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ジョジョ喪奇妙な冒険

第二百八十二話:”ジョジョ喪奇妙な冒険”

 退屈な授業を聞き流して、喪男は窓の外を見ていた。
 静かな街並みが続く。
「上条」
 静けさの原因は平穏ではなく緊張だった。
 この街には怖ろしい事件と、奇妙な噂が発生している。
「上条。上条喪男」
 教師から名前を呼ばれていたことに気付かなかった。
 授業態度を注意される。少しの失笑のあとに、また退屈な時間が続く。
 喪男の高校では、まだ被害者は出ていない。
 恐怖心よりも好奇心を原動力として、噂が広がっている。
 吸血鬼がいる。
 時には人間を襲い食料とし。時には人間の血を吸い仲間とし。
 少しずつ勢力を強める、人ではないなにかが、この街に潜んでいる。
 話そのものはただの怪談だった。
 目に見えて起きているのは、数件の殺人事件と失踪事件。
 発生する間隔が、日を追うにつれて狭まっている。
 誰かが見たかもしれない人影。誰かが聞いたかもしれない情報。
 噂という実体のない媒体を通して、自由に無責任に伝わっていく。
 この街は、吸血鬼に狙われている。
 学校側では一時的な休校や集団登下校などが検討されている。
 警察も、吸血鬼の噂はともかく、事件として捜査と警戒を進めていた。

 狙われたら逃げられない。警察では止められない。
 戦うしかない。喪男が、倒すしかない。
 喪男には解っていた。事件の真相も、犯人の正体も。
 この学校を、この街を、守るため。戦う覚悟はできている。
 他の誰にも、吸血鬼を止めることはできない。
 不意に気配を感じた。
 黒板を見る。チョークで書かれた英文が並んでいた。
 喪男は純血の日本人ではない。イギリスの旧家と血縁がある。
 とはいえ髪も目も黒く、黒板の英文を訳すことすらできない。
 混血は美形が多いという通説に対しても、見事に例外となる容姿だった。
 黒板が殺気を放つはずがない。感じたのはその向こうの。
 壁が、教室が、揺れる。
 黒板が大きく盛り上がる。やがて向かい側から突き破られた。
 隣の教室を隔てていた壁は粉々に破壊され、粉塵が舞い上がる。
 やがて見えたのは数名の生徒と、そして生徒だったであろう死体の山だった。
 死体はどれも手足を引きちぎられ、判別できないほど無残な姿になっている。
 唐突に現れた隣の教室に、生徒達は声も出ない。
 壁を壊して侵入した生徒達は、教師の前に並ぶ。
「言われた通りにしました、先生」
 教師は笑う。声も、瞳の輝きも、すべて人間のそれではない。
 吸血鬼は人間をゾンビに変える。
 痛みも苦しみも感じない、人間を殺すためだけの奴隷を作ることができる。
「食事の時間だ」
 教師が、吸血鬼が言った。

 我に返った生徒から、悲鳴を上げて教室を飛び出した。
 廊下も、他の教室も、階下も。ゾンビとその犠牲者であふれている。
 泣き叫びながら逃げ回る人間と、それを追い、捕食するゾンビ。
 ただ喪男だけが、教室に残っていた。
「なにをやっているんだ」
 数人のゾンビが喪男を囲む。
「お前はいつもこうだよな」
 人間だったころの記憶も残っているようだった。
 喪男は音を立てて息を吸う。全身を震わせながら吐く。
「それキモいからやめろって言っただろ!」
 見る者に生理的な嫌悪感を与えるこの呼吸には意味があった。
 喪男の家系に伝わる力。いつか来る時のために鍛えた技。
 ゾンビが喪男の肩をつかむ。
「グへぁッ!」
 教室の壁を破壊した腕が、喪男に触れただけで蒸発した。
 手首から先が溶けたようにしてただれ落ちている。
 すかさず喪男が、その拳をゾンビの顔面に叩き込んだ。
「ゴ……ふウァ!」
 金属の塊が破壊されたかのような、重厚な轟音が響く。
 一撃で教室の端まで吹き飛んだゾンビは、そのまま息絶えた。
 吸血鬼やゾンビは太陽の下では生きていくことができない。
 これまで発生した殺人事件も、すべてが夜間あるいは屋内での犯行だった。
 校舎内で殺戮を続けるゾンビ達も、学校の外へ逃げた生徒を追いかけられない。
 人間とは桁違いの強さを持つ吸血鬼だが、弱点がいくつか存在する。
 そのうちのひとつは、太陽の光を当てること。
「ま、まさかお前は」
 全力で、次のゾンビの腹を殴る。胴体に風穴が空き、悲鳴を上げて倒れた。
 生まれながらにして、喪男の体は青白い光に包まれている。
 それは常人の目には映らず、訓練していない者にとっては不快ですらある。
 喪男に触れること、近付くことを誰もが嫌がる、本当の理由。
 特殊な呼吸によって練り上げると、驚異的な力となる。
 波紋法。
 仙道とも呼ばれる。修得すれば、人間が吸血鬼を葬ることも不可能ではない。

