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《思いこみ》

《思いこみ》とは

  1. 《混濁》《知りつつあるモノ》《知られつつある混濁》とに分離する。
  2. 《知られつつある混濁》は《思いこみのミックスジュース》の如きモノである。
  3. 《知られつつある混濁》は、沈静化すると様々な《思いこみ》(広義)に分離する。
  4. 広義の《思いこみ》のうちで、その存在が確実であると確信されたものを「モノ」と呼んで区別することにした。確実性の基準は「《知りつつあるモノ》の存在確実性と同等程度以上の存在確実性を有する場合」ということにした。広義の《思いこみ》から「モノ」を分離した残りを狭義の《思いこみ》と呼ぶ。
  5. なお、《たけ(tk)の思いこみ》における《思いこみ》は広義の《思いこみ》モノ動き、意図、音や痛みなどの感覚、等々というか一切を含む)である。
  1. 《混濁》《知りつつあるモノ》《混濁の世界》とに分離する
  2. 《混濁の世界》は広義の《体外直知時空》《思いこみ》とに分離する。
  3. 《思いこみ》とは、《混濁の世界》のうちの《近傍物理空間》以外の部分である。

* 表出される前の《思いこみ》《隠れた思いこみ》という。

記述

  1. 《混濁の世界》《近傍物理空間》《思いこみ》に分離する。《思いこみ》《混濁の世界》の中の《近傍物理空間》以外の部分である。
  2. 《近傍物理空間》《知りつつあるモノ》と同等の確からしさをもって存在するモノである。従って、《思いこみ》《知りつつあるモノ》と同等の確からしさをもたないモノである。《知りつつあるモノ》の状態によって、いかようにも変化してしまうモノ《思いこみ》である。

主観依存的なモノ《思いこみ》と呼ぶ。《思いこみ》であるモノは『』で括って表わす。

《混濁の世界》《体外感覚世界》《体内感覚世界》とに分離する。《思いこみ》《体内感覚世界》の中のモノの一つである。

《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入ることがある。《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入った時には、《思いこみ》《知りつつあるモノ》世界となる。

《思いこみ》《表出しつつあるモノ》によって表出されたモノである。

区別

  1. 《思いこみ》《噴出》か?○:。×:。

《思いこみ》《モノの世界》

  1. 《思いこみ》《モノの世界》の中にあるか? ○:。×:。
  2. 《思いこみ》は、物理的な4次元時空の中にあるか? ○:。×:。
  3. 《思いこみ》は、《複素数の時空》の中にあるか? ○:。×:。

《思いこみ》《ヘラクレイトスの「ロゴス」》

  1. 決まり》は《モノの世界》《背後者回路》であるから、《ヘラクレイトスの「ロゴス」》とは、《決まり》を発見し記述する作用である。
  2. 決まり》は《モノの世界》《背後者回路》『決まり』ヒト《思いこみ》
  3. 《生きモノ》《思いこみ》は?
    1. 《生きモノ》《思いこみ》を持つ」という法則性は《決まり》である。《生きモノ》がその内部に持っている《思いこみ》《思いこみ》であって、主観的な『決まり』である。
  4. 『決まり』も、《モノの世界》《背後者回路》として機能する。モノにとっての主観的な『決まり』によって、そのモノは《動く》のであるから、『決まり』はそのモノ《背後者回路》として機能する。つまり『決まり』は《決まり》として機能する。
  5. 『決まり』《仮想実在》である。《プログラミング・オブジェクト》《仮想実在》である。

《思い描き》《思いこみ》

  1. 《思い描き》は意図的?でもない。コトバを聞いた時に自動的に生じる《思い描き》がある。
  2. 内からの噴出という意味では意図的である。コトバを聞いた時の《思い描き》も、内からの噴出である。
  3. 《思いこみ》も、噴出においては、内からの噴出である。
  4. 《思い描き》は、一歩ひいている。反省的である。噴出への認識を伴う《思いこみ》である。
  5. 《思い描き》は昼間の《思いこみ》である。《群生相》《息しつつあるモノ》《視点》《相対者公理》
  6. 《思いこみ》は夜中の《思い描き》である。《孤独相》《知りつつあるモノ》《視点》《絶対者公理》
  7. 《思い描き》《思いこみ》とは同じである、か? ○:《思い描き》《思いこみ》の一種。×:意図的、操作対象、が《思い描き》。絵画的イメージ。《思いこみつつあるモノ》と離れて描かれた《思いこみ》《思い描き》《思いこみつつあるモノ》の背後、もしくはそのものと一体となっているモノ《思いこみ》
  8. 《思い描き》《思いこみ》の一種? ○:。×:。

《思いこみ》とデジタルデータ

  1. デジタルデータは外化された《思いこみ》である。

主観依存的ないモノはあるか? ○:たけ(tk)は「主観依存的でないモノ」が在ると信じる。証明はできない。よって、信じる。たけ(tk)《モノの世界》を《信じつつあるモノ》である。×:。

《外からの思いこみ》と《内からの思いこみ》

  1. 《思いこみ》には《外からの思いこみ》と《内からの思いこみ》とがある。
  2. 《内からの視点》《外からの視点》
  3. 《他者からの思いこみ》《外からの視点》
  4. 《外からの思いこみ》は、《知られつつある世界》から生じると実感される《思いこみ》であり、
  5. 《内からの思いこみ》は、《背後者》から生じると実感される《思いこみ》である。
  6. 《身体》内部の《思いこみ》から生じる《思いこみ》は《外からの思いこみ》である。

《決める》《思いこみ》

  1. 《思いこみ》を持ちつづける、ということ。《思いこみを持つ》こと。
  2. モイコミ・イシモ・100
  3. 《思い描き》世界の発展における最初のモノ《知りつつあるモノ》という名の体内世界モノである。ここでの《知りつつある》ことというのは、具体的な身体の内部作用が自己を《思い描く》ことによって生ずるような《知りつつあるモノ》の作用である。・・たけ(tk)『精神哲学』上、p.58:(本文冒頭)自分の観念態において発展する精神は《認識するもの》としての精神である。しかしここでは認識作用は・・具体的な精神が自己を規定することによって生ずるような認識作用である。
  4. モイエガ・イシモ・100

《思いこみ》と名前

  1. 《思いこみ》を指し示すコトバ
  2. プロジェクトにおいては、《思いこみ》の各要素に名前を付けて記述することが必要になる。
  3. 《見通し》の元に一気に作り上げれば、簡単だが、その《見通し》コトバにしながら作ろうとするなら、何百倍もの時間がかかることになる。しかし、複雑なプロジェクトにおいては、単一の《見通し》で、一気に作り上げる、ということは不可能である。

《決める》ことと《決まる》ことと《思いこみ》

  1. リストアップして駄目だしをすれば《決まる》。
  2. 人間関係においては、《決まる》まで待っていては間に合わない。

《思いこみの形成過程》と《思いこみの実現過程》 《決め》ること、と《思いこみ》

  1. 「決める」というのは《思いこみ》を固定すること。
  2. 《選ぶ》ことも《決める》ことの一種。
  3. 《思いこみ》を固める、とは? 《思いこみ》動くとは?
  4. 「AならばB」に固める。「AならばB1、B2、B3、・・Bnのどれか」というのが動く《思いこみ》の経路が動かなくなる、ということ。《思いこみ》自体は「AならばB」ならAからBに動く
  5. 《疑う》というのは固まっていた《思いこみ》を解きほぐすこと。《疑う》ことは、《思いこみの世界》の内部での《動き》である。
  6. 《決める》とはどういうことか?
    1. 「決める」「決めた」と言うことである。「決める」と言ったことを思い出すことである。「決めた」ことを思い出したので、それが「決まったこと」として、《思いこみ》を動かさないことである。
  7. 『決まったことの《思いこみ》は動かさない』という《求める思いこみ》《決める》ことである。
  8. 《決める》ことは『よい』か? ○:意図的行動は『よい』か。《他者》動かすことは『よい』か。×:意図的行動は《私》《思いこみ》によって《他者》動かすことである。
  9. たけ(tk)《決める》のが苦手。《思いこみ》を捨てるのが好きだから、捨ててしまった《思いこみ》を固めるというのは有り得ない。
  1. 《認知過程》→《知った思いこみ》の形成過程→《求める思いこみ》の形成過程→《思いこみの実現過程》
  2. 《知った思いこみの形成過程》→《求める思いこみの形成過程》→《求める思いこみの実現過程》

