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《鏡の向こうからの眼》

キーワード《鏡の向こうからの眼》

定義

たけ(tk)《鏡の向こうからの眼》が恐いよぉーー。

《呪文》はカガメ。

→→《鏡の恐怖》

区別

《鏡の向こうからの眼》自己言及

  1. 《鏡の向こうからの眼》自己言及なのである。
  2. 自己言及《混濁》を生じさせるモノである。

《思いこみの世界》《鏡の向こうからの眼》

  1. 《鏡の向こうからの眼》《思いこみ》が入ると、《モノの世界》から隔絶された《思いこみの世界》入り込む。

モノ《鏡の向こうからの眼》

  1. 鏡に《鏡の向こうからの眼》があるなら、すべてのものにも《鏡の向こうからの眼》が在るはずである。
  2. 《鏡の向こうからの眼》は鏡の《アニマ》の作用であるが、鏡の《アニマ》ではない。
  3. 《鏡の向こうからの眼》は、たけ(tk)の思索の原点、原イメージかもしれない。

《内からの視点》《鏡の向こうからの眼》

  1. 《鏡の向こうからの眼》は外部のモノ《内からの視点》である。

カガメ・イシモ・100

  1. 《鏡の向こうからの眼》《知りつつあるモノ》《息しつつあるモノ》という《繋がり》
  2. 《鏡の向こうからの眼》の実在感。《他者》であり、かつ、《我》であるようなモノの眼。
  3. 《鏡の向こうからの眼》がゆるむと、《知りつつあるモノ》から《鏡の向こうからの眼》に至る円錐の上下から《思いこみ》《噴出》する。

