FrontPage  Index  Search  Changes  wikifarm  Login

《ヒトの群れの健康》

キーワード《ヒトの群れの健康》

定義

区別

ヒトの群れの病気》と《ヒトの群れの健康》

  1. 健康というのはわかりにくいから、《ヒトの群れの病気》の方が分かりやすい。
  2. 《群れの病気》、《群れの病理学》。《ヒトの群れの病理学》。
  3. 《ヒトの群れ》の内部の《群れの中の個体》の不正は、《群れ》の内部の腐敗である?
  4. 《群れ》の内部の腐敗は、《群れの病気》である。
  5. 《群れの中の個体》の『不正』とは、その個体が「群れがその個体に求める役割」を果たさなくなること。
  6. 《群れ》《群れの中の個体》に対して《求める思いこみ》をもつか?
  7. 《群れの中の個体》《群れ》に奉仕する動機づけを失うと、《群れの中の個体》は『不正』を行うようになる。
  8. 《群れ》の中核部分の(影響力の大きい)《群れの中の個体》と、周辺部分の(大きな影響が期待されていない部分の)《群れの中の個体》《群れの中の個体》の《群れの中での影響力》の大小。
  9. 《群れの中での影響力》と、《群れの中の個体》《こころざし》
  10. 《健常者》であれば、子供でも知っているようなことの再発見・・(^^;)。
  11. 《群れの中の個体》家畜化は、《群れの病気》か?

《体細胞の群れ》《ヒトの群れの健康》

  1. 《私》は体細胞の《群れ》である。
  2. 《私》は体細胞の《仕合わせ》を考えない。か? 《私》は健康を考える。《群れ》の健康は、《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》である。《群れ》を構成する《個体》の《仕合わせ》とは、その《個体》が相互関係において活発であり、役割を果たし、心地よいことである。
  3. 体細胞の《群れ》としての《私》は、《私》を構成する体細胞の《個体》が害されることを望まない。体細胞の《個体》が、その自然において死滅することには気を止めない。それは自然であり、循環であり、予定されたことであり、日常的に処理される事柄だからだ。だからといって、体細胞の《個体》が病気やケガによって害されることは望まないし、《私》はそれを避けようとする。
  4. 《私》は体細胞の《個体》を支配しているか? 全然、そんなことはないだろう。支配するも何も、《私》は体細胞の《個体》を知らないのだ。
  5. 《ヒトの群れの健康》。《群れの健康》。《体細胞の群れ》
  6. 《ヒトの群れ》は、《ヒトの群れの健康》を保つために、《ヒトの群れ》を構成する《ヒトの個体》《仕合わせ》を願っている。

