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常識の嘘

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医学

精神医学

ネット上の「鬱系サイト」の作者の大半はうつ病ではない。
抑うつ状態に陥っているからといってうつ病とは限らないのである。
勤勉で几帳面な仕事人間型の人がうつ病になりやすい。
しかしそういう人はサイトを作ったり、
自分の抑うつ気分について毎日書き綴ったりはしない。
うつ状態では普通そのような事をする気力が生じないのである。
彼/彼女等の多くは「境界例」という症状。
境界例は慢性的な空虚感と感情の不安定さ、
見捨てられ感、二分法的思考を特徴とする「病」。

参考:http://member.nifty.ne.jp/windyfield/bpd.html


芸術

音楽

歌「グリーン・グリーン」の日本語の歌詞には
「ある日パパと二人で…」とあり、語り相手は父親である。
しかし原詩では「a-Well I told my ''mama'' on the day I was born」
とあるように語り相手は母親である。
「グリーン・グリーン」の日本語版を作詞した片岡輝が勝手に
母親を父親に変えた。

父親に変えた理由について片岡輝は次のように言っている。
「・・・日本の歌の中には,親子の心を通わせるような,
特にお父さんをテーマにした曲はあまりないなあと思ったんです・・・
(中略)・・・全く私の作詞でして,訳詞ではないんです。」

参考:http://www.worldfolksong.com/closeup/green/page1.htm


             *


「蛍の光」はスコットランド民謡であり日本の歌ではない。
また「蛍の光」の日本語の歌詞は立身出世を歌った軍国主義的なものであり、
卒業を歌ったものではない。
「蛍の光」の3番、4番は次の通りである。

3.筑紫のきわみ 陸(みち)の奥 
  海山遠く へだつとも
  その真心は へだてなく
  ひとえにつくせ 国のため

4.千島のおくも 沖縄も
  やしまのうちの 守りなり
  いたらん国に いさおしく
  つとめよわがせ つつがなく

当時の文部省直轄の機関である音楽取調掛の掛長であった伊沢修二は
「和洋折衷」という理念を掲げていた。
この為曲は西洋から借りもので歌詞は日本独自(もしくは部分的アレンジ)の
もの、という歌が幾つも作られた。(「蝶々」、「庭の千草」など)。
「蛍の光」もその一つ。

スコットランド語の題はAuld Lang Syne(遠い昔)で、旧友を
しのぶ歌。ロバート・バーンズというスコットランド
では有名な詩人が作詞。

蛍の光は我が国最初の音楽教科書である『小学唱歌初編』
(1881年(明治14年))に掲載されて初めて日本に紹介された。
当初は「蛍の光」ではなく単に「蛍」というタイトルであった。

なお、蛍の光は「大韓帝国」の国歌であった時期もある。

参考:http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/hotarunohikari.html
http://www.worldfolksong.com/songbook/
http://home.ktroad.jp/kazumi-t/topics/uk/auldlandsyne.html
        

絵画

「裸の大将」山下清は確かに日本全国を放浪していたが、
テレビドラマ「裸の大将放浪期」とは違い、
貼り絵は必ず家に帰ってから作成していた。

また「裸の大将放浪期」で山下清は
いつもズボンとランニングという姿であるが、
実際には服装にかなり気を使っており、
「画家はベレー帽を被るものだ」といつもベレー帽を
被っていた。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜3」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。

科学

算術

アラビア数字はアラビアで発明されたものではない。
インドで発明された。
アラビア経由でヨーロッパに伝わった為
アラビア数字と呼ばれる事となった。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。

生物学

レミングは集団自殺の為海に向けて突進する動物だと
言われているが、
レミングは好き好んで自殺したりはしない。
一地域に食物がなくなると、レミングは食物を求め集団で
移動する。この移動の際多くのレミングが死に絶え、
数が減少する。この減少が自殺と為と勘違いされたわけである。

集団自殺の為レミングが海に向けて突進するというのは
かなりの誇張である。レミングは泳ぎのうまい動物なので
湖や川に飛び込むと大抵は泳ぎきって向こう岸に着く。
溺れるのは対岸までの距離を測りそこねた時だけである。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。


             *


進化論を始めて唱えたのはチャールズ・ダーウィンではない。
すでに古代ギリシャの哲学者アナクシマンドロスや
エンペドクレスが進化論的な考え方を持っていた。
ダーウィン以前に進化論的な考え方を持った人物として他に
ニュートン、ライプニッツ、ド・メレ、ビュフォン、リンネ、
ラマルク、キュビエ、サンティレール、ライエル、ジョフロワ等
がいる。
特に獲得形質説を唱えたラマルクの功績は大きい。 (間違ってはいたが)。
またジョフロワは爬虫類の化石に対し、実際に「進化」という
言葉を用いている。

またチャールズ・ダーウィンの祖父エラズマスも禁書目録に
入れられた一冊の本の中に動物界が「ある単一の繊維から発生し」、
「生まれ持った固有の活動により向上し続け、
その向上した点を生殖によって子孫に伝えていく」と書いている。