検索

  1. おまけ - [#靖国神社の正体(御神体)は、英霊の魂を食べる鏡・・  2006/08/15 ]
  2. 《私》 - [#《私》は、『私』という自己言及概念が指し示すモノであり、《私》自己言及的なモノである。しかし、《私》《コトバの世界》の中のモノではないので、論理的な困難は生じない。《私》というモノ『私』という《思いこみ》とは別のモノである。『私』という《思いこみ》が指し示しつつあるモノ《私》《視点》からみれば《私》自身であり、《思いこみ》入り込んだ《視点》においては《私》の鏡像である。]
  3. 《サル山のサル》 - [#《サル山のサル》が自分の《群れ》を愛するのは当然である。自分は自分の《群れ》に属するのであって、別の《群れ》に属するのではない。自分の《群れ》は自分の《群れ》の個体=自分=をまもるが、他の《群れ》は自分をまもるわけではない。個体がその保護者を愛するのは当然だ。すべての個体は、その個体が属する《群れ》を愛しているのである。存在的に愛しているのである。しかし、《思いこみ》において愛していない個体もある。愚かなサルは、自分の鏡像で他の個体を判断する。]
  4. 《息しつつあるモノ》 - [#座標変換。鏡像。12の視線。]
  5. 『なすべきこと』 - [#ジョウキュウ・ニマモツ。《浄化球》の中の《肉の塊》の鏡像とそのまわりのモノたちとの《繋がり》の鏡像を観察すること。]
  6. 《極座標の原点》 - [#『仲間』の識別がなされ、《感じ合い》《動き合い》がなされたとしても、『仲間』と《知りつつある身体》とが同じであると考える必要はない。《知りつつある身体》を想定する必要もない。サルは鏡に興味を失う。《知りつつある身体》に興味をもつことの進化価値が、その段階で、生じるわけではない。]
  7. 《内からの視点》 - [#《思い描き》《思いこみ》の鏡像である。対象化された《思いこみ》である。対象化することによって《外からの視点》でみた《思いこみ》である。]
  8. 『よい』『わるい』 - [#「それ以外は残酷ではない」と主張している人は居ないだろう。存在しない人を非難しているのだが、実は、単に自分の愚かさが作り出した自分の鏡像を非難しているのだ。鏡像非難。]
  9. テリトリー - [#「攻撃姿勢を見せる」ためには仲間が「攻撃姿勢を理解する」という必要がある。シマウマは、ライオンの攻撃姿勢を尻尾で判断するらしい。尻尾があがっていれば、冗談であり、尻尾が下がっていれば本気だと判断するらしい。シマウマは、ライオンのような攻撃を行わないので、自分の経験の鏡で理解しているわけではないだろう。]
  10. 《視点》 - [#作り手が、《使い手の視点》に立つこと。《使い手の視点》に鏡を置いて、それを通じて見通すこと。]
  11. 《思い描き》 - [#《思い描き》《思いこみ》の鏡像である。《極座標の原点》からの距離が逆数になるような鏡像である。《極座標の原点》無限遠点に移動する。]
  12. 『仕事』 - [#《思い描き》《思いこみ》の鏡像である。《思い描き》においては《極座標の原点》《息しつつあるモノ》も鏡像となり、《思い描き》無限遠点に移動する。]
  13. 《視点のパラメータ》 - [#《知られつつある私》は絶対者としての《私》《他者》《知りつつあるモノ》を鏡として知りつつある「《他者》《知られつつある私》」である。自己言及の問題は生じない。]
  14. 招魂教》 - [#「イサギよさ」とは? 岩波古語事典、p.92:いさぎよし【潔し】:イサは勇ミのイサと同根で、積極果敢なこと。キヨは汚れのないの意味。(1)きれいに澄んでいる。「玻璃の鏡のいさぎよき」。(2)潔白である。「汝は盗人なれども賢者なり。心の底いさぎよし」。(3)気分がすがすがしい。「汲むや心もいさぎよき賀茂の河瀬の水上は」。(4)思い切りがよい。さっぱりしている。淡々としている。「実に心を発する人は、かやうに・・いさぎよく名利をば捨てて失するなり」。]
  15. 『精神哲学』 - [《知りつつあるモノ》が自己を概念を通して知る、ということは、《思いこみの世界》を通して自己を知るということ。一般に、《思いこみの世界》を通して《モノの世界》を知る、ということ。これは不可能ではない。《思いこみの世界》《入り込み》、その《思いこみの世界》の中から《モノの世界》を見ること、または、《思いこみの世界》の中に鏡を置いて、その鏡を通して《世界》を見ること、は不可能ではない。]
  16. 概要 - [##《近傍物理空間》の中のモノたち(《身体》《他者》を除く)に注目しよう。《知りつつあるモノ》モノたちの表面しか知ることはできない。その内部を知ることができない。リンゴを切って見たとしても、切断面が表面になるだけである。電子顕微鏡で覗いたとしても、そこに見えたモノが、モノの表面である。]
  17. 空気》 - [《空気》とは《群れの中の個体》の生存本能の鏡像である。]