自己組織系と《ヒトの群れ》の健康

  1. http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/12/the_moment_of_a.html
    1. 結論からいってしまえば、いろいろあがいている内に自分が主張したいことはこういうことなのだとわかってきた。
      1. 文章の生成、会話の成立、社会的ネットワークにおける情報の伝播は、それぞれネットワークとしてとらえることができる。それぞれのネットワークのレイヤーでノードとリンクの定義は異なるが、自己組織的なネットワーク構造を相似的に持っている可能性がある。
    2. ざっとおさらいしてしまえば、どうも私は現象学とネットワークをごちゃごちゃにしてしまっているのが悪いのかも知れないと反省しつつも、竹田青嗣的な意味での「現象学的還元」をして意識を遡及していくと(いや、そんなことしなくとも...)「文章の意味構造はネットワークで表現できる」という内なる確信にいたる。そして、もし文章というネットワークが自己組織的に生成されるという観点にたてば、「人の会話(発話)は、意味のネットワークを交換、自分の知識ネットワークに組み込むという理解、変容した内容を再発信することによる理解内容のチェックと発展、で構成される」であろう。さらに、広い意味での思考と会話がベースになっている「人の社会」は「多重ネットワークとして表現できる」という考えに到達してしまう、というところまでが前段の記事だった(かな?)。
    3. ・・
    4. 上図の「0.Initial」という段階では、脳内の表現として発話される直前の状態を示している。次の「1.Utter」において、一つ前の図で見たような「発話」の過程により、空気の振動であれ、書かれた文章であれ、メールであれ、変換された物理的な存在として「文章」という意味ネットワークのかけらが漂っていき、相手にたどりつく。ここでの発話者と受話者の関係は、別のレイヤーでとらえれば社会的なリンクであるといっていいだろう。
    5. そして、「2.Understanding」という段階において物理的な存在(media)から脳内のネットワーク表現へと逆変換(decode化)されれば、相手側の脳内表現ネットワークにこの漂ってきた意味ネットワークのかけらがとりこまれる。これをもって理解ととらえたい。
    6. そして、「3.Response」において逆に自分の表現としてとりこまれた意味ネットワークを発話しなおす、あるいは、自分のもつ付加的な情報やネットワーク構造体の変換を経て違う物理的な形態をもって発話される。このこうした発話、受話、そして確認という過程をくりかえして会話がなりたっていき、2人の間で意味をもったネットワークの相似構造が伝わっていく。
    7. ここで注意を喚起しておきたいのは、この2人の会話で同じ「a red apple」という表現を行っていたとしても、必ずしもそれぞれの「内側」における表現が同じであるという保証はどこにもない。確認のプロセスを経ても、内側の構造体における表現は必ず同じということを保証しない。あるのは会話において操作的に確認可能であるという確信だけだ。内側にはそのときの会話で確認しうる程度のネットワーク的な相似性があるにすぎない。
    8. 次のレイヤーに進むと見えてくるのが、こうした会話のプロセスの集合体としての社会的なネットワークだ。上図の色のついた丸は、一人の人間、ノードを示す。下の各二等辺三角形は、各人の知識・信念の状態を示していて、言葉でやりとりしてる部分はごくごく限られた部分に過ぎないということを現すために三角形で書いた。また、黒い点線は明確に共有されている知識・信念構造と共有されていない知識・信念構造の区別を示す。この点線より上の部分がこの6つのノードにより構成される社会ネットワークにおいて共有されている知識・信念だとする。
  2. 樫森 与志喜 助教授/教員紹介/大学院情報システム学研究科 (2) 生命複雑系における動的秩序創発の機構. (a) 捕食者に襲われた魚群の行動 ? 魚群の 行動が自己組織的に形成されるモデルをつくり、様々な外部環境(捕食者の行動)に対する 群行動のもつ適応行動を研究している。 (b) 免疫システムにおける自己・非自己 ...www.is.uec.ac.jp/ww/n62.html
  3. http://www.waseda.jp/student/weekly/contents/2003b/010f.html
    1. タンパク質やDNAとカーボンナノチューブや高温超伝導体、生物や宇宙の階層構造との共通性、またこれを記述する物理の言葉とはなにかを考えるのに、生物・物質・宇宙を「自己組織系」という概念でとらえる。自己組織系とは、構成要素が相互作用することによって自発的に新しい機能や構造を獲得する系のことである。生物といえどもつきつめれば「モノ」の集まり。生物機能を担うタンパク質分子は、20種類のアミノ酸という多元要素(多種多様な要素)からなる自己組織系であり、生物機能は物質としての多元要素が互いにエネルギーと情報をやり取りしつつ、時空間的に織りなす一つの様相と見なすことができる。
    2. 多元要素からなる自己組織系を記述する第一原理的理論はまだ存在しない。現在の物理学の枠組みでは解明の糸口すら定かではなく、完全な解明はノーベル賞級の難問である。
  4. http://www.kanadas.com/CCM/ProgSymp92/2.what-is-SO.html
    1. 自然システムの特徴として,シス テム哲学者 Laszlo はつぎのような項目をあげている [Las 72] [*1].
      1. 全体性 : 「自然システムは非還元的特性をもった全体である」[*2].