ダーウィンの時代進化論的考えは知識人の間ではすでに広まっていた。
ダーウィンが進化論を提唱した著書「種の起源」を発表する
一年前にウォレスがダーウィンと同じくガラパゴス等で
進化論を思いつき、結局ダーウィンと共著で論文を
書くことになったのは有名である。

ダーウィンが他の人々より優れていたのは、
進化論の正しさを示す莫大な量の証拠を提示した事にある。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他多数。


             *


大抵の動物と同じく牛は色盲で、いかなる色も分からない。
よって闘牛の際マタドールが赤いムレータ(闘牛士が使う布)を振ろうが、
青いムレータを振ろうが牛にとっては全く同じである。

赤いムレータで興奮するのは牛よりも闘牛を見ている人間のほうであろう。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他多数。


             *


カメレオンは周囲に溶けこむ為に色を変えるわけではない。
カメレオンが体色を変えるのは事実だが、これは暑さ、寒さ、空腹、不安などが
原因で色を変えているだけで、周囲に溶けこもうとしているわけではない。
ちなみにカメレオンは空腹時には白っぽくなる。

参考:「常識のウソ277」、ヴァルター・クレーマー、ゲッツ・トレンクラー
(畔上司、赤根洋子)、文春文庫。


天文


地動説を最初に思いついたのはギリシアのアリスタルコス。
一般に地動説を始めて思いついた人として知られるコペルニクスは、
地動説について書いた著書「天球の回転について」に
アリスタルコスの説を引用したが、
自分の独創性が弱まるのを嫌がり、後で削除した。

アリスタルコスが天動説を唱えた当時は、
常識外れの説として誰も相手にしなかった為
彼の本は現存しない。
彼の説はアルキメデスの本の中で珍説として紹介されている。

参考:「アシモフの雑学コレクション」、.アシモフ(星新一編訳)、
新潮社。

ゲーム

雑学の本で「オセロは日本で発明された」と書いてあるものを
よく見かけるがこれは間違い。もともとはアメリカのゲーム。
ウォータースンないしコレットという人物が発明した。
元は「リバーシ」という名前である。
(コレットは、「リバーシは自分の作った「アクセイション」を
真似たものだ」、と主張している。)

オセロの作者として紹介されている長谷川五郎(日本オセロ連盟会長)は
本当はオセロの名づけの親に過ぎない。
オセロは明治期に日本にも輸入され
「レヴァルシー」、「源平碁」などの名で知られていた。
(駒は赤と黒だった)。

オセロはツクダオリジナル(現在はパルボックス)の登録商標である為、
他社はリバーシという名で同じゲームを発売している。

参考:「世界のゲーム事典」、松田 道弘、東京堂出版 1989年10月。


             *
 

「トランプ」という言葉は一組52枚の遊戯用のカードを
指す言葉ではなく、「切り札」を意味する言葉。
一組52枚の遊戯用のカードは正しくはプレイング・カードという。

スペイン人もしくはポルトガル人が南蛮貿易で
プレイング・カードを日本に持ち込んだ際、
トランプという言葉を連呼していたので誤解が生じ、
プレイング・カードがトランプと呼ばれるようになった。

プレイング・カードで遊ばれるゲームの中には
「トリック・テイキング・ゲーム」と呼ばれる一群のゲーム達
(ブリッヂが有名。日本では他にナポレオン、
ツー・テン・ジャックが有名)がある。
「トランプ(切り札)」はこれらのゲームの多くで使われる用語で、
通常の札よりも強い札の事を指す。

なおトランプという言葉はトライオンフ(勝利)というゲームに
由来する。

参考:「トランプものがたり」、松田 道弘、岩波書店、1979年11月。他。


             *


タロット・カードは占い用の札ではない。
タロット・カードを主として占いに使うのは日本とアメリカくらいで
ヨーロッパではトランプと同じくゲーム用の札として用いる。
遊び方は日本で言うナポレオンに近い。

ちなみにナポレオン、ツー・テン・ジャック
(そしておそらく大貧民)は
日本で生まれたゲーム。欧米のホイストというゲームに起源を持つ。
イギリスにもナポレオンというゲームはあるがこれは別物で
日本のナポレオンが名前を拝借しただけ。

参考:  「トランプものがたり」、松田 道弘、岩波書店、1979年11月。他。


             *


「ババ抜き」(old maid)でジョーカーを使うのは日本だけである。
本来はジョーカーを使わず、代わりに4枚あるQの札のうちの
一枚を取り除いてからゲームをする。
3枚のQのうち、ペアになった2枚は捨てる事ができる。
最後に残った1枚のQを持っていた人が負け。

ジョーカーを使わないのは当然で、ババ抜きが発明された当初は
まだジョーカーというものが存在しなかった。

参考:「トランプものがたり」、松田 道弘、岩波書店、1979年11月。


             *


「七並べ」(fantan)は日本では最初に7の札を並べてからゲームを
開始するが、元来はそうではない。
7の札を持っている人が自分の番になった時、7の札を出す。

参考:「トランプゲ−ム事典」、東京堂出版、松田道弘、1988年12月。


             *


よく雑学の本に載っている「ジョーカーの起源はタロット・カードの
愚者(fool)である」という説は間違っている。
本当はイギリスのユーカーというゲームに使う
「ベスト・バウアー」という札がジョーカーの起源。