  18. 《絶対者公理》 - [##絶対者としての《知りつつあるモノ》が、《他者》を鏡として見通した鏡像であり、]
  19. ゴミ箱2007-06 - [#「心のうち」というのは何か? 彼の《内からの視点》を感じ取る、ということだ。《私》は《彼》の内に鏡を置いて、そこから世界を感じることができる、ということ。]
  20. 『論語』 - [#今回の問題は、いわれなき非難、と言うモノだよ。義に基づいて行った行動を、利に基づいて行ったように改竄して描き出して、改竄した行動を非難しているのだ。彼らの鏡像非難だと思う。]
  21. 《知りつつあるモノ》 - [#《モノの視点》から見て、《コトバの視点》は、どの方向にみえるか? 逆に、《コトバの視点》から見て《モノの視点》はどの方向にみえるか? 《モノの視点》から見える世界《モノの世界》=の実数軸の方向には、《コトバの視点》は見えない。《コトバの視点》は《モノの世界》の虚数軸方向にある。《コトバの視点》から見て《モノの視点》は虚数軸方向にある。《コトバの視点》から見て、《モノの視点》は、コトバによって指し示されたモノの中にある。《モノの中の視点》である。《コトバの視点》から《モノの視点》に移動するためには、コトバによって指し示されたモノの、《モノの中の視点》に入り込むこと、そこに鏡を置いてその鏡を通して世界を見ること、によって可能になる。そこで見える世界は、《コトバの視点》で見える世界と同じとは限らない。]
  22. 『現実』 - [#《他者》『現実』は、《他者》《怯えつつあるモノ》が作り出す、歪められた《他者の世界の鏡像》である。]
  23. 『神』 - [特別者としての《我》の鏡像の《思いこみ》『神』と定義しておく。]
  24. 《地球》 - [#《繋がり》の先に在る《地球》の中心に鏡を置いて、《地球》からの《見通し》を得よ。]
  25. 《群生相》 - [《群生相》と《鏡像感覚》]
  26. 《繋がりつつある肉の塊》 - [#《繋がり》の先に在る《地球》の中心に鏡を置いて、《地球》からの《見通し》を得よ。]
  27. 《仕合わせ》 - [#『神』というのは、自己の鏡像であるから、『神』という『他者』との完全な協調的相互関係が実現できるだろう。幻の『他者』との間の、幻の《仕合わせ》である。]
  28. 『デ・アニマ』p.0-10 - [##『祖先の祟り』などというイメージはどうなのだろう。親や祖先を恨んでいる、という精神態度の反映だろう。惨めな思いをしているのは親や祖先のせいだと恨んでいる場合の鏡像イメージだろう。親から愛されていなかった、と思いこむことは、それが事実であろうとなかろうと、多い。親の心子知らず、だからだ。]
  29. 《今・ここの・この肉の塊》 - [《肉の塊》 - [#《肉の塊》の鏡像と《肉の塊》を見比べるなら、この《肉の塊》を『在らしめているモノ』は執着である。]]
  30. ミラーニューロン - [##日経サイエンス2月号の「他人を映す脳の鏡」は、私の今までの疑問の多くを解決してくれる物でした。今まではミラーニューロンとはどんな神経細胞でどこにあるのか、とても興味がありました。今回の論文を読んで、ミラーニューロンという特別な神経細胞がないこと。またミラーニューロンという特別な神経細胞がなくても、人は他の人の行動や情動を真似できることを理解できました。]
  31. 《共振しつつあるモノ》 - [《怯え》 - [《浄化球》 - [《浄化球》噴出するさまざまな世界を全体として一つの世界、一つのモノとして捉える。《浄化球》世界というモノ《浄化球》世界というモノに内在する《アニマ》を統一的に捉える。《浄化球》《世界アニマ》。ジョウキュウ・セカニマ。《世界アニマ》はさまざまのモノ《アニマ》の混合体であり、カオスであり、《混濁》である。遠いモノ、近いモノ、重要なモノ、軽いモノ、現に《共振しつつある世界》に在るモノ記憶の中にあるモノ《世界アニマ》《浄化球》噴出すること。→《他者》《知りつつあるモノ》に移った《他者》世界の鏡像。→《他者》の怯え。《他者》《怯えつつあるモノ》《私》《怯えつつあるモノ》。]]]
  32. 《混濁》 - [#《体外感覚世界》での体験は「共有可能」であると思われている。顕微鏡で観察して、他の人にも替わってもらって観察してもらえば「共同観察」であると思いこんでいる。権力などの《ヒトの群れの中の力学》が働かない限り、観察者はウソはつかない、というのが経験則。虹はどうか? 複数の観察者が《体外感覚世界》において同時に観察する現象。同時か? 同じ場所か? 機械的に再現できる現象。]
  33. 《肉の塊》 - [《肉の塊》と《鏡像》]