      2. 自己安定性: 「自然システムは変化する環境のなかで自らを存続させる」(この性質を もつシステムは ``負のフィードバック'' をもつともいわれる) [*3].
      3. 自己組織性 : 「 自然システムは環境の挑戦に呼応して自らを創造する.すなわち,環 境の変化に応じて,あらたな安定状態すなわち秩序をもとめて創造的に適応する」(こ の性質をもつシステムは ``正のフィードバック'' をもつともいわれる) [*4].
      4. 階層性 : 「自然システムは自然の階層性のなかで相互に触れ合いながら 整序しあっている」[*5][*6].
    2. 自己組織系とは自己組織性をもったシステムのことだが,自己組織系はそれだけでなく前 記の 4 つのすべての特徴をそなえたシステムのことをいうのだとかんがえられる.
    3. ・・
    4. 自己組織化であるためには,システムが外部からのちからによって決定論的に (あるい は運命論的に) 動作するのではなく,自発的・自律的に動作する (ようにみえる) ことが 必要だとかんがえられる [*13].したがって,自己組織系を外部から観察すれば,非決 定論的に動作しているようにみえるはずである.
    5. ・・
    6. システムのある時刻の状態がそのシステムのそれ以前の状態からきまるとき,それは動 力学系 (dynamical system) とよばれる [*15].動力学系が安定状態の近傍にあるときは, 撹乱をうけてもそのシステムをその安定状態にたもとうとするはたらき,すなわちすでに のべた自己安定性がはたらく.しかし,システムがある臨界点をこえ,安定状態を維持で きない,またはそれが不利な状況がおこると,他の安定状態にうつる.
    7. この移動には上記の非決定性がはたらくであろう.すなわち,つぎの安定状態にいたる システムの軌道が分岐 (bifurcate) していて,どちらの軌道が選択されるかはゆらぎやラ ンダムネスやその他の微小な原因によって左右される (これらの原因に対する正のフィー ドバックがはたらく) ため,あらかじめ予測できない [Pri 87 など] [*16][*17].このよう な現象は,物理系などにおいては (自発的な) ``対称性のやぶれ'' とよばれる [Pri 84].分岐 は,おおくのばあい,図 2.1 のようにカスケードをなしている [*18].自己組織系における このような軌道の選択は,非決定的であるために自発的であるようにみえる.すなわち, システムは自由に選択をおこなっているようにみえる.このように要素が自律的に動作す るということは,システムが機械論的ではなく有機論的であることを意味する [*19].
    8. 自己組織系がもつ非決定性は,ある意味では ``非合理性'' とよべるであろう. すなわち 非決定的な選択はばあいによっては非合理的な選択でありうる.逆にいえば,前章でのべ たような人間がもつ非合理性をこの非決定性に吸収できるのではないかともかんがえられ る.この点に関しては 4 章において論じる.
    9. 最後につぎのような性質をかんがえる.
    10. (3) コヒーレンス システムの性質を維持しつつ環境の変化に応じて発展していくシステムはコヒーレント なシステム [Jan 80] とよばれる.自己組織化はコヒーレントなシステムで生じる現象で あるという点は,さまざまな自己組織化に共通の特徴だとかんがえられる [*20].
    11. ・・
    12. [*2] 日本語では全体性の主張と全体主義とはどちらも「全体」ということばをふくんで いるが,いうまでもなくこれらの語の意味はまったくことなる.また,英語では前者は wholism,後者は totalism であって,まったくことなっていることに注意する必要がある.
    13. [*5] 階層性は,単にシステムが木状あるいは DAG (directed acyclic graph) 状の構造をもっ ているということを意味するだけですなく,各階層にことなる法則が適用されるというこ とを含意している.たとえば,自然の階層を後成する素粒子レベルと原子レベル,原子レ ベルと生体細胞レベルなどがことなる法則によって支配されているという非還元論的なか んがえかたがふくまれている.ただし,その一方で各階層をつらぬく法則があり,それが 重要であるということもまた指摘されている [Koe 78].
    14. [*6] Winograd [Win ??] は,現実のシステムがきちんとした階層をもたないという性質を散 層性 (heterarchy) とよんでいる.ここで,散層性はきちんとした (ミクロな) 階層性を否 定してはいる.しかし,マクロにみれば階層性があることを否定しているわけではない.
    15. [*10] 秩序をうみだすのが自己組織系だといってよいかどうかは疑問もある.なぜなら, 結晶がもつような静的な秩序と,生物や散逸構造のような自己組織系がうみだす動的な秩 序とのあいだにはおおきなへだだりがあるからである.
    16. [*13] この条件すなわち自発性・自律性の存在は,自己組織系である人間のわれわれにと って,感覚的にも納得がいくものであるようにおもわれる.すなわち,われわれは自発的 な意志のちからによって未来をかえることができると信じている.
    17. [*14] 自己組織系がもつこのようなはたらきにもっともはやくきづいたひとりが「生の哲 学」によって有名なベルクソンだとかんがえられる.現代哲学における自己組織パラダイ ムに貢献した哲学者・科学者として,このほかにホワイトへッド,ベルタランフィ,ヤン ツなどがいる.
    18. [*18] このカスケードが極限に達したものがカオスにほかならない.
    19. [*19] 現代において有機論の復権をはかったという点で哲学者ホワイトヘッドはわすれる ことができない.

