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《エウドクソスの「善」》

《エウドクソスの「善」》

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定義

記述

区別

《エウドクソスの「善」》《健常者》

  1. 無明を善であるとして選択しつつあるモノ《健常者》である。

《エウドクソスの「善」》?と『よい』『わるい』

  1. 『ニコマコス倫理学』上、p.15。「万物の希求するところ」を『よい』と定義する。
  2. 『ニコマコス倫理学』下、p.149。ひとびとはそれぞれ、自らの快とするところを選び、自らの苦痛とするところはこれを避ける。
  3. 広義の善と広義の快とは一致する。善にもいろいろあり、快にもいろいろある。いろいろの種類があり、優劣がある。『よい』と『心地よい』『こころよい』、日本語では、そもそも、同じ分類なのだろう。
  4. 『こころよい』は《内からの視点》である、『よい』《外からの視点》である。

《私》に関しては『よい』『わるい』はない。《私》に関してあるのは『こころよい』かどうかだけである。《私》に関しては《外からの視点》はない。《私》《私》を見るときには、常に、《内からの視点》だからである。

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