《思いこみ》《思いこみの動き》

  1. モノモノ動き
  2. 動態知覚は存在知覚とは別系統の知覚である。
  3. 《ブッダの「一切」》の「心の作用」は《思いこみの動き》である。

作り手の《思いこみ》と使い手の《思いこみ》

  1. 《作り手の視点》と《使い手の視点》。
  2. 《作り手の視点》からのモノの意味・コトバの意味と、《使い手の視点》からのモノの意味・コトバの意味とでは異なる。
  3. モノの種類を設計する?? というのは、《作り手の視点》であれば、意味が通る。

《思いこみ》と“迷妄”

  1. http://www.asyura2.com/07/idletalk24/msg/137.html
    1. 吉本隆明は小林よしのりの“戦争論”や福田和也の“国家論”等の言説をポスト戦後派に特有な実体性を欠いた根拠なき“迷妄”の産物であると切って捨てています
  2. 《思いこみ》は“迷妄”より広い。『国家』も『貨幣』も『家族』も『我』も“迷妄”である。
  3. 《思いこみ》《私》に属するモノである。《他者の思いこみ》は不可知である。
  4. 存在するモノは合理的である。従って迷妄には合理性が在る。
  5. 迷妄と真理も、実体も真実もどれも《思いこみ》である。『国家』も『貨幣』も『家族』も『私』《思いこみ》である。
  6. 実体(アレーテイア《モノの世界》)と《思いこみ》との関係は慎重に吟味すべき事柄である。指し示しと、離存性とが、ポイントだろう。
  7. 価値的概念は使用しない。

動きへの思いこみ》

  1. 動きへの思いこみ》というのもありそうだ。《動きへの思いこみ》はそれが《動き》として発現されたときに認知される。もしくは、《動き》が抑制されると衝動・願望といった《求める思いこみ》として発現し認知される。つまり、《動き》もしくは《思いこみ》として発現する前の《動きへの思いこみ》は《隠れた思いこみ》である。《動きへの思いこみ》は通常はただちに《動き》として発現されるので、通常は《思いこみ》としては意識されない。

《思いこみ》と欲求実現機能

  1. 《思いこみ》には欲求実現機能がある。例えば『貨幣には価値がある』と思い込むことによって、お金で食べ物を買うことが可能になる。

《思いこみ》種族維持的価値

  1. 我々が或るモノを「在る」と断言するのは、断言することに種族維持的価値がるからだ。

《思いこみ》無限遠点の《法灯明》

  1. 空間的に配置された《思いこみ》を認識することになる。
  2. 《遠点灯明》

《思いこみ》《思いこみ》噴出

  1. 《思いこみ》《背後者》からの噴出である。
  2. 《思いこみ》の《もと》は何か?
  3. 《知りつつあるモノ》《視点》では、《思いこみ》《背後者》からの《噴出》である。《認識限界》の先からの《噴出》である。
  4. 《思いこみ》の《もと》は噴出点である。
  5. 《思いこみ》の《もと》は《背後者》にあったはずの何か(《隠れた思いこみ》)である。
  6. 《肉の塊》《視点》において、《思いこみ》の《もと》はなにか? 《背後者》カオス的な状態にあって、そこから、ぽっと、《思いこみ》が出現する。不安定な状態から突然安定状態に変化して、形が現れる。
  7. コトバによる連想といっても、複数の漠然とした未完成のコトバが出ては消えする、その中で一つを選ぶと、他の可能なコトバは消えてしまい、出てこなくなる。

《体外思いこみ》と《重ね合わせ》

  1. 《重ね合わせ》は、モノに、《思いこみ》を、重ね合わせて、認知すること。
  2. 《重ね合わせ》における《思いこみ》は、《体外思いこみ》か?

《体外思いこみ》と《空気からの思いこみ》

  1. 空気からの思いこみ》は《他者》からの《体外思いこみ》である、か?
  2. 空気からの思いこみ》は、端的に《空気》なのではないか?
  3. 空気からの思いこみ》の《群れ》が《空気》か?
  4. 空気》の無限遠点の《法灯明》。クウキ・エントウ
  5. 《他者》からの《体外思いこみ》と《私》からの《体外思いこみ》。ガイモイ・エントウ。
  6. 『世俗的な楽しみ』は《他者》からの《体外思いこみ》である。『和やかに群れること』は『世俗的な楽しみ』である。(仕事などに)『頑張ること』は『世俗的な楽しみ』である。『和やかに群れること』は関係欲求である。『頑張ること』は成長欲求である。ERG

《体外思いこみ》と無限遠点の《法灯明》

  1. 《法灯明》は《自灯明》と同じ。か? 法灯明は、体外世界の《自灯明》である、か? 付近を照らし、《透明化》し、空洞化して、《浄化》する、という点では同じモノ
  2. 《体外思いこみ》は《思いこみ》である。《思いこみ》は実際には《体内世界》に在るが、空間定位が曖昧なために、体外にあるように感じられることがある。体外にあるように感じられる《思いこみ》は、《身体》を外部から観察しているような気分を含んでいる。我々は、自分の《身体》を外部から観察することができる。その「自分の《身体》を外部から観察する《視点》」と《思いこみ》とが混同したモノが《体外思いこみ》である。
  3. ガイモイ・エントウ。
  4. 人権は《体外思いこみ》である。『人権』無限遠点の法灯明。『ヒトヒトであるが故に護られるべき利益』は在るか?。
  5. 『立憲国家』における『忠』とは『憲法』を護ることである。
  6. 『立憲国家』における『仁』とは『ヒトヒトであるが故に護られるべき利益』を護ることである。

《動き》には原因が在る』という《思いこみ》は正しいか?

  1. どうも、あやしい。
  2. 一定範囲の距離を保ち、ランダムに動く個体の《群れ》《動き》、に原因が在るか? そのような機構が原因である、質料因(内部原因)、はある。目的因(将来原因)や起動因(過去原因)、形相因(外部原因)は、あるとは限らない。あっても、認識可能とは限らない。認識可能でも、それによって意味ある結論を導き出せるとは限らない。
  3. カオス原因として認めるなら、『《動き》には原因が在る』と言えるのではないか?

《思いこみ》《肉の塊》への《視点》

  1. 《肉の塊》への《視点》においては、《思いこみ》《肉の塊》の状態であり、《肉の塊》の内部要素である。

《体外思いこみ》と《思いこみ》

  1. 《群生相》においては、《私》《思いこみ》《私》《身体》の外部に浮遊しているように感じられる。
  2. 《近傍物理空間》の《空気》からの《思いこみ》も浮遊している。
  3. 空気》からの《思いこみ》に従って行動していれば安心。
  4. 空気》を読む、というのは《空気》からの《思いこみ》を読むこと。
  5. 空気》への《思いこみ》《噴出》。《空気》への《思いこみ》噴出は、《空気》からの《思いこみ》への《見通し》を確保しておくことが前提。《思いこみ》《噴出》すれば、《空気》からの《思いこみ》は、それ自体として混乱し、それへの《見通し》も少なくとも一時的には失われる。《思いこみ》《噴出》する前の《空気》からの《思いこみ》の状態と、《思いこみ》《噴出》した後の《空気》からの《思いこみ》の状態を、微妙に見分ける能力がなければならない。((めんどっち))((というか、たけ(tk)には全然読めないね))
  6. 《私》からの《空気》への《思いこみ》噴出と、《空気》からの《思いこみ》。そもそも、『《空気》からの《思いこみ》』は《私》《思いこみ》に過ぎない。《他者》も『《空気》からの《思いこみ》』を読んでいるだろうが、それは《他者》《思いこみ》に過ぎない。《私》が読んだ《空気からの思いこみ》が、《他者》が読んだ《空気からの思いこみ》と類似・同様である保障はない。はずだ。
  7. 空気からの思いこみ》と《体外思いこみ》とでは異なる。《体外思いこみ》は《孤独相》において、《私》からの《思いこみ》体外世界の中に漂っているような感じ。
  8. 《体外思いこみ》で思惟することは可能か? かなり困難がありそうだ。