  34. 《見通し》 - [#《ドメイン》が異なる世界の事物は、正確に翻訳することができない。か? 多次元輪郭世界コトバがあれば、正確に翻訳することができる。しかし、多次元輪郭空間というのは、複数の《視点》でのみ見ることができる。コトバは一つの《視点》によって定まるモノ《視点》は《ドメイン》によって決まる。鏡による記述は、鏡が置かれている《視点》の《ドメイン》による記述になる。か? 鏡との距離、鏡による屈折の角度、を、記述に加えること。鏡=《視点》のパラメータを記述に加えること。《視点のパラメータ》。]
  35. 『一切』 - [#その《肉の塊》の中に鏡を置いて、見ると、その鏡からの主観的な《見通し》は、そのモノからの客観的な《見通し》の一部でしかないことが分かる。なぜ?ホント?]
  36. コトバ - [#「真澄の鏡を覗いたならば、常人は気が狂うか目が潰れる」とかや。「真澄の鏡を覗いて気が狂う」のが正常なのである。「真澄の鏡を覗いて目が潰れる」のが正常なのである。目が潰れた後に、《見通し》を求めるのが正常なのである。]
  37. 《思いこみ》 - [#「情報の存在」は検証されているのか? 「情報」の定義がなければ、「情報の存在の検証」もあり得ないと思うのだが・・。情報というモノは存在するのか? 科学モノの存在の検証はしないのか? 「細胞というモノがある」というのは、自明の前提として科学が始まる。「僕は細胞というものがあると思うよ。顕微鏡で見えているあれだから、あるよね。みんな在ると思うでしょ。」「あるある」「じゃあ、あり、で決まり」ってな感じ。存在確認のための定義はしないで研究をはじめて、ある程度の研究が集まったら、その研究成果を総合して、分類して、定義を決めていく、という感じか?]
  38. 《プログラミング・オブジェクト》 - [#《描かれつつある思いこみ》は『最終的に求められつつあるモノ』への《求める思いこみ》の鏡像である。プロジェクトは《求める思いこみ》の鏡像である。]
  39. 多次元輪郭空間 - [#《多次元輪郭空間》の《視点》《今・ここの・このモノ》《視点》とは異なる。《今・ここの・このモノ》《視点》から、《私》は、《多次元輪郭空間》の《視点》見通し、それを鏡としてそこからさまざまな《視点》を見通す。]
  40. ドメイン》 - [##ソフトウェアは、均一なモジュールやオブジェクトで成立している、というのも1つの考え方だけれど、そういう考え方は「モダニズム(近代主義)」といって、一種の理想化にほかならない。特にソフトウェアを作る過程を考えると、最初から均一なモジュールやオブジェクトというものが存在していて、それを組み合わせるだけで一丁上がりというわけにはいかないことがよく分かる。これから作ろうとするソフトウェアをあっち側から、こっち側から、遠くに離れて、虫眼鏡を使って、いろんな見方をしないと良いものは作れない。]
  41. 『道徳感情論』 - [#《彼》の内部に鏡を置いて、その鏡を通して、《彼》の状況を体験すること。]
  42. したいこと』 - [#鏡点。他のモノ《内からの視点》を得るためにそのモノの内部に鏡点を置く。鏡点への《見通し》を通して、そのモノ《内からの視点》への《見通し》を得る。]
  43. 《愚かな人々》 - [《愚かな人々》とは《私》の鏡像である。]
  44. 《感じ合い》 - [《感じ合い》と《鏡像クオリア》]
  45. 科学 - [#《私》《視点》は極座標的である、その《視点》から、直交座標的な脳科学《視点》を通して見た《思いこみ》世界の中に、極座標的な《視点》をおいて、《私》の極座標的《視点》科学の直交座標的《視点》『私』の極座標的な《視点》という合わせ鏡的な、二つの鏡を通して《私》『私』《他者》の《他者》)の《視点》を獲得する、ということ。]
  46. ゴミ箱2007-05 - [#鏡像非難の口だろう。ヒトは自分の行動様式で他者を理解する。金目当ての行動様式を無意識のうちに自覚しているヒトは、他人の行動を金目当てであると非難する。]
  47. 《自己言及しつつあるモノ》 - [ * 《群れのアニマ》 - [#《群れ》の内部に鏡を置いた場合、前面に見えてくるのは「《群れ》の主観性」である。《群れ》《動き》としての、「《群れ》の主体性」は鏡の背面に隠れてしまう。主観的世界から鏡に情報が入り、鏡の背面で《動き》を生じる。我々は鏡の背後の《動き》を感じるが、それは感じるだけであって、視野の中には入ってこない。ただしもちろん、その《動き》が再び、鏡の前面から、《私の動き》として、自己言及的な情報として、入ってくることも可能である。((主観的主観性と、主観的主体性。客観的主観性と主観的主観性との異同が問題。なぜ、客観的主体性は見えなくなるのか?))]]
  48. 招魂教(靖国神社)はテロリストのための新興宗教である - [それにたいして、招魂教の招魂では呼び寄せた魂を祠や鏡に閉じ込めてしまうようです。]
  49. 靖国神社の正体(御神体)は、英霊の魂を食べる鏡 - [タイトルに一致 鏡]
  50. 《相対者公理》 - [#『自我イメージ』は《他者》の鏡像として作られる。]
