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《繋がりつつあるモノ》

キーワード《繋がりつつあるモノ》

定義

区別

《絶対者公理》《繋がりつつあるモノ》

  1. 絶対者は、世界《繋がりつつあるモノ》である。
  2. 絶対者は、世界への《見通し》《求めつつあるモノ》である。《見通し》《繋がり》であり、絶対者は世界との《繋がり》《求めつつあるモノ》である。
  3. 絶対者と《世界》との《繋がり》は、一方的、非対称的な《繋がり》である。
  4. 《世界》は絶対者と《繋がりつつあるモノ》である。しかし、非対称的な《繋がり》である。
  5. 《繋がりつつあるモノ》には、対称的な《繋がり》と、非対称的は《繋がり》とがある。対称的な《繋がり》においては、その両端のものは同質者である。

外科医と《繋がりつつあるモノ》

  1. 外科医は《繋がりつつあるモノ》である。
  2. 《他者》の『自分や肉親を死なせたくない』という《求める思いこみ》、《怯え》からの逃避を《求める思いこみ》を充足させる《動き》を行うモノである。
  3. 《他者》《求める思いこみ》を充足させる《動き》はたくさんあるが、あまり、『感謝』はされない。《他者》の《怯え》を救う《動き》は『感謝』される。
  4. 《怯え》るものは、救うモノに対して『身を任せる』必要があるからだろう。
  5. 非日常的な《怯え》なので、感謝されるのかもしれない。日常的な《動き》によっては充足されない《求める思いこみ》の充足。希少価値なのかもしれない。
  6. 《他者》《求める思いこみ》を充足させる《動き》という《繋がり》

《繋がり》の残像』と《繋がりつつあるモノ》

  1. 《繋がりつつあるモノ》であるときに、それを記述するのは困難である。
  2. 《繋がりつつあるモノ》であった後に、『《繋がり》の残像』が《混濁》として残る。《我》《思いこみ》として『《繋がり》の残像』が噴出する。

《繋がりつつある混濁》《混濁しつつあるモノ》

  1. 《繋がりつつある混濁》《混濁しつつあるモノ》とは異なる。
  2. 《混濁しつつあるモノ》は対自的な《混濁》
  3. 《繋がりつつある混濁》《私》《混濁》《対者》《混濁》と、《私》《対者》との《繋がり》《混濁》の総体である。

《繋がりつつあるモノ》《繋がりつつある混濁》

  1. 《繋がりつつあるモノ》《今・ここの・このヒト》《他者》と繋がりつつあること。モノ《今・ここの・このヒト》である。
  2. 《繋がりつつある混濁》《私》《対者》《繋がり》が作り出す、《私》《対者》の両方を包含する《繋がり》《混濁》である。
  3. 《私》《繋がりつつある混濁》の内部から、《繋がりつつある混濁》を見る。

《繋がりつつあるモノ》《浄化球》

  1. 《繋がりつつあるモノ》《混濁》である。《繋がりつつある混濁》
  2. 《混濁しつつあるモノ》《繋がり》である。
  3. ツナコン・ジョウキュウ。
  4. 《混濁しつつあるモノ》《混濁しつつあるモノ》との《繋がり》が作り出す《混濁》が、《繋がりつつあるモノ》である。《繋がり》によって拡大された《混濁》《繋がりつつあるモノ》である。
  5. 《繋がりつつあるモノ》《混濁》《浄化》すると、頭上の《混濁》が崩落してくる。《繋がりつつあるモノ》《頭上の混濁》。ジョウキュウ・ツズコ。ツズコン・ジョウキュウ。《繋がり》における《頭上の混濁》
  6. 《繋がり》における《頭上の混濁》《共有思いこみ》《混濁》である。

《繋がり》《繋がりつつあるモノ》

  1. 《繋がりつつあるモノ》《繋がり》にはいくつかの層がある。
    1. 物理レベルでの《繋がり》《共振しつつある身体》
    2. 《思いこみのパイプ》の層。
    3. 《思いこみ》の相互作用。《繋がりの世界》
    4. 人格、役割の層。
    5. 信念レベルの層。
  2. 《知りつつあるモノ》《繋がり》はおそらく無理。