ヨーロッパのゲームには7からAまでの32枚しか使わないものが多いが、
ユーカーではこれら32枚に加え、クラブの2を使い、
これをベスト・バウアーと呼ぶ。

ユーカー(Eucker)が訛ってユーカー→ジュカー→ジョーカーとなった。

参考:「トランプものがたり」、松田 道弘、岩波書店、1979年11月。


工学


「ロボット」という言葉を始めて用いたのは、
チェコ・スロバキアの作家カレル・チャペックであるが、
チャペックのいうロボットは今で言う人造人間の事である。

チャペックがロボットという言葉が使ったのは
「R・U・R、ロッサムのユニバーサル・ロボット」という戯曲。
ロボットという言葉を作ったのはチャペックの兄で画家のヨゼフ。
「労働」を意味するチェコ・スロバキアの「ロボータ」という言葉から。

チャペックに人造人間を意味するよい名前を求められた時、
ヨゼフは絵を描いている最中で、口に絵筆を加えながらもごもごと
ロボットという名を提案した。

「R・U・R」のあらすじは以下の通り:
R・U・R社は人間そっくりのロボットを労働用に販売していた。
ある時一人の人権主義者の女性がロボットの境遇に同情し、
ロボットに心を持たせる事を提案した。
ロボットの開発者たちはこの女性にほれていた為、
この言葉に従い、ロボットに心を与えた。
しかし心を持ったロボット達は人間に反抗し、人類を滅ぼす。

この際ロボットの生産方法が失われてしまった為、
ロボットは増える事ができない。
ただ一人生き残った人間がロボットを第二の人類にすべく、
ロボットの生産方法を研究する。
研究の為、彼のそばにいた男女一体ずつのロボットのうち
一体を破壊して詳しく調べようとする。
しかし二体のロボット達は互いに相手をかばいあい、
相手ではなく自分を実験に使ってくれと彼にせがむ。
これにより彼は第二の人類たるロボットに愛の感情が
芽生えた事を知り、神に感謝する。

参考:「ロボット」、カレル・チャペック(千野栄一訳)、岩波文庫。


           *


ロボットは人間に逆らうべきではないなど、
ロボットを生産する時の倫理的規範を定めた「ロボット三原則」は
SF作家アイザック・アシモフが決めたもので、
ロボット工学者が決めたものではない。

アシモフが世界初のSF推理小説「わたしはロボット」を書いた際、
推理の土台となるルールとして、ロボット三原則を提出した。
すなわちアシモフはロボットの倫理規定に興味があったというよりは
推理を成り立たせる為の道具としてロボット三原則を考えたのである。

アシモフがSF推理小説を書こうと思ったのは、
SF雑誌「アスタウンディング・サイエンス・フィクション」誌の
編集長ジョン・キャンベル・ジュニアの言葉に触発されての事。
キャンベルが「SFは自由なジャンルであるからSF恋愛小説や
SF西部劇などどんなものでも書けるが、その自由性があだとなって、
論理を必要とするSF推理小説だけは例外的に書けない」という趣旨の
事を言ったのに反発したのである。

参考:「わたしはロボット」、アイザック・アシモフ、早川文庫。

コンピュータ

世界初のコンピュータはエニアック(ENIAC)ではない。
それ以前にもABC、The Baby、コロッサス(Colossus)などの
コンピュータが作られている。
これ等のコンピュータは第二次世界大戦中に軍事目的で開発が
進められた為、いずれも軍事機密下にあり、
一般的に知られる事がなかった。
エニアックは軍事機密でない最初のコンピュータであるに
過ぎない。

参考:http://www.infonet.co.jp/ueyama/ip/history/firstcomputer.html


           *

コンピュータのデーモンは悪魔とは関係が無い。
悪魔はdemonと書くのに対し、
コンピュータのデーモンはdaemonと書く。
demonとは違い、daemonはギリシャ神話に由来する。

裁判

以下の有名な話はただの都市伝説に過ぎない:

あるおばあさんが、濡れた猫を乾かすため
電子レンジに猫を入れて暖めた。
当然猫は破裂。
しかしおばあさんは「電子レンジに猫を入れるな」と
明記されていない事を理由に裁判を起こし、勝訴。

この「電子レンジに猫」の話には数々の類話がある。
1、麻薬中毒のベビーシッターが赤ん坊を電子レンジに
入れてしまうもの。
2、頭を乾かすために自分から電子レンジに頭を
つっこむもの。
3、猫でなく犬を入れるもの。
4、電子レンジでなくオーブンに入れるもの
などなど。

しかしこの話の古い形では、人が動物ないし赤ん坊を
オーブンに入れてしまうのではなく
動物ないし赤ん坊のほうが誤って自分からオーブンに
入ってしまう。よって裁判など起こるはずも無い。