《思いこみ》と《発達段階

  1. 《モノの思いこみ》は、
    1. (1)外部への認知情報《動き》という段階。
    2. (2)外部からの認知情報当為情報《動き》という段階。
    3. (3)認知情報→認知情報記憶と想起と再構築→当為情報当為情報記憶と想起と再構築→《動き》
    4. (4)認知情報の再構築=『世界情報当為情報の再構築→『我』情報。『世界』と『我』との相互関係という形での再構築の段階。
    5. (5)記憶の想起を《モノの世界》に類似した世界として、《思いこみの世界》として、《モノの世界》とは別の世界として構築する段階。
    6. (6)餌と捕食者(敵)と仲間の識別の段階。
    7. (7)道具への識別の段階。
    8. (8)道具をつくる段階。道具のイメージを《思いこみ》として維持して、《モノの世界》に実現していく段階。
    9. (9)《思いこみ》道具として使う段階
    10. (10)《思いこみ》道具として作り出す段階。
    11. (11)自己言及のアポリアに陥る段階。
    12. (12)自己言及カオスを突き抜けて、モノとしての《我》を発見する段階。
    13. (13)《我》《世界》との関係を再構築する段階。
  2. 《思いこみの世界》とは記憶の想起の世界であり、想起によって生じた《思いこみ》で構成される世界である。
  3. 《思いこみ》とは記憶の想起である。《背後者》からの噴出である。

幻と《思いこみ》

  1. 幻への認識
  2. 幻って何だろう? 《知った思いこみ》である。《モノの世界》への、存在しないモノへの《知った思いこみ》である。《指し示す思いこみ》
  3. 存在しないモノへの《知った思いこみ》は、《思いこみの世界》の中では普通に在ること。道具を作ろうとするヒトは、未だ存在しない作品への《知った思いこみ》を持つ。《描かれつつある思いこみ》《描かれつつある思いこみ》であることの自覚があれば、幻ではない。
  4. 《描かれつつある思いこみ》《指し示す思いこみ》であると誤信すること、が幻だろう。『それは存在する』という《思いこみ》である。

《思いこみ》《肉の塊》

  1. モノ《思いこみ》をもつ、か? モノは内部状態をもつ、か?
  2. ヒト《思いこみ》を持つ、ということは、客観的に見て、あり得るのか? モノの内部で情報循環するということは、客観的に確認できる、のか?
  3. ヒト《思いこみ》を持つ、というのは、そのヒトが、過去のある期間(秒単位)にその《思いこみ》を生成したことがあり、その記憶を、そのヒトが持っている、ということを意味する。また、その《思いこみ》が反復して発生し、『《私》はその《思いこみ》を持っている』『これは《私》《思いこみ》である』という《思いこみ》を伴って、その《思いこみ》が発生する場合を意味する。
  4. 『これは《私》《思いこみ》である』という《思いこみ》《知った思いこみ》である。《思いこみ所有の思いこみ》である。
  5. 《知った思いこみ》は、すべて、《思いこみ所有の思いこみ》であるか? 
  6. 『客観的』な存在についての知識、認識は、《私》による《思いこみ》所有とは無関係に存在する事実、であるという《思いこみ》を伴った《知った思いこみ》である。『《私》がその《思いこみ》所有している』という《思いこみ》を伴わない《思いこみ》である。
  7. 思い込みはこの肉の緊張である。
  8. この肉の緊張とはモノの群れの内部の情報である。
  9. クオリアは体細胞の群れの内部情報である。
  10. 実感の主体も体細胞内部の情報である。
  11. 主体が感じる実感も体細胞内部の情報である。
  12. 情報の意味は体細胞の群れの動きとの繋がりである。
  13. 情報の意味は、それに対するそのモノの反応の動きである。
  14. 情報に対するモノの反応の動き情報として内部に発生し、もとの情報と反応に関する情報とが繋がっているという情報も発生するときに、我々はその情報に意味を感じる。
  15. 外部状況情報と内部状況情報と自己状況情報。主観的内部状況情報は自己状況情報、客観的自己状況情報は内部状況情報
  16. 《思いこみ》こそヒトヒトたる由縁である。ヒト《思いこみのサル》である。ヒトは《思いこみの肉の塊》である。ヒト《思いこみ》を精神とか心であるといって誉め称える。
  17. ヒトは何故に《思いこみ》を誉め称えるのだろうか? アレーテイア《モノの世界》)が真実であるのに。《思いこみ》に填まれば、ヒト《ヒトの群れ》の細胞になってしまうのに。ヒト《ヒトの群れ》《求める思いこみ》を持つ、ということか。ヒト《群れ》への隷属と個体としての自律への、相反する《求める思いこみ》を持つ。《群生相》への《求める思いこみ》《孤独相》への《求める思いこみ》との相反する《求める思いこみ》を持つ。
  18. 《群有思いこみ》への《求める思いこみ》。同じ《群有思いこみ》を持つことが、《ヒトの群れ》の一員であることの証しである、という《思いこみ》《群れ》に守られる安心感への《求める思いこみ》。小魚の群れの中の小魚は群れによって守られている。しかし、小魚は《群有思いこみ》を共有しているわけではない。現実の個体の距離関係によって、《群れ》を形成しているだけ。《ヒトの群れ》は巨大化し過ぎたが故に、現実的な相互関係では《群れ》の中に居ることを確認できない。それゆえに、《群れ》を仮想化して、『群れ』という《思いこみ》のなかに『群れの中の私』があるという《思いこみ》を持つことによって安心感を得ようとするようになる。

お礼と《思いこみ》

  1. お礼というのは、感謝の気持ちを伝えるコトバだろう。
  2. 感謝の気持ちは、あるのか? たしかに、あるとき、「わー、xxさんがxxしてくれて助かった、感謝感激」と思った記憶はある。しかし、《今・ここの・このモノ》の中に感謝の気持ちを捜そうとしても見つからない。
  3. 感謝の気持ちを伝えるというのは、《今・ここの・このモノ》の中に感謝の気持ちが在ってそれを伝えるのではなく、《あの時・あの場所の・あのモノ》が感謝の気持ちをもった瞬間がある、という、記憶を伝えることなのか?
  4. ということは、「私は感謝しています」の「私」とは「『私』に関する記憶の塊」ということか?