《知りつつあるモノ》のレベルで《繋がりつつあるモノ》

  1. 《知りつつあるモノ》のレベルで《繋がりつつあるモノ》はあり得るか?
  2. 《私》《知りつつあるモノ》《他者》の中に《知りつつあるモノ》を知ることができるか? 仮に知り得たとしても、《私》が知ることができるのは、《他者》《私》に対する関係の中における《知りつつあるモノ》である。《繋がり》における《知りつつあるモノ》である。《繋がりにおける知りつつあるモノ》。
  3. 《知りつつあるモノ》と《繋がりにおける知りつつあるモノ》とは別のモノである。どう違うのか、何が同じなのか? そもそも、《繋がりにおける知りつつあるモノ》は《知りつつあるモノ》ではないのではないか? そもそも、《繋がりにおける知りつつあるモノ》などあるのか? 《思いこみの世界》入り込んだ《知りつつあるモノ》の一種であろう。複数の噴出主体が作り出す動的な《思いこみの世界》である。《繋がりの世界》入り込んだ《知りつつあるモノ》
  4. 《繋がりの世界》とは、《私》《思いこみ》噴出《他者》《思いこみ》噴出とが作り出す、動的な《思いこみの世界》を言う。《知りつつあるモノ》《繋がりの世界》入り込む。《繋がりの世界》《知りつつあるモノ》が置かれることができる場所である=《知りつつあるモノ》《世界》である。
  5. 《繋がりの世界》《思いこみの世界》と同程度の持続性を持つ、短時間持続し、短時間で消滅する。
  6. 《繋がりの世界》は、現実に《他者》との共振において形成される。仮想的な他者のイメージに伴った仮想的な《繋がりの世界》もある。『彼がこの間会ったときにxxと言った真意はxxではないか?』とか『彼につぎにあったらこのように言おう』といった、《思いこみ》は仮想的な《繋がりの世界》である。

「季節の風が吹いたらどうぞ 伝えて欲しい 揺れる菜の花 恋人友達 どうぞ私を 忘れて欲しい」と《繋がりつつあるモノ》

  1. 忘れてもらえることは期待薄であろう。
  2. しかし、理解されずに記憶されることは、忘れられることと同じである。
  3. 自己消滅願望。自己空化願望。
  4. 《私》は犬夜叉の神楽の風である。
  5. 《私》は彼らには知り得ないモノである。とするなら、《私》は彼らから既に忘れられたモノである。
  6. 彼らが知っているモノは、《私》が演じつつある虚像であろう。

精神的な《繋がり》《繋がりつつあるモノ》

  1. ヒトの死は永遠の《繋がり》への入り口である。彼と《私》との《繋がり》の完成である。『彼』を《私》の中で生かすことへの始まりである。
  2. 彼が生きているときには『彼』は彼のモノである。彼が死ぬと、『彼』は《私》モノになる。→→ヒトの死を喜ぶな!!。
  3. ヒトは、《私》のことを、『私』を勝手に自分のモノにしているようである。つまり、彼は、《私》に関する《思いこみ》『私』)を自分の中で勝手に作り上げているようである。彼は彼の中に作り上げた『私』を賞賛したり、非難したりする。彼は彼の《思いこみの世界》において『私』を知っている(つもりになっている)。
  4. 《私》は、《私》との《繋がり》を求めつつある《他者》を嫌っている。彼は、『私』のイメージを愛しているだけであって、《私》を求めているわけではない。《私》は、《私》を誤解するモノは嫌いである。
  5. 《私》《他者》が理解できない。《他者》カオス的であれば、理解不能であるし、《他者》がパターンに過ぎないのであれば、理解すべき対象ではない。
  6. 《私》が知っている《他者》は、《他者》《私》に対する顔、《私》との相互関係におけるパターンでしかない。《他者》の全体ではない。
  7. 《思いこみ》の売人は、概して、ある程度の尊敬に値する面を持っている。ブッダも、孔子もムハンマドも《思いこみ》の売人である。《思いこみ》の売人は、貨幣のほかに尊敬という対価も受け取る、うらやましいモノだ。

