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オワタ

第二百六十四話:”オワタ”

 四月も半ばになり、新入社員研修の期間が終了した。
 喪男の課にも新人が配属される。
 それぞれに一名ずつの担当がついて指導することになった。
 入社三年目になる喪男は、今年から教育係になる。
 憂鬱だった。
 自分の仕事すら満足にできないのに、後輩とうまくやれるはずがない。
 割り振られたのが男性社員だったことに、わずかな安堵と失望を覚えた。
「尾和田です」
 元気に、しかし丁寧に、新人が挨拶する。
 喪男とは正反対の人種だった。しかし相性は悪くなかった。
 正確には、喪男にすら波長を合わせることのできる男だった。
「尾和田君なんて堅苦しくないですか。オワタでいいですよ」
 自然で嫌味のない、親しみと敬意を混ぜた台詞を吐ける。
 喪男にはどうやっても辿り着けない場所に、平然と立っている。
 それでいて、喪男を軽んじたり、蔑んだりすることもなかった。
 要領の悪い先輩から教えられる仕事を、オワタはよく吸収していく。
 課内でも評判の新人となるまで、時間はかからなかった。

 女子社員や上司に注目されるようになっても、オワタは変わらなかった。
 すでに教えることのなくなった喪男を、先輩として慕っている。
 後輩が先輩に払う、当然の敬意。
 忘れていたのか、知らなかったのか。喪男には未知の体験だった。
 特定の恋人はいないようだったが、取り巻く女性は多い。
 彼女ができるのも時間の問題だろう。
 その時は自分のような男が近くにいない方がいい。印象を悪くしてしまう。
 漠然と考えていた喪男に、オワタが声をかけた。
「来週の木曜日に来てもらいたいんですけど、難しいでしょうか」
 人付き合いは嫌いで苦手な喪男だったが、他ならぬオワタの頼みだ。
 話を聞くことにする。
「相手は人事の子なんです。四人いるからあと一人足りなくて」
 驚くべきことに合コンの誘いだった。明らかに相手を間違えている。
 渡りをつけたはいいが、三対三のつもりが向こうは四人いたらしい。
 美人ぞろいで有名な人事部とあれば、引く手あまたなのは間違いない。
 時間も一週間ある。オワタの人脈なら、同期の男を容易に集められる。
 引き立て役を必要とする男ではない。
「忙しいですか。そうじゃないなら」
 合コンにいる自分の姿を想像して、適当な理由を付けて断る。
 オワタがオワタであるように、喪男は喪男でしかない。

 新人だったオワタが教育係になるころ。
 喪男は相変わらず同じ課のすみで、同じようなくだらない仕事をしていた。
 世界が広がり、仕事も増えたオワタとは対称的だった。
 相変わらずオワタは、屈託なく喪男に話しかけてくる。
 師事する関係はなくなっても、親しい先輩であることは変わらないようだった。
 漫然と会社に勤める喪男と違い、オワタは常に未来を見ている。
 必然的に訪れる苦しみ、悩み、そして自分なりの考え。
「喪男さん。こっちです」
 店の中に入ると、奥でオワタが手を振っていた。
 今日は相談があると呼ばれ、会社の近くにある喫茶店に来ている。
 店内の雰囲気に戸惑いながら、喪男は席に着いた。
 オワタは真剣な表情で言葉を選んでいる。少しの時間を置いて、口を開いた。
「会社を辞めようと思います」
 噂にはなっていたので、あまり驚きはなかった。
 独立して会社を作る計画を話す。
 喪男としても賛成だった。オワタはここで終わる男ではない。
「よければ喪男さんも、一緒に来てくれませんか」
 会社でさりげなく同志を募っていることも、喪男は知っていた。
 すでに数名の賛同者がいることも。
 まさか自分が勧誘されるとは思っていなかった。
 オワタの才覚なら、新会社は間違いなく成功する。喪男は確信していた。

 閉店間際の喫茶店で、カップに入ったコーヒーを眺める。
 オワタは先に帰った。
 喪男にとって、オワタとはどんな存在だったのか考える。
 有能な後輩だった。頼りになる同僚だった。
 喪男のことを、喪男自身よりも買っていた。
 そのオワタが新しい挑戦を始めようとしている。
 喪男の力を求めている。
 とても応じられなかった。
 オワタを失望させることが、なによりも怖かった。
 長い間くすぶっていた喪男には、オワタはまぶしすぎた。
 喪男とオワタはここで別れる。
 オワタは会社を作り、名前を上げ、さらなる高みを目指す。
 喪男は再び、モノクロの日常に戻る。
 喪失感に酔っている間は、振り払った手の価値は解らない。
 やがて喪男は行き詰まり、ふと過去を振り返ることもある。
 もしかしたら、変わるきっかけだったのかもしれない。
 気付いて、後悔したのは、この日から十年近くが経ってからだった。

喪にも

可女少
な物語

作品情報

作者

出典

  • 第四夜[301-302]

あとがき

  • (投稿なし)
Last modified:2007/04/22 08:28:00
Keyword(s):
References:[第ニ百六十一話〜第ニ百七十話]