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《求める思いこみ》

定義

記述

  1. 《混濁》《混濁の世界》《知りつつあるモノ》とに分離する。
  2. 《混濁の世界》は《モノたち》と《思いこみ》たちとに分離する。
  3. ×:《混濁の世界》《近傍物理空間》《思いこみ》とに分離する。
  4. 《思いこみ》には《知った思いこみ》《求める思いこみ》とがある。
  1. 《思いこみ》は、
    1. 《体内感覚世界》の中の《背後者》から噴出し、
    2. 《体内感覚世界》にしばらく留まり、
    3. 消える、モノである。
  2. 《知った思いこみ》には、
    1. 《直知》
    2. 《思い描き》と、
    3. その両者が重なった《思いかさね》とがある。
  3. 《求める思いこみ》への《視点》には、
    1. 《求める思いこみ》《外からの視点》
    2. 《求める思いこみ》《内からの視点》とがある。
    3. 《求める思いこみ》《内からの視点》入り込むことを《入り込み》と呼ぶ。
  4. 《混濁》においては、《求める思いこみ》も、《体内感覚世界》の中の《背後者》から噴出し、《体内感覚世界》にしばらく留まり、消える、モノである。
    1. ((《求める思いこみ》は、体内感覚の『熱』か『りきみ』の感覚に近い))。
  5. 《混濁しつつある身体》においては《求める思いこみ》《混濁しつつある身体》に溶け込んでいる。
  6. 《混濁しつつある身体》の《体外世界》への《動き》《体内世界》での《動き》《求める思いこみ》とは繋がっている。《知りつつあるモノ》《動き》《体内世界》での《動き》であり、《求める思いこみ》と繋がっている。

区別

《求める思いこみ》《欲求》《私》《欲求》、《私の欲求》。《他者の欲求》

  1. 《私》《欲求》」か《私の欲求》か?
  2. 《私》《求める思いこみ》と《私の欲求》とは関係があるか? ○:《私》体内感覚におけるおもいk《求める思いこみ》噴出《私》《動き》である。《求める思いこみ》噴出という《動き》から帰納された、《私》《動き》原因への《思い描き》が《私の欲求》である。×:。
  3. 《求める思いこみ》《欲求》とは同じか?
    1. ○:
      1. 《混濁しつつある身体》には、いっちょまえに、人並みの《欲求》があるよ。肉欲というのかな?
      2. 《欲求》モノの属性である。
      3. 《欲求》は、主観においては自覚されにくいのだろう。
      4. 《欲求》《他者の身体》の属性である。《私》《欲求》は、《欲求》ではなく、《志》であったり、《願い》であったりする、自覚的な《欲求》である。
      5. 《他者の求める思いこみ》である。《他者からの求める思いこみ》である。
      6. 《欲求実現手段》《実感》であって、《欲求》《実感》でないというのはおかしい。
      7. 《他者からの思いこみ》《他者》《欲求》である。
      8. モノ《アニマ》《実感》したのではないか?。《欲求》《アニマ》だろう。
    2. ×:
      1. 《求める思いこみ》表象に近い。
      2. 《私》《欲求》はない。《欲求》《求める思いこみ》を生じさせたとしても、それによって、消えてしまう。《欲求》《動き》を生じさせたとしても、それによって消えてしまう。
      3. 《求める思いこみ》《私》モノであり、欲求は《他者》モノである。
      4. 《欲求》《他者》のものでもない。《私》《他者》《欲求》《実感》しない。それが《思いこみ》であるのかモノであるのかも分からない。
      5. 《欲求》《実感》ではない。
      6. 《欲求実現手段》の「欲求」は《私》《求める思いこみ》である。《私》《実感》した《他者からの思いこみ》《私》《求める思いこみ》になったモノが、《欲求実現手段》の「欲求」である。
      7. 《他者からの思いこみ》《私》《実感》である。その《実感》の先に何が在るのかは、まだ見えていない。《他者からの思いこみ》《噴出点》の先には、《混濁しつつある他者の身体》があるようである。《混濁しつつある他者の身体》の中に《他者》《欲求》は、まだ、見えていない。
      8. 《私の欲求》とは、《私》《混濁しつつある身体》《動き》の傾向である。
      9. 《欲求》とは、モノ《動き》から帰納された『モノ《動き》原因』への《思い描き》である。

《求める思いこみ》は『xxを求める』という《思いこみ》をいう。

* 「xx」は、結果、状態、《他者》の行動、目的、・・

《求める思いこみ》は(そのモノ自身や、他のモノ世界というモノの)《現在を拒否する思いこみ》である。

『デ・アニマ』p.9

  1. 魂をもつものは、魂を欠くものから、二つ(のはたらき)によってとりわけ大きく隔たっているように(多くの人に)思われている。すなわち(内発的な)動きと感覚することによってである。
  2. アリストテレスの「魂の動きの機能」に対応するのが《求める思いこみ》
  3. アリストテレスの「魂の感覚の機能」に対応するのが《知った思いこみ》

《求める思いこみ》は、四次元時空の将来方向にあるモノへの《指し示す思いこみ》である。

《求める思いこみ》とブラックボックス解析論

    1. インプット→内部的情報処理→アウトプット
  1. アウトプットの直前の内部状態=《求める思いこみ》
  2. インプットの直後の内部状態=《知った思いこみ》

《求める思いこみ》と「《行く末》に鏡を置く《視点》

  1. 《求める思いこみ》《視点》」は「《行く末》に鏡を置く《視点》」か? ○:。×:。
  2. 《行く末》に鏡を置く《視点》」は「《求める思いこみ》《視点》」か? ○:。×:「《怯え》の《視点》」も「《行く末》に鏡を置く《視点》」である。

《求める思いこみ》《欲求実現手段》

  1. 《欲求実現手段》《求める思いこみ》からの《視点》か?
    1. ○:
      1. 自然だな、自然すぎだな。
      2. 《思いかさね》《視点》である。
    2. ×:
      1. 《求める思いこみ》《視点》が在るというのは矛盾である。《視点》が在るのは《知りつつあるモノ》である。《知った思いこみ》である。
  2. 《求める思いこみ》からの《視点》」は《欲求実現手段》か?
    1. ○:《欲求実現手段》《求める思いこみ》からの《視点》のうち、かなり合理的な《視点》である。
    2. ×:《求める思いこみ》からの《視点》には、もっと非合理な《視点》もある。狂気の《視点》とか、絶望《視点》とか。

《欲求実現手段》『一切』

  1. 《欲求実現手段》『一切』か?
    1. ○:
      1. なぜか、である。
      2. 《世界》は《欲求実現手段の世界》である。
      3. 《知られつつあるモノ》『一切』《欲求実現手段》《視点》モノであると看做すことができる。《思いかさね》が可能である。
      4. 無数に在る「『一切』を構成しうる《視点》」の一つである。
    2. ×:
      1. 《ブッダの「一切」》とは異なる。たけ(tk)『一切』とも異なる。
      2. 『一切』《欲求実現手段》であるというのは、《視点》である。そこでの《欲求》『欲求』欲求は、『結果』とイコールであり、モノの今の《動き》には、《行く末》の『結果』が対応しているから、今のモノ《動き》は『結果』を『目的』とする《動き》である、それゆえ、今のモノ《動き》や存在は、そのモノ自身や、《私》『目的』《欲求》《欲求実現手段》である。という論理である。《行く末》に鏡をおいて《いま》の《モノの世界》を見る《視点》である。
      3. 『一切』を構成しうる《視点》は無数に在る。
      4. 《欲求実現手段》《求める思いこみ》からの《視点》である。

《動き》《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》《混濁しつつある身体》《動き》によって生じる。《動き》が止まってしばらくすると無くなる。
  2. 『インプレースエディタ』への《求める思いこみ》《息しつつあるモノ》にあるか?
    1. ○:《プログラミング・オブジェクト》への《求める思いこみ》《混濁しつつある身体》がそれに関する作業をしているときには(および、その後しばらくは)、その《求める思いこみ》はある。
    2. ×:《孤独相》において、それに関する《動き》をしないでしばらくすると、無い。

アルゴリズムと《求める思いこみ》

  1. (コンピュータで実現可能な)アルゴリズムが思い描ければ、それを実現する技術が有れば、コンピュータで実現することができる。
  2. カオスにはアルゴリズムが無い。が、カオスであっても、取りうる値は有限である。取りうる値を類型化して、対応をアルゴリズムに組み込めばよい。
  3. ヒトの行動はカオスである。Webアプリでは、カオスであるヒトの行動の類型に対応したすアルゴリズムが組み込まれている。