社会有機体説と《ヒトの群れの健康》

  1. http://www.thank-water.net/pdf/hado-2004-11.pdf
    1. アーヴィン・ラズロー(Ervin Laszlo)博士は哲学者・物理学者・音楽家であり、“システム哲学”と“一般進化理論”の創始者として一般的に知られています。74 冊の書物の著者・編集者です。400 以上の論説や研究論文を著し、6 つのピアノ演奏レコードがあります。科学雑誌“世界の未来:一般進化雑誌”と“一般進化研究”という本のシリーズの編集者でもあります。
  2. http://www.komatsu-c.ac.jp/~yositani/kaho96.htm
    1. 第6〜11回(パート◆法通常の大学での「社会科学方法論」的な科目は、,力斥実証主義のように、近代物理学をモデルとした「法則定立」に至る手続きを、社会的な諸事象に援用しようとする試み(とくに、経済学におけるそれ)を紹介してきた。
    2. 一方で、社会学などでは早くから、非物理学的な世界観をモデルに、対象の相対化が試みられてきた。すなわち、19世紀においておもに在野の思想家の間から、社会を生物との類比から位置付けようとする試み(社会有機体説)が起こり、それは前世紀の西洋思想にも甚大な影響を及ぼした(社会ダーウィニズム)。
    3. さらに、戦後の遺伝子研究の発展に伴ない、無生物のような対象−−単に、観察者としての人間が、そこに「法則」を発見する−−と異なり、生物があらかじめDNA情報というプログラムを有していることが解明されたことにより、物理学的な科学観をそのまま生物や人間、ひいてはその形成する社会に適用するには、重大な疑問が生じてきたのである。すなわち、こうした「生物」関係事象に対するには、有機体にあらかじめプログラムされている「規則」を解明する必要があることになる。以上のように、前世紀の社会有機体説から、近年の「自己組織系」に至る議論を、なるべく平易に紹介したい。
    4. 第12〜15回(パート):△里茲Δ兵己組織性論に立つと、物理学のように、対象としての「自然」に対して、観察者が外部的な存在として対峙すること、つまりいわゆる「実証主義的」なアプローチは、我々の対象にはもはや破綻したといえる。人間が人間を考察する、また人間が社会を考察する、ということは、異なる自己組織的な系の間の交渉を意味するからである。このような交渉に関して「科学的方法論」を打ち立てるとしたら、当事者(システム内の存在)の観点から、実証主義的な客観性の要求とは異なるアプローチを行なう必要が出てくる。
    5. その一案として、人間が、「言語」その他の記号で表象される「情報」を処理するという局面に、焦点があてることが考えられる。実際、,科学哲学史でも言及するように、今世紀の哲学上の二大潮流と考えられる現象学と分析哲学(日常言語学派など)は、「言語」を中心課題として展開してきた。ここでは、そのような哲学上の論争にあまり踏み込まずに、「言語」や「知識」、「対話」などのテーマに関して近年議論されていることを概観しながら、この問題を考えるヒントを得たいと思う。
  3. http://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/10.html
    1. 組織ということばをきくと、当然のことながら、われわれは官公庁、会社などの法人組織を連想する。それらの組織には、おおむね組織図というものがあり、各部局、各課、係にいたるまで職掌分担があきらかにされているのがふつうだ。われわれは、そのような組織図のなかでじぶんがおかれている立場や役割を確認し、ふるいことばでいえばそれぞれの職務に精励する。そのことで組織はうごく。
    2. そんなことはあたりまえだ。いまさらいうまでもなく、みんながとっくに承知していることだ。しかし、この組織ということばが他のどんな場面や領域でつかわれているかをふりかえってみるとおしろいことに気がつく。たとえば、医学や生理学では、「細胞組織」「神経組織」といったように、生物体を組み立てている有機的な原理、ないしはその機能をわれわれは「組織」ということばでしめしてきているのである。ひとつの構造ないしはシステムには全体があり、部分がある。現代の高度技術文明がつくりあげたもろもろのシステムにわれわれはとりかこまれて生活しているが、たとえば自動車やコンピュ−タ−の精緻なシステムをわれわれえは「組織」ということばでは語らない。それらのシステムをつくっているのは無機的な機械の原理であって、けっして有機的な生物の原理ではないのである。