 波紋に触れることは、太陽光を浴びせられることに等しい。
 襲われそうになれば、波紋を全身に流して身を守る。
 隙を見て、波紋を腕に集中させて殴る。
 周囲から迫るゾンビを次々と倒していく。一見して喪男の独壇場だった。
 しかし気付いていた。吸血鬼も、喪男自身も。
 呼吸を整えないと使えない波紋法は、大勢との戦いには適していない。
 生徒達が校舎から避難し、獲物を失ったゾンビが集まってきた。
 教室の中央で、喪男は囲まれている。明らかに息が上がっている。
「ほらどうしたんだよ」
 ゾンビが手を伸ばす。左手で弾いて、右手で波紋を撃つ。
 よろめきながらも、ゾンビは倒れない。
 当初の勢いが失われている。今の喪男の波紋では、ゾンビを倒せない。
 圧倒的な戦力差を悟り、喪男は死を覚悟する。
 生徒の多数を守ったというわずかな満足感を胸に、意識を失いかけた。
 視界が白くなり、やがて暗くなる。生命が失われていく。
 戦うことを、生きることを、諦めた喪男を、許さない存在がいた。
 体温が上昇したような感覚がした。
 全身を巡る血液が、熱く、速く、流れを強めている。
 流れる血が喪男に呼びかける。
 まだ戦える。まだ戦う方法がある。
 周囲を見回す。教室を埋め尽くすゾンビと、出口の位置を確認する。
 床を蹴った。眼前のゾンビを、残った波紋を振り絞って殴り飛ばす。
 わずかに切り拓かれた隙間を走り、教室を飛び出した。
「逃げたぞッ!」
 ゾンビ達があとを追う。

 ゾンビの多くが教室に集まっていたことが、逃走する喪男に幸いした。
 包囲を脱出すれば、危険は格段に減る。
 陽光の射す場所を選び、学校内を走り回った。
「まさか波紋使いがいたとは」
 下僕を校舎中に走らせた吸血鬼がつぶやく。
 波紋法は吸血鬼の大敵。学校の外へ逃げられる前に殺さなければならない。
 吸血鬼の教師がゾンビに変えた生徒達は、教師の思うがままに動かすことができる。
 もっとも危惧された学外への逃走を防ぐため、多数のゾンビは校舎の出入り口へ向かった。
 しかし喪男は学校から出ない。かといって戦う様子も見られない。
 数箇所でゾンビと遭遇しているが、ほとんど交戦せずに姿を消している。
「波紋を使えても馬鹿は馬鹿か」
 高校の校舎となれば隠れる場所は多いが、大勢で捜せばすぐに見つかる。
 見つかって、また逃げて、繰り返すうちに、居場所はやがて限定されていく。
「いたぞ!」
 逃げ場のない廊下で、ついに喪男は前後をゾンビの群れにはさまれた。
 教室で戦った数よりも多い。学校中のゾンビが集結している。
 呼吸こそ治まっているものの、戦力差は歴然としていた。
 水を飲んで休憩していたのか、水道の蛇口が開かれたままになっている。
 喪男の手には、壁に備え付けてあった消火器が握られていた。
「それで殴っても無駄だよ」
 ゾンビが言う。呼応して皆が笑った。
 消火器の栓を抜く。噴出された薬品が白い霧となってあたりを覆う。
 煙幕の代用品にならなくもないが、包囲されている状態では無意味だった。
「こいつアホだ!」
 声を上げて笑うゾンビ達をよそに、空になった消火器を頭上に投げる。
 天井のスプリンクラーに激突し、一気に水が降りそそいだ。
 喪男はひざを付き、水に濡れた床へ手を置く。
「降伏のつもりか」
 ゾンビの群れの奥から現れた教師が、喪男の目の前に立つ。
 下を向きながら、喪男は少しだけ笑った。
 開きっ放しの水道。消火器の化学薬品。散水を続けるスプリンクラー。
 すべて喪男が用意した。ここに喪男がゾンビを集めた。
 液体は、波紋を伝導する。
 逃げながら練り上げた波紋のすべてを、両手から床へ流した。
 震える心が、燃え尽きるほど熱く、血液の鼓動を刻む。
 青白い光が廊下に広がった。放電しているかのように伝わっていく。
 絶叫と共に、ゾンビ達は次々と消滅した。
「シュアァァ……きさ、貴様ぁッ……!」
 波紋を流し切った喪男が立ち上がる。向き合った教師が崩れ落ちて消えた。
 草は動物に食べられる。動物は人間に食べられる。人間は吸血鬼に食べられる。
 この食物連鎖にはまだ上がある。吸血鬼を喰らい、従わせる存在がいる。
 本当の敵は、本当の戦いは、まだ始まっていない。

「おい上条」
 呼ばれて、我に返る。
「前を見たのはいいが、授業を聞けよ」
 あきれながら言ったのは、波紋で溶かした教師だった。
 黒板には傷ひとつついていない。相変わらず読めない英文が並んでいる。
 喪男の親戚に外国人でもいれば、少しは語学力も身についていたのだろうか。
 いつか始まる戦い。いつか目覚める能力。襲われる学校。戦う自分。
 ただ考えているだけの、高校生活が続く。
 今日も授業は退屈で、街は平穏だった。
 なんの事件も起きていない。

喪にも

可女少
な物語

作品情報

作者

出典

  • 第四夜[434-439]

あとがき

  • (投稿なし)
Last modified:2007/07/13 02:27:51
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References:[第ニ百八十一話〜第ニ百九十話]