり、《思いこみ》《体内感覚世界》の中に在る。従って、《思いこみの世界》《体内感覚世界》の中に在る。
  2. もっとも、《思いこみの世界》ルール《思いこみの世界》自身が決めるので、その《思いこみの世界》において、その世界《体内感覚世界》の中に在る、と認識されるわけではない。

《モノの世界》《思いこみの世界》

  1. 世界には《モノの世界》《思いこみの世界》とがある。ただし、《モノの世界》《私》《思いこみの世界》ではない、という保障はない。
  2. 《モノの世界》は、《思いこみ》《噴出しつつあるモノ》を、噴出するに任せたときに現れる世界である。《知りつつあるモノ》《噴出しつつあるモノ》から離れたときに現れる世界である。《知りつつあるモノ》《思いこみ》から離れたときに現れる世界である。

《思いこみつつあるモノ》《思いこみの世界》

  1. 《思いこみつつあるモノ》《思いこみの世界》の中に在る。
  2. 《思いこみつつあるモノ》《思いこみ》《噴出しつつあるモノ》《知りつつあるモノ》との合成である。

《思いこみ》《思いこみの世界》

  1. 《思いこみ》は、《思いこみ》の外部から認識することもできる。《思いこみ》といった場合には、通常は《思いこみ》を外部から認識したモノをいう。それに対して、《思いこみの世界》は、《知りつつあるモノ》がその中に入り込み、《知りつつあるモノ》世界として《思いこみ》を知る場合をいう。
  2. 同じモノか?
  3. 《思いこみの世界》においては、複数の《思いこみ》が絡み合っていることがある。
  4. 《思いこみの世界》の中のものが《思いこみ》である。
  5. 《知りつつあるモノ》が或る《思いこみ》の中に入り込むと、《知りつつあるモノ》はその《思いこみ》を通じて世界を認識するようになる。そこで認識された世界にあるモノは、他の《思いこみ》である。その《思いこみ》から、その《思いこみの世界》の中にある他の《思いこみ》に移動することができる。
  6. 《思いこみ》体内感覚である。《思いこみの世界》《体内感覚世界》である。