    3. べつなことばで簡単にいえば、人間がつくる組織は生物系のものであって、機械系のものではないのだ。あるいは、われわれはみずからの集団を有機的なものとしてとらえているのである。外国語でも事情はおなじであるようにおもわれる。オ−ガニゼイションというのは有機的結合物のことであって、それは無機的なメカニズムとは根本的と対照的である。組織は「生きもの」であって、「機械」ではないのだ。じっさい、社会学の歴史をしらべてみると、トマス・アキナスのような中世の思想家たちは「社会有機体説」とよばれる理論を説いた。かれによると、ひとつの国家は生物のようなもので、頭にあたるのが君主、それを補佐する官僚や軍人はその腕である。農民や奴隷はいうなれば足ということになろうか。そのように、それぞれの職分をまもることで社会ははじめて効率的に機能する。アキナスのような思想は、中世の絶対王権政治体制を合理化し、市民や農民の反乱を抑止するための保守的なイデオロギ−として理解されるのがふつうだけれども、人間社会、ないしは人間集団を生物系の比喩でとらえたのは、たぶんただしかったのではないか、とわたしはおもう。
    4. じっさい、いまの日本でも、「長」と名のつくひとびとにはその「片腕」になる人物がいるのがのぞましいし、「手足」となってしごとをしてくれる部下がいることでそれぞれの組織はうごく。それが数十万人の従業員をかかえる大企業であろうと、また数人で編成されている係であろうと、人間どうしの有機的結合こそが組織の原理なのである。もちろん、その対極に組織というのはひとつの機械であり、ひとりひとりの個人はその「歯車」にすぎない、というかんがえかたもあるが、ぜんたいとしてみるなら、われわれにはどうやら有機体説のほうがなじみやすい。組織は生物にたとえるほうが理解しやすく、機械にたとえると推論のうえで無理がでてくるようにみえる。
    5. とりわけ、日本の組織は根本的に生物原理によって成立しており、機械原理ではうごかない。機械原理であるなら、役にたたない部品や老朽化した歯車はすぐに交換して効率をあげるべきだけれども、日本の組織では、そういう種類の「合理化」がおこなわれることはめったにない。組織のなかに「ガン」があるとき、そして、それが末期的症状をしめしはじめたときにはそれを除去するための努力は必要になるけれども、よほどのことがないかぎり、たとえていえば盲腸のような器官だって、それを承知のうえで組織のなかに配置しておく。配置しておく、というよりはただ「置いて」おく、といったほうがよいだろう。生物には無駄な部分や器官がいっぱいある。それでいいではないか、というのが日本の組織哲学なのである。
    6. ・・
    7. しかし、いずれのばあいも、人間は組織にたいして忠実でなければならないし、そうでなければ組織が組織であることの基本的意味がない、という点では一致している。また、組織人として、転勤や配置変などがある、というのも共通している。さらに、その所属する組織とどれだけ深い一体感をもつことができるか、によって人間としての幸福の程度がきまってくる、というのも真理であろう。官民をとわず、組織人というのはそういうものだ。そして、日本社会がこれだけ組織化され、ほとんどすべての人間がサラリ−マンになってしまった現在、組織と人間の関係をわたしはあらためて問いなおす時期にさしかっているようにおもう。はじめのべたように、組織はひとつの生物である。われわれひとりひとりはその生物体の細胞であるのかもしれぬ。そしてその新陳代謝のなかで時間が流れ、歴史がつくられてゆくのだとするならば、われわれと組織のあいだには微妙な相互作用があるのではないか。ひとことでいうなら、人間は組織をつくり、逆に組織は人間をつくるのである。あたりまえといえばあたりまえのことだが、組織のためにおのれをわすれたり、あるいはおのれを中心にかんがえるあまり、組織に無関心であったり、というのではこまる。理想的にいうと、これからの組織は人間の学習の場であると同時に、それらの学習者の作る統合された有機体であってほしいとおもう。よい組織というのは、そういうものであってよいはずなのである。
  4. http://www.lian.com/HASAMOTO/etc/ec0923.htm
    1. 社会学の黎明期にスペンサーによって提起された社会システム論(社会有機体説)は、生物有機体が〈自然〉に包摂される存在であるという大原則のもとに構築されている。この大原則は、言い換えるならば、生物有機体が「〈自然〉のもつ法則性」に従うことなく生きることはできない、という事実を指し示している。
    2. スペンサーが社会有機体説の根底にこのような大原則をおいていたのは、社会そのものを有機体であると見なしていたからである。というのも、第1に、人間自体が生物有機体の一種であり、人間はその他の生物有機体と「有機的世界を通じた緻密な統合」(スペンサー『生物学原理』)を営むことによって、自然界の中で生きていくことができるからである。第2に、社会はその「生きた」人間からのみ構成されているのではなく、人間を取り巻くすべての生物有機体から構成されているのであり、そうであるならばその「有機的世界を通じた緻密な統合」の集合体である社会もまた当然、有機体にほかならないからである。