《思いこみ》と『たけ(tk)の阿弥陀教』、『たけ(tk)の阿弥陀仏』

  1. 夜中不安になった時とか、昼間でも『失敗した』と思った時に、つい「南無阿弥陀仏」って、つぶやいちゃうんだよね。
  2. たけ(tk)の「南無阿弥陀仏」は法然や親鸞の「南無阿弥陀仏」とは違うらしい。法然のは「《私》を浄土に送ってください」という意味で、親鸞のは「《私》を浄土に送ってくれる約束してくれてありがとう」という「南無阿弥陀仏」らしい。たけ(tk)のは、違う。
  3. たけ(tk)のは「阿弥陀さん『彼』を成仏させてやってください」という「南無阿弥陀仏」だ。
  4. 阿弥陀経の哲学的構造というのは面白い。
    1. 生身のブッダが居た。
    2. 生身のブッダの身近にいて、彼によって悟りを開いたヒトが居た。
    3. 生身のブッダは、《他者》を悟りに導く能力を持ったヒトであった。
    4. しかし、生身のブッダは死んじゃった。
    5. ブッダの死後に、彼の力によって悟りを得ることはできなくなったのか?
    6. いな、『ブッダ』の《思いこみ》を念ずることによって、彼に接したのと同じ影響を受けることができる。
    7. では、『ブッダ』という《思いこみ》はなんなのか?
    8. 《思いこみ》としての『ブッダ』は生身のモノとしてのブッダではない。永遠の命を持った《思いこみ》としての、イデアとしてのブッダである。つまり、a(not)mita(ternal、finite)ayus(life)なブッダである。ってのが、アミダ仏。
  5. http://en.wikipedia.org/wiki/Amitabha
    1. The proper (nominative) form of Amitabha's name in Sanskrit is Amitabhah. This name is a compound of the Sanskrit words amita meaning "without bound, infinite" and abh meaning "light, splendor". Consequently the name is to be interpreted as "he who possesses light without bound, he whose splendor is infinite".
    2. Another name that is used is Amitayus (nominative form Amitayus). This name is a compound of amita "infinite" and ayus "life", and so means "he whose life is boundless".
  6. たけ(tk)は、実は、あまり信じていないんだよね、阿弥陀さんが、たけ(tk)を『救う』なんてことは信じてないし、期待してもいない。((どっちかっていうと「仏に逢ったら仏を殺せ」の方を信じている))。
  7. でも、《思いこみ》でしかない恐怖であれば、《思いこみ》でしかない『阿弥陀さん』でも救ってあげられるだろう。その意味では、結構、効くよ。
  8. 《浄化球》というのはこの『阿弥陀さん』の別名なのかも。
  9. うーむ。死者の《アニマ》は『アニマイデア』として『復活する』、という考え方か・・。
  10. キリストの『復活』は、たぶん、阿弥陀経の影響だろう。
  11. [barbaroi:5284] 犬儒派学徒イエス・キリスト
    1. 犬儒派がインドの「裸の修行者」たちと深く結びついているのを知って、あたしの関心はさらに深まったというのが現状です。
  12. [barbaroi:5244] Re: ロザリオの起源
    1. On [barbaroi:5241] Re: ロザリオの起源, TOMITA_Akio wrote:
    2. > それよりは、念珠の輪がインドから伝わった可能性の方が強いと思いますが、これも文献的証拠がありません。
    3.  エルマー・R・グルーバー、ホルガー・ケルステン/市川裕・小堀馨子監修/岩坂彰訳『イエスは仏教徒だった?:大いなる仮説とその検証』(同朋社、1999.6.)
    4.  この本はすでにご紹介しました([barbaroi:3009])。イエスが仏教徒だったという仮説は、まぁ、笑っておくしかないでしょう。仏教徒イエスは、テラペウタイ集団で仏道修行した。これもまた信じがたい。
    5.  「テラペウタイという言葉自体が仏教起源で、サンスクリット語/パーリ語のテーラヴァーダがヘレニズム化した言葉なのである。テーラヴァーダ(上座部)とは、ガンダーラから西へと出発した伝道師たちが属していた仏教の部派の名前である。伝道師の派遣は、アショーカが開いた結集(けつじゅう)で決まったことであり、このとき伝道師の派遣を示唆したのがテーラヴァーダの創始者、モガリプッタ・ティッサであった」(p.220)。
    6.  こういったことは、その筋の専門家から一言あっていいと思うのですが、専門家(の卵)はなぜか口を閉ざしている(「イエス=仏教徒説を検証する」という長大な解説があり、そこで研究者の卵がくさぐさ述べているのですが、肝腎のことは言わず(^^ゞ)。
    7.  この本の中に、次のような一節があります。
    8.  「〔カトリック教会が〕仏教からの目立った借用としては、剃髪、ロザリオ、香、鐘、遺骨礼拝、修道院、新参者と叙階された尼僧との区別、告階、独身主義などである」(p.207)。
    9.  シロウトがちょっと考えても、これらの起源をすべて東方=インドに置く必要はないのですが、ただ、東方=インドとの交流の濃密さは、あたしたちの想像以上と言うべきでしょう(毎度の繰り返しですが(^^ゞ)。修道士のあのカッパみたいな頭の何分の一かは、インド起源の可能性がある、という程度ですが。
    10.  しかし、あたしが注目するのは(これも毎度の繰り返しですが)、カラノスという一介の婆羅門僧の焼身自殺が、西方思想に与えた衝撃の大きさです。この衝撃の大きさは、これに言及する文献の多さに見ることができるでしょう。
    11. 古いところでは、オネーシクリトス断片17、アッリアノス『アレクサンドロス大王東征記』第7巻3,ディオドロス『歴史叢書』17巻107、プルタルコス「アレクサンドロス伝」69など。また、テラペウタイのことを最も詳しく伝えたピロンの『自由論』第14章には、カラノスからアレクサンドロス大王への手紙なるものを引用しているのです。
    12. =
    13. カラノスからアレクサンドロスヘ。
    14.  〔あなたの〕友人たちが、インドの哲学者たちに手をかけて無理強い(強制)するようにと、あなたを説得しているが、彼らは我々のしていることを夢の中ですら見たことはない。あなたは、肉体ならばある場所から別の場所へと移すこともできるであろうが、魂には、望まないことを強制してさせることはできないであろう――レンガや材木に声を発せさせることができない以上に。
    15. 火は、生ける肉体に最大の苦痛や破滅をもたらすものである。しかるに我々は、この火をも超越し、生きながら焼かれるのである。王にせよ支配者にせよ、我々が自ら選びとったのでないことを強制してさせることは、誰にもできないであろう。我々はギリシアの哲学者たちとは似ていない。彼らは祝祭の集いの場で演説をする。しかるに、我々のもとでは言葉に業が伴い、業には言葉が伴うのである。業ははかなく、言葉の力もまた短い。〔しかし〕諸徳は我々に幸福と自由を得させてくれるのである。
    16. =(土岐健治訳、教文館、p.57-8)
    17. メガステネースは、婆羅門僧と仏教僧(=沙門)との区別を知っていましたが、普通は、西洋人たちには「裸の哲学者」として一括して考えられていたようです

《思いこみ》と《仮言的な思いこみ》

  1. 「AならばB」というタイプの《思いこみ》
  2. ロジック。
  3. 「xxの写真を見ると、そこに行った時の思い出がよみがえる」とか・・。
  4. 《求める思いこみ》《知った思いこみ》《道具的な思いこみ》《仮言的な思いこみ》
  5. 《仮言的思いこみ》? 《仮言的な思いこみ》?
  6. モノ動きは《仮言的な思いこみ》で表現されることができる(ことがある)。
  7. モノ動きのパターンは《仮言的な思いこみ》で表現することができる。
  8. 「AはBである」という命題も《仮言的な思いこみ》のようだな。

