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《この身体が知り得た一切》

《一切》《この身体が知り得た一切》(コシイサ)に関連する疑問

  1. 《一切》は、
    1. 《この身体が知り得た一切》?○:。×:。
    2. 《此時此処からの一切》?○:。×:。
  1. 《この身体が知り得た一切》は知り得るか?○:。×:知り得ないよ。不可能に挑戦するのは馬鹿だ。《此時此処からの一切》を極めるべき。
  1. イコシンの適切な正式名は?
    1. 《一切を知りつつある身体》?○:イシシン、イサシン。×:。
    2. 此時此処に在る身体》?○:いかにも、いま初めて発見したようなニュアンス。×:。
    3. 此時此処からの身体》?○:《此時此処からの時空》を前提とするようなニュアンス。×:。
    4. 此時此処の身体》?○:時空で特定しているニュアンス。×:。
    5. 此時此処のこの身体》?○:これが馴染んでいる。×:。
  1. コシイサ・ゼムヘフ・100
    1. 捨てちゃっちゃ、思い出したことにならない。
  1. コシイサ・100
    1. 《この身体が知り得た一切への一望》で問うべきか?○:。×:《この身体が知り得た一切への一望》イサイボ)だと《一切》の中身が曖昧になる。
    2. 「コシイサ・100」と「イサイボ・100」とは同じ?→別項
    3. 《この身体》は《この身体が知り得た一切》を知っているのか?○:。×:。
    4. 《此時此処からの時空》の一切を《知りつつある身体》/知りつつある《此時此処のこの身体》/此時此処のこの《身体》?○:。×:。
  1. 「コシイサ・100」と「イサイボ・100」とは同じ?○:「一望」の違いだけであり、知る作用と存在の作用とは分離不可能。《この身体が知り得た一切への一望》《この身体が知り得た一切》=一望。×:《この身体が知り得た一切》では《この身体》が《混濁の分離》の分離基準になる。《この身体が知り得た一切への一望》では一望=《知りつつあるモノ》《混濁の分離》の分離基準になる。
  1. 「知り得た一切」と「知った一切」は同じ?○:。×:。
  1. イコイサ《此時此処からの一切》とコシイサ《この身体が知り得た一切》とは同じ?○:《此時此処からの時空》《一切》。×:。
  1. 宿住通なのか?○:まるで、その通りだな。×:《他者からの思いこみ》は関係ない。
  2. 『原始仏典1・長部経典1』p.293「心が安定し、…堅固不動のものとなると、かれは、過去の生存のありさまを思い出して知ること(宿住通)に心を傾け、心を向けるのです。そして、かれは、過去の生存のさまざまなありさまを思い出します。」

《一切》《この身体が知り得た一切》(コシイサ)とは?

  1. 《一切》とは言っても無限定な一切ではなく《この身体が知り得た一切》(コシイサ)を《一切》と呼ぶ。
  1. 《この身体が知り得た一切を知りつつあるモノ》イサシモ)。
  2. 《この身体が知り得た一切への一望》イサイボ)。

記述

  1. 《この身体が知り得た一切》には、この身体が知り得ない/知り得なかった事柄は含まない。か?○:。×:何故?。
  1. 《一切への一望》が《たけ(tk)の思いこみ》目的である?○:《一切への一望》の対象が《一切》である。×:《この身体が知り得た一切への一望》という項目を作るべきである。
  1. 《ブッダの「一切」》を参照のこと。
  2. しかしもちろん、たけ(tk)《一切》《ブッダの「一切」》とは異なる。

疑問

  1. 《一切》は解像度を下げていき、解像度ゼロにしてしまえば、《混濁》に至るか?○:。×:《身体が知り得た一切を知りつつあるモノ》の《一切》と、《知りつつあるモノ》の一切とでは異なる。《混濁》《知りつつあるモノ》の一切である。
  1. 我々は《一切》を知るべきである。か?○:ブッダは「一切知者」であると自称していた。×:。

Last modified:2017/06/20 16:59:34
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