「この話は法学部の先生が授業で例として作った話が
広まった」といった説を散見するが、これは対抗神話
(=都市伝説が嘘であると主張するために流される
都市伝説)に過ぎない。

参考:「ドーベルマンに何があったの?アメリカの新しい都市伝説
ブルンヴァンの都市伝説コレクション2」、
ジョン・ハロルド・ブルンヴァン、新宿書房、1997年。


             *


それに対し以下のマクドナルドとコーヒーの裁判は実話。
最も、伝説とは異なり実際は賠償金は微々たるものだった:

ある人が運転中しながらマクドナルドのコーヒーを
飲んでいた。運転中、その人はコーヒーを膝に
こぼしてしまい火傷した。
その人は「コーヒーが熱すぎるのが火傷の原因」として、
マクドナルドを訴えて勝訴した。

参考:「ドーベルマンに何があったの?アメリカの新しい都市伝説
ブルンヴァンの都市伝説コレクション2」、
ジョン・ハロルド・ブルンヴァン、新宿書房、1997年。

小説

大衆小説

海外


フランダースの犬のモデルとなった犬は、
テレビアニメ「ハウス名作劇場:フランダースの犬」の
それとは異なり原作では黒犬である。

原作では「ブービエ・デ・フランダース」という種類の犬で
労働犬であるが、「これではフランダースの犬のイメージに合わない」と
アニメ版監督黒田昌朗が色を変えた。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜4」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。


             *

ターザンは実在の人物ではない。
ターザンはエドガー・ライス・バロウズの小説「類人猿ターザン」
(とその続編達)の主人公である。

バロウズの小説によると、「ターザン」とは類人猿の言葉で
「ター(白い)ザン(肌)」の意。
なお、ターザンがあまりに有名になったので、
バロウズの住んでいた街は名前を「ターザナ」に変えた。

参考:「類人猿ターザン」、エドガー・ライス・バロウズ、早川書房。


             *


映画版のターザンは、人間の言葉を片言でしか話せず、
ジャングルの動物の為に戦っている。
しかし原作のターザンは、動物の言葉だけでなく、
英語、フランス語、イタリア語、はてはアトランティス語まで
話せる語学の天才。
しかもどちらかといえば自分本位な人間で、
自分の楽しみの為に平気で動物を殺す。

なおターザンは類人猿に拾われただけで、本当は人間である。
本名はグレイストーク興ジョン・クレイトン。貴族である。
ターザンは類人猿に育てられた過去を嫌悪している。

当時はヒロイック・ファンタジーと呼ばれる勧善懲悪物語が
小説の全盛で、バロウズはこの風潮に逆らう為、
ターザンのような自分本位な人間を主人公にした。

参考:「類人猿ターザン」、エドガー・ライス・バロウズ、早川書房。



             *


類人猿が活躍する物語はターザンが最初ではない。
ターザンの作者バロウズはキップリングの「ジャングルブック」を
参考にして「類人猿ターザン」を書いた。

キップリングは無名時代世話をしてくれた乳母に
「お金が必要なときに売るといい、いくらかでも値がつくだろう」と
ジャングルブックの初稿をあげてしまった。
おかげで乳母は楽な生活を続ける事ができた。

参考:「類人猿ターザン」、エドガー・ライス・バロウズ、早川書房。
「アシモフの雑学コレクション」、.アシモフ(星新一編訳)、
新潮社。


             *


「フランケンシュタイン」という名前はメアリー・シェリーが
小説の中で用いたのが最初だが、
ここで「フランケンシュタイン」は怪物の名前ではなく
博士の名前。

ビクトル・フランケンシュタインという博士が
怪物を作ったが、怪物には「フランケンシュタイン」とは
名づけなかった。

小説「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」は
シェリーが18歳の時の作品。
バイロン興、シェリー、他二人がジュネーブに出かけた時
あいにくの雨だった為、バイロンが雨の日の退屈をしのぐ手慰み
として各自恐怖小説を作るよう提案した。
このうちシェリーの作品だけが後まで残り、
後の3人の作品は忘れられた。

「フランケンシュタイン」、メアリー・シェリー、角川文庫。
他


             *


ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス」、およびその続編の
『鏡の国のアリス』はディズニーのそれのような
ロマンに満ちた話ではなく、ジョークに満ちた話である。

『アリス』に出てくる歌のほとんどは当時の流行歌か
マザー・グースのパロディである。
中には日本人にも馴染み深い「きらきらぼし」も出てくる。
『アリス』版の「きらきらぼし」は星ではなくコウモリの話で、
「きらきらぼし」の感傷性が完全に殺菌されたジョーク詩になっている。

ちなみにルイス・キャロルの本職は論理学者。生涯独身であった。
ルイス・キャロルというぺんネームは本名のチャールズ・
ラトウィッジ・ドジソンの「ラトウィッジ・ドジソン」を
ラテン語にしてもじって、姓名反対にしたもの。
主人公アリス・リデルは彼の勤めていた
オックスフォード大学の学長の娘。
キャロルには幼児性愛の気があったらしく、
様々な少女と親しくなっては裸にして写真を撮っていた。