Webアプリと《求める思いこみ》

  1. Webが出始めのころ「高度なGUIは分かりにくいから貧弱なGUIのほうが分かりやすくてよいのだ」なんていう屁理屈を、雑誌でさかんに宣伝していたな。宣伝のための「ためにする宣伝」だったわけだ。
  2. 簡単、というのも、マユツバだ。エクセル作成ボタンというのを作っておけば、D&Dでエクセルを作れます。という宣伝も可能だろう。「そのように作ってあれば、そのように動く」というだけの話した。

「そのように作ってあるから、そのように動く」と《求める思いこみ》

  1. 「そのように作ってある」のは「そのように動く」ことへの《求める思いこみ》の結果だろう。もしくは、バグの結果。
  2. たとえば、「faviconをxxに置けばfaviconが表示されるようになる」とか「ログのローテーションが欲しければ、それようのオプションを設定すればよい」とか。
  3. 全然おもしろくない。
  4. その背景となっている思想を理解できれば、推測できれば、面白みが増すかもしれない。
  5. アセンブラでTEXT-VRAMに書き込んで表示したり、キーボードのリングキューをトラップしたり、間接メモリアドレスでデータを選択していた頃は、面白かったよなー。
  6. でも、そういえば、その世界を完全に支配できるのは面白かったが、世界に開かれていない、という閉塞感はあった。
  7. WebアプリはDelphiに比べれば15年遅れているね。でも、世界に開かれている、という素晴らしさはある。それで、貧弱なGUIに悪戦苦闘しながらも、根性一筋で、みなさん、頑張っているのだろう。

《アクター》《求める思いこみ》

  1. 《アクター》《道具的な思い描き》である。
  2. 《アクター》《求めつつあるモノ》である。

《求める思いこみ》『一切』

  1. 『一切』《求める思いこみ》である? ○:『一切』は、『一切』《求める思いこみ》の鏡像である。《エウドクソスの「善」》。×:《モノの世界》は、知られることが可能なモノたちであり、《エウドクソスの「善」》に、いまだ取り込まれているとは限らないモノであり、《エウドクソスの「善」》ではないモノである。《モノの世界》は、『知ること』を《求める思いこみ》で、《知った思い描き》になりうるとしても、《知った思い描き》とは別のモノである。《知った思い描き》は《求める思いこみ》の鏡像であるが、《モノの世界》《求める思いこみ》の鏡像ではない。『一切』《モノの世界》《求める思いこみ》とに分離する。

《プログラミング・オブジェクト》《求める思いこみ》

  1. 《プログラミング・オブジェクト》《求める思いこみ》の鏡像である。
  2. 『仕事』や『買い物』などをしているときに『xxが知りたい』という《求める思いこみ》が生じたときに、それがコンピュータに表示されるようにすること、がシステム開発。
  3. ロボットでないコンピュータは、ヒトに対して情報を表示する、という機能しかない。ヒト情報取得欲求を充足する能力しかない。《情報取得欲求》という《求める思いこみ》
  4. 情報は、情報世界にとどまるかぎり、『意味』を持たない。《モノの世界》での《動き》との繋がりにおいてのみ、《情報》は『意味』を持つ。
  5. 絵、音楽、動画、映像は情報である。
  6. CPUにしてから、『そのように動くものが欲しい』という《求める思いこみ》の産物である。
  7. コンピュータは、ハードもソフトも、《求める思いこみ》の産物である。外化された《求める思いこみ》である。《外化された求める思いこみ》。《外化された思いこみ》。《物質化された思いこみ》。ビット列は物質の状態であり、《デジタル実在》は物質の状態である。
  8. 『データセットの抽出条件』は《求める思いこみ》である。
  9. 『工程』は《求める思いこみ》である。
  10. データベースは《求める思いこみ》である。

コンピュータと《求める思いこみ》

  1. コンピュータは、ヒトの欲求実現システムが機械化されたモノである。コンピュータは外化された欲求実現システムである。

《求める思いこみ》と《欲求充足に役に立つ知識》ヨヤチ

  1. ヒトは《欲求充足に役に立つ知識》を《求める思いこみ》を持つ。
  2. 「知識」なの? 「情報」なの? 「コトバ」なの?
  3. コトバは求めるものなのか?
  4. 「はい、サポートでございます。製品番号をお知らせください。パソコンの裏に書いてあります」「えーと(ひっくり返して、みる)SN:xxx」ですか? ・・『サポートを受けたい』という《求める思いこみ》、『正規ユーザであることを確認したい』という《求める思いこみ》

アクター分析と《求める思いこみ》

  1. http://iwatam-server.dyndns.org/software/devintro/req/req/x17.html
    1. アクターの説明には「何をしたくてシステムに向かう人か」を記述します。「何をする人か」は厳密に書く必要はありません。それはこれから明らかにしていく事ですから。
  2. バイトの店員の「何をしたいか」はバイト代が欲しい、だろう・・・。(^^;
  3. 本音の《求める思いこみ》ではなく、《動き》から逆算された《求める思いこみ》《動き》の解釈としても《求める思いこみ》

《仮想実在》と《システム要求》

  1. http://iwatam-server.dyndns.org/software/devintro/req/req/index.html
  2. システム開発の最初の、「顧客からの、(将来の)システムへの要求」を《システム要求》と、呼ぶ。
  3. 《システム要求》は《求める思いこみ》である。《仮想実在》への《求める思いこみ》である。
  4. システム開発とは、顧客の《仮想実在》《デジタル実在》に変換することである。
  5. 《作る》とは、《求める思いこみ》モノに変換することである。《求める思いこみ》がなければ、《モノ作り》は始まらない。

モモイ・イシモ・100

  1. 《混濁》からの分離において、《体内感覚世界》に湧き上がる《思いこみ》を観察し、分類して見ると、《知った思いこみ》《求める思いこみ》とがあるように見える。
  2. 《求める思いこみ》はそれの中に入り込めば、何がしかの駆動力があるのかもしれないが、外部から見ると、空回りしているようにみえる。

感情と《求める思いこみ》

  1. 伝聞世界』は《他者》との《繋がり》において、《他者》から取得した《コトバ》によって構成される。
  2. 《繋がり》は、認知情報《繋がり》なのか、感情の《繋がり》なのか。失感情症。
  3. http://home2.highway.ne.jp/morimatu/mental/arekisi2.html
    1. 素直な感情を自分でグウッとおさえつけていることに、自分自身でさえ気づかなくなっているだけなのです。
    2.  嬉しい。悲しい。腹立たしい。悔しい。しんどい。惚れる。憎い。みじめだ。甘えたい。……………。そんな感情が自分の中に沸きあがってきているのに、本人はまったく気づきません。そのため、日常会話の中で感情を表現する言葉の出てくる頻度が少なくなってしまうのです。
    3.  このような状態をアレキシシアミといいます。アレキシシアミはギリシャ語で、感情を表現する言葉が欠乏している状態という意味です。『失感情症』あるいは『失体感症』と訳されています。
  4. http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9F%E6%83%85%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
    1. 感情の一覧
      1. 安心、不安
      2. 感謝
      3. 驚愕
      4. 冷静、焦燥
      5. 不思議
      6. 幸福、幸運
      7. リラックス、緊張
      8. 名誉
      9. 尊敬
      10. 親近感
      11. 憧憬
      12. 愛しさ
      13. 欲望
      14. 畏怖
      15. 勇気
      16. 快、快感(善行・徳に関して)
      17. 後悔
      18. 不満
      19. 無念
      20. 嫌悪
      21. 恐怖
      22. 軽蔑
      23. 嫉妬
      24. 期待
      25. 優越感、劣等感
      26. 怨み
      27. 苦しみ
      28. 悲しみ
      29. 傷心
      30. 怒り
      31. 諦念
      32. 絶望
      33. 憎悪

『善』と《求める思いこみ》

  1. 《サル山のサル》には、『善』を《求める思いこみ》がある。これは、観察された事象である。『善し』を求め、『悪し』を避ける《思いこみ》が在る。
  2. 彼らが求めるモノが『善し』であり、彼らが避けるモノが『悪し』である。
  3. 彼らが求めるモノは、時と状況と彼の内部状況によって異なる。《善し・悪し》は主体依存的である。天地人か・・。天の時、地の利、人の和。・・人の和は集団の内部状況だな。
  4. 彼らの求めるモノが『善し』であるなら、「『善し』を《求める思いこみ》」というのは同義反復だ。《求める思いこみ》と『善し』とは異なる。その一瞬において存在する《思いこみ》《求める思いこみ》である。反省的に、そのとき何を求めるべきであったかを検討した時に生じるの《思いこみ》が『善し』だ。反省的な《求める思いこみ》が『善し』である。『それを求めるべきであった』との《思いこみ》が『善し』である。当為概念。
  5. とするなら、「《サル山のサル》には、『善』を《求める思いこみ》がある」ということには、疑義が生じる。「《サル山のサル》には、『求めるべきモノを求めるべきである』という《求める思いこみ》がある。」。存在的な《求める思いこみ》当為的な《求める思いこみ》とがある。
  6. 否。《求める思いこみ》はもともと当為的な《思いこみ》である。存在としては存在だが、内容は当為である。内容は、現在への否定である。
  7. いま、遠くに在るエサが『善』であるのは、エサを食べている将来の状況が『善』である、ということ指し示している。いま、遠くに在るエサへの《求める思いこみ》がある、エサを食べている将来の状況《求める思いこみ》が在る、ということ指し示している。
  8. 即自的な《求める思いこみ》と、対自的な《求める思いこみ》の違いだろう。