《思いこみ》と《正しい思いこみ》、『正しい思いこみ』

  1. 「糾しさ(ただしさ)」? 「乱れを糾す」。カオスからコスモスへ? コスモスとステレオタイプ
  2. 『正しい思いこみ』というのは《思いこみ》である。その《思いこみ》が正しいかどうか、は自己言及のパラドックスをもたらす。
  3. 『正しい思いこみ』は《知った思いこみ》に対してのみ言われるべきである。《求める思いこみ》に対しては『よい思いこみ』かどうかが問われるべきである。ギリシア的真偽値、ギリシア的真偽観。
  4. ギリシア的な真偽値としての『正しさ』と、規範的な『正しさ』。規範にマッチすることが『正しい』ことである。ギリシア的真偽観と規範的真偽観。
  5. 《思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》にマッチした《思いこみ》を《正しい思いこみ》という。
  6. 《知った思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》
  7. 《求める思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》
  8. 《道具的な思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》
  9. 『《政治的な思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》
  10. 『《説明的な思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》
  11. 『《規範的な思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》
  12. 《正しい思いこみ》はあり得るか? 「《絶対者公理》において《正しい思いこみ》」といったモノは可能であろう。特定の公理において《正しい思いこみ》はある。
  13. 説明者公理における《正しい思いこみ》。科学的な説明。
  14. 政治的な決断における《正しい思いこみ》。
  15. 《ヒトの群れ》の規範における《正しい思いこみ》。
  16. 《求める思いこみ》における『正しさ』と、《知った思いこみ》における『正しさ』と、では全然違う。trueとjust。英語ではちゃんと別のコトバなのだよね。
  17. 《思いこみ》《思いこみ》の『正しさ』
  18. 《思いこみ》の正しさ』は《思いこみ》である。
  19. true:実際のとおり、真実の、本当の、本物の、標準と一致した、誠実な、うそ偽りのない、本来の、本質的な、当然そうであるべき、適正な、その名に値する、信頼できる、終始一貫した、正当な、合法的な、正確に作られた。・・あれれ、「正しい」という訳語が無い。ヤマト言葉の適確な訳語が無い。ウソとホント。ホントの《思いこみ》
  20. 「ホントの《思いこみ》」では「完全に根拠のない《思いこみ》」という意味になってしまう。《思いこみ》というコトバの否定的イメージが全面に出てくる。「ウソの《思いこみ》」では、「ホントは《思いこみ》ではないモノ」という意味になる。
  21. 《正しい思いこみ》だと、《思いこみ》のあるべき姿にマッチした《思いこみ》、という意味になってしまう。『《思いこみ》のあるべき姿』という《思いこみ》でよいのか? 
  22. 『正しい』というのは価値《思いこみ》だね。《求める思いこみ》だね。『求めるべき姿』だね。『求めるべきあり方』だね。
  23. 『正しい』と『間違いの』という対。「間違ったxx」というのは「糾すべきxx」と同義なので価値的な《思いこみ》だ。モノコトバがマッチしていない、という認識的な意味ではない。
  24. 日本語ってのはステレオタイプ言語=当為的認識・価値的認識の単語しかない言語=なのだよね。認識と当為とが結びついた単語しかない言語。そもそも、「認識」は「みとめる」=「承認する」になってしまう。

《思いこみ》と《決め》

  1. 《決め》というのは《思いこみ》を固定することである。《思いこみ》の連鎖=連想=を固定することである。
  2. 《思いこみ》を固定する、というのは? 《思いこみ》《身体》に刻印することである。『決まった』と思いこむことである。
  3. 契約は《決め》である。二つの《ヒトの個体》が、その《思いこみ》の内容を確認して、《共有思いこみ》を決めることである。
  4. 《思いこみ》《身体》に刻印するというのは、『決めた』『決まった』という《思いこみ》記憶として保持することである。
  5. 《身体》が無ければ《決め》はない。記憶装置がなければ《決め》はない、か?

《思いこみ》と「怯え」

  1. 「怯え」は《思いこみ》か?
  2. モノの内部の状態であるという意味では《思いこみ》である。
  3. 「思いこみ」という日本語の用法からはかなり離れるかも・・。
  4. 《怯え》、《怯えの思いこみ》。
  5. 《怯え》は《求める思いこみ》か? 『不存在』を《求める思いこみ》である。

《思いこみ》《思いこみ》のメリット、《思いこみのメリット》

  1. ヒトが思いこむのは《思いこみ》にメリットがあるからである。
  2. 《思いこみ》価値は、《思いこみの世界》入り込むことによって生まれる。《思いこみ》道具である。《思いこみ》道具として使うべきである。
  3. 見通しを得たい』というのは《求める思いこみ》である。『見通しを語りたい』というのは《求める思いこみ》である。それらの《求める思いこみ》を実現するための道具として《思いこみ》を使うべきである。
  4. 《知った思いこみ》はその《思いこみの世界》入り込まないと《見通し》には繋がらない。もっとも、その《見通し》は、《思いこみの中での見通し》である。

ドメイン》と《思いこみ》

  1. ドメイン目的が決まらないと、《思いこみ》の体系が決まらない。モノの定義は、ドメインの構成原理によって決まる。
  2. 生物の分類は、生物学者の数だけある。生物学者は《ドメイン》なのである。
  3. 《今・ここの・このモノ》世界の中のモノの分類は、ヒトの数だけある。ということになるな。ヒトは《ドメイン》である。たけ(tk)は、たけ(tk)の《ドメイン》で記述するほかない。たけ(tk)はあなたにはなれない。

《思いこみ》道具

  1. 《道具的な思いこみ》
  2. 《思いこみ》道具である。

《思いこみ》と『(ヒトという)種類』

  1. 《種類的な思いこみ》、『種類』という《思いこみ》。《種類》は《思いこみ》のタイプだな。《思いこみ》のタイプの一つとしての《種類》。《種類》という《思いこみ》のタイプ。
  2. 《今・ここの・このモノ》ヒトという種類のモノか? 『ヒトという種類』という《思いこみ》に依存しているのではないか? モノは『種類』に分類可能か? 『(ヒトという)種類』という《思いこみ》とは?
  3. 『似ている』というのは《思いこみ》である。
  4. 『似ている』という《思いこみ》が一貫性をもって反復するなら、(モノがある、という《思いこみ》と同じ程度に)確実であるとして、『である』と信じてもよいのではないか?
  5. テレビはどうか? テレビに毎日、反復して現れるヒトは、テレビの先にある、と判断してよいのか? 『ある』というのは(コンピュータグラフィックででもない限り)信じてもよいだろう。テレビが信じられないのは、それが、作られた(演じられた)人格であり、選択され、編集された映像である、ということに起因する。重要な要素が隠されている可能性が高い、ということだ。しかし、一貫性をもって反復されると、信じてしまうのだよな。《モノの世界》であれば信じてもよいのか?
  6. 《今・ここの・このモノ》ヒトという種類のモノである」というのは《同質者公理》における《思いこみ》である。
  7. 《今・ここの・このモノ》《他者》と似ているが、同じ種類のモノではない(本質において異なっている)」というのは《特別者公理》における《思いこみ》である。《私》《他者》とは認識経路において根本的に異なっている。
  8. 《今・ここの・このヒト》という《思いこみ》《同質者公理》における《思いこみ》である。
  9. ここに《電子式ライター》と《石式ライター》がある。この二つは『似ている』。『タバコに火をつけるのに適した道具』であるという点で似ている。「ライター」というコトバで指し示される、という点で似ている。売店で買うときには『タバコに火をつけるのに適した道具』であるかは無関係である。「ライター」というコトバで指し示されるかどうかが問題である。『種類』というのは《ヒトの群れ》での約束ごと、《共有思いこみ》である。
  10. タバコと吸い殻とは同じ種類のモノか? 同じモノなのに別の種類のモノ。『種類』というのはヒトの身勝手な《思いこみ》だ。ヒトの生活上の《求める思いこみ》に適するように作られた《知った思いこみ》のための《道具的な思いこみ》である。

《思いこみ》と『《思いこみ》のあるべき姿』

  1. 《思いこみ》のあるべき姿』は《思いこみ》である。
  2. 《思いこみ》のあるべき姿』は《道具的な思いこみ》である。か?

《思いこみ》《思いこみを求める思いこみ》

  1. 《思いこみを求める思いこみ》によって求められた《思いこみ》と、そうでない《思いこみ》とでは、何か違いが在るか?