    3. 人間が「人間の作る法則性」にではなく「〈自然〉のもつ法則性」にこそ従って生きているという、今日の環境問題を考察する上でも非常に重要な観点を、スペンサーの社会有機体説は備えていた。しかしそれにもかかわらず、従来その社会有機体説は稚拙な譬え話であると軽率に受け取られてきた。また、社会有機体説を根底から支える、彼の主張した進化論の重要性もほとんど論じられることはなかった。
    4. スペンサーの全体系から導出される、彼いう「進化」の意味は以下の3点になる。
      1. 1)進化は人間によって決定づけられない。
      2. 2)進化とは「変化」を意味するのであり、そこに「発展法則」「発展図式」の意味合いはない。
      3. 3)進化とは生物(人間)の〈群相〉(群体としての生存様態)の変化の過程を示したものである。
    5. スペンサーが150年前に提示していた進化論は、決して色あせたものではなく、今日の生物学的知見にも見劣りのしない正しい意味での「進化」を捉えたものであったのである。こうした進化論を踏まえていたからこそ、スペンサーは社会有機体説において〈自然〉、社会、人間三者の本質的な在り方を提示し、人間や社会の在り方が〈自然〉から乖離し始めた近代社会を批判することができたのであった。
  5. http://www.geocities.jp/odazemi2004/sub5.htm
    1. 2 コンフリクト論の古典的研究
    2. D.マーチンデールの研究によると、社会学の誕生以前、はるか古代中国やギリシャ・ローマの思想家の思想にまで遡ってまで、社会的コンフリクトに関する言明が見られるという。またT.ホッブズの哲学やA.スミスの経済学でもコンフリクト問題は考察された。以下、社会学が誕生してからのいくつかの社会的コンフリクトに関する古典的研究を要約する。
      1. ー他攫腟租有機体説から見たコンフリクト(A.コント、H.スペンサー)
        1. 社会学の誕生はフランス革命後の社会混乱と密接な関係があるので、初期の社会学は保守的(現状維持的)傾向が強い。その頃確立された、社会を生物有機体とのアナロジーでとらえる「実証社会的有機体説」においては、社会的コンフリクトは安定した社会に対する攪乱要因と考えられた。
      2. ▲泪襯ス主義の階級闘争論
        1. 「実証主義的有機体説」の保守的イデオロギーにもとづく社会的コンフリクト論とは対極的な位置づけをされるのが、階級闘争論である。K.マルクスやF.エンゲルスは、階級闘争という社会的コンフリクトこそ社会変動の中核をなすものととらえた。
      3. G.ジンメルの闘争理論
        1. ジンメルにとっての社会学とは、「人間相互の関係様式に関する科学」のことであり、闘争も心的相互作用の一形式として取り上げられている。一般に、闘争は社会の形成には逆機能的役割しか果たさないと考えられがちである。しかしジンメルは、他集団との争いが集団内部の結束を高めるという順機能的役割も指摘した。
      4. M.ウェーバーの「支配の三類型」
        1. 「支配―被支配関係」は権力的な関係であり、社会的コンフリクトを内在している。ウェーバーの支配に関する研究が明らかにするのは、どの形態の支配も社会に秩序をもたらす正当化原理であり、社会的コンフリクトを緩和、解消するということである。
    3. 3 構造=機能主義とコンフリクト理論
      1. 社会学のメッカは2つの世界大戦を経てヨーロッパからアメリカへ移ったが、アメリカ社会学の主流を担ったのはT.パーソンズである。
        1. パーソンズの研究で中心をなすのが「構造=機能主義」と呼ばれる社会システム論である。これは、社会システムの中の変化しにくい要素からからなる部分を構造と呼び、その他の可変的な要素がこの構造に対してどのような役割を果たすのかを機能としてとらえようとしたものである。パーソンズの理論は「パックス・アメリカーナ」と呼ばれる1950年代のアメリカの経済的繁栄も作用してか保守的イデオロギーが色濃く、社会的コンフリクトに関して本格的な検討がなかった。
      2. 一方、C.W.ミルズはパーソンズと同時期にあっても、社会的コンフリクトを重視する立場から研究を続けていた。ミルズは『社会学的想像力』のなかでパーソンズの理論を「誇大理論」と批判し、『パワーエリート』や『ホワイトカラー』においてアメリカ社会に依然として残る権力の不平等分配を指摘した。
      3. 1950年代も後半に入るとアメリカでは反共産主義も収まり、ベトナム反戦運動・学生運動の勃興やケネディ暗殺といった不安定な社会情勢をむかえると社会的コンフリクトに関する研究が続々登場していった。
