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《仮想実在》

《仮想実在》

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定義

そのコトバが指し示すモノが、《モノの世界》に(直接に)存在するモノではなく、たんにそれを《思い描きつつあるモノ》との《繋がり》においてのみ(間接的に)存在しうる《思いこみ》に過ぎないにもかかわらず、あたかも、それが《モノの世界》の中のモノであるかの如くに思われている《思いこみ》《仮想実在》と呼ぶ。

そのコトバが指し示すモノは、もはや《モノの世界》モノではなく、たんに《思いこみ》に過ぎないのであるが、あたかも、それが《モノの世界》の中のモノであるかの如くに思われている《思いこみ》《仮想実在》と呼ぶ。

  1. 《群有思いこみ》の一種。
  2. 『国家』や『貨幣価値』がそれにあたる。

記述

区別

《仮想実在》《欲求実現手段》として機能するかぎりにおいて存在する。

  1. モノは、《欲求実現手段》でなくても存在する。モノは、《欲求実現手段》として扱われることもあるが、《欲求実現手段》である必要はない。

相続放棄の申述

  1. 権利義務という《仮想実在》を消滅させる魔法の呪文、儀式。

『貨幣』と《仮想実在》

  1. 『貨幣』(日銀券)とは、日銀が《まじない》をかけた、タヌキの葉っぱである。
  2. 《まじない》をかけるとタヌキの葉っぱが『貨幣価値』を持つようになったり、(選任+就任の)儀式を行うと『日銀総裁』なるものができるというのは、昔の人が儀式を行うと『神』を呼び寄せることができる、というのと、何の違いもない。それはその社会の『ルール』という《思いこみ》なのである。
  3. 《まじない》は「まぜる」+「(おこ)ない」なのかな? 《求める思い描き》とモノへの《知った思い描き》とを混ぜ合わせること、かな?
  4. ヒトには、《仮想実在》《求める思いこみ》が在る。《仮想実在》への《欲求》がある。

《近傍物理空間の背後者》《極座標の原点》はあるか?

  1. ○:
    1. 《近傍物理空間》の内部のモノたちは《極座標の原点》である。《近傍物理空間》の《認識限界》の先に広がる《モノの世界》においても、《モノたちの世界》であり、そのモノたちもまた、《極座標の原点》である、と推測することができる。
    2. 《私》記憶は、《往にし方》に出会った人々を記憶している。記憶において、《私》《近傍物理空間の背後者》の人々を《極座標の原点》として実感している。
    3. 《私》時間的な《近傍物理空間の背後者》の中のモノたちを《極座標の原点》として《実感》する。
  2. ×:
    1. 認識限界》の向こうに《極座標の原点》《実感》することはできない。
    2. 空間的な《近傍物理空間の背後者》は、《私》記憶の中にもない。《私》は空間的な《近傍物理空間の背後者》を全く知ることはできない。《いま》および《行く末》《近傍物理空間の背後者》は全く、《思い描き》の中に在る。《いま》および《行く末》の『人びと』は《仮想実在》である。

《仮想実在》の属性

  1. ヒトによって思い入れが微妙に異なる。『靖国神社』という《仮想実在》の性格は、ヒトによって非常に異なるし、時代によっても非常に異なる。

《仮想実在》と「私はxx会社の従業員です」

  1. 『xx会社』は《仮想実在》である。が・・。《『私はxx会社の構成員(従業員/役員)である』と思いこんでいるヒト》の《ヒトの群れ》《モノの世界》モノ(《モノの群れ》)である。
  2. 《『私はxx会社の構成員(従業員/役員)である』と思いこんでいるヒト》の《ヒトの群れ》と《xx会社》と呼ぶなら、《xx会社》は《仮想実在》ではなく、《モノの世界》モノである。しかし、通常は、「xx会社」は《『私はxx会社の構成員(従業員/役員)である』と思いこんでいるヒト》の《ヒトの群れ》を意味するとは観念されていないであろう。通常は、「xx会社」は《仮想実在》を指し示している。『法人』は自然人とは別の人格であると、観念されている。
  3. 《ヒトの群れ》は、通常、何らかの《仮想実在》を標識として持っている。その《仮想実在》に《帰属意識を持つヒト》の《ヒトの群れ》であることが多い。なんと呼ぼうか?