痛みと《思いこみ》

  1. 両方とも《体内感覚世界》の中のモノである。
  2. 痛みを《噴出しつつあるモノ》。両方とも、《噴出しつつあるモノ》によって噴出されたモノである。
  3. 《知りつつあるモノ》は痛みの中に入ることができる。

《思いこみ》《思いこみ》の有用性

  1. 《思いこみ》は役に立つモノである。
  2. ヒトヒトとのコミュニケーションは《思いこみ》の伝達である。《思いこみ》がなければ《思いこみ》の伝達はできない。《思いこみ》の伝達がなければ《ヒトの群れ》は成り立たない。《思いこみ》は有用なモノである。持つ価値があるモノである。
  3. 《思いこみ》は、《見通し》を妨げる有害なモノである。《見通し》を得るためには《思いこみ》を捨てる必要がある。しかし、《見通し》《他者》に伝えるためには《思いこみ》を持つ必要がある。
  4. 《思いこみ》《見通し》《他者》に伝えるための道具である。

《思いこみ》表象

  1. 表象というのは、《体内感覚世界》の中に噴出した《思いこみ》であり、《知りつつあるモノ》によって知られつつある《思いこみ》である。表象《体内感覚世界》における《知られつつあるモノ》としての《思いこみ》である。表象は《知られつつある体内感覚世界》に噴出した《隠れた思いこみ》である。(噴出前は《隠れた思いこみ》噴出後は《思いこみ》?)。《知られつつあるモノ》としての《思いこみ》である。
    1. 「動物は自然的に感覚を有する・・この感覚から記憶力が・・或る種の動物には生じてくる。記憶力のほかにさらにこの聴の感覚をあわせ有する動物は、教わり学ぶこともできる。・・他の動物は表象(ファンタシア)や記憶で生きているが、経験(エンペイリア)を具有するモノはきわめてまれである。しかるに、人間という類の動物は、さらに技術や推理力で生きている。・・技術が生じるのは、経験が与える多くの心象から・・一つの普遍的な判断が作られたときにである」(『形而上学・上』p.21)。
  2. 「普遍的な判断」というのは《ヒトの群れの思いこみ》ということだろう。
  3. 日本語の「表象」は「idea」の翻訳だってさ・・。イデア表象ってなんとなくイメージが違うな・・。

「コト」と《思いこみ》

  1. 日本語の「モノ」と「コト」というカテゴリーは、「モノ」と「《思いこみ》」に対応しているのか? コトバが「コト」の「端」である、という点もなにか、暗示的である。
  2. たけ(tk)の「《思いこみ》」が、日本語の「コト」の意味であるとすれば、その原因は、たけ(tk)が日本語で考えているから、ということになろう。

《動き》《思いこみ》

  1. 《動き》《求める思いこみ》噴出である。
  2. 《求める思いこみ》《ちから》とは異なるか?

『普遍』と《思いこみ》

  1. 「事物の定義はそれの普遍態すなわち形相に関することである」(『形而上学・上』p.266)
  2. 「普遍態」というのは『普遍』の《思いこみ》を伴った《思いこみ》であるということ。
  3. 《思いこみ》は、《思いこみの世界》ルールで構成される。《思いこみの世界》ルールにおいて、時間や個別性を捨象してしまえば、『普遍的である』という《思いこみ》が生じる。
  4. 『神話』というのは《思いこみの世界》ルールにおいて、『時間や個別性を捨象した出来事』、『普遍的である』という《思いこみ》を伴った『出来事』の《思いこみ》である。

輪郭と《思いこみ》

  1. 「事物の定義はそれの普遍態すなわち形相に関することである」(『形而上学・上』p.266)
  2. 「普遍態」というのは『普遍』の《思いこみ》を伴った《思いこみ》であるということ。
  3. 《見通し》における輪郭は、モノに属する。モノの輪郭は、『輪郭』を《知った思いこみ》になる。『輪郭』を《知った思いこみ》《思いこみ》である。
  4. モノの輪郭は、モノに内在する《思いこみ》か? モノの輪郭は、モノに内在する《思いこみ》噴出の結果である、モノの輪郭はモノ《アニマ》噴出の結果である。モノの輪郭は、見方によっては、一つのモノモノとは別のモノ)である。モノは、見方によって分解された複数のモノになる。視点の移動。モノは、視点によっては、輪郭と質感に分解可能である。
  5. 『建物』の定義は、「ヒトがその中に居ることができるように作られた人工物」といった定義になるだろう。定義は、輪郭である。この建物は「ヒトがその中に居ることができるように作られた人工物」という《思いこみ》重ね合わせて見ることができる。この建物の輪郭の一つである。その輪郭と、実体の建物の空間的な輪郭とは、接点が無い。部分を見ると、ヒトが入るための入り口があり、ヒトが入るために十分な空間があり、実際にヒトがその中に入っている、という、空間的な輪郭は見いだすことができる。この建物の過去をさかのぼってみれば、ヒトが作ったモノであることも分かる。四次元チューブの過去の部分において、人工物であるという輪郭を有する。まあ、要するに多次元輪郭空間の中においては、空間的な輪郭と、建物の定義における輪郭とは、統合される。

『円』の概念と《思いこみ》

  1. 『円』は丸いモノを作るための《道具的思いこみ》である。
  2. 『円』は太陽や月を見た時の《知った思いこみ》である。
  3. 『円』はヒトが手で丸い形を描く、という動きとの関係においてのみ意味を持つ。すなわち、《思いこみ》でありうる。
  4. 月や太陽が丸いということは、そのモノに内在する《思いこみ》か? そのモノ《アニマ》噴出の結果である。月や太陽というモノ《アニマ》は、重力によって球形になろうとする、《求める思いこみ》である。
  5. 月や太陽が丸いというのは、そのモノが『円』という《思いこみ》を持っていた結果か? 《他者》の内部の《思いこみ》は、在るともいえるし、無いともいえる。アニミズム的には、在る、と答えるべきであろう。
  6. 人工的に作られた丸い皿には、『円』という《アニマ》を有しない。丸い皿の、丸さ、はそのモノから自生したものではなく、ヒト《思いこみ》に由来するからである。
  7. 「円の実体はこれら(青銅や石)から離れて存しうるもの」(『形而上学・上』p.266)。離存性《思いこみ》モノからの離存性

DNAと《思いこみ》

  1. DNAは細胞の《思いこみ》記憶である。
  2. RNAだけの生物、というのが在るんだっけ?
  3. http://ja.wikipedia.org/wiki/RNAウイルス
    1. RNAウイルスとは、ゲノムとしてRNAをもつウイルスのこと。
    2. ゲノムRNAからDNAを介さずに遺伝情報が発現するタイプのウイルスと、ゲノムRNAをいったん逆転写酵素によってDNAとしてコピーしそのDNAから遺伝情報を読み出すタイプのものとがある。後者をとくにレトロウイルスと呼ぶ。
  4. http://ja.wikipedia.org/wiki/細胞
    1. 細胞(さいぼう)は生物の最も基本的な構成単位である。ウイルスを除き、全ての生物が細胞から成り立っている。細胞を持つことが生物の定義とされることもある。この場合、ウイルスは非生物に位置づけられる。
  5. http://ja.wikipedia.org/wiki/ウイルス
    1. ウイルス(virus)は、蛋白質の殻とその内部に詰め込まれた核酸からなる微小な構造体である。
    2. ウイルスは細胞を持たず、他の生物に感染しないと増殖することができないという、生物と非生物の特徴を併せ持つ。現在でも自然科学は生物・生命の定義を行うことができておらず、便宜的に、細胞を持ち代謝、増殖できるものを生物と呼んでおり、細胞をもたないウイルスは、非細胞性生物または非生物として位置づけられる。しかし、遺伝物質を持ち、生物の代謝系を利用して増殖するウイルスは生物と関連があることは明らかである。
    3. ウイルスの起源にはいくつかの説があるが、トランスポゾンのような動く遺伝子をその起源とする説が有力である。
    4. 遺伝物質の違いから、大きくDNAウイルスとRNAウイルスに分けられる。
  6. たけ(tk)は細胞やDNAとお話ししたことがないから、彼らの《思いこみ》は分からないなぁ・・。
  7. 「生物の趣旨は、技術によって作る者のするのと同様の仕方で、その生物を作る・・。種子も(それから生まれる生物の)形相を可能的に持っている」(『形而上学・上』p.258)
  8. 情報モノを動かし、モノの形を変えるが、創り出しはしない。