『不思議の国のアリス』という訳題は原題に忠実な題だが、
『鏡の国のアリス』という訳題はかなりの超訳。
現代は『姿見を通して』(Through the Looking-Glass)。

「不思議の国のアリス」、ルイス・キャロル、河出書房。
他

食物

「アンデスメロン」はアンデスとは何の関係も無い。
「アンデス」は「安心です」の略。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜1」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。
他多数。

宗教

一般

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教。これらの宗教が一神教なので
世界の宗教では一神教が多いのだという勘違いが生じかねないが、
実は一神教は少数派である。メジャーな宗教の中で一神教なのは
この3つだけ。

参考:「世界史講義録」第44回イスラム教の特徴
 (http://www.geocities.jp/timeway/kougi-44.html)。

キリスト教


イェスはキリストという名前ではない。
「キリスト」とはメシア(ヘブライ語で「油を注がれた者」の意。
救世主)の意味。

「聖書新共訳 旧約聖書続編つき」、日本聖書教会。


             *


12月25日にイェスが産まれたわけではない。
クリスマスはペルシャのミトラス教徒が冬至を
祝う祭りの名残りである。

ペルシャ人達は冬至を太陽の死と再生の儀式として
何世紀も前から祝っていた。
ローマ暦では12月25日はナタリス・ソリス・
インビクティ(打ち勝ちがたき太陽の誕生日)にあたり、
太陽神ミトラスが崇拝されていた。

キリスト教がミトラス教徒を吸収する際、
この日をイェスの誕生日と読み替える事で
ミトラス教徒を納得させたのである。
紀元336年の事である。

イェス誕生を12月24日とするのは
西方教会だけで、東方教会、アルメニア教会は
いまでも誕生日を公現祭の1月6日としている。

なお、聖書のキリスト誕生の部分に
「その地方で羊飼い達が野宿しながら、
夜通し羊の群れの番をしていた」(ルカ伝2.8)とあるが、
これは12月24日説、1月6日説のいずれとも矛盾してしまう。
冬の寒い時期に羊を放し飼いにしたりはしない。

参考:「聖書新共訳 旧約聖書続編つき」、日本聖書教会。
「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他


             *


土星は英語でサターンだが、これはキリスト教の悪魔サタンとは
何の関係も無い、綴りも起源も全く違う。
キリスト教の悪魔はSatanと書く。ヘブライ語で「中傷する者」
という意味の単語。
土星はSaturnと書き、ローマ神話の神サトゥルヌスの英語読み。
ローマ神話の神なのでキリスト教とは関係が無い。
サトゥルヌスはギリシア神話のクロノスに当たり、大神ゼウス
(ローマ読みはユピテールで、木星=ジュピターの語源)の父親
にあたる。

ちなみにサタンSatanの手下であるデビルdevilというのは、
ギリシャ語で「中傷する者」を
意味するディアボロスdiabolosに由来する。
(注:devilと書いた場合はサタンの手下を意味するが、
大文字でDevilと書いた場合は「悪魔の中の悪魔」、
すなわちサタン自身を指す。)

アメリカのロケット「サターン*型」(「*」には数字が入る)や、
セガのゲーム機「セガ・サターン」もSaturnのほうであり、
悪魔とは関係が無い。

参考:「聖書新共訳 旧約聖書続編つき」、日本聖書教会。
「図解雑学 聖書」、関田寛夫、ナツメ社、2003年。
「トンデモ超常現象99の真相」、
と学会(山本弘+志水一夫+皆神龍太郎)、洋泉社、1997年。
他。

ユダヤ教


旧約聖書には神は6日で世界を作り7日目を休みと定めた、
と書いてある。一週間に一度休み(安息日)があるのはこの為だ。
しかし旧約聖書にある「7日目の休み」は日曜日ではない。
正しくは土曜日。実際ユダヤ教では土曜日が安息日である。
(厳密には、金曜の日没から土曜の日没まで)。
キリスト教も当初はこれを受け継いでいたが、
日曜日にキリストが復活したという定説が出来て以来、
日曜日が安息日になった。

参考:「聖書新共訳 旧約聖書続編つき」、日本聖書教会。
「図解雑学 聖書」、関田寛夫、ナツメ社、2003年。


             *


アダムとエヴァが食べた知識の実がリンゴであるという説は誤訳から生まれた。
リンゴであるという説の他に柘榴、スモモ、オリーブなどの説がある。
聖書よると、神はアダムとエヴァに「園の中央にある木」の実は食べるなと
書いてある。園の中央は「知識の木」と「命の木」とがあると書いてあるだけで、
「知識の木」がリンゴの木であるとは一言も書いてない。

リンゴとする解釈は紀元二世紀に聖書をギリシャ語に翻訳した
アクィラ・ポンティカスに由来する。
彼は「りんごの木の下で、わたしはあなたは呼び覚ました。
あなたの母親は、かしこで、あなたのために産みの苦しみをなし」という雅詩の
「産みの苦しみをなし」の部分を「堕落した」と誤訳した。
この為りんご→堕落→知識の実という連想が生まれ、
知恵の実はりんごであると解釈されるようになった。