  51. 《ライフオブジェクトの群れ》 - [#直交座標的な『世界情報を、極座標的な『世界情報に変換し、極座標的な『世界』認知で検証すること。直交座標的『世界情報を極座標的『世界情報に変換するのは《入り込み》であろう。直交座標的『世界情報の中の一点に《視点》を移すこと。そこに鏡を置いて、その鏡を通じて『世界』を捉え直すと、極座標的『世界情報に変化する。]
  52. 『悪』 - [#画一化を『悪』と評価する《視点》。画一化と平等では全然違う。画一的基準による人間評価がもたらす不平等。平等を画一化だと非難するのは、鏡像非難である。]
  53. マモン - [#神さまというのは《我》の鏡像である。]
  54. 《混濁しつつあるモノ》 - [#《群れの中の個体》《視点》への《見通し》《視点の移動》相変異、《ドメイン》の移動。《視点》の位置への《見通し》《視点》を鏡とした鏡像への《見通し》《群れつつあるモノ》《視点》への《見通し》《群れつつある混濁》《視点》への《見通し》。]
  55. ゴミ箱2007-03 - [#ん?、たけ(tk)もユダヤ教徒だったのか・・・・。ん?、だめかな? <神さま>=<宇宙イメージ>+<自己の潜在的自我の鏡像>。]
  56. 《座標変換》 - [《肉の塊》 - [#「客観的主観」から「主観的主観」を観察するためには、その《肉の塊》の内部に鏡をおいて、その鏡を通して世界を見ればよい。極座標モデル。主観と客観との座標変換。]]
  57. 極座標モデル - [#《知りつつあるモノ》《極座標の原点》の鏡像であろう。]
  58. 《知った思いこみ》 - [##《描かれつつある思いこみ》は、その《思いこみ》を《描きつつあるモノ》の《求める思いこみ》の鏡像である。]
  59. 《複素数の時空》 - [#クオリアは《科学の視点》の世界には存在しない。《科学の視点》の世界クオリアを発見するためには、客体としてのモノの中に入り込まなければならない。無限遠点に置かれた《科学の視点》から、モノの内部の鏡を通して世界を見た時に、クオリアを見つけることができる。そうでなければ、クオリア科学世界には存在しない。客体としてのモノとしてのヒトの内部に鏡を置いて、それを通して世界を見た時にクオリアが見える。]
  60. クオリア - [「ふつう色は色相、明度、飽和度の3属性によって記述されるが、これらの属性において同一であっても、色紙の青色と青空の色とでは異なった印象を与える。カッツは、視空間の構造との関係において、いろいろ異なる色の現れ方に注目して、 表面色、面色、空間色、透明色、鏡映色、光沢、光輝などに分類した。これらのうち代表的なものの特徴を述べると、 ]
  61. 《宇宙史》 - [#『神』《我》の鏡像であるから、擬人化される要因がある。]
  62. ゴミ箱2007-02 - [#光は曲がるのだよ。ヒトの主観の鏡に反射して、光と光とがぶつかってしまうのだ。]
  63. ゴミ箱2007-01 - [#一神教的思考様式。《群れ》の精神の鏡像。《群れのアニマ》の鏡像。旧約の預言者たちは、ユダヤ人の《群れ》《群れのアニマ》の鏡像としての『神』と対話をしていた。]
  64. 《怯えつつあるモノ》 - [#鏡像と《息しつつあるモノ》]
  65. 《背後者回路》 - [#『自我イメージ』は《背後者回路》の不完全な鏡像である。]
  66. ゴミ箱2006-12 - [#鏡像非難。]
  67. 文久3年に招魂された人びと - [* 靖国神社の「鏡に写し合祀され「神霊」となる([barbaroi:4435] )」とい]
  68. 《群れのアニマ》 - [#《群れのアニマ》:=《群れ》の内部に《視点》を置いて、「《群れ》の主観性」と「《群れ》の主体性」を《群れ》の内部から観察すると、《群れのアニマ》が見えてくる。《群れのアニマ》《群れ》の内部に鏡を置いて、我々がその鏡を通して観察すると見えてくる世界であり、その鏡の位置でそのモノに共感すると感じられる世界である。]
  69. 輪郭 - [ゴミ箱2006-06 - [##ラカンによる、人間形成の一時期をさす言葉。それは生後6ヵ月から18ヶ月の間に当たる。この時期子供はまだ無力で、運動調節能力もない状態であるが、自分の身体の統一性を想像的に先取りして我が物とする。この想像的統合は、全体的な形態として同じ姿をもった人間の像への同一化によって行われる。そしてその同一化は、幼児が鏡の中に自分の像を見るという具体的経験を通して起こり、現実のものとなって行く。鏡像段階において、将来自我となるものの雛型ないし輪郭が形成されると言えよう。]]
  70. 《サルの灯明》 - [#《サルの灯明》は結局《たけ(tk)の思いこみ》なのだ。たけ(tk)《視点》の鏡像なのだ。]
  71. 《入り込み》 - [《入り込み》と鏡像]
  72. 原因 - [クルアーン - [#《宇宙史》であるところの自画像の鏡像は、『世界のすべて』の原因者である。]]
  73. 世界 - [#「《他者》世界」は《他者》《知りつつあるモノ》に写った世界《私》からみると鏡像として「《他者》世界」を知ることができる。《他者》世界は鏡像として現れる。]
  74. 《描かれつつある思いこみ》 - [#《描かれつつある思いこみ》は、その《思いこみ》を《描きつつあるモノ》の《求める思いこみ》の鏡像である。]
  75. 《怯え》 - [《浄化球》 - [《浄化球》噴出するさまざまな世界を全体として一つの世界、一つのモノとして捉える。《浄化球》世界というモノ《浄化球》世界というモノに内在する《アニマ》を統一的に捉える。《浄化球》《世界アニマ》。ジョウキュウ・セカニマ。《世界アニマ》はさまざまのモノ《アニマ》の混合体であり、カオスであり、《混濁》である。遠いモノ、近いモノ、重要なモノ、軽いモノ、現に《共振しつつある世界》に在るモノ記憶の中にあるモノ《世界アニマ》《浄化球》噴出すること。→《他者》《知りつつあるモノ》に移った《他者》世界の鏡像。→《他者》の怯え。《他者》《怯えつつあるモノ》《私》《怯えつつあるモノ》。]]
  76. 発達段階》 - [ゴミ箱2006-06 - [##ところで、フランス構造主義の精神分析学者ジャック・ラカン(1901-1981)は、有名な『鏡像段階論』という考え方を提唱しました。それは、ごく簡単に言うと次のようなことです。人間は必ず神経系が未熟で自他の区別がつかない状態で生まれるが、6〜18ヶ月位になると『鏡像段階』という発達レベルとなり、鏡に映る自分の像(または現実の母親の姿)を見て、そこに“何か”を認識できるようになる。ただ、その時の幼児は、その“何か”によって自分が消滅させられたくないし、自らの場をその“何か”から勝ち取りたいので、その他者に対して自分を認めさせるため「攻撃」という感情を身につける。つまり、この発達段階で「人間存在の攻撃性」が生まれる。が、未だ、そこでは自者と他者の存在が混同しており、自分の欲望(感情)と他者のそれが混然一体となっている。だから、この段階で、母親の欲望(感情)が強ければ強いほど、その幼児の欲望(感情)も強いものとなる。この後、人間は「ナルシシズム(自己愛的)段階」(2〜11歳)、「思春期」(12〜17歳)と次第に確固たる自我の形成段階へ向かって成長する。ここで言えることは、本当にアメリカという国が<skull & bones>のようなものに支配されているとするなら、アメリカ合衆国は、人間の発達段階で言えば「ナルシシズム」以前の「鏡像段階」という幼児期に止まっているトンデモナイ国だということになります。こんなことは信じたくもありませんが、近年のアメリカの振る舞い、つまり“視野狭窄的な一国主義、攻撃性(戦争好き)、論理矛盾と身勝手、傍若無人”等々の行動を見ていると、これは嘘とも言えないナと思えてきます。]]
  77. 《浄化球》 - [#《浄化球》の中の《肉の塊》とそのまわりのモノたちとの《繋がり》(ジョウキュウ・ニマモツ)の鏡像を観察すること。その《繋がり》に内在する帰結としての《なすべきこと》の鏡像を《浄化球》の中に発見すること。人間は社会的関係の総体である。]
  78. 『仁』 - [#《絶対者公理》と《相対者公理》とは《視点》の違いに過ぎない。極座標の原点の《視点》では《絶対者公理》になり。原点以外の点は原点からの相対者となる。原点以外の点に対しては《相対者公理》になる。しかし、座標系の原点をどこに置くかは自由なのである。《相対者公理》が妥当する点に原点を置けば、そこでは《絶対者公理》が妥当するようになる。鏡の技法による、《視点》の移動を使えば、《私》の視点から鏡を通した《他者》《私》《視点》に移動することができる。]
  79. ゴミ箱2006-10 - [## この供給協定の締結を受けて、1997年8月、北朝鮮咸鏡南道(ハムギョンナムド)琴湖(クムホ)地区の軽水炉建設用地において、土地の造成を中心とする準備工事の着工式が行われ、軽水炉建設に向けての工事が開始されました。2001年9月には、北朝鮮から建設許可が発給され、サイトの掘削工事が始まり、翌2002年8月には軽水炉建屋基礎部分へのコンクリート初注入式典が開催されました。]
  80. 如悪悪臭、如好好色 - [* 《プログラミング・オブジェクト》 - [#『プロジェクト』への《思い描き》に溜まった《思いこみ》や、『プロジェクト』への《思い描き》噴出してくる《思いこみ》を、《浄化球》によって切り捨てること。『プロジェクト』への《思い描き》に鏡の《視点》を起き、その《視点》から、如悪悪臭・如好好色を行うこと。]]
  81. 《指し示す思いこみ》 - [#《描かれつつある思いこみ》は、その《思いこみ》を《描きつつあるモノ》の《求める思いこみ》の鏡像である。]
  82. ゴミ箱2006-09 - [#ユダヤ人がナチスを非難するときの幻が、ユダヤ人の鏡像なのだよ。]