《罠・わな》と《繋がりつつあるモノ》

  1. 《わな》は、《繋がり》を得るための道具である。
  2. 《他者のコトバ》は《わな》である。
  3. 《他者》の《わな》にかかるべきか? 《ヒトの群れ》においては、《他者のコトバ》《他者》の《わな》に乗らないことには生きていけない。
  4. 《繋がりつつあるモノ》は《罠にかかりつつあるモノ》である。《ヒトの群れ》のネットワークに《のせられつつあるモノ》である。《網目に組み込まれつつあるモノ》である。《ヒトの群れ》に《参加しつつあるモノ》である。
  5. 《わな》に掛からずに、《わな》を掛けずに《他者》との《繋がり》を得ることは可能か? 出生による《繋がり》は、出生が《わな》でないかぎり、《わな》ではない。まあ、出産も、一つの《わな》かもしれない。親子関係という《繋がり》を実現するための手段だから・・。
  6. 《わな》ってコトバは、悪い意味でしか使わない、がそれに相当するよい意味のコトバがないし、善悪を問わずに使えるような適当なコトバもない。

《今・ここの・このモノ》《繋がりつつあるモノ》

  1. 《今・ここの・このモノ》《繋がりつつあるモノ》である。
  2. 《今・ここの・このモノ》《共振しつつあるモノ》であり、《繋がりつつあるモノ》である。
  3. 《繋がりつつあるモノ》は、うざい、重たい。重たいからといって、捨てるべきではなく、見通すべきモノである。《繋がり》《混濁》への《見通し》《繋がり》《混濁》《浄化球》
  4. 《繋がりつつあるモノ》たちの《混濁》《繋がりつつあるモノ》

《選びつつあるモノ》《繋がりつつあるモノ》

  1. 《他者》は、まず第一に《息しつつある身体》である。《生きつつある身体》である。#次に《繋がりつつある身体》である。次に《選びつつある身体》である。《息しつつあるアニマ》であり、《繋がりつつあるアニマ》であり、《選びつつあるアニマ》である。ERG理論? 《息しつつあるモノ》《繋がりつつあるモノ》《選びつつあるモノ》
  2. 血縁という《繋がり》、金という《繋がり》、契約という《繋がり》、取引という《繋がり》、支配と服従という《繋がり》、親切という《繋がり》、対立という《繋がり》、戦いという《繋がり》
  3. 引力と斥力によって《繋がりつつあるモノ》《思いこみ》によって《繋がりつつあるモノ》コトバによって《繋がりつつあるモノ》。綱によって《繋がりつつあるモノ》記憶によって《繋がりつつあるモノ》。取引(モノの交換)によって《繋がりつつあるモノ》。性的引力によって《繋がりつつあるモノ》。戦いによって《繋がりつつあるモノ》。支配(暴力)と従属によって《繋がりつつあるモノ》

《見通し》『なすべきこと』

    1. 『なすべきこと』の問題は、《見通し》の中に『なすべきこと』を見つけることができないということ。
    2. 《見通し》の背後には『見通すこと』があるので、『見通すこと』が『なすべきこと』である、と結論する、のは、問題があるような気がする。が、《見通し》から『なすべきこと』への第一歩ではあるかもしれない。《見通し》《求める思いこみ》《見通し》への欲求。《見通し》《求めつつあるモノ》
    3. 《見通し》《求めつつあるモノ》への《見通し》《求めつつあるモノ》への《見通し》。デカルトの《思惟しつつあるモノ》への《見通し》《繋がりつつあるモノ》への《見通し》
    4. 《息しつつあるモノ》とその世界との《繋がり》への《見通し》。のなかに『なすべきこと』が見つかるか?

Last modified:2007/06/24 23:18:18
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