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自殺

第二百六十話:”自殺”

 放課後の学校はまだ寒い。
 屋上で風に吹かれながら、喪男は思った。
 柵を乗り越える。
 眼下に校庭が広がる。落下すれば即死は間違いない。
 自殺するためここへ来た。

 思い立ったきっかけは、喪男にもよく解らない。
 特別に辛いことが起きたわけではなかった。
 ただなにもなかった。
 なにもなかった過去と、なにもない現在。
 なにもないであろう未来について、考えてしまった。
 ここで死ぬことと、死なないことと。
 違いはないと、気付いてしまった。

 遺書はない。残したい言葉はない。
 最後に言葉を交わしたい相手もいない。
 恨みを晴らしたい相手もいない。
 次に風が吹いたら、飛び降りようと思った。
 弱い風が吹く。強さが足りない。
 向かい風が吹く。方向が違う。
 しばらくして気付いた。
 生きていたくない。しかし死にたくない。

 なにもない今から、手を離すことができない。
 無言でしばらく考える。
 やがても喪男は、階段を下りて家へ帰った。
 死を思いとどまったのではない。
 高校三年生になった春の日。
 今日から喪男は、少しずつ自殺を始めた。

 自殺とは、自分が死ぬことではない。
 世界のすべてを消し去ること。
 どこかで聞いた話を思い出す。
 喪男は準備をした。高校を卒業するころに完了した。
 高校および警察に残る記録は、ここで途絶える。

 喪男は姿を消した。誰もが失踪そして死亡と考えた。
 十年近くの時が流れる。
 中東の小国で武装蜂起による革命が勃発した。
 小規模な独立ながら、話題性はある。
 ニュースに映る喪男の姿に、気付いた者はいない。

 喪男と仲間が手にした国は、着実に力をつけていった。
 世界情勢として無視できない国力を発揮し始める。
 国家間での干渉が相次ぐ。
 軋轢は次第に大きくなり、やがて戦争が始まる。
 火種は広がる。世界が戦乱に包まれた。
 多くの人間が死ぬ。
 国家元首になった喪男は、いまだ存命していた。

 世界大戦は混乱の一途を辿る。
 多くの国が明日を見失い、疲弊し、数え切れない死者が出た。
 地球上のあらゆる場所において、戦火の途絶える時はない。
 崩壊した世界を興味なさげに眺める。
 国家や秩序が残存している地域はほとんどない。
 世界を消し去った。

 廃校になった高校の屋上へ行く。
 建物は崩れかけていたが、かえって簡単に入れた。
 遠い日と同じ景色を眺める。
 喪男はなにも変わっていない。世界は大きく変わった。
 飛び降りようか、少し考えてから、階段を下りる。
 喪男は死なない。
 死なないまま自殺した。

喪にも

可女少
な物語

作品情報

作者

出典

  • 第四夜[266-267]

あとがき

  • (投稿なし)
Last modified:2007/04/08 04:53:22
Keyword(s):
References:[第ニ百五十一話〜第ニ百六十話]