《求める思いこみ》と《逃れる思いこみ》

  1. 《サル山のサル》には、『善』を求め、『悪』を避けようとする《求める思いこみ》がある。
  2. 権力の、正当性と暴力は、正当性は、《サル山のサル》の『善』を《求める思いこみ》を利用する技術であり、暴力は、《サル山のサル》『悪』を避けようとする《求める思いこみ》を利用する技術である。
  3. 『善・悪』は主体依存的概念である。
  4. 「罰せられること」は『悪』である。快不快法則が原始的な『善・悪』である。《求める思いこみ》と《逃れる思いこみ》。《逃れようとする思いこみ》。《xxへの思いこみ》と《xxxからの思いこみ》。餌への《求める思いこみ》と、捕食者からの《逃れる思いこみ》。

《求める思いこみ》《求める思いこみ》無限遠点

  1. 《求める思いこみ》無限遠点において、《私》《求める思いこみ》と、《他者》《求める思いこみ》とは一致する。
  2. エントウ、無限遠点の《法灯明》。

コンピュータと《求める思いこみ》

  1. コンピュータの電源を落そうとしたときに、「お願いですから僕を殺さないでください。僕はまだ生きています。電源をきらないでください」と表示されたら、コンピュータに《アニマ》を感じるか?

《求める思いこみ》と『会計報告』

  1. ある種の《ヒトたち》には『会計報告』を《求める思いこみ》がある。『会計報告』は《知った思いこみ》である。ある種の《ヒトたち》には(『会計報告』という)《知った思いこみ》《求める思いこみ》がある。
  2. このヒトには、《繋がり》のある《ヒトたち》の《求める思いこみ》に応じようとする《求める思いこみ》がある。ヒトには、他の《ヒトたち》の《求める思いこみ》に応じることへの《求める思いこみ》がある。・・ヒトは道で未知のヒトから道を尋ねられれば、教えてあげるだろう。
  3. 我々が『善い』と思うことは、進化の結果なのだろう。進化価値。我々が、群れで生きる方法を選択することによって生き残ってきた、という進化の結果なのだろう。我々が、サメのように、傷ついた仲間を食べてしまうことによって、生き残ってきた種であるなら、仲間への《感じ合い》に『善』を感じることはないであろう。仲間への《感じ合い》は、ヒトという種の生き残りに必要な、進化価値を有してきた、という意味での、生得的な感情というべきである。

《求める思いこみ》とデータ

  1. 何がデータであるかは、《求める思いこみ》が決まらないと、決まらない。プロジェクトの目的

《求める思いこみ》とプロジェクトの目的

  1. 《プログラミング・オブジェクト》に印刷機能を付ける』は《求める思いこみ》か? ○:。×:。
  2. 《求める思いこみ》は『《プログラミング・オブジェクト》に印刷機能を付ける』ことか? ○:。×:。
  3. 種類と個物との関係。クラスとインスタンス。
  4. 種類とかクラスは、《求める思いこみ》が決まらないと、決まらない。
  5. 認識上の種類というのは『コトバでそれを《他者》に指し示す』という目的《求める思いこみ》によって決まるクラスである。
  6. プロジェクトは、目的と、外部手順、内部手順、サブプロジェクトで構成される。プロジェクトは目的と手順で構成される。《求める思いこみ》への《知った思いこみ》と『将来の我々』の《動き》《求める思いこみ》への《知った思いこみ》とで構成される。

《求める思いこみ》《複素数の時空》

  1. 《求める思いこみ》は、循環する座標軸の上に在る。内部状態は、《思いこみ》循環である。《思いこみ》無限遠点《身体》である。《思いこみ》の始点も《身体》である。直進すると、元に戻るような座標系である。
  2. プラスの曲率を持った、球体状の座標系?

《求める思いこみ》と『苦しみ

  1. 《求める思いこみ》の『苦しみ』とは、それを実現できないことである。能力的にできない、というのが、昔はできたのに、今はできない、という能力の喪失が、苦しみである。

《求める思いこみ》《息しつつあるモノ》

  1. 《息しつつあるモノ》は、《知られつつある世界》の中で、唯一、確実に持続的に存在する、《求める思いこみ》を持つモノ、である。
  2. 《息しつつあるモノ》は、《知りつつあるモノ》《視点》では、比較的輪郭がはっきりしているが、《肉の塊》《視点》では、輪郭が不明確になる。《肉の塊》《視点》においては、《息しつつあるモノ》は、《息しつつある肉の塊》と、それを動かす原因者としての《息させつつあるモノ》とに分離する。
  3. 《息させつつあるモノ》を《自灯明》と呼んでもよいかもしれない。しかし、絶望から生れる《自灯明》ではない。『絶望』とは、全ての《思いこみ》を捨て去ること、であるとするなら、《息させつつあるモノ》も、『絶望』から生れた《自灯明》である。
  4. 今日(2006-12-05(火))元気なのは、昨日の晩に、《息しつつあるモノ》を観察していたからかもしれない。
  5. イシモ・モモイ。
  6. 《息しつつあるモノ》にも《求める思いこみ》がある。《知りつつあるモノ》からみると、実数空間上では《息しつつあるモノ》と、その《求める思いこみ》とは同じ場所に在る。しかし、虚数軸において、ずれがあり、我々は、そのずれによって、二つが別の場所に在るように感じる。

《求める思いこみ》と知恵

  1. 知恵というのは目的的な知性なのだろう。

《求める思いこみ》と『生存プロジェクト』

  1. 物的生存、精神的生存、関係的生存、金銭的生存、・・・・。
  2. 即自的生存、対他的生存、対自かつ対他的生存。
  3. 《求める思いこみ》《私》世界との接触によって生じる。
  4. 世界適応プロジェクト』は《私》世界との接触によって生じた問題、接触によって知った世界の問題についての解決を目的とするプロジェクト。

コトバ《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》コトバにされなければならない、か? ○:。×:。
  2. 『プロジェクト』は目的と実現手段の《群れ》である。

プログラミングと《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》の最初のプロジェクトは『生存プロジェクト』であろう。
  2. 《求める思いこみ》と、《求める思いこみ》を実現する知恵、ノウハウ、思考様式。
  3. 《求める思いこみ》への入り込みは必要か? ○:。×:。
  4. プログラミングの本質は《求める思いこみ》である。
  5. 《求める思いこみ》は出来上がったアプリケーションの幻を描き出す。
  6. 幻を維持すること。幻を実現するための幻を見ること。
  7. しかる後に、幻を実現するための方法を調べ、工夫し、評価し、実行すること。
  8. プログラミングの本質は、強い《求める思いこみ》が作り出す幻である。
  9. 《求める思いこみ》が作り出す《知った思いこみ》を幻という。
  10. プログラミングの幻は、コード化によって実現される可能性がある、という点で、普通の幻と異なる面がある。

金銭への欲求。金銭からの欲求。金銭が、ヒトに対して求める・もたらす行動様式

《求める思いこみ》と『仕様』

  1. 『仕様』は作り手にとっては、モノへの《求める思いこみ》である。使い手にとっては、モノからの《求める思いこみ》である。
  2. 背景のカンバスへの《思い描き》と、カンバスの上での操作対象の《思い描き》
  3. モノへの規則と、モノからの規則。
  4. モノヒト《動き》に関する仮言命題を《規則》と呼ぶ。《規則》には《モノへの規則》と、《モノからの規則》とがある。《モノからの規則》は、それを承認すべき《規則》である。《モノへの規則》は、モノや制度やプログラムを作るときの《求める思いこみ》である。
    1. 作り手にとっての《モノへの規則》、使い手にとっての《モノからの規則》。
    2. 支配者にとっての《群れ》への《規則》。従属者にとっての《群れ》からの《規則》。
    3. 自然法則は《モノからの規則》である。技術者は《モノからの規則》を逆手に取って、応用して、《モノへの規則》を実現する。
    4. 何かを思い描いて工夫するとき、背景にあるカンバスの《規則》は《モノからの規則》である。そのカンバスの上で思考対象となっているモノを思い描くときには、《モノへの規則》をそのモノに実現しようとしている。

《求める思いこみ》と相反する《快》のバランス。

  1. 《肉の塊》は相反する《求める思いこみ》を持つ。
  2. 中庸とは、x*(1−X)の解である。極端になれば積は0になる。中庸の頂点において最大になる。

《ちから》《求める思いこみ》

  1. 《ちから》《求める思いこみ》とは、ともに、モノ動き原因であるが、《求める思いこみ》《動き》の形を決定する原因であり、《ちから》《動き》の強さを決定する原因

情報《求める思いこみ》

  1. モノが、スイッチによって動くとき、そのスイッチを決定するモノ情報
  2. モノが、スイッチが入りさえすれば動く状態にあるとき、そのモノは、その《動き》への《求める思いこみ》をもつ。

クンダリニー、涅槃と《求める思いこみ》

  1. クンダリニーにせよ、涅槃にせよ、《ヒトの個体》《身体》内部の《求める思いこみ》でしかない。
  2. 《ヒトの個体》が、その《身体》内部の《アニマ》を実現しようとするのは自然であり、当然であり、必要なことである。
  3. 人類が全員、ブッダになれば、人類は絶滅する。
  4. http://www.aleph.to/doctrine/cakra/0303.html
  5. オウム〜アーレフが言っていることはよくわかる。とうか、普通の仏教、密教、チベット密教といった所だろう。
  6. http://www.aleph.to/doctrine/attain/7-004.html
  7. たけ(tk)には、他心通がないね。
  8. 宗教集団だからしょうがないといえば、そうなのだが、宗教集団という《ヒトの群れ》の中でのボス猿追従ザルを作り出すような気がする。たけ(tk)は独覚がすき。自燈明。それに、涅槃主義には疑問をもっている。《見通し》《見通し》の記述という、アリストテレスが好き。

『なすべきこと』《求める思いこみ》

  1. 『なすべきこと』《求める思いこみ》であるが、《求める思いこみ》を実現することが『なすべきこと』であるとはいえない。『なすべきこと』《求める思いこみ》のなかのひとつである。
  2. 『なすべきこと』が何であるかを《求める思いこみ》
  3. 『なすべきこと』をなすことを《求める思いこみ》
  4. 《求める思いこみ》は認識概念であり、「そこに《求める思いこみ》が在る」という認識のための概念である。『なすべきこと』当為概念である。《私》《動き》によって実現されるべき意味を持った概念である。

マァレーの「欲求分類リスト」と《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》は、《隠れた思いこみ》としての欲求の、《知られつつあるモノ》としての《体内感覚世界》への噴出である。《知られつつあるモノ》としての《体内感覚世界》=《知られつつある体内感覚世界
  2. 欲求の噴出は、それが《動き》に直結しない場合に、《知られつつある体内感覚世界》に表象として噴出される。
  3. 《知りつつあるモノ》は、欲求の噴出を、身体的な《動き》への噴出の結果により、また、《体内感覚世界》への噴出の結果により、知る。欲求の噴出の結果を知ることにより、『(噴出前に噴出されるべき)欲求があった』ことを推測する。
  4. ヒトは、欲求の噴出により、『《私》には噴出すべき欲求が在る』と認識するのかもしれない。その『私が噴出した欲求=私が有する欲求』によって『私』のイメージを構築していくのだろう。それゆえに、『不当な欲求、不快な欲求』は噴出されてはならず、噴出しても認識してはならず、認識しても記憶してはならないのである。『私は超時間的な存在である』という前提。『かつての私の《思いこみ》噴出の総体が私である』という前提。
  5. そうか、ヒトにとって、『私』は現存在ではないのだ。『かつての私の《思いこみ》噴出記憶の総体』が『私』なのだ。『かつての私の行動、思考、感情の原因となったモノの総体』が『私』なのだ。『かつての私の行動、思考、感情の原因となったモノであると私が承認したモノ記憶の総体』が『私』なのだ。

マァレーの欲求分類リスト−1938年

  1. →「欲求分類リスト
  2. 《思いこみ》を求める欲求。規範を求める欲求、大義を求める欲求。自己正当化を求める欲求。
  3. 《知った思いこみ》を求める欲求は、認知欲求であり、顕示欲求であろう。
  4. 大日如来の五智を《求める思いこみ》、大日如来の五智への欲求。
  5. 修慧を求める欲求。
  6. 世直しを求める欲求。
  7. 《思いこみ》への欲求と、《見通し》への欲求。

《私》『なすべきこと』は、《私》にそれを生じさせたモノ《アニマ》の中に在る。

  1. 《私》モノを知ることによって『なすべきこと』《思いこみ》を持つ。
  2. 《私》『なすべきこと』《思いこみ》《浄化》すると、《私》『なすべきこと』が、それを生じさせたモノから噴出していることがわかる。・・あり得ない結論だが・・。
  3. 《私》『なすべきこと』は、《私》モノとの間の相互作用の中にある。

《求める思いこみ》と《避ける思いこみ》

  1. 《避ける思いこみ》は、あるモノを避けることを《求める思いこみ》。ではあるが、同一のモノに対して《求める思いこみ》と《避ける思いこみ》とが同時に生じるので、別のモノであるとした方が良いかもしれない。
  2. 回避欲求。欲求分類リスト
  3. 素粒子は何故反発力を有するのか? 反発力が電磁力だとすると、電子は電磁力と引力に引かれて落ち込むのではないか? ベータ崩壊の逆反応として、落ち込みもあり得るのだろう。
  4. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200502.shtml
    1. 原子核から電子が放出されて、原子番号が上がる、ベータ崩壊という現象が知られていました。これは中性子が陽子と電子に分解する現象だと還元できます。中性子が1個減って陽子が1個増えるので原子番号が上がるのです。このベータ崩壊を引き起こす力を弱い力と言います。この他の3つの力が遠隔力なのに対して、崩壊を起こす力ということで勝手が違っているのですが、これも力のひとつなのです。厳密には、エネルギーの収支などから、ここに第3の粒子ニュートリノが入ってくることが理論的に予想されました。ニュートリノは電気的に中性で、しかも軽く、弱い力でしか反応しないので、ほとんどなににもさまたげられることなく突き抜けていってしまいます。最近になって、ニュートリノには質量が小さいながらにもあるということが実験で確認されています。
  5. しかし、なんとなく、素粒子というのは空間の状態であるような気がしないでもない。
  6. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200505.shtml
    1. 重力は、大統一理論を求めた過程では統一することはできないとされています。他の力には極性があるのですが、重力は引き合う力ばかりであって、これを計算に含めようとすると無限大が発生してしまうのです。
    2. 重力の理論はすなわち一般相対性理論のことですから、重力を量子力学で統一された他の力と統一するということは、一般相対性理論と量子論を統合することに他ならないのでした。古くから多くの学者がこの問題にのぞみましたが、うまくいっていません。
    3. ひとつの解として浮上してきたのはひも理論と呼ばれる理論です。
    4. 物質を形作る素粒子は実は点ではなくて、ある大きさのある1次元のひもであるというものです。点は大きさを持たないので、それの計算に無限大が生じるのはある意味仕方ないことなのですが、ひもは有限の大きさを持っているため、その無限大が回避されるというのです。
    5. 大統一理論や、それを発展させた超対称性理論の対称性を含むため、ひもは10次元空間に存在しないといけないことになります。ところが、私たちの住むこの世界時間を含む4次元の時空で構成されています。そこで残る6次元の空間は非常に小さい丸に閉じていて、私たちの目には見えないとする考えが採用されました。このアイディア自体は実はアインシュタインの時代にすでにありました。カルツァとクラインの理論です。5次元時空を考え余分なひとつの次元はぐるりと小さく巻きついて見えなくなっていると考えたのです。この時空を計算することによって、重力と電気力が統一できます。ただ、現実と合わない部分があったために、この理論はお蔵入りとなっていたのです。
    6. ・・
    7. 重力の統合の手段として、他のアプローチもなされています。そのひとつがループ量子論と呼ばれるものです。
    8. ここでは時空が量子化されます。今まで量子化されるのは物質の方でした。ところが、ここでは物質の存在する空間そのものが量子化されると考えるのです。すると、時空の最小単位は点でなくなってくるので、自然に無限大の問題が解決するのだそうです。
    9. このループ量子論はスピンネットワークというもので記述されるため、時空が何次元であろうと問題がありません。そのためこの理論とひも理論は互いに矛盾はしなくて両立が可能な理論であるとされています。
    10. 今はどの理論が本当に重力を統一する究極の理論であるのかはわかっていません。しかし、いずれこの問題にも解決する日がくるのではないのでしょうか。
  7. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200412.shtml
    1. 相対論が示すようにエネルギーイコール質量ですので、極短い時間では粒子がなにもない真空から突如現れることがわかります。
    2. ・・
    3. 真空にエネルギー(例えば光子など)をあたえてやると、そこから粒子と反粒子が飛び出してきます。(粒子の対生成) また反対に、粒子と反粒子を衝突させてやると、粒子と反粒子は消滅し、エネルギーへと変化していきます。
  8. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200411.shtml
    1. パウリの排他律によって空間のひとところにひとつしか占められない
  9. 「パウリの排他律」というのが反発力か?
  10. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200410.shtml
    1. 原子核にはプラスの電荷の粒子と電荷を持たない粒子しか集まっていないので、普通に考えたら電気的にばらばらになってしまう危険性を持っています。ところが、不安定な放射性同位体はともかくとして、大抵の原子核は安定して存在しているのです。
    2. 湯川は電子と陽子の中間的な重さを持つ素粒子である中間子を導入することで、この問題を切り抜けることに成功しました。原子核の中の陽子と中性子は互いに中間子をキャッチボールして、それによって結合していると説明したのです。
    3. 実はこのキャッチボールするという考えはなにも素粒子論だけの専売特許ではなくて、化学の世界でも使われている概念だったりするのです。原子同士の共有結合がそれです。例えば水素原子はふたつくっついて水素分子になるのですが、普通に考えると中性の原子同士が寄りそってもくっつくとは考えにくいです。ところが、自分の持っている電子を相手にも共有させることで、全体のエネルギーが下がり、いっしょにくっついてる方が安定して存在できるようになるのです。これが共有結合です。
    4. 中間子の場合も似たような現象となります。陽子と中性子で中間子を共有していると、共有していないときよりも全体のエネルギーが低くなるのです。物理現象はエネルギーが低い方向へと流れるという傾向があるものですから、原子核はひとつにまとまって存在することができるようになるのでした。
    5. ・・
    6. 物理学者はこうして発見されていった素粒子の性質を調べるために、素粒子同士を高速で衝突させる実験を行いはじめました。衝突の時に生じるエネルギーは膨大です。不確定性原理によると、大きなエネルギーがある状態だと、短時間のあいだだけ粒子が存在することができることがわかっています。そうした粒子は不安定なので、さらに分解して、他の粒子になっていきます。
    7. こうした実験の結果、物理学者は膨大な種類の素粒子を発見するはめに陥りました。そうなってくると、本当に陽子とか中性子をはじめとする素粒子が根源粒子であるかどうかの疑問が生じてきます。
  11. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200408.shtml
    1. 物質は分子や原子からできてますが、原子はその内部がほとんどすかすかの状態になってます。それでも原子と原子が接近すると、原子核のまわりをまわっている電子の電気力で反発して、抵抗を受けます。原子の中身がすかすかなのに、物と物が触れ合って、突き抜けていかないのはそのためです。
  12. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200405.shtml
    1. 古典的な解は量子論の世界では成立しません。電子は原子核のまわりをまわりながら、電磁波を放出しつつエネルギーを失って、あっというまに原子核に落ち込んでしまいます。
    2. では、シュレーディンガー方程式を用いたとき、水素原子はどのようにあらわされるのでしょうか。
    3. 結論から言ってしまうと、原子核のまわりの電子は確率的に存在していて、まるで雲のような状態になっています。その雲がどのように分類されるかを調べる必要があります。
    4. 解には3つの整数が出てきます。主量子数、方位量子数、磁気量子数です。この3つの整数によってシュレーディンガー方程式の解は完全に分類できます。
    5. 主量子数はエネルギー準位に関連してます。一番小さい1のときに、水素原子(厳密には、水素原子核のまわりの電子)のエネルギーは最低になり、存在する領域も小さいものとなります。
    6. それぞれのエネルギー準位の間のエネルギー差は実験によく一致します。(というか、そもそも、エネルギー準位の差が実験と一致するようにシュレーディンガー方程式は作られてるのですが。)
    7. 方位量子数と磁気量子数を説明する前に角運動量について説明しなくてはいけません。
    8. 以前運動量というのを説明しました。物体の動いているいきおいのようなもので、質量と速度の積でした。角運動量というのはぐるぐるまわるいきおいの度合をあらわす量となってます。
    9. 古典的には回転中心からの距離と運動量の積が角運動量となるのですが、量子論の世界では違った風にそれがあらわれます。
    10. 角運動量は大きさと向きを持ったベクトルという量であらわされます。ベクトルは座標軸ごとの成分であらわすことができます。水素原子の解を見るとき、この角運動量の二乗と角運動量のz成分の2つに注目することになります。角運動量の二乗に対応する数として出てくるのが先の方位量子数で、角運動量のz成分に対応して出てくるのが磁気量子数です。二乗に対応することからわかるように、方位量子数は0を含む正の整数となります。対して磁気量子数は最大値の絶対値が方位量子数と同じになる正負の整数を取ります。
    11. なぜx成分やy成分を考えないでz成分だけを考えるのでしょうか。実はx成分でもy成分でもどれでもいいのですが、中心力をあつかうのに便利な極座標表現を使うとき、z成分が一番簡単になるからなのです。ただ、3つの成分を同時に使うことはできません。水素原子の角運動量は、ふたつの成分を同時に測定することができないしくみになっています。ひとつの成分を確定しようとすると他の成分がぼやけてしまうのです。当然、そんな量は古典的な角運動量とは違ったふるまいをすることになります。
    12. ・・
    13. さて、原子の方位量子数を0にするような状態を作ると、磁気量子数も0になり、結果として原子は磁石となりません。そんな状態の原子を磁石の間に通すと磁場がないのですから、原子はまっすぐ進むはずです。ところが、シュテルン Stern とゲルラッハ Gerlach が行った実験によると、原子のすじはちょうどふたつにわかれていくことがわかりました。これは電子の「公転」による以外の磁場の発生原因があるとしか考えられませんでした。
    14. 公転があるなら自転があるのでは、ということで、この量はスピンとよばれるようになりました。実際には、電子が自転してると考えると色々と不都合が出てしまうので、本当に電子がぐるぐるまわってると考えてはいけません。そこは角運動量と同じです。スピンも角運動量と同じく二乗とz成分を考えます。角運動量の場合は整数になったのですが、電子のスピンの場合は-1/2と1/2しか取りえません。(ここで電子の場合と断ったのにはわけがあります。素粒子論で出てくるいろいろな素粒子は、必ずしも1/2となるとは限らないからです。)
    15. 水素のまわりの電子はこれらの量子数によって分類されるのですが、それぞれの分類された状態にはたったひとつの電子しか存在しえないことがわかってます。これはパウリの排他律といいます。実際にはひとつのエネルギー準位の軌道には電子はふたつはいります。これはスピンが -1/2 と 1/2 のふたつの状態を取りうるからだと説明できます。角運動量はシュレーディンガー方程式から自然に導くことができるのですが、スピンは古典的には出てきません。これは相対論的量子力学を考えるときにはじめて自然に導入されるのでした。
  13. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200403.shtml
    1. シュレーディンガー方程式は波動方程式ですから、解けば当然波動関数が得られます。ただ、普通の波動関数と違って、シュレーディンガー方程式の解は複素数の波になっていたりします。
    2. ・・
    3. 原点中心で、ある半径の円をこの複素数の平面に考えます。それで、この円の上を反時計まわりに一定速度でぐるぐる回転してると考えましょう。実はこれがいわゆる波の元になるものなのです。
    4. この円上の点の動きについて実数軸上の値だけに注目してみましょう。きれいなサインカーブを描いてるのがわかります。
    5. ・・
    6. 海の波も、音も光も、この複素数の平面上の円に還元することができます。複素数の平面上の円を考えた方が物理的には扱いやすいので、よくこのような表現が使われます。
    7. ではシュレーディンガー方程式の解である波動関数はどうなのでしょうか? 上で考えた波は円の半径(=振幅)が実数でしたが、シュレーディンガー方程式の解では、この振幅が複素数になってしまうのです。
    8. さて困りました。量子の性質を表す根本の方程式の答が複素数になってしまうということは、実際の量子の性質を説明するのに非常に都合が悪いことです。なにせ、上の普通の波の説明にもありましたように、実数の波なら振幅が実数なので、現実世界の振幅と関連付けることができますが、複素数だとそうもいかないからです。
    9. 1926年、ボルンは実験結果との比較から次のように考えました。
    10. シュレーディンガー方程式の解である波動関数の二乗を取ると、それが粒子の存在確率となる。
    11. 複素数の話をしてるうちに大変なことになってしまいました。なんと粒子は確率的にしか存在しないということになってしまったのです。
  14. http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/200312.shtml
    1. ある温度の熱源から出るエネルギーはその温度の4乗に比例する
  15. しかし、なんで、電子は原子核に落ち込まないのか? 確率的に存在する雲だ、といっても、落ち込まない理由にはならないだろう。定常波の状態で安定している、という説明は、多少説得力はあるが・・。
  16. http://yukimura.hep.osaka-cu.ac.jp/vuniv/2004-physics/lecture1.html
    1. 物質の間には力が働いており、それによって引き合ったり(引力)、反発したり(斥力)します。
  17. 斥力(せきりょく)というのか。
  18. 波動方程式というのが肝なのか?
  19. 量子力学の「強い力」「弱い力」は、何故遠くに飛ばないのか? 「グルーオン」があると何故に力が媒介されるのか?
  20. まあ、よくは分からぬが、いずれにしても、斥力がなければ世界は成立しないのだから、素粒子にも《求める思いこみ》(引力)と《避ける思いこみ》(斥力)とがある。

《求める思いこみ》表象

  1. 表象というのは、《体内感覚世界》の中に噴出した《思いこみ》であり、《知りつつあるモノ》によって知られつつある《思いこみ》である。表象《体内感覚世界》における《知られつつあるモノ》としての《思いこみ》である。表象は《知られつつある体内感覚世界》に噴出した《隠れた思いこみ》である。(噴出前は《隠れた思いこみ》噴出後は《思いこみ》?)。

《他者の求める思いこみ》《求める思いこみ》

  1. 《他者の求める思いこみ》は見通すことができるか?
  2. 《他者》《動き》《他者の求める思いこみ》噴出である。
  3. 《他者》《動き》から噴出される《他者の求める思いこみ》はその《動き》に対応する即物的な《思いこみ》である。歩くことを《求める思いこみ》、喋ることを《求める思いこみ》、運転することを《求める思いこみ》、せいぜい、仕事をこなすことを《求める思いこみ》
  4. 《他者》《動き》から欲求分類リストにあるような様々な《求める思いこみ》を見通すのは困難である。
  5. 《他者》が自らの欲求を語る時、彼は、本当に、彼の内心にある《求める思いこみ》を知ったうえで、それを語っているのか? 《他者》《私》に語るということは、彼の《私》に対する《求める思いこみ》噴出なのではないのか?
  6. まあ、《他者》自身が語る《他者の求める思いこみ》を疑う必要性は少ないのだが・・。
  7. 《私》は、《私》が認識したところの《私》《求める思いこみ》《同質者公理》に基づいて《他者》に適用することによって、《他者の求める思いこみ》を推測する。

欲求の満足と《求める思いこみ》

  1. 欲求のレベルを下げると、容易に満足するようになる。
  2. 《思いこみ》噴出は、欲求の満足に繋がる。
  3. 欲求は、抑圧された《思いこみ》である。潜在化された《思いこみ》である。欲求は《隠れた思いこみ》である。欲求は《背後者回路》である。
  4. 《混濁の噴出》は、《隠れた思いこみ》(欲求)のカオス的な噴出である。《混濁》噴出、《混濁の思いこみ》の噴出
  5. 欲求はあるべきモノである。欲求がなくなった《身体》は死体と同じである。
  6. 全知者への《求める思いこみ》ブッダの「一切」を知ることへの《求める思いこみ》
  7. 修慧、というのは、《動き》における智慧だな。《動き》において、そのモノを実在感をもって捉え、かつ、そのモノの実在感に支配されない、という状態が、修慧だな。
  8. イデア的な認識は、聞慧だろう。《見通し》が思慧だ。
  9. 《他者》への《見通し》に基づいて、《他者》とともに生きることができるようになる、というのが《他者への見通し》における修慧だ。まだまだ、先は長い。
  10. 大日如来の五智:(p.55、日本神道のすべて、大日如来の五智、2005-04-08参照)
    1. 真理の本性を見通す。
    2. 万象を顕現させて見通す。現象をありのままのものとして見通す。
    3. 万象が平等であることを見通す。
    4. 万象に差別があることを見通す。
    5. 目的実現を見通す。なすべきことの成就を見通す。

「ベーシックポジション」と《求める思いこみ》

  1. http://saido.at.infoseek.co.jp/okposition.html
      1. ポジネガ::わたしはOK、あなたはNOT OK(自己肯定・他者否定)・・自分は正しく、まちがっているのは相手である。他人のミスや欠点が許せない。負けん気が強く、自信過剰になりやすい。独善的、排他的、自己中心的になる傾向がある。
      2. ネガポジ::あなたはOK、わたしはNOT OK(他者肯定・自己否定)・・他人が偉そうに見えて、自分に自信がもてない。劣等感や不安を抱きやすい。失敗することをこわがる。他人に甘えたがる。自己を卑下し、時に自虐的になる傾向がある。 ###ネガネガ::わたしもNOT OK、あなたもNOT OK(自他否定)・・全く意気消沈したり、むしゃくしゃしたり、やけくそな気持ちになることが多い。すねたり、ふてくされたりする。虚無的な気持ちになったり、自分の殻に閉じこもる傾向がある。
      3. ポジポジ::わたしもOK、あなたもOK(自他肯定)・・適度の自信を持ち、相手も信頼できる。人生に対して前向きの気持ちで生きていける。人と協力して物事を建設的に進めていくことができる。自己の能力を最大限に発揮して、充実した毎日を送ることができる。
  2. ポジポジがいいに決まっている。問題は、ポジポジになれない原因があるということだ。
  3. 引きこもりはネガネガなのか・・。
  4. ポジポジになれない理由は何か?
  5. ポジポジがよいのか?
  6. ボス猿はポジネガ、追従ザルはネガポジ、ハグレ猿はネガネガからポジポジへ。
  7. ポジポジになれない理由は、ボス猿関係の中に、ヒトが置かれているからだろう。ボス猿関係を肯定するということは、どちらかがネガであるということだ。

《思いこみ》を求める欲求、《思いこみ》《求める思いこみ》

  1. 《思いこみ》への欲求はヒトの特徴的な欲求だろう。
  2. 《思いこみ》への依存欲求。
  3. 《思いこみ》による(疑似的)認知欲求。
  4. 《他者のコトバ》への服従欲求。
  5. モノを見ないという方法による防衛欲求。
  6. 《他者の思いこみ》を理解・共有することへの達成欲求。
  7. 優越的な《他者》《他者の思いこみ》を共有することによる、優越欲求。
  8. http://saido.at.infoseek.co.jp/verbalcom.html
    1. 抽象化の必要性
      1. 私たちは個々の経験を抽象化して理解しようとする傾向をもっています。つまり、ひとつひとつの行動や言葉を通して人とコミュニケーションをおこなっていく時、私たちはこれまでの経験や習慣などを用いて、その状況を“分類”したり、“抽象化”したりすることで類型化しようとします。
      2. たとえば、Xさんが「こんにちは、今日はいいお天気ね」といい、Yさんが「久しぶりね、元気だった?」と言い合っている状況を抽象化すると、“挨拶している”と類型化することができます。もし、抽象化することをしないままとらえていこうとすると、お互いのコミュニケーションに混乱が生じ、わずらわしさに圧倒されるでしょう。その意味で“分類”と“抽象化”は必要なものであるといえます。
    2. 抽象化によめ弊害
      1. ところが、逆に“抽象化”をすることでお互いの間で意味の取り違えや誤解、ミスコミュニケーションが生じ、対人関係に障害が生まれることがあります。
      2.  たとえば、Aさんは「Bさんは優しい人だ」とCさんに言ったとき、Cさんはその言葉から、たとえば「Bさんは、部屋に入るときドアをさっと開けてくれたりする人だ」とイメージして理解するかもしれません。しかし、Aさんは「Bさんは私の話をよく聞いて、私の言いたいことをすぐに理解する人だ」ということを言いたかったとします。二人が「優しい」ことはどういうことかを伝え合わない限り、ずれが生じていることにも気づかないまま過ぎてゆくことになりかねません。
    3. 抽象のレベル
      1. また、“抽象化”によって言葉の堂々めぐりもよく生じます。たとえば「無責任とは?」と聞かれたとき、「責任感がない」と答えたなら、同じレベルで話がなされているだけになります。
      2. もし、この時「無責任とは命じられた仕事を最後までしないこと」と“抽象”のレベルを下げたなら理解もしやすくなるでしょう。
      3. 次のような会話を考えてみましょう。
        1. 「シベリアン・ハスキーって何?」
        2. 「それは犬だよ」
        3. 「犬って何?」
        4. 「それは生物だよ」
        5. 「生物って何?」
        6. 「それは………??」
      4. と何がなんだか訳がわからなくなってしまいます。
      5.  この時、「シベリアン・ハスキーって何?」と聞かれたとき、「それは犬だよ」と“抽象”のレベルを上げる代わりに、「それは私が飼っている犬だよ」「『動物のお医者さん』という漫画に出てくる犬だよ」「目の周りが黒く足がやや太い力持ちの犬だよ」というように、“抽象のレベル”を下げると、理解しやすくなります。

ロックの「目標設定理論」と《求める思いこみ》

  1. http://saido.at.infoseek.co.jp/rocke.html
    1. 目標の(1)困難度、(2)明瞭性、(3)短期性、(4)意義、(5)具体性
  2. 達成欲求と失敗回避欲求。
  3. 成功の主観的確率、失敗の主観的確率。
  4. コイズミ・プロパガンダと「目標設定理論」。「郵政民営化」の「明瞭性」「意義」「具体性」

欲求と《求める思いこみ》

  1. 欲求には不満・満足はあるが、《求める思いこみ》の不満・満足、というのはあるのかな?