      4. L.コーザーは『社会的闘争の機能』において、ジンメルが指摘した社会的コンフリクトの順機能的役割を整理し命題化した。R.ダーレンドルフは『産業社会における階級と階級闘争』においてマルクスの階級闘争論を推し進め、権力の行使と排除によって形成される「支配階級」と「服従階級」が階級闘争を、ひいては社会の構造変動を引き起こすと考えた。
    4. 4 コンフリクト論の現在―3つの流れ―
      1. 現代の社会学において、社会的コンフリクトは抽象的・理論的に検討されるよりも、具体的な個々の領域での現象として幅広く検討されることが多い。そして第三者的立場から両当事者をとらえようとするコンフリクト研究よりも、積極的に異議を申し立てる主体の側に焦点をおいてコンフリクトを把握するような運動研究が多い。このような研究の例として、産業革命以来定着してきた、男は仕事、女は家事といった男女の役割分業に対しフェミニスト社会学者は反対を唱えている。
      2. 現代はグローバル化が進み、経済の問題に限らず世界という大きなシステムのなかで国家間においてコンフリクトが発生するようになった。例えば環境に関する国際会議が開かれると、環境を重視すべき国家と経済発展を重視したいという国家との対立が生じる。
      3. また環境問題のコンフリクトに関しては、個人的利益の追求が集合的不利益を発生させるという視点から、「社会的ジレンマ」としてとらえられる。社会的ジレンマに関する研究は数理社会学者を中心に研究が進められている。
  6. http://web.sc.itc.keio.ac.jp/~funatoka/pavlov/organism.html
    1. 有機体organism (486)
    2. 最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページへ
    3. 哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。
    4. 生物体は無生物と違って、形態的にも機能的にも分化した諸部分からなり、そして部分相互のあいだ、および部分と全体とのあいだに密接な関連があって、全体として一つのまとまった統一体をなしている。有機体とはそういう構成(有機的構成)をもつものの意であって、狭義には生物のことである。生物の個体は分割されると統一体でなくなり、存在しえなくなる。ただし、植物や下等な動物、および個体発生の初期の段階では、かならずしも不可分ではない。高度の個体性は進化の所産である。なお有機体の語は、広義には、社会にも適用され、また宇宙を一つの有機体とみる考えもある。しかし、社会と個人との関係と、生物個体とその部分(たとえば細胞)との関係は同じではないので、両者を同じ原理によって構成されるものとして理解することは妥当ではない。→社会有機体説
  7. http://www.rku.ac.jp/~sawaya/gakushi/hist4specer.htm
    1. 2) スペンサーの社会学
    2. 社会学の定義
      1. 超有機体としての人間社会の発生や変化、構造、機能などを研究する科学
    3. 社会有機体説
      1. 社会を生物と同じような有機体であると考える学説。スペンサーの場合は、動物のような有機体と区別するため、「超有機体」という言葉をもちいることもある。
      2. 社会有機体と個体有機体の比較
      3. 一致点
        1. “小な単位から量的に増大し、異質的進化となる
        2. 異質的進化の過程で複雑になり、機能の分化が行われる
        3. 進化につれて相互依存が増大し、全体を形成するようになる
        4. ね機体の生命はそれを構成する単位の生命とは独立
      4. 相違点
        1. ー匆颪砲楼貭蠅粒暗形態がない
        2. ∪己では固体を形成する組織が連続しているが、社会の要素は分散している。
        3. 社会の諸単位は一定の場所をもたず、移動する
        4. ぜ匆駘機体では、全単位が感情をもっている(国家と市民の幸福の違い)
    4. 社会進化と社会の分類
      1. |噂禺匆顱∧9膽匆顱二重複合社会、三重複合社会
      2. 軍事型社会から産業型社会への進化(個人が社会的権威から解放されていくプロセス) 
    5. 軍事型社会と産業型社会
      1. 人類の社会は環境に適応して、その存続を確実なものにして、さらに発展しようとする。環境には、自然的環境と社会的環境があり、それぞれに対して自己の存続をはからなければならない。そのさい、他の社会との戦争の必要な場合には、軍事型社会があらわれ、戦争がまれになり自然にたいして生産的はたらきをする必要が大きい場合には、社会は産業型社会になる。
    6. 機能主義的な見方
