FrontPage  Index  Search  Changes  RSS  wikifarm  Login

第二百五十四話:”鉞”

 崩れたバリケードの隙間を通って、喪男はトンネルに入った。
 薄暗い灯りが等間隔に並んでいる。
 山の向こうに行けば、自分を変えられる。
 嫌な自分を捨てられる。
 聞いた話を鵜呑みにして、トンネルを進む。
 喪男は自分が嫌いだった。
 醜い外見も、とりえのない内面も。
 変わりたいが変えられなかった。

 足音が重なって聴こえた。
「君も沙貴子さんに会うんだね」
 トンネルの先から現れた男は、喪男を見て言った。
「僕は腕を落としてもらったんだ」
 男の右腕は、肩から先がない
「病気でね。このままでは全身に毒が回っていたよ」
 自分を捨てたい者が目指す場所。
 残った左手を上げて挨拶を交わし、軽い足取りで歩いていった。

 再び喪男のものではない足音が響く。
「君も沙貴子さんに会うんだね」
 次の男は、腹が大きくえぐれていた。
 重傷のようだが、本人は涼しげな顔をしている。
「痛んだ内臓を捨ててきたよ」
 喪男の視線に気付いて、言葉を続けた。
「不便になるけどしかたがない」
 くぼんだ胴体をさする。
「沙貴子さんのおかげだ」
 ふたりは別れ、喪男は奥へと進んだ。

 足音が響く。
「君も沙貴子さんに会うんだね」
 男の体は、どこも欠けていなかった。
 少し笑ってから、自分の頭をつつく。
「僕が削り落としてもらったのはここさ」
 この男もまた、沙貴子に会った帰りだった。
「嫌な思い出を、三年間分ほど消してもらった」
 持っているだけで、未来を塗り潰す過去がある。
 喪男にはよく理解できた。
 トンネルの出口が見える。

 小さな洋館があった。玄関は開いている。
 誘い込まれるように廊下を歩く。突き当たりの扉を開く。
「ようこそ」
 腰より長い漆黒の髪。光のない細い瞳。
 黒いワンピースが、まるで僧衣のように見えた。
「沙貴子です」
 白い手に鉞が握られている。
 無骨な刃を持つ、儚げな女性。
 ここが自分を捨てる場所。

 沙貴子が近付く。
 なにも言わなくとも、すべて伝わっていた。
「切ります」
 細腕を振り上げる。
 喪男の顔面が叩き割られた。痛みはない。
 腕を引いて、横からなぎ払った。
 わき腹に鉞が食い込む。体が軽くなったのが解る。
 同時に記憶が薄れていくことも感じ取れた。
 崩れ落ちた体を置いて、喪男は部屋を出る。
 振り返ると、沙貴子は酷く哀しそうな顔をしていた。

喪にも

可女少
な物語

作品情報

作者

出典

  • 第四夜[215-216]

あとがき

  • (投稿なし)
Last modified:2007/03/31 22:11:29
Keyword(s):
References:[第ニ百五十一話〜第ニ百六十話]