《仮想実在》《モノの世界》

  1. 《仮想実在》《モノの世界》モノか?
    1. ○:《仮想実在》《思い描きつつあるモノ》《モノの世界》のものであるから、《仮想実在》《思い描きつつあるモノ》との《繋がり》において存在する、《モノの世界》モノである。
    2. ×:問題は、《仮想実在》が「《思い描きつつあるモノ》との《繋がり》においてのみ存在する、間接的な《モノの世界》モノ」であるにもかかわらず、《思い描きつつあるモノ》が、それを、直接に《モノの世界》に在るモノと混同していることにある。

『意味』《味わい》

  1. 《味わい》《モノの世界》モノか? ○:《モノの世界》《視点》においては一切は《モノの世界》モノである。主観的存在も、《モノの世界》《視点》においては、《モノの世界》モノである。主観との《繋がり》において存在するモノである。「《味わい》《視点》」は《モノの世界》の中のモノである。《視点》というモノ《モノの世界》モノである。《客観公理》《外からの視点》)。×:《味わい》《視点》《モノの世界》《視点》ではない。《主観公理》《内からの視点》)。
  2. 《味わい》《仮想実在》か? ○:。×:《味わい》は、『実在』の幻まで至っていない。《味わい》が、『実在』の幻にまで至ったモノ『意味』である。《味わい》は刹那の楽しみであるが、『意味』は永遠の幻である。《味わい》は、《私》《世界》との《繋がり》の感覚、《触感》である。『意味』《私》から切り離されたモノ《思い描き》である。
  3. 《味わい》は客観的存在ではない。《私》がなければ、《味わい》はない。
  4. 虹も、《私》(それを視覚的に認知する主体)が無ければ存在しない。
  5. 『意味』は、《私》から切り離された《味わい》の鏡像の《思い描き》である。
  6. 《味わい》《思い描き》には、《私》も映し出されている。
  7. 『意味』は、『意味』《求める思いこみ》の鏡像である。

《仮想実在》《道具的な思い描き》

  1. 疑似的な《知った思いこみ》《仮想実在》である。

《仮想実在》《名前》

  1. 《仮想実在》を扱いたいと思えば、それに《名前》を付けることが不可欠である。『定義』を明確にして、それの『範囲』『輪郭』を明確にすることが不可欠である。(『定義』=define=『輪郭』)
  2. 《仮想実在》《求める思いこみ》によって決まるのだ。《求める思いこみ》《名前》を付け、その《名前》《求める思いこみ》の範囲・輪郭を明確にすることが、《仮想実在》を定義するということだ。プロジェクトの《名前》というのは、《求める思いこみ》《名前》だ。
  3. 『貨幣価値』の《求める思いこみ》は、『モノやサービスを買う時に/売る時に、そのモノやサービスの価値を数字で表わせるような尺度が欲しい』という《求める思いこみ》だ。
  4. 『国家』《求める思いこみ》は、『無秩序の暴力を抑圧する独占暴力団が欲しい』という《求める思いこみ》だ。
  5. ルールが欲しい』という《求める思いこみ》が『ルール』という《仮想実在》を作り出す。

《仮想実在》と《システム要求》

  1. http://iwatam-server.dyndns.org/software/devintro/req/req/index.html
  2. システム開発の最初の、「顧客からの、(将来の)システムへの要求」を《システム要求》と、呼ぶ。
  3. 《システム要求》は《求める思いこみ》である。《仮想実在》への《求める思いこみ》である。
  4. システム開発とは、顧客の《仮想実在》《デジタル実在》に変換することである。

《仮想実在》《デジタル実在》

  1. 《デジタル実在》は、デジタルデータにその物的基礎を持つ《仮想実在》を言う。
  2. 紙に書かれた文字をデジタルデータの一種と看做すなら、『国家』や『通貨』も文書というデジタルデータを基礎とする《デジタル実在》である。
  3. Web上の『デジタル・マーケット』や、『セカンドライフの世界』など。
  4. 《デジタル実在》とは、コンピュータの画面に描かれた模様に物理的基礎を持つ《仮想実在》である。か? ○:画面表示もそれ自体としてデジタルデータであり、メモリ上のデジタルデータの状態の一つである。×:《デジタル実在》の物理的基礎はデータであって、画面表示はデータの表現に過ぎない。
  5. 《デジタル実在》は、それのデータがコンピュータから消滅すると、《デジタル実在》も消滅する。紙のデータや、ヒト記憶上のデータで、デジタルデータを再生できれば、復活する、が、その間は消滅している、と言うべきであろう。
  6. 『貨幣』や『国家』などは、主としてヒト《思いこみ》に物理的基礎があるので、ヒト《思いこみ》が存在するかぎりは、いったん消滅しても、容易に復活する。しかし、《デジタル実在》の復活は容易ではない。《デジタル実在》においては、ヒト記憶では再現できないような膨大なデジタルデータで構成されているので、紙のデータで保存されていたとしても、(別の形のデジタルデータで保存されているのでない限り)復活は容易ではない。
  7. デジタルデータは外化された《思いこみ》である。