      1. (社会的)有機体が環境に適応するために、特定の機能を必要とするようになれば、その機能を遂行する特別の機関が発生し、構造に変化が起こる(中島15)。社会においても、機能と構造とは相関し、ある一定の職業にたいする需要がいちじるしく大きくなれば、その職業に多くの人が集まり、やがて均衡するようになる。その結果社会の構造は変化する(中島67)。
      2. 機能分化とは、社会における機能の特殊化ということである。それによって、能率が向上する。たとえば、国家は自己の職能を内部における保護のみに限定し、他の機能、たとえば宗教・教育・学問・慈善・商業等はそれぞれの自由団体に任せて、それぞれその団体の特殊な職能とするならば、能率が向上することになる(中島207)。
  8. http://www.tabiken.com/history/doc/I/I090C100.HTM
    1. 社会有機体説 しゃかいゆうきたいせつ
    2. 社会を生物とのアナロジーとしてとらえようとした説。H.スペンサーの学説が有名であるが,彼は生物と社会との同質性と異質性を認識していながら,社会分析法としての有効性を主張している。彼によれば,生物と同様に社会も進化し,軍事型社会から産業型社会となる。適者生存が行われて社会環境に適合する人々が優越した地位を得る。また,分業によって社会のなかでそれぞれの役割を担うと説く。この学説は社会進化論とエリート論を含み,階級や身分を特定することになり,全体主義や身分制のイデオロギー的支柱として流布された。しかし,〈スペンサーは死んだ〉との名言が20世紀に吐かれて,社会有機体説はすでにその有効性を失ったが,別の観点からすると,構造・機能分析として新たな蘇生をもたらしたともいえる。社会の機能とは,生物の諸器官の機能とのアナロジーとしてとらえられる。T.パーソンズの社会体系論では,A(適応)・G(目標達成)・I(統合)・L(潜在性)の機能に相当する。
  9. http://ja.wikipedia.org/wiki/元首
    1. 元首(げんしゅ、英:Head of state)は、国家の首長である。通常、王室を有する君主制の国家では君主、共和制の国家では大統領が元首とされている。
    2. 英語のHead of stateは、有機的国家論(国家有機体説)の産物で、国家を1つの生き物ととらえた場合の頭に相当する部分であることに由来する。
  10. http://ja.wikipedia.org/wiki/法人本質論
    1. 法人有機体説 法人有機体説は、オットー・フォン・ギールケやゲオルク・ベーゼラーにより主張された考え方であり、法人が独自の意思を有する有機体であるという考え方。いかなる実体が法人として認められるかは、有機体か否かによることになる。
    2. 法人組織体説 法人組織体説は、レモン・サレイユやミシューなどのフランス科学学派により主張された考え方で、法人とは、何らかの目的の実現のために機構を備えた社会的存在が、法により法人格を与えるに適した存在であると認定されることにより、法的な組織体として再編制されたものであると考える。法人有機体説を法人擬制説の観点を取り込んで修正したものといえる。
    3. 法人実在説 法人有機体説・法人組織体説・法人社会的作用説をまとめて、「法人実在説」と呼ぶ。法人擬制説に対するアンチテーゼとして、このようにまとめて扱われることが多い。
    4. 日本の判例・学説においては法人実在説がやがて主流となった。この結果、法人擬制説に傾倒している日本民法を、法人実在説的に解釈していくということになった。このことも、次の二つの異なるモメントを包蔵する(但し、法人擬制説の二つのモメントとは異なり、同方向のヴェクトルを指している)。
      1. 第一に、たとい法が法人と認めていない社会的存在であっても、それに相当する実体を備えている場合には、(組合ではなく)法人に準じた法的処理をしようということになる(法人擬制説を採るならば、このような法関係は一律に組合契約として処理することになる)。これが、いわゆる「権利能力なき社団」や「権利能力なき財団」であり、いずれも判例・通説の認めるところとなっている。
      2. 第二に、たとい法が法人と認めている社会的存在であっても、それに相当する実体を備えていない場合には、法人格を否定しようということになる。これが、いわゆる法人格否認の法理である。法人格否認の法理は、判例の認めるところとなっている。

《ヒトの個体》の健康と《ヒトの群れ》の健康

  1. ホメオスタシス。
  2. 機能分化。
  3. 社会有機体説。

検索

ユートピア』 - [《ヒトの群れの健康》と『ユートピア』]

《ヒトの群れ》 - [《ヒトの群れ》《ヒトの群れの健康》]

ゴミ箱2005-12 - [#「政治が腐敗する」とは、《ヒトの群れ》の全体が機能不全になることを意味する。《ヒトの群れの健康》が害されることを意味する。]

Last modified:2006/03/21 22:10:15
Keyword(s):
References: