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Pr.Def.7

Ωは裏方

「パラレルワールド全体の集合」などという大げさな言い方で導入された Ωですが、大活躍するかというと、そんなことはありません。 むしろ、この後どんどん存在感が薄くなっていきます。

Ωの意義

話を一度はじめに戻しましょう。 「三つの扉」のような、直観の効きづらい問題が発端です。 そういう問題を勘で議論しても紛糾するから、 きっちりした数学へと問題を写しとるために、(Ω, F, P)が導入されました。 ですから、Ωの使命としては、いま考えたい確率的な問題を翻訳し シミュレートできれば十分です。

そして、写しとったあとは、Ωが「何だったか」にはもう 関心がありません。 Ω上の領域の面積(あるいは、面積を一般化した測度と呼ばれるもの) だけが効くのであって、それさえ所望の値になっていれば、 Ω自体はどうでもいいのです。

例えば、「三つの扉」では、Ωは 360 会場からなる集合でした。 でも、Ωをそれにする必然性はありません。 Ω = {1, 2, 3, …, 18} でも十分ですし、 図のように立方体とすることもできます。 どれでも議論に支障はなく、同じ結論が得られます。

def_cube.png

結局のところ、Ωの存在意義は、「存在している」ということだけです。 いま考えたい問題をシミュレートできるリソースさえあれば、 Ωの具体的な姿なんかどうでもよい。 ならば、Ωを具体的に書き下す必要もないではないか。

そういうわけで、確率論においては、Ωが具体的に何なのかを いちいち述べたりはしません。 「とにかく何かΩという集合があるとせよ」とだけ宣言して、 あとは放ったらかし。そういうものです。

Ωなしの確率論

確率論のやさしい本では、Ωなんて出てきません。 それは、確率分布の方で話をするからです。 確率分布は単なる「一覧表」ですから、Ωなしでも話ができます。

そのかわり、弱点として、確率変数を数学的にはっきり定義できなくなります。 もちろんそこは言葉でなんとか説明するわけですが、 しょせんは人間視点。 神様視点のようなはっきりした話はできません。

\memo{言いすぎですかねえ. 「やさしい本」でも形は「標本空間・事象」から 入ったりもしてるか. しかし, 標本空間とか事象とかって, わかりやすいって 気がしないんですけど…}

一つの確率変数だけを議論するときなら、それでもあまり困りはしません。 困るのは複数の確率変数がからむときです。 それぞれの確率分布を見ただけでは、からみ具合がわかりません。 何度も注意してきた、「確率分布は同じだけれど確率変数としては違う」 という事例を思いだしてください。 ちょっと複雑な話になると、人間視点から言葉と勘で議論してもらちがあかなくて、 神様視点が必須になります。 そして、確率・統計の現代的な活用では、そういう「からみ具合」の解析が 一つの鍵となっているのです。


コメントはプログラミングのための確率統計


Last modified:2005/12/15 01:17:16
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