《思いこみ》モノ

  1. 《思いこみ》モノから分離することは可能か? 《思いこみ》は何らかのモノの内部にしか存在しない。或るヒトAが或るヒトBに《思いこみ》を伝達する時、《思いこみ》は或るヒトAの内部から、空気の振動として空気の中に存在し、その空気の振動がヒトBの耳を動かし、ヒトBの《共振しつつある身体》の中に存在し、それが再構成されて、ヒトBの《思いこみ》として再生されることによって伝達される。モノを離れて《思いこみ》が存在することはあり得ない。とはいえ、空気の中に音の振動のパターンの中に存在する《思いこみ》のレイヤは、普通は無視されて、あたかもヒトAの内部からヒトBの内部へと直接伝達され、ヒトAとヒトBとの間に在る空気は、《思いこみ》の保持者としては意識されない。
  2. 《思いこみ》はその存在自体は自明なので、モノである。
  3. モノは『そのモノがある』と認識されたモノなので、『認識されたモノ』という、広義の《思いこみ》である。
  4. モノ《思いこみ》とを区別する必要があるか?
  5. モノ《思いこみ》とを区別することは可能か?
  6. モノに内在する《思いこみ》《アニマ》という。
  7. 《思いこみ》モノに内在する情報である。情報を元素とする、情報の複合体である。(情報が定義されていないから、《思いこみ》情報で定義するわけにはいかない)。
  8. シャノンの「情報」と、たけ(tk)の《情報》とするか?

情報《思いこみ》

  1. 情報の存在」は検証されているのか? 「情報」の定義がなければ、「情報の存在の検証」もあり得ないと思うのだが・・。情報というモノは存在するのか? 科学モノの存在の検証はしないのか? 「細胞というモノがある」というのは、自明の前提として科学が始まる。「僕は細胞というものがあると思うよ。顕微鏡で見えているあれだから、あるよね。みんな在ると思うでしょ。」「あるある」「じゃあ、あり、で決まり」ってな感じ。存在確認のための定義はしないで研究をはじめて、ある程度の研究が集まったら、その研究成果を総合して、分類して、定義を決めていく、という感じか?
  2. 情報」の定義がはっきりしない。《思いこみ》の定義もはっきりしない・・。
  3. 遺伝子情報は、細胞生成の段階ごとの細胞の状態によって、意味が異なる。受け手の状態によって意味が異なる。
  4. 情報というのは情報科学という《思いこみの世界》の中のモノ
  5. 情報科学というのは広義の物理学の一種であろう。
  6. 情報は、それを解釈する主体の状態によって、情報であったり、なかったり、別の意味の情報になったりする。その意味では《思いこみ》に近い性質を有する。00001011というビット列は、cpuの状態によって、文字コードとしての意味をもったり、数値としての意味をもったり、コマンドとしての意味をもったり、ポインタであったりする。
  7. 《思いこみ》情報として捉えるなら、《思いこみ》も広義の物理学の観察対象となる。(《思いこみ》モノなのである)。
  8. 《思いこみ》というのは「情報」と同じか? てゆーか、「情報」って何よ?
  9. 情報ってのは「知らせ」だな。「知ること」《知った思いこみ》を生成するモノ《知った思いこみ》を伝達する媒体。《知った思いこみ》を伝達する媒体に含まれている《思いこみ》《知った思いこみ》を伝達するモノ(媒体)に内在する《アニマ》情報
  10. 情報《知った思いこみ》の伝達か・・・。コトバ《求める思いこみ》の伝達・・。
  11. 情報論的には、伝達可能なのは《知った思いこみ》のみ。《求める思いこみ》《知った思いこみ》にパックされて伝達される。《求める思いこみ》を受信しても、それを実現するかどうかは受信者しだい。《知った思いこみ》を受信して、受信者が反応すれば、《求める思いこみ》の伝達と同じ結果になる。
  12. cpuに対する割り込み情報、は純粋な《求める思いこみ》に近い。
  13. http://www-online.kek.jp/~yasu/Kenshu/interrupt.html
    1. 計算機では、割り込みとは実行中の計算処理を一時中断し、新たに発生した事象を優先して、その事象のための処理を行なわせるためのメカニズムです。
    2. 割り込み処理は随次処理という概念からは異質の処理です。
    3. 計算機では割り込みを次のように利用しています。
      1. 同時に走っている複数のユーザプログラムの切り替えのため
      2. 外部事象の発生による緊急/優先処理のため
      3. 低速デバイスへの入出力においてその完了を待つ時、CPUを放棄するため
    4. CPU外部で発生させる割り込みをハードウエア割り込みという。
  14. http://www.nifty.com/webapp/digitalword/word/005/00561.htm
    1. [ 割り込み ] interrupt  ある連続した処理の最中に、別の処理を行なわせること。 たとえばキーボードなどのデバイスからCPUへのデータ転送は、CPUの処理とはまったく非同期に行なわれる。いつ起こるか分からないキーボード入力をCPUが待っているのでは効率が悪いので、CPUには他の処理をさせておき、入力が起こった時点でこれに割り込みをかけ、キーボードの処理を行なわせるようにする。具体的には、デバイスはCPUに割り込み信号を送ることで、デバイスからCPUへのデータ転送要求を伝える。するとこの割り込み信号を受け取ったCPUは、それまで行なっていた処理を中断し、割り込みハンドラと呼ばれるルーチンを実行する。

《思いこみ》《アニマ》

  1. 《アニマ》モノに内在する《思いこみ》である。という定義なので、「すべての《思いこみ》モノに内在する」なら、一致する。コトバというモノに内在する《思いこみ》ヒトというモノに内在する《思いこみ》。幻というモノに内在する《思いこみ》、石などの無生物に内在する《思いこみ》《同質者公理》によれば、《私》《思いこみ》《私》というモノに内在する《思いこみ》であり、《他者》《私》と同質なのであるから、《他者》《思いこみ》《他者》というモノに内在する。《アニマ》は、《同質者公理》による、《思いこみ》の拡張概念である。
  2. 《私》《思いこみ》は、《私》というモノに内在する《思いこみ》であるから、《私》《アニマ》である。
  3. 《アニマ》《求める思いこみ》に限られるか?
  4. 《アニマ》モノに内在する《思いこみ》である。
  5. 《アニマ》モノに内在する、そのモノ動き原因である。
  6. 《思いこみ》はそれを有するモノ動き原因か?
  7. 《思いこみ》は、それを有するモノ動きの一部である。モノ動きの結果として生じるモノである。
  8. 《表出しつつあるモノ》動きの結果として生じたモノ《思いこみ》である。《表出しつつあるモノ》動きの結果として生じたモノは《表出された思いこみ》であって、《表出しつつあるモノ》動きの前にある《思いこみ》《隠れた思いこみ》である。
  9. 《思いこみ》は、それを有するモノの内部状態である。質料因(モノ動き原因としての、そのモノの内部状態)である。
  10. 《思いこみ》《アニマ》とを区別するメリットはあるか?
  11. モノに内在しない《思いこみ》」はあるか? 