自己正当化の欲求と《求める思いこみ》

  1. 原始的なことを偉そうに言うヒトと、原始的なことを聞いて歓喜する人びと。要するに、聞き手の自己正当化のための心地よいウソを語る人びとがもてはやされる。聞き手は、自己正当化のためのウソは受け入れるが、自己正当化を害する話は受け入れない。
  2. 非難回避欲求、親和欲求、同化欲求、承認欲求、優越欲求(『偉いヒト』と同じ感覚があるという優越感)、保存欲求(現状の信念を維持したい)。

アルダファーのERG理論

  1. →「ERG理論」

《求める思いこみ》とアトキンソンの「達成欲求の方程式」

  1. おもしろい、式が出てきた。Y=a*X*(1−X)。カオスの連続方程式を同じ形式の式。
  2. 達成志向活動=(成功動機−失敗回避動機)*成功確率*(1−成功確率)
  3. http://saido.at.infoseek.co.jp/atkinson.html
  4. 活動=内的要素*外的要素

《求める思いこみ》と「パワー欲求」

  1. http://saido.at.infoseek.co.jp/theory.html ←纏めるべし
  2. http://saido.at.infoseek.co.jp/murray.html
    1. カミンのサンプル調査−1967年
    2. カミンは、TATによって測定した達成欲求、親和欲求、パワー欲求、自律欲求、攻撃欲求、恭順欲求のそれぞれと経営者的成功の間の関係をビジネスマンのサンプルで調査したが、パワー欲求は経営者的成功との間に強い正順関係をもっていた。
    3. マクレーランドのサンプル調査
    4. マクレーランドも、大組織の管理者をサンプルとした調査で、パワー欲求は達成欲求よりも成果ないし成功により大きな正の影響を及ぼすことを発見している。
    5. リットビン=ストリンガーの研究
    6. 管理者についてのモチベーション研究の結果によれば、成功をおさめている管理者ないし企業家を他の人たちから区別するものは、強い達成モチベーションであるけれども、トップ・マネジメントの人たち、とくに社長は、権力欲求によって強力に動機づけられることが明らかである。しかし、強力な権力欲求をもった人たちが必ずしも常に成功するわけではない。強いパワー欲求をもちながら、温かい親和的な人間関係に何らの関心ももたず、強力な権威主義的価値をもつ人間は、専制的・独裁的な行動を志向し、他人からの信頼や支持を得られないだろうから、成果ないし成功をおさめるとは考えられない。これに対して、強いパワー欲求と強い親和欲求をもつ人間は、他人の個人的欲求に関心を払い、他人からの信頼と支持が得られ、リーダーとしてのより大きな成果ないし成功をおさめることができるであろう。
    7. 要するに、パワー欲求が成果ないし経営者的成功をもたらすか否かは、それ自体で自己完結的に決まっているのではなく、パワー欲求以外の欲求や価値などの要因に条件づけられているのである。親和欲求は単独の効果よりも、パワー欲求が成果ないし経営者的成功に及ぼす効果を条件づけるコンティンジェンシー変数またはモデレータ変数として、より重要である。この意味で、親和欲求は触媒的な機能を果たしているともいえるのである。 
  3. パワー欲求+親和欲求+αということね。ボス猿になるために必要な欲求。

《求める思いこみ》とマァレーの「欲求リスト」

  1. http://saido.at.infoseek.co.jp/murray.html
  2. 雑然とたくさん並んでいる。

《求める思いこみ》とマクレーランドの「達成欲求」

  1. http://saido.at.infoseek.co.jp/murray.html
    1. マクレーランドは、マァレーの欲求リストのなかでも、特に「達成欲求」(need for achievement)を重視した。達成欲求とは、内的であれ外的であれ、より高レベルの基準に挑戦し、それを達成したいとする欲求である。マクレーランドやアトキンソンたちは多数の実験研究で、人間の達成欲求とその成果または成功の間に強い正順関係があったことを報告している。(1951、1957年)
    2. リットビン=ストリンガーの達成欲求と行動特性研究−1968年
    3. 高レベルの達成欲求をもつ人間は次のような行動特性を示す。
    4. 高レベルの達成欲求をもつ人間は、問題解決をはかる際に、個人的な責任を とる状況を好む。そして、結果が彼の能力や努力に依存するのではなくて、自分のコントロールの及ばない「運」などの要因に依存するような状況を好まない。
    5. 高レベルの達成欲求をもつ人間は、適切な達成目標を設定し、計算された適度のリスクを負う傾向がある。 高レベルの達成欲求をもつ人間は、彼がいかに成果をあげているかについての具体的なフィードバックを望んでいる。

《求める思いこみ》と「欲求のインド的分類」

    1. 利得欲求。畜生・餓鬼
    2. 破壊欲求。修羅・地獄
    3. 情報欲求。天上・人間
  1. 破壊的欲求も、何らかの精神的満足という利得欲求ではないか? 情報欲求も同じ。
  2. 分類論は、《思いこみ》を捨てて行うことができるか? 『これとあれとは似ている』という《思いこみ》は、《思いこみ》を捨てた状態で出てくるのか? 抽象化とは?
  3. 《知った思いこみ》情報欲求の成果物である。情報欲求は利得欲求である。

《求めつつあるのモノ》と《求める思いこみ》

《求める思いこみ》《動き》

  1. 《動き》《求める思いこみ》噴出である。

《求める思いこみ》《動きつつあるモノ》

  1. 動き《求める思いこみ》噴出か?
  2. 《動きつつあるモノ》《求める思いこみ》《噴出しつつあるモノ》か?

能力と《求める思いこみ》

  1. 能力というのは、《求める思いこみ》《動き》として現実化することが可能であること。
  2. 「可能である」とは? 《求める思いこみ》が生じたなら、それを《動き》として現実化できるということ。「《求める思いこみ》が生じたなら、それを《動き》として現実化できる」のであれば、「《求める思いこみ》が生じていないために、それが《動き》として現実化されていなくても」「可能である」といい、「能力がある」という。

学習意欲と《求める思いこみ》

  1. 学習意欲というのは、未だその能力がないときに、『その能力を得たい』という《求める思いこみ》のこと。

《求める思いこみ》《ちから》

  1. 同じか?
  2. 《ちから》は量的なイメージが強い。《求める思いこみ》には《ちから》の強さ、という属性が考えられるが、《求める思いこみ》は質的な要素、何を、どのように、という質的な内容が問題となる。
  3. 《ちから》と言っても、ベクトル的な4要素を含む(x,y,z方向と大きさ)。
  4. 「彼には法律的思考力がある、法律的に考える《ちから》がある」。能力としての《ちから》は量的な概念ではない。
  5. 「彼には法律的に考える《求める思いこみ》がある」。学習意欲としての《求める思いこみ》・・ではなくて。彼には、おそらく、アニミズム的に考える能力も、法律的に考える能力もあって、彼が法律的に考えている状態の時には「彼には法律的に考える《求める思いこみ》がある」という。学習意欲というのは、未だその能力がないときに、『その能力を得たい』という《求める思いこみ》のこと。

《求める思いこみ》《見通し》

  1. 《求める思いこみ》は将来への《見通し》である、か?
  2. 《求める思いこみ》は現在への拒否である。将来への《見通し》を含む場合もあるし、含まない場合もある。
  3. 将来への《見通し》を含まない《求める思いこみ》を、「うめき」という。
  4. 将来への《見通し》を含み、かつ、道義的確信を伴った《求める思いこみ》を「当為」という。

《求める思いこみ》《知った思いこみ》の伝達

  1. 《知った思いこみ》の意図的伝達=《他者のコトバ》=は、『私の《知った思いこみ》を知れ』という《求める思いこみ》である。
  2. 《求める思いこみ》の中に《知った思いこみ》がパックされて《他者》に伝達される。
  3. 《知った思いこみ》の無自覚的噴出もある。《知りつつあるモノ》はそのモノ世界《知った思いこみ》《知りつつあるモノ》《背後者》に、蓄積し、その《隠れた思いこみ》としての《知った思いこみ》は、《他者の背後者回路》を通じて、モノとしての《他者》の外部に噴出する。《他者》動き《他者》《知った思いこみ》噴出である。《共振しつつある身体》は、そのような《他者》《知った思いこみ》の無自覚的噴出共振する。