  83. クルアーン - [#「慈悲あまねく慈愛深き」というのは啓示を受けたヒトの自我像の鏡像であろう。]
  84. 《特別者公理》 - [《特別者公理》と「鏡としての《同質者公理》」]
  85. ゴミ箱2006-08 - [## 一方、南北間では4月下旬に黄海道で黒鉛鉱山の合弁設備が完成したほか、5月末には平安北道で鉄鉱の生産を開始している。また、大韓鉱業振興公社を中心に、咸鏡南道のマグネサイト鉱山と亜鉛鉱山の共同開発が進められているが、モリブデン鉱山の開発については具体的な合意はない状態だ。]
  86. military shrine - [* 靖国神社の「鏡に写し合祀され「神霊」となる([barbaroi:4435] )」という儀礼が何時から始まったのか知りたいな。少なくとも大村益次郎の東京招魂社の時代には行われていなかったはず。]
  87. ゴミ箱2006-07 - [#鏡像非難だな。]
  88. 《アニマ》 - [#我々が「cpuにとっての意味」というときには、我々がcpuの立場に入り込んで、その意味を理解するのである。《他者の世界の鏡像》でビット列の意味を知るのである。]
  89. ゴミ箱2006-06 - [#鏡像非難、鏡像投影]
  90. 《他者の知りつつあるモノ》 - [#《他者》《身体》《求める思いこみ》によって《他者の知りつつあるモノ》を駆動する。(下方無限遠点《浄化球》)。《他者の知りつつあるモノ》に鏡を置いて、その鏡を通して《他者の身体》を見通すと、下方無限遠点の方向になる。]
  91. ゴミ箱2006-05 - [##人の目は自分の周りの見渡せる範囲のものしか見ることができない.遠く離れた地で起こっていることは見ることができない.また,近くにあっても極めて小さなものは見ることができない.しかし,望遠鏡や顕微鏡を用いればレンズの力で遠くのものや極微のものを見ることができる.テレビジョンを用いれば人の目の能力は更に拡大される.遠隔地の情景を居ながらにして見ることは人類の長い間の夢であった.テレビを利用すれば,地球の裏側の情景も居ながらにして見ることができる.テレビジョンは遠隔地の情景を見たいというこの人類の夢を実現したものである.]
  92. 《他者》の《他者》 - [#《私》《視点》《他者》《視点》を観ることができる。《私》《視点》から、《他者》《視点》の位置に鏡を置いて、鏡を通して観ることによって、《私》《他者》《視点》で観ることができる。]
  93. 《共振しつつある宇宙史》 - [#自己言及の鏡を取り払うと、《我》たちの噴出が始まる。《我》たちの噴出は全体として、《宇宙史》《我》噴出に至る。鏡としての《宇宙史》のようである。]
  94. ゴミ箱2006-04 - [#クオリアは《科学の視点》の世界には存在しない。《科学の視点》の世界クオリアを発見するためには、客体としてのモノの中に入り込まなければならない。無限遠点に置かれた《科学の視点》から、モノの内部の鏡を通して世界を見た時に、クオリアを見つけることができる。そうでなければ、クオリア科学世界には存在しない。客体としてのモノとしてのヒトの内部に鏡を置いて、それを通して世界を見た時にクオリアが見える。]
  95. 進化シミュレータ - [#「攻撃姿勢を見せる」ためには仲間が「攻撃姿勢を理解する」という必要がある。シマウマは、ライオンの攻撃姿勢を尻尾で判断するらしい。尻尾があがっていれば、冗談であり、尻尾が下がっていれば本気だと判断するらしい。シマウマは、ライオンのような攻撃を行わないので、自分の経験の鏡で理解しているわけではないだろう。]
  96. 《同質者公理》 - [#《私》以外を視点とする《見通し》はあり得ない。が、《他者》なり《神》なりの視点を媒介とする《見通し》は可能。その場合には、《他者》や《神》は鏡として機能する。《私》が鏡としての《他者》の場所に出向いて、そこから見通すことになる。ただし、その場合は、《思いこみの世界》への《入り込み》で見通すことになる。]
  97. ゴミ箱2006-03 - [#《私》《視点》は極座標的である、その《視点》から、直交座標的な脳科学《視点》を通して見た《思いこみ》世界の中に、極座標的な《視点》をおいて、《私》の極座標的《視点》科学の直交座標的《視点》『私』の極座標的な《視点》という合わせ鏡的な、二つの鏡を通して《私》『私』《他者》の《他者》)の《視点》を獲得する、ということ。]
  98. テレビ - [##「現実のカタストロフより、われわれは潜在性のなかに逃げこむことを選ぶ。テレビは、この逃亡のための普遍的な鏡である」と評するボードリヤールは、われわれがすでに可視的な市民社会を遠ざけ、情報化された市民社会に逃避しつつあることを説き明かしている(Baudrillard 1991=1991:24)。]
