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《見通しのサル》

キーワード《見通しのサル》

定義

《見通しのサル》とは、《思いこみのサル》が、コトバのコスモスを捨てて、《混濁》の中で、自らの眼で《混濁》の中から輪郭を取り出し、自らのコトバで語るようになったサルである。

《思いこみのサル》が、《見通し》を獲得できるように進化した形態。

存在概念ではなく、単なる《思いこみ》なので本来は『見通しのサル』とすべきだが、《思いこみのサル》との対比で使うので、同様に《》で囲むことにする。

区別

《他者》《見通しのサル》

  1. そうか、《他者》《見通し》を持っているかどうかを、たけ(tk)は見通せていない。
  2. 「言葉という檻の中に暮らしているが、人間はその檻から手を少し出すことができるのだ。」(http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/education/hassou4.html

類人猿と《見通しのサル》

  1. ボノボやチンパンジーやゴリラ。『あなたのなかのサル』(フランス・ドゥヴァ−ル、早川書房)。
  2. 類人猿であった頃には、群れや世界への《見通し》の中に住んでいたのだ。《思いこみ》は純粋に、思考の道具であった。
  3. 類人猿であった頃には、《思いこみ》そのものに価値があるとは思っていなかった。

実現可能性と《見通しのサル》

  1. 無理だよなぁ・・
  2. しかし、獲得できる人もいる。というのは確かだろう。・・確かかなぁ??
  3. 少なくとも、ブッダとか、アリストテレスは・・。《見通しのサル》であった。
  4. 普通のヒトは、《見通しのサル》なのだ。《思いこみのサル》なのはエピゴーネンだけかもしれない。議論する人びとは、自らの《見通し》コトバにする力がないので、《ヒトコトバ》で、《他者の思いこみ》で語るから、あたかも、彼が《思いこみのサル》であるかのような発言をすることになる。だけかもしれない。普通のヒトは、本当は分かっているのに、コトバにしはじめた途端に、《思いこみのサル》として振る舞ってしまうのかもしれない。本当は分かっている、ということに、気がついていないだけのような気もする。
  5. モノのアハレ。《身体》で感ぜよ。《身体》で感じたことを、コトバにするのは難しい。詩人か・・。

Last modified:2006/06/11 02:36:27
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