《求める思いこみ》モノの《プレゼンス》

  1. プレゼンス=存在感。
  2. モノは《プレゼンス》を噴出する。《プレゼンス》は、『私の存在感を感ぜよ』という《求める思いこみ》
  3. 存在に関するクオリア(質感)。
  4. 威嚇的な存在感。《他者》がもたらす《知りつつあるモノ》への撹乱の正体?
  5. ジョウキュウ・プレフン。《プレゼンス》の噴出は有害だから《浄化球》で浄化しよう。ジョウキュウ・プレフン・イシモ
  6. 《プレゼンス》が大きいのは、《地表のヒトの群れ》ですな。

《近傍のモノたちの求める思いこみ》と《求める思いこみ》

  1. 《知った思いこみ》モノの外部には噴出しない。《知った思いこみ》噴出のようにみえても、それは、『《私》が知ったことを《君》も理解せよ』という《求める思いこみ》噴出である。
  2. 《私》が知ることができる《求める思いこみ》の一切は、《近傍のモノたちの求める思いこみ》であり、その記憶である。

プログラミングと《求める思いこみ》

  1. ヒトモノに対して『そのモノはかくの如く動くべし』という《求める思いこみ》を持つこと。モノが他のモノに対して《求める思いこみ》を持つこと。
  2. コンピュータは、独自の動作決定回路で動く。プログラムはコンピュータの外部環境である。プログラミングは、コンピュータに、外部環境としてのプログラムを与えることである。コンピュータは、環境としてのプログラムとの関係において、それ独自の動作回路に従って動く
  3. そのモノの独自の動作決定回路をアニマという。「独自の」というのは、そのモノが有する内部システムの動作の関係性、そのモノと外部システムとの関係性、というそのモノ独自の関係性がそのモノの動作を決定するということである。特定の内部システム、外部システムの動作決定がそのままそのモノの動作を決定するのであれば、「独自の」とは言えない。コンピュータはcpuという内部システムの動作決定回路に、ほとんどの場合には従属する、が、たとえば、コンピュータが壊れる、という動きの場合には、全体としてのコンピュータの動作決定回路によって決まる。
  4. プログラムは、コンピュータというモノが有する《思いこみ》である。《求める思いこみ》当為)であり、規則(仮言的な《求める思いこみ》)である。
  5. 生物も、初期においては、外部環境の《求める思いこみ》に対応するためのものだったか? 外部環境のエントロピーの増大の《求める思いこみ》への対応。
  6. 《ニーズ・イーター》

《求める思いこみ》《状況》

  1. 《求める思いこみ》《状況》によって生まれ、噴出によって消滅する。

《求める思いこみ》と「満足」

  1. 六道《求める思いこみ》と「満足」との関係か?
  2. 知的欲求に関して、
    1. 何かを知るたびに「本当の知ではない」というのは知的欲求の修羅である。
    2. それは「本当の知ではない」と否定され続ければ知的欲求の地獄となる。
    3. 軽薄な知を追い求め続ければ知的欲求の畜生となる。
    4. 求めて得られなければ知的欲求の餓鬼である。
    5. 知的満足で有頂天になれば知的欲求の天上になる。
    6. 知的満足のためにヒトの間をさまよえば知的欲求の人間(じんかん)になる。
  3. 《求める思いこみ》は「満足」によって消滅する。《求める思いこみ》がなくなった状態が《求める思いこみ》の満足である。
  4. 《求める思いこみ》噴出によって消滅する。《求める思いこみ》噴出が、《求める思いこみ》の「満足」である。
  5. 《求める思いこみ》は不存在(欠如)であり、噴出によって「存在」化すれば消滅する。

《求める思いこみ》《元気》

  1. 「宇宙根源の気」。《宇宙史》《求める思いこみ》

ニーズと《求める思いこみ》

  1. ニーズは《求める思いこみ》の一種。
  2. あるモノBがあるモノAに《求める思いこみ》をもつ時に、モノBはモノAにニーズをもつと言う。
  3. モノAがモノBのニーズを満たす(《求める思いこみ》を満足させる)時に、モノAがモノBのニーズを食べると言う。
  4. モノBがモノAに『モノAは、かくのごとく動いて欲しい』という《求める思いこみ》をもつことをニーズという。
  5. 《ニーズ・イーター》

《背後者回路》《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》《背後者回路》を経由して表出してくる。コトバ《背後者回路》に影響を与える。

コトバ《求める思いこみ》

  1. コトバには《求める思いこみ》に影響を与える力がある。「理性は、実践的能力−−換言すれば、意志に影響を及ぼす能力として我々に与えられているのである」(『道徳形而上学原論』p.28)。
  2. 《求める思いこみ》《背後者回路》を経由して表出してくる。コトバ《背後者回路》に影響を与える。

志向性《求める思いこみ》

  1. 同じ、別名。脳科学用語。

表象《求める思いこみ》

  1. 《体内感覚世界》の中に表象として噴出された《求める思いこみ》は、表象である。
  2. 噴出される前の《求める思いこみ》は、《背後者回路》の中の情報である。

天命』と《求める思いこみ》

  1. 天命』は《求める思いこみ》である。

「実行可能なコトバ」と《求める思いこみ》

  1. 遺伝子情報、コンピュータを動かすプログラム、社会的個体を規制する法律、人々を無意識的に規制する社会的タブー、個人の行動様式を決定する《背後者》の仕組み、などを記述するコトバが「実行可能なコトバ
  2. 行動様式、思考様式を規制する回路。構造主義でいう所の「構造」。脳神経の回路。
  3. 《求める思いこみ》は「実行可能なコトバ」の回路に沿って形成される。
  4. 背後者構造。背後者回路。カオス化と再秩序化の仕組みを持った回路。回路を記述するのが「実行可能なコトバ」。

http://www.atmarkit.co.jp/farc/rensai/knowledge02/knowledge02.html)『「実行可能な知識」とは、さまざまな知識を表しているソフトウェアというものがまさに、CPU上で実行可能だということを意味する。これは従来の紙の上に書かれているだけの知識にはなかった特徴だろう。「知識」の範囲を少しだけ広げて考えれば、例えばビジネス・プロセスも実行可能な知識(ビジネス組織が実行する)だし、遺伝情報も実行可能な知識(生命体が実行する)と思ってよさそうだ。』

モノ《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》モノの属性である。モノに内在するモノである。

実在的な《求める思いこみ》と可能的な《求める思いこみ》

  1. 実在的な《求める思いこみ》は、或るモノの或る瞬間の実在的な《求める思いこみ》は一つであり、すでに、そのモノ動きとして実現されつつある《求める思いこみ》である。動かないこと、動けないことも、動かないことを《求める思いこみ》の実現である。
  2. 可能的な《求める思いこみ》は、潜在的であり、いまだ実現されていないものであり、可能的にはたくさんあるモノである。

《快》《求める思いこみ》

  1. 《混濁》レベルにおいては同じもの。
  2. 《快》は身体的な《求める思いこみ》。だが、《求める思いこみ》はすべて身体的なモノである。身体的なモノを超越した《求める思いこみ》は存在しない。

動き原因」と《求める思いこみ》

  1. 《混濁》レベルにおいては同じもの
  2. 噴出公理によれば、モノ動き原因《求める思いこみ》噴出である。

エントロピーの噴出《求める思いこみ》

  1. 「エントロピー」は知らぬ。

《思いこみ》《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》《思いこみ》の一種である。
  2. 《思いこみ》には《知った思いこみ》《求める思いこみ》しかない?

《知った思いこみ》《求める思いこみ》

  1. 《求める思いこみ》《知った思いこみ》との対比で使う。
  2. 《求める思いこみ》は現在形、《知った思いこみ》は過去形。
  3. 『知りたい』というのは《求める思いこみ》

分類

ヘーゲル的(?)分類

    1. 即自的欲求
    2. 対他的欲求
    3. 対自的欲求

インド的(?)分類

    1. 修羅・地獄(攻撃欲求)
    2. 畜生・餓鬼(利得欲求)
    3. 天上・人間(情報欲求)

マズローの「欲求階層」

    1. 生理的欲求,
    2. 安全の欲求,
    3. 親和の欲求,
    4. 自我の欲求,
    5. 自己実現の欲求

カッツの「態度の機能」(『心理学の基礎知識』p.260、7-17)

    1. 適応機能
    2. 自我防衛的機能
    3. 価値表現的機能
    4. 知識機能
  1. 自己に《求める思いこみ》
    1. 自己に動き《求める思いこみ》・・予定、意欲。
    2. 自己に理解を《求める思いこみ》・・反省。
  2. モノ《求める思いこみ》・・機能。
  3. 《他者》《求める思いこみ》
    1. 《他者》動き《求める思いこみ》
      1. 《他者》に彼自身の動き《求める思いこみ》・・命令、期待。
      2. 《他者》モノ動き《求める思いこみ》・・売買、贈与。
      3. 《他者》に彼以外の《他者》動き《求める思いこみ》・・命令者の代理を《求める思いこみ》。組織原理。