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《繋がりの先のモノ》

キーワード《繋がりの先のモノ》

定義

《混濁しつつある身体》《繋がりつつある肉の塊》であり、その《繋がり》の先には、モノがある。それを《繋がりの先のモノ》と呼ぶ。

区別

ツサモ・イシモ・100(b)

  1. 《繋がりの先のモノ》は真っ暗闇である。浄化して、光を灯せ。《噴出》せしめよ。
  2. 《繋がりの先のモノ》からの《噴出》を受けるモノは、《繋がりつつあるモノ》である。《繋がりつつあるモノ》《身体》《繋がり》である。まずは《繋がりつつあるモノ》を浄化せよ。《繋がりつつあるモノ》の《認識限界》まで浄化せよ。
  3. ツナモ(《繋がりつつあるモノ》)・イシモ・100
  4. 《身体》《繋がり》の接点に注視せよ。《繋がり》からの《身体》への《噴出》を浄化せよ。《繋がり》からの《身体》への《噴出》を通して《繋がり》を浄化せよ。
  5. 《繋がり》は一時的である。《繋がり》《浄化》すると、すぐにしぼんでしまう。
  6. 《繋がり》がしぼんでしまうのは、《繋がりの先のモノ》との《繋がり》が欠けているからである。《繋がりの先のモノ》との《繋がり》は、簡単にはしぼまない。
  7. 《繋がりの先のモノ》からの《噴出》を受け取ること。
  8. ツサモ・イシモ・100
  9. 《繋がりの先のモノ》との《繋がり》は、《繋がり》がしぼんでも、しぼまない。
  10. 《繋がりの先のモノ》モノのレベルでの《噴出》《浄化》。ぶつかること、反撥すること、ひかれること。はじかれること。《引かれ合い》、《はじかれ合い》。
    1. なんで《引き合い》《はじき合い》ではないのか? 
    2. 《引く》という意図的な行為はない、《はじく》という意図はない。《他者》に引かれること、《他者》にはじかれることはある。
    3. 《他者》《他者》の外的存在だけを理由として《私》を《引く》《はじく》。
    4. ((「はじく」は「弾く」であるが、「弾く」は「ピアノを弾く」では「ひく」と読まれる))。
    5. ((《他者》との関係で「引く」というと、《繋がり》を避ける意味にも使われる。これは「退く」だね。
      1. 《視点》の中心が《私》より背後にあるときの「ひく」は「退く」であり、
      2. 《私》にあるときの「ひく」は「引く」、
      3. 《視点》の中心が《私》より前にあるときの「ひく」は「曳く」だ。「網を曳く」の「ひく」。
      4. 「綱を引く」にしても、「網を曳く」にしても、《私》は退却動作を含む。《他者》を誘惑するにしても《私》は退却動作を行う。《私》が退くことによって彼の動作を誘発してそれによって彼を引く))。
    6. なんで、《引かれる》、《はじかれる》であって、《近づく》、《遠ざかる》でないのか? 《私》《動き》原因《他者》にあるからだな。《私》の意図によって近づくのではなく、彼との《繋がり》原因となって《私》が《引かれる》、《私》の意図によって遠ざかるのではなく、彼との《繋がり》原因となって《私》が《はじかれる》のだ。それが(日本人にとて?)自然の法則なのだ。しかし、その自然の法則を自覚して逆手にとって、《私》が主導権をもって《繋がり》を操ることができるようになる。現代日本人は(??)受動を『よい』とし、能動を『わるい』とする。《繋がり》を外部的原因とした受動を『よい』とし、内心を内部的原因とした能動を『わるい』とする。日本人は常に被害者なのだ。日本人は《繋がり》の被害者である。被害者であることを『よい』とし、加害者であることを『わるい』とする。フロイトの「快楽原則 (pleasure principle)」と「現実原則 ( reality principle)」(http://www.ne.jp/asahi/village/good/freud.html)。日本人は『現実』の被害者なのである。『現実』に自己の行動の原因を求めるヒトは、『現実』からの被害者である。他律的人格? 『現実』を見通せないモノ『現実』からの被害者であり、『現実』見通して操るモノ『現実』への加害者である。『私』.vs.『現実』の戦争という世界観。
    7. 《内からの視点》では《引かれ合い》、《はじかれ合い》だが、《外からの視点》では《引き合い》、《はじき合い》でも構わない。

