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《思いこみのサル》

キーワード《思いこみのサル》

定義

  1. 《思いこみのサル》《思いこみ》を操る技術を取得した仮想的な生物種をいう。
  2. 《思いこみ》にすがる=救いを求める=モノ《思いこみのサル》という。
  3. 《思いこみ》に操られるモノ《思いこみのサル》という。
  4. 《思いこみ》を操ることを通して他のサルを操るサルをボス猿という。
  5. 《思いこみ》にすがることを通して他のサルに操られるサルを追従ザルという。

区別

幻覚行動》と《思いこみのサル》

  1. ヒトヒトたる由縁は《思いこみ》に基づく《幻覚行動》に在る。
  2. 『よい』と思って行動するのも《幻覚行動》である。
  3. 志に基づく行動は《幻覚行動》である。
  4. 法に従って行動するのも《幻覚行動》である。
  5. 『彼女は私の妻である』と思い込んで行う行動も《幻覚行動》である。

《思いこみのサル》コトバへのすがりつき。

  1. コトバは、『分かったつもり』と言う恍惚を生み出す阿片である。

《思いこみのサル》種族維持的価値

  1. 《思いこみ》には種族維持的価値がある。《思いこみのサル》行動様式には種族維持的価値がある。

《見通しのサル》《思いこみのサル》

  1. 自分の目で自分の状況を見通すことによって自律的に行動しようとする生物種と、自分の《思いこみ》で『状況』を想像して、想像上の『状況』にたいして行動しようとする生物種。支配されている『現実』を想定して、支配されることの他律性で安心を得ようとする生物種、と、逆に支配する『現実』を利用して利益を得ようとする生物種。
  2. 《見通しのサル》《思いこみのサル》『現実』《思いこみ》に過ぎないことを見通す。
  3. ヒトは、《思いこみのサル》から《見通しのサル》へと進化しなければならない。
  4. 引きこもりは、脱皮のためのサナギである。《思いこみのサル》から《見通しのサル》に脱皮するために必要なサナギである。

《特別者公理》《思いこみのサル》

  1. 《思いこみのサル》《思いこみ》の中心はサルの《知りつつあるモノ》である。《知りつつあるモノ》はサルの『世界』の中心であり、特別者である。従って、《思いこみのサル》《思いこみ》《特別者公理》によって構成される。
  2. しかし、《思いこみのサル》《思いこみ》は『客観的』な《思いこみ》なので、《特別者公理》は禁忌として抑圧される。『私』は『客観的』な『現実』の中の一要素に過ぎない、という《思いこみ》《群れの思いこみ》として公認され、『私』世界の中心であるという《特別者公理》は禁忌として抑圧される。
  3. しかし、そのレベルの『客観的』というのは《群れの思いこみ》を『客観的』であるとする《思いこみ》である。《群れの思いこみ》には群れを中心とした《特別者公理》がまぎれ込んでいる。自分の属する《群れの思いこみ》《相対者公理》を持ち込むことは、それもまた、禁忌として抑圧される。これが、排他的民族主義であり、排他的国家主義である。《特別者公理》に基づく《群れの思いこみ》
  4. 《思いこみのサル》の種族が、他の生物種や、他のモノに対して特別であるという、類的な《特別者公理》も一般的である。
  5. 個体の《特別者公理》は禁忌として抑圧されるが、《群れの思いこみ》《特別者公理》は公認され、《群れの思いこみ》《相対者公理》は禁忌として抑圧される。《ヒトの群れ》《相対者公理》を持ち込むことは禁忌として抑圧される。

禁忌と《思いこみのサル》

  1. 《思いこみのサル》《ヒトの群れ》に参加するための条件としての、特定の《思いこみ》の禁止を禁忌という。禁止された《思いこみ》を禁忌という。

《『理解できないモノ』をカムイとして崇拝するモノ》と《思いこみのサル》

  1. 《『理解できないモノ』をカムイとして崇拝するモノ》は《思いこみのサル》である。
  2. 《思いこみのサル》の諸形態。
  3. 《『理解できないモノ』をカムイとして崇拝するモノ》は《思いこみに操られるサル》か?

《他者の思いこみ》《思いこみのサル》

  1. サルの《思いこみ》と、《思いこみ》のサル。の違いか?