ちなみに、英語でのどぼとけの事を「アダムのリンゴ(Adam's Apple)」というが、
これはアダムが知恵の実を食べた際実をのどに詰まらせてしまったという
伝説から。

参考:「聖書新共訳 旧約聖書続編つき」、日本聖書教会。
「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他


             *


アダムとエヴァはなるほど神によって最初に作られた男女であるには違いない。
しかし神がこの二人以外にも人間を作らなかったのだという証拠はない。
実際二人の息子カインが神に地上をさまよえば他人に殺されるかもしれないと述
べている(創世記4-13)。
もし神がアダムとエヴァしか人間をつくらなかったのなら、「他人」などいるはずも
ないのだが。

参考:「聖書新共訳 旧約聖書続編つき」、日本聖書教会。



             *


「カインの印」はカインが弟アベルを殺した罪でつけられたわけではない。
神がカインを守る為につけたものである。
詳細は以下の通り。
カインが弟を殺したので、神がカインにおまえは呪われたのだと告げ、
罰として地上をさまようよう命じた。
カインは神に、地上をさまよえば、他の人々に殺されてしまうのではないかと不安を述べた。
すると神は「いや、カインを殺すものは、だれであれ、七倍の復讐を受けるであろう」
と述べて、『カインに会うものが誰も彼を撃つ事がないように』カインの印をつけた。

参考:「聖書新共訳 旧約聖書続編つき」、日本聖書教会。


スポーツ

マラソンで走る距離42.195キロはアテネからマラトンまでの距離ではない。

第一回アテネオリンピックの際フルマラソンは国王が住む
ウィンザー城から競技場入り口までの40キロにする予定であった。
しかし大会直前イギリスのアレクサンドラ王妃が
「競技場の入り口ではゴールの瞬間がよく見えない。
ゴールは目の前で見たい」とわがままを言った為、
王妃がいるロイヤルボックス席まで競技場を一周するよう
ゴールを変更し、この為マラソンの全長は42.195キロになった。

オリンピック本番、イタリアのピエリエ選手は、
競技場入り口をゴールと勘違いしてラストスパートを
かけてしまったので体力が無くなり、
優勝を逃した。
この為アレクサンドラ王妃はピエリエに後で金杯を贈った。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜2」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。
他多数


             *


ゴルフの「ブービー賞」は本来最下位を表す言葉であって、
下から二番目を表す言葉ではない。

本国イギリスでは最下位になったプレイヤーに
「ブービー賞」という賞を与えを景品与える習慣がある。
しかしこの習慣が日本に持ち込まれた際、
景品欲しさにわざと最下位を狙うプレイヤーが続発したので、
下から二番目のプレイヤーにブービー賞を与える事にした。

なお、ブービーとはカツオドリの事。
警戒心の無いカツオドリがあまりに馬鹿に見えるので、
スペイン語のbobo(馬鹿)が転じてカツオドリはブービーと
呼ばれるようになった。
ブービー賞という言葉は最下位者を馬鹿なカツオドリに見立てたもの。

なお、ゴルフでは順位をバーディー(birdie、小鳥)、
イーグル(eagle、鷹)、アルバトロス(albatross、アホウドリ)など
鳥の名前で表す習慣がある。

参考:「スポーツ語源クイズ55」、田代靖尚、講談社現代新書。
およびhttp://wedder.net/kotoba/booby.html。
他

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野球でピッチャーをエースと呼ぶが、これはトランプのエースとは何の関係も無い。

シンシナティ・レッドストッキングスのピッチャー、
アーリィ・ブレイフィールド選手の快進撃が凄かったので
アーリィのような素晴らしいピッチャーを
アーリィのニックネームであるエイサ(Asa)を取って
「まるでエイサのようだ」と呼ぶようになった。
野球のエースという言葉はこのエイサが訛ったもの。

トランプのエースはもともとサイコロの1の目を現す言葉。

参考:「スポーツ語源クイズ55」、田代靖尚、講談社現代新書。
他

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野球のスコアでストライクを「K」と書くのは「striKe out」のKから。
ノックアウト(Knock Out)のKでもキル(Kill)のKでもない。

ストライクをSと書かないのは、犠打(Sacrifice hit)のSと
区別する為。

参考:「スポーツ語源クイズ55」、田代靖尚、講談社現代新書。


生活

現在では消防士は出動の際すべり棒ではなく階段を使っている。
すべり棒は昭和40年頃設置されたが、昭和50年頃には
すでに使われなくなった。
滑り降りる際、消防士が摩擦で火傷したり足をくじいたりする
ケースが多発した為。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜2」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。


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台湾式足裏マッサージを考えたのはスイス人である。
キリスト教宣教師ジョセフ・オイグスターが1933年に
台湾に行った際に発明し、呉若石(ウールォースー)という
台湾名で世に発表。この発明で彼は台湾政府から公式に感謝状を得た。

台湾で持病のリューマチが悪化した際、
オイグスターはスイスから来た友人に足の裏と体の各器官との
関係を書いた本を渡され、
それを基に自分ででたらめに足の裏を揉んでいたら、
リューマチが治ったので、これを世に広めた。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜4」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。