《繋がりの先のモノ》《繋がりの先の人々》

  1. 《繋がりの先のモノ》は人々なのか? 《繋がりの先のモノ》は人々だけではない。モノたちも、《地球》も、《宇宙史》も、《繋がりの先のモノ》である。しかし、《繋がりの先のモノ》の中に人々があることは確かだろう。
  2. 《繋がりの先のモノ》《世界》。《繋がりの先の世界》。《繋がりの先のモノ世界》。
  3. ツサセ《繋がりの先のモノ世界》・イシモ・100
  4. ツサセは風である。
  5. 《動き合い》《感じ合い》《繋がり》

《繋がりの先のモノ》と『伝聞世界

  1. 何故か、同時に思考にのぼる。

《噴出しつつあるモノ》《繋がりの先のモノ》

  1. 《繋がりの先のモノ》《噴出しつつあるモノ》である。
  2. 《繋がりの先のモノ》は《共振しつつある他者の身体》である。

善良な人々》と《繋がりの先のモノ》

  1. 《繋がりの先のモノ》としての人々が、善良であろうという予感はする。しかし、予見で命名するのはよくない。《繋がりの先の人々》=ツサビ。
  2. 《繋がりの先の人々》は『モノガタリ』を作りつつあるモノか。それも予感であって、《見通し》の中にあるモノではない。
  3. 善良な思いこみ》の噴出は見られる。『モノガタリ』の《噴出》も見られる。
  4. 善良な思いこみ》とは身の丈を知っている《思いこみ》である。
  5. 善良な思いこみ》は、身の丈の視界に入らないモノについては、真っ暗闇である。
  6. 善良な思いこみ》は、視界に入るモノに対して、善良に振る舞う。

ツサモ・イシモ・100

  1. ツサモ:《繋がりの先のモノ》
  2. 善良な人々
  3. 大地・《地球》《宇宙史》・『伝聞世界
  4. すべての《動き》は即物的である。
  5. すべての《動き》は《幻覚行動》である。
  6. 《動き》の背後に在る思考様式。
  7. モノたち、《生きモノ》たち、《ヒトたち》。
  8. モノガタリ』を作る人々。戦いの『モノガタリ』を作る人々。和解の『モノガタリ』を作る人々。《こころざし》の『モノガタリ』を作る人々。『権力者』の『モノガタリ』を作る人々。『契約』の『モノガタリ』を作る人々。『愚直さ』の『モノガタリ』を作る人々。『忠魂』の『モノガタリ』を作る人々。『家畜』の『モノガタリ』を作る人々。『引きこもり』の『モノガタリ』を作る人々。『自殺』の『モノガタリ』を作る人々。『犯罪』の『モノガタリ』を作る人々。『守銭奴』の『モノガタリ』を作る人々。『破滅』への『モノガタリ』を作る人々。人類の絶滅への『モノガタリ』を作る人々。『革命』への『モノガタリ』を作る人々。《仕合わせ》への『モノガタリ』を作る人々。『世捨て人』の『モノガタリ』を作る人々。『絶望』への『モノガタリ』を作る人々。『愛』の『モノガタリ』を作る人々。
  9. 自らの生き方で『モノガタリ』を作る人々。《他者》の生き方を語ることで『モノガタリ』を作る人々。語られた『モノガタリ』を思い描く人々。
  10. ヒトはそれぞれの『モノガタリ』の主人公である。
  11. モノガタリ』の《幻覚行動》。

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Last modified:2007/07/06 02:01:43
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