《思いこみのサル》《混濁》

  1. 《思いこみのサル》《混濁》から始まる《たけ(tk)の思いこみ》の中でどのような位置を占めるのか?
  2. 《他者》への見通し、だろうな。
  3. 《他者》《思いこみのサル》である。《私》も、《同質者公理》によれば、《思いこみのサル》である。

『現実』《思いこみのサル》

  1. 《思いこみのサル》『現実』《思いこみ》の中で生きる。
  2. 《他者》『現実』《思いこみ》である。ロジャーズの「現象的世界」。

科学・技術と《思いこみのサル》

  1. 科学・技術は《思いこみのサル》《思いこみ》の勝利ではある。
  2. 《思いこみ》の力によって再構成されたモノの法則。操作可能となったモノの法則。予見可能となり、応用可能となったモノの法則。その《思いこみ》の力は、単純に賞賛しよう。
  3. しかし、科学・技術・論理の《思いこみ》の勝利に酔いしれて、自らの姿を見失えば、《思いこみのサル》の悲劇になる。

《思いこみのサル》《たけ(tk)の思いこみ》

  1. 《たけ(tk)の思いこみ》《思いこみのサル》《思いこみ》である。

信仰と《思いこみのサル》

  1. 信仰というのは『超自然的なモノが人類や《私》を救ってくれる』という《思いこみ》である。『《思いこみ》《私》や《私たち》を救ってくれる』という《思いこみ》である。

イデア主義と《思いこみのサル》

  1. イデア主義というのはコトバの意味という《思いこみ》に救いを求める《求める思いこみ》である。

天上・人間(じんかん)と《思いこみのサル》

  1. 《他者の思いこみ》を操る人々を「天上」という。《他者》《思いこみ》を操られる人々を「人間(じんかん)」という。

分類

  1. 《思いこみ》を操るモノ。《思いこみを操るサル》。
  2. 《思いこみ》に操られるモノ。《思いこみに操られるサル》。
  1. 《思いこみを操るサル》。
  2. 《思いこみにすがるサル》。
  1. 《思いこみ》を操ることによって他のサルを操るサル。
  2. 《思いこみ》にすがることによって他のサルに操られるサル。
  1. 他のサルの《思いこみ》を操るサル。
  2. 他のサルに《思いこみ》を操られるサル。

地球にとって、人類のことなど、ドーデモイーことであることは明らかだ。《私》が庭のアリの巣がドーナローと、ドーデモイーことであるのと同じことだ。《私》が『アリたちの運命がドーナローとドーデモイーことだ』と思いこんでいるからといって、《私》がアリたちに非難されるいわれはない。アリたちの運命はアリたち自身が心配すればよいことだ、だから、人類の運命は人類自身が心配すればよいことなのだ。人類以外のモノたちが人類の運命を心配しているはずだ、と思いこむことこそ、《思いこみのサル》たる由縁だ。『神』が人類の行く末を心配するとしたら、その『神』ヒト《思いこみ》の中の『神』であることを示しているだけだ。

http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/transper.html

    1. (6)ケンタウロスの領域
    2. 次は、上半身が人間で下半身がウマという神話の生き物で、いわば上にある意識が、言葉によって成り立っているような自我意識を超えていると同時に、より下のレベルの、身体とか、ペルソナと影とか、自我とか全部を統合しているというか、人間の中のさまざまな要素が、自然に調和するようになっていることを象徴しているわけです。欧米の発達心理学ではここまでなのですが、トランスパーソナル心理学の特徴は、さらに上の段階を認めることです。
  1. ・・たけ(tk)《思いこみのサル》というやつか。

ヒトブロイラー並みの自律性しか持たないのは、彼らがサルの子孫であり、《思いこみのサル》だからだ。《思いこみのサル》ではサルに失礼だから、《思いこみのブロイラー》か?

人々が《思いこみのサル》であることは《ヒトの群れ》苦しみである。人々が《見通しのサル》でないことは《ヒトの群れ》苦しみである。もともと、サルは各自が状況見通して行動していたはずだ。

思うのだけど、人間がサルだった頃には、それぞれのサルは自分の群れも群れを取り巻く自然も、ちゃんと見通して生きていたんじゃないかな? ところが《ヒトの群れ》が大きくなると、ヒトは自分の群れを見通すことも、群れを取り巻く自然を見通すこともできなくなった。その代わりに、ボス猿コトバを信じ込んで、そのコトバがもたらす《思いこみ》世界の中で見通しを得たような気分になっている。《思いこみのサル》になってしまったのだ。

ヒト進化するというのは、今までのような《思いこみのサル》の状態から《見通しのサル》を取り戻すことだと思う。そのためには、いったん、《思いこみ》世界から引きこもって、自分自身の眼を取り戻すことが必要だと思う。

人類が《思いこみのサル》から《見通しのサル》へと進化するためには、個々の《ヒトの個体》がサナギにこもって脱皮しなければならない。自覚者(ブッダ)というのは《見通しのサル》のことだと思う。『神格化されたブッダ』の《思いこみ》を捨てて、自分を見れば、自分の中に自覚者の種を見つけることができるだろう。山川草木悉皆成仏なのだ。

《思いこみのサル》から《見通しのサル》進化した人類の群れはどのような生き物の群れになるだろうか?

おそらく、正常な生き物の智恵を取り戻した生き物の群れに成るのではないか? 必要な争いを行い、無駄な争いをしない生き物に戻れるんじゃないだろうか?

引きこもりは、脱皮のためのサナギである。《思いこみのサル》から《見通しのサル》に脱皮するために必要なサナギである。

Last modified:2007/06/28 22:37:01
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