超常現象

UFOは皿(saucer)のような形をしているものが一般的であるが、
この形は誤解から生まれた。

世界で始めてUFOを「見た」とされるケネス・アーノルドは
「(UFOは)丁度コーヒー茶碗の受け皿(saucer)を水切りの要領で
投げた時の時のような飛び方をした」と語った。
つまりアーノルドはUFOの飛び方を例えるのに皿(saucer)
という言葉を使ったのである。

しかしこれがいつの間にか誤解されUFOが皿(saucer)のような形を
している、という事になった。
UFOの形についてアーノルドは「遠すぎて見えなかった」と
コメントしている。
なおアーノルドは自分が見た物体を宇宙人の乗り物だとは
考えず、ソビエトの秘密兵器だと思った。

アーノルド以前にも不可思議な飛行物体の目撃談はあるが、
これらはいずれも皿型ではない。
アーノルド以後突然皿型の飛行物体の目撃例が増えたが、
皿型UFOというのが単なる誤解から生まれたものである以上、
これらの目撃談の信憑性は推して知るべし。

参考:「トンデモ超常現象99の真相」、
と学会(山本弘+志水一夫+皆神龍太郎)、洋泉社、1997年。


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スペインのピレネーには万病を直すといわれる「ルルドの泉」があるが、
このルルドの泉の伝説は(意図的な?)誤解から生まれた。

ルルドの泉の伝説は泉に程近いサマビエルの洞窟で
ベルナデッタという少女が貴婦人の幻影を見た事に始まる。
ベルナデッタは単に「貴婦人の幻影を見た」といっただけだったが、
この話が伝わっていく途中で「貴婦人の幻影」が
「聖母マリアの幻影」にいつの間にか変わってしまい、
そこに尾ひれがついて、「聖母マリアが「ルルドの泉の水を飲めば
万病が治る」と言った」という話ができた。

ベルナデッタ自身は泉の奇跡を信じておらず、
持病の喘息を治すためにルルドの泉ではなく
隣町のコーレトへと湯治に向かっている。

なおルルドの泉には年間500万人もの人が訪れるのに、
その中で「奇跡が起こった」と教会に認められる人は
2年に1人のペースでしか出ていない。
しかも近代医学が発展してからは10年に1人のペース。

参考:「トンデモ超常現象99の真相」、
と学会(山本弘+志水一夫+皆神龍太郎)、洋泉社、1997年。


地理

日本

目黒駅は目黒区ではなく品川区にある。
品川駅は品川区ではなく港区にある。
目黒駅、品川駅のあった場所は元々はそれぞれ目黒区、品川区
だったのだが、
昭和22年の区画整理の際、駅のある場所が
それぞれ品川区、港区と呼ばれるようになった。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜1」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。

外国

ニューヨーク州の州都はニューヨーク市ではなく
オールバニである。


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カナリア諸島は鳥のカナリアから名づけられたわけではない。
正しくは順序が反対で
鳥のカナリアがカナリア諸島から名づけられた。

カナリア諸島という名前はローマ人が名づけた名前
インスラエ・カナリアエから来ている。
これは「犬の群島」の意。
カナリア諸島には野生の犬(カーネス)が多かった為。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他。

民話

童話

グリム童話

グリム童話は残酷描写に満ちている。
しかも彼らは、版を重ねるにつれ残酷描写をどんどんと増やしていった。

グリム等の残酷描写は、ほどんど趣味でないかと思われるほどである。

例えば『フィッチャーの鳥』では、大きな血だらけのタライと、
その中に転がる細切れにされた人間の死体がでてくるし、

有名な『灰かぶり(シンデレラ)』にも、かかとを切り取り、
「血が足から湧き出て、白い靴下の上まで真っ赤に滲んで」いたと
書かれてい上、ラストでは主人公の義理の姉たちは鳩に両目をえぐられるし、

『白雪姫』でも悪いお后は、真っ赤に焼いた鉄の靴を履かされて
死ぬまで踊り続けるという罰を受ける。

『盗賊のお嫁さん』にいたっては、
「盗賊達は女の子の死体から服を剥ぎとり、
テーブルの上に寝かせ、きれいな体を細切れにして、
その上に塩を振りかけ」、指輪を奪う為、
「斧をとって、指を切り落と」す。

そして切られた指が高くはねて、
樽の後ろに隠れてがたがたと震える主人公の膝の上に落ちるという、
実に生々しい描写がなされている。

グリム童話には人肉を食べる話すらあり、『ねずの木の話』では
継母が継子を殺し、スープに煮込んで、帰宅した夫に食べさせるし、

『白雪姫』でも白雪姫の継母(もとの話では実母)が、
白雪姫のものだとされる肺と肝臓を食べる。

こうした話は例外的なものではなく、グリム童話のいたるところに
このような残酷描写が散見されるし、
中には残酷描写のみを目的とし、
話らしい話が無いものも複数含まれている。

