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手盾さん先生(学園編)

手楯さん先生(てだてさんせんせい)[手楯:てだて]

手楯さん先生1.jpg
手楯さん先生1s.jpg

帆立学園の教員の一人
本名は二引両紋白楯たん(にひきりょうもんしろたてたん)というが、長すぎる為、手楯先生と呼ばれている

所属

性格

  • 弁護部OG [05/12/28-166-No.10390659]
  • 大鎧たんの入部により落ち目に(考え方が保守的だった) [同上]
  • その後帆立教職人に  [同上]

特徴

  • 騙されやすい為、授業エスケープされ率はぶっちぎりでNo.1 [05/12/28-166-No.10390659]
  • 妹も帆立に入学している。     [同上]
  • つるぺた、本人はあきらめている。 [同上]
  • 親戚が沢山いる。         [同上]
  • のんびりとした口調ではなすが、法廷では逆に早くなる。
  • 色素が薄い為、白髪である。
  • 在学中は弁論部の法廷での被服裁縫や資料の整理をしていた。
  • 上記の理由の為、「百八十縫いの白楯」と呼ばれた。 

主な相関関係

デザイン

その他

原典

手楯は持楯とも言われ、日本で古くから使われてきました。
『日本書紀』や『古事記』などに記載されている古代の楯の構造は、鉄や木で骨組みをし、そこに皮編物を張って漆で固め、彩色を施したものです。
形状は上部が山形のものや、上下が広く中央部が狭いものなどもあり、単純な長方形のものは木製、楯の全面に緩やかな反りがあるものは皮張製のものです。素材は榎や楠が使われているとか。
奈良時代には鉄楯も作られ、中央部幅63cm、高さ140cmで鉄板を鋲留めしていた。
奈良時代まではよく使われていたそうですが、平安時代に入り、大鎧に楯の機能が取り込まれ、さらに両手で武器を扱うようになり、楯は姿を消すことになりました。
ただし完全になくなったのではなく、使うほうが珍しくなった、といった感じだったようです。
なお、楯の表面に描かれた2本のラインは「二引両紋」と呼ばれ、手楯以外に掻楯にも用いられ、この下に家紋を描くこともあったらしい。

原典手楯(日本).jpg
原典手楯(日本)s.jpg

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Last modified:2006/01/17 21:05:26
Keyword(s):[防具類]
References:[た行(学園編)] [手盾さん先生(学園編)] [弁護部] [防具類]