《重ね合わせ》《仮想実在》

  1. 《仮想実在》は、《モノの世界》モノ《思い描き》との《重ね合わせ》である場合と、《モノの世界》には何らのモノを有しない《思いこみ》である場合とがある。
  2. 『国家』は、《群れ》というモノへの《重ね合わせ》である、か? ○:。×:《群れ》全体ではなく、独占暴力団という部分集団との《重ね合わせ》『国家』バズワード性は、実体としては「独占暴力団という部分集団である」という意義Aと、彼らが主張する《思い描き》としては「《群れ》全体である」という意義Bとの意図的混淆にある。

モノ《道具》《仮想実在》

  1. 《道具》《仮想実在》である、か? ○:。×:。
  2. モノ《道具》ではない。モノからの《視点》においては、そのモノ《道具》ではあり得ない。《道具》というのはヒトからの《視点》における、《思い描き》である。
  3. ヒトは、そのヒトからの《視点》においては、《道具》ではない。しかし、ヒト『目的』を信じ込むと、ヒトはそのヒト自身を『目的』のための《道具》として扱うようになる。『目的』という《思いこみ》《視点》においては、ヒト《道具》として扱われる。
  4. 《道具》《モノの世界》に「存在する」か? ○:モノモノとの関係において、或るモノAが或るモノBを《道具》として扱う、という関係はある。《仮想実在》である。×:それ自体として《道具》であるようなモノは存在しない。《仮想実在》《思いこみ》であり、モノの内部の状態としてしか存在しない。

《仮想実在》と『仮想実在』

  1. 『仮想実在』か? ○:『仮想実在』は《思いこみ》である。×:。
  2. 《仮想実在》か? ○:《仮想実在》モノである。モノの如くに扱われる《思いこみ》である。モノの如くに扱われるモノモノである。個々の《仮想実在》《思いこみ》であるとしても、《思いこみ》そのものがモノであるのと同様に、《仮想実在》そのものはモノである。《種類》はモノである。種類は、モノでないとしても、《》で表現されるべきである。《種類》は、たけ(tk)キーワードであるから《》で記述されるべきである。×:。

《仮想実在》の個数

  1. 《ひとつ》の「年号」データは、4つのラジオボタン(明欄、大欄、昭欄、平欄)で表示され、ユーザがチェックすると《ひとつ》のデータが変わる。モデルのドメインでは《ひとつ》であるが、ビューのドメインでは4つである。ドメインの壁を通るたびに4つになったり一つになったりする。
  2. モノでも分裂したり、合体して個数の概念が不明確になることがある。が壁を通るたびに個数が変わるということはない。

《仮想実在》と物的基礎、《ヒトの群れ》

  1. 『国家』には物的基礎が在る。『国家』が(《仮想実在》として)存在すると思いこんでいる人びとがあり、『国家の権力を代表し・行使するヒトが在る』(《重ね合わせ》)と思いこんでいる人々が在るかぎりにおいて、《『私は国家の権力を代表し・行使している』と思いこんでいる人々の群れ》(独占暴力団)が『国家』の物的基礎をなす。
  2. 《仮想実在》は、『それが実在する』と思いこんでいる《ヒトの群れ》が在るかぎりにおいて、『実在』(という《思い描き》)であることができるようなモノを言う。

《仮想実在》《指し示す思いこみ》

  1. 《指し示す思いこみ》は、《モノの世界》モノや、他の《思いこみ》を指し示す《思いこみ》である。
  2. 単純にモノを指し示すだけなら、それは、《モノの世界》モノを指し示すということで問題はないが、問題は、《重ね合わせ》によって、別の意味合いが付加されていることが多い、ということ。
    1. 『国家』の《地理的領域》は《モノの世界》の中にあるモノである。しかし、『その領域が『国家』によって占有されている』という《思いこみ》が付加されると、《仮想実在》となる。

《仮想実在》『現実』

  1. 『現実』というのは、《他者》《思いこみの世界》における、彼の主観的世界をいう。環世界
  2. 彼にとっては、『現実』の中のモノは、大部分は《仮想実在》である。人々の《思いこみ》が醒めたなら、存在しなくなるモノ《仮想実在》である。人々の《思いこみ》が醒めても、それが存在するなら、それは、《モノの世界》の中のモノである。

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