モノ自体の不可知論」と《思いこみ》

  1. モノ自体は、直接知はできない。モノの現れを知ることができるだけ。ではあるが、モノの現れを透明化することによって『モノ』を知ることができる。モノ自体というよりは、モノの現れから再構成されたモノ《思いこみ》である。
  2. カントが「モノ自体の不可知論」を述べるのは「モノイデア」に対応するモノを現象世界の中には発見できないという意味だろう。

《みなし》と《思いこみ》

  1. 《重ね合わせ》モノへの《思いこみ》《重ね合わせ》
  2. 《みなしつつあるモノ》、と《知りつつあるモノ》
  3. 《混濁》への《みなし》、と《分かり》への《みなし》
  4. 『一切はxxである』は《混濁》への《みなし》、
  5. 分別知と混濁知。
  6. 《息しつつあるモノ》《求めつつあるモノ》→《みなしつつあるモノ
  7. みなし、看做し、見為し。意図をもって見る。《求めつつあるモノ》が見る。
  8. イデア的な知。こちら側の《思いこみ》で見ること。
  9. メモリ中のビット列を文字コードと看做して扱う、文字コードを文字と看做して扱う。
  10. 《看做し》
  11. モノの意味を決定すること。認識的決定。
  12. 認識的決定と志向的決定。
  13. 認識的決定:モノコトバモノ《思いこみ》コトバ
  14. 志向的決定:コトバモノ《思いこみ》コトバモノ
  15. 『或るモノ価値がある』というのは或るモノへの『価値』の《重ね合わせ》である。

決定と《思いこみ》

  1. 決定は《思いこみ》の選択である。
  2. 『それについての《思いこみ》はxxに決定した』という《思いこみ》を作ることである。
  3. 決定された《思いこみ》とは?
  4. 認識的決定と志向的決定。
  5. 認識的決定:モノコトバモノ《思いこみ》コトバ
  6. 志向的決定:コトバモノ《思いこみ》コトバモノ
  7. 《息しつつあるモノ》の決定。即時実行型の決定。遅延実行型の決定。
  8. 即時実行型の《求める思いこみ》と遅延実行型の《求める思いこみ》
  9. 遅延実行型の《求める思いこみ》の浮遊、併存、選択。
  10. プログラムは《息しつつあるモノ》《求める思いこみ》である。
  11. 《思いこみつつあるモノ》の背後に《息しつつあるモノ》《ちから》を感じながらプログラムする場合と、その《ちから》を感じなくなった場合のプログラミングとでは異なる。
  12. 認識的決定を《みなし》という。

分類と《思いこみ》

  1. 分類というのは上位イデアと下位イデアという『イデアのヒエラルキー』の《思いこみ》を前提としている。
  2. 《思いこみ》を整理する方法としては、一つの方法。『イデアのヒエラルキー』の方法では、下位イデアは内容も限定的になり、上位イデアの内容は無内容になっていく。イデアの内容を充実させたままの分類は、出来ない。
  3. クラス名とID名。「個体識別用の制限がある名前」がID名で、「個体識別用の制限がない名前」がクラス名。
  4. 『HTML&CSS&JavaScript辞典』p.193。「id属性は、ある要素に対してそのHTML文書内での固有の名前をつけるモノで、class属性はその要素の種類名や分類名を表わすものです。したがって、一つのHTML文書内で同じクラス名は複数箇所に指定できますが、ID名は1ヶ所にしか指定できません。」それ以外の違いは、利用方法において、見つけられない。

夢と《思いこみ》

  1. 人に夢は必要である。ユートピア。個人的な夢。

プラトンの「思いこみ」と、たけ(tk)《思いこみ》

  1. 「(プラトンはこう述べた)。
      1. ヌース(知的直観)は1で、
      2. 知識は2で、
      3. 思いこみは3で、
      4. 感覚は4である。・・
    1. 事物は、
      1. そのあるものはヌースによって、
      2. あるものは知識によって、
      3. あるものは思いこみによって、
      4. またあるものは感覚によって判定される」(p.13『デ・アニマ』
  2. 知識も《思いこみ》じゃないのかな? 知識は《ヒトの群れの思いこみ》だから、区別しているのか?

《思いこみ》世界《思いこみ》

  1. 《知りつつあるモノ》《思いこみ》の中に入り込むと、《思いこみ》は「《思いこみ》世界」となる。同じモノであるが、《知りつつあるモノ》との関係が異なる。
  2. 《思いこみの世界》

広義の《思いこみ》と狭義の《思いこみ》

  1. 広義の《思いこみ》《混濁の世界》の全てを含む。
  2. 狭義の《思いこみ》《混濁の世界》のうちで、その存在が自明でない部分を言う。
  3. モノとは《混濁の世界》のうちで、その存在が自明である部分を言う。

《思いこみ》体内感覚

  1. 《思いこみ》体内感覚である。

分類

《モノの思いこみ》と《生き物の思いこみ》と《ヒトの思いこみ》

  1. 《思いこみ》の主体によって《モノの思いこみ》と《生き物の思いこみ》と《ヒトの思いこみ》がある。
  2. 文字、看板、コトバは、《ヒトの思いこみ》の入れ物であろう。自然科学コトバは?
  3. 看板や文字はモノとしてのそれ自体としては《モノの思いこみ》を持つ。その形が《ヒトの思いこみ》の伝達であると、ヒトによって思いこまれるかぎりにおいて、《ヒトの思いこみ》の容器となる。
  4. 《ヒトの思いこみ》の特徴は、《思いこみ》《求める思いこみ》があるということだろう。《思いこみを求める思いこみ》。《思いこみによる知った思いこみ》。《コトバによる知った思いこみ》。《見通しによる知った思いこみ》。《命令する他者の思いこみを求める思いこみ》、《命令者の思いこみを求める思いこみ》。《慰めてくれる他者の思いこみを求める思いこみ》。《他者の思いこみを求める思いこみ》=対他的な《思いこみを求める思いこみ》。『真理』の追求は、対自的な《思いこみを求める思いこみ》
  5. モノアニマ》と《生き物のアニマ》と《ヒトのアニマ》

モノとしての思いこみ》と《生き物としての思いこみ》と《ヒトとしての思いこみ》

  1. 《ヒトの思いこみ》には《モノとしての思いこみ》と《生き物としての思いこみ》と《ヒトとしての思いこみ》とがある。
  2. 《生き物としての思いこみ》は生物に共通の《思いこみ》、だが、生物といってもピンからキリまである。異性に対する《思いこみ》は、有性生物であれば、同じであろう。その意味では《生き物としての《思いこみ》である。異性に対する《思いこみ》は、異性であるヒトに対する《思いこみ》であると捉えるなら、《ヒトとしての思いこみ》ということになる。

《知った思いこみ》《求める思いこみ》

  1. 《知った思いこみ》
  2. 《求める思いこみ》・・《ちから》であろう。
    1. 「魂は、動物のそれは、二つの能力で定義されている・・すなわち識別する能力と・・(身体を)場所的に動かす能力によって定義されている」(p.131、『デ・アニマ』
    2. 道具的な《思いこみ》・・疑似的な《知った思いこみ》《道具的な思いこみ》道具についてのイデア。ドラマの作者にとっての物語は、作者の意図の実現であり、『読み手がxxという《知った思いこみ》をもってほしい』という《求める思いこみ》の実現。
    3. 《知った思いこみ》《求める思いこみ》《求める思いこみ》《求める思いこみ》《知った思いこみ》《知った思いこみ》《求める思いこみ》《知った思いこみ》
    4. 《道具的な思いこみ》《知った思いこみ》《求める思いこみ》。『知ったつもりになって考えよう/モノを作ろう』という《思いこみ》
  1. 表出された《思いこみ》
  2. 《隠れた思いこみ》
  1. 《私》《思いこみ》
  2. 《他者の思いこみ》
  3. 《群れの思いこみ》
  1. ヒト《思いこみ》。生きた《思いこみ》
  2. コトバ《思いこみ》。化石化した《思いこみ》
  1. 定言的な《思いこみ》
  2. 仮言的な《思いこみ》
  3. 定言的な《知った思いこみ》。『xxがある』
  4. 定言的な《求める思いこみ》。『xxしたい』
  5. 仮言的な《知った思いこみ》。『xxすればxxが現れる』
  6. 仮言的な《求める思いこみ》。『xxしたらxxしたい』
    1. 「自制心が欠けている場合には、時には欲求が意思を制圧して動かすし、また時には後者が前者を制圧する・・(なすべき行為についての推論において)前提の一方は普遍的判断あるいは命題であり、他方は個別的なものについての(単称的)命題である・・動かすのは両方が動かすのだが、ただし一方(普遍的判断)は比較的静止していて、他方(単称的判断)はそうではない」(『デ・アニマ』p.139)
  1. 《個有思いこみ》
  2. 《共有思いこみ》
  3. 《群有思いこみ》
  1. モノへの認識