  99. 《群れつつあるモノ》 - [《混濁しつつあるモノ》 - [#《群れの中の個体》《視点》への《見通し》《視点の移動》相変異、《ドメイン》の移動。《視点》の位置への《見通し》《視点》を鏡とした鏡像への《見通し》《群れつつあるモノ》《視点》への《見通し》《群れつつある混濁》《視点》への《見通し》。]]
  100. デカルトの《我》は検証可能か? - [* モノの中に《視点》を置く、というのは、そこに鏡があると思えばよい。鏡を通して見る、ということは可能だろう。]
  101. 《知られつつある私》 - [《相対者公理》 - [#ただし、《群れ》《視点》は、《群れ》に鏡を置いた鏡像であり、《思いこみ》であり、絶対者としての《私》が鏡を通して見通しモノである。《私》《群れ》《視点》においては、相対者であるということは、それを見通しつつある《私》が相対者である、ということではない。鏡像において《知られつつある私》が相対者である、ということである。]]
  102. 《知られつつあるモノ》 - [#鏡の恐怖を思い出したのである。]
  103. 《世界アニマ》 - [#《私》《浄化球》という鏡を通してしか、《世界アニマ》を見通すことはできない。]
  104. 《モノと思いこみの世界》 - [#《知りつつあるモノ》は、直接の《見通し》において《モノと思いこみの世界》見通しているのではない、《モノと思いこみの世界》のあちこちに鏡をおいて、鏡を通して見通しているのである。鏡による《見通し》、鏡による《浄化》。]
  105. ゴミ箱2006-01 - [##当時ローマ帝国内部では崩壊が進行しているにもかかわらず、遠く離れた国境地帯では依然として外人の雇兵部隊が侵略を続行していた。辺境で反乱があれば、中央政府は鏡庄の軍隊を差し向けねばならなかった。特に、南部の辺境地帯では、このような内乱が絶え間なく起こっていた。 ]
  106. ゴミ箱2005-12 - [真澄の鏡を覗いたならば]
  107. 《透明化》 - [#鏡による《透明化》:鏡と使えば、モノの背後の様子が分かる。]
  108. ゴミ箱2005-11 - [##しかし、ビジネスでは検証できます。経営実績によって、企業の所有者である株主が株主総会や株価を通じて検証することができます。それは、商人の論理、すなわち売り手―買い手の関係性のなかで、買い手の意識を常に汲み取ることが高業績の条件となります。ビジネスには、不十分ながらも、武人文化が独善に陥らないシステムが内蔵されているのです。支配―被支配の関係を売り手―買い手関係のなかで検証できるのです。裸の王様にならない買い手という鏡が存在しているのです。]
  109. 種族維持的価値 - [""K.ローレンツ「鏡の背面」P49より引用]
  110. ゴミ箱2005-10 - [##靖国神社の「鏡に写し合祀され「神霊」となる([barbaroi:4435] )」という儀礼が何時から始まったのか知りたいな。]
  111. ゴミ箱2005-09 - [## ただ、「御霊代」としてのご神体をおくことはあります。一般的には鏡や宝玉や土器や祭祀用の剣などです。]
  112. 《ニーズ・イーター》 - [#道具は、人々の《思いこみ》を鏡像とし、鏡像の鏡像としての自己を再生する。]
  113. ゴミ箱2005-08 - [#生きる目的《息しつつあるモノ》の中に在る。生きる目的《息しつつあるモノ》の中にしかない。すべてのモノ《息しつつあるモノ》との共振によって、目的を取得する。《元気》《息しつつあるモノ》の鏡像である。]
  114. ゴミ箱2005-07 - [鏡の恐怖:]
  115. ゴミ箱2005-06 - [#「鏡の段階」(p.168)。生後六ヶ月って、その時に鏡を見ない子供もたくさんいるのではないだろうか? その時に鏡を見たこ子供と、見ない子供とでは、どのような違いが出るのだろうか? たけ(tk)自身は、小学校のときに、鏡で異常な体験をしたことがある。ドッペルゲンゲルの恐怖。]
  116. ゴミ箱2005-02 - [フッサールも同じだった。結局は「神」だ。神なんて、自己愛の鏡像にすぎない。]
  117. ゴミ箱2005-05 - [噴出させると、近傍外世界無限遠点と思われる面はタール状の壁となっており、その先は、《私の身体》のイメージに繋がる。同じモノなのか(《背後者》である《私の身体》が《近傍物理空間》を取り囲む球状になっているのか)、別のものなのか、鏡像なのか。とりあえず《私の身体2》と名づけておこう。]
  118. ゴミ箱2005-04 - [《私》の鏡像として《他者》を捉えているのではないか?]
  119. ゴミ箱2005-03 - [まだ、読み終わっていないが、鏡の向こうの自分自身とこちら側の自分自身との間主観性ではないか?という疑いは晴れない。(p.195、)]

Last modified:2008/03/26 02:33:38
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References:[《鏡の恐怖》]