もっとも、グリム童話集の残酷描写の責任をグリム等のみに
押しつけるわけにはいかない。

当時の読者から、グリム童話集が残酷過ぎるという批判は
こなかったし、民衆の間に伝承されていた物語にも残酷描写が
散見され、例えば『赤ずきん』の原型となった民間伝承でも、
狼は殺されたお婆さんの肉を喰らい、血をすする。

 参考:
「グリム童話」 鈴木晶、講談社現代新書、1991年。



              *

グリム達は童話集を作る際、国中を歩き回って話を採取したりはせず、
少数の人々、それも上流階級の人々から
伝え聞いた話を彼らの童話集に載せた。

しかもグリム達はこの事実をひた隠しにしたばかりか、
積極的に嘘をついてごまかそうとした。

さらにグリム等は、彼らの集めたメルヘンのほとんどが
ドイツで採取されたものだと述べているにも係わらず、
兄弟は、フランス人ペローが作った童話集から
かなりの数の話を写している。
(例えば有名な「赤ずきんちゃん」はその一つ)。

グリム達はメルヘン提供者が誰なのかを秘密にした。
しかし死後発見されたメモに書かれた人名は
ほとんど中産ないし上流階級の女性であった。

この事実を隠すのに、彼ら自身はもちろん、
その息子も加担した。

例えばメモにある「マリー」という女性について
ヴィルヘルム・グリムの息子ヘルマンは、
ヴィルヘルムの妻の実家で家政婦をしていた
戦争未亡人の「マリーおばあさん」の事だと述べていた。

しかしグリム学の権威レレケが調べた所によれば、
マリー本当は中産階級の家に育った教養のある女性で、
当然家政婦などしているはずもなかった。

しかもマリーはフランス系の人間でフランス語が堪能だった。
つまり彼女から聞いた話が生粋のドイツの話であるはずも
なかったのである。


また、唯一グリム兄弟が直接名前を明かしている提供者である
フィーマンについても兄弟は嘘をついている。

彼等はその著書『子供と家庭の童話』初版第二巻の序文で、
フィーマンはドイツの「カッセル近郊のツヴェールンの農婦」で、
それゆえ彼女から採取した話は
「生粋のヘッセン(=ドイツの一地方)の話とみなす事ができる」
と述べているが、この記述は全く間違っている。

彼女は生粋のドイツ人などではなく、フランス系ドイツ人だったので、
彼女から聞いた話が生粋のヘッセンの話であるはずがなかった。

しかも彼女は農婦ですらなく、読み書きができる中産階級の人物だった。


レレケによれば、「グリム兄弟はメルヘンを求めて
田舎を回る事は一度も無かったし、
単純素朴な人びとのところへ行く事さえしなかった。
兄弟はほとんどいつも、メルヘン提供者に、
自分の所にところへ来てもらっていた。
そうこうするうちに、上流階級の、雄弁な、教養のある、
若い女性達に出会ったのである」。

 参考:
「グリム童話」 鈴木晶、講談社現代新書、1991年。
「グリム童話」 野村滋、ちくま学芸文庫、1993年。


              *


グリム兄弟は彼らの童話集に載っているメルヘンに関して、
「話の枝葉末梢にいたるまで、何一つ手を加えたり、
粉飾したり、変更したりしてはいない」と童話集に書いているが、
これは真っ赤な嘘である。

実際彼等は版を重ねる毎に話を書き直して行った。

例えばグリム童話の冒頭を飾る『カエルの王さま』の書き出しは、
版を重ねる毎に伸びて行き、
最終的に彼らの最初の草稿の3〜4倍程度になった。

また彼らは彼らの童話集を、上流階級に評判がよい上品なものにする為、
版を重ねる毎に、性的な匂いのする描写を徹底的に消して行った。

さらに版を重ねる毎に女性の登場人物からセリフを奪い、
どんどんと無口にしていった。
男性の登場人物のセリフがどんどんと増えているにもかかわらず、である。

これは当時の「女は黙ってろ」という封建的な考え方を反映した上で、
女性のセリフを減らしていったものだと黙されている。

 参考:
「グリム童話」 鈴木晶、講談社現代新書、1991年。

歴史

日本

西郷隆盛の肖像画は西郷隆盛ではなく弟と従兄弟とをモデルにしている。
西郷隆盛は明治天皇が西郷の写真を欲しがった時ですら断ったほどの
大の写真嫌いであったので、写真が一枚も残っておらず、
銅版画家キオソーネが仕方なく弟と従兄弟とをモデルにして隆盛の
肖像画を描いた。

参考:「トリビアの泉〜すばらしきムダ知識〜2」
フジテレビトリビア普及委員会、講談社、2003年。


外国

旧東西ドイツの間にあったベルリンの壁が崩壊したのは
政治的理由があったからではない。
「世紀の勘違い」が原因である。

勘違いは東ドイツで、エーリヒ・ホネッカー社会主義統一党(SED)の
党中央委員会総会の二日目に起こった。
党スポークスマンのギュンター・シャボフスキー政治局長は、
東ドイツ国民の出国自由化に関する暫定措置を記した
A4二枚の文書をエゴン・クレンツ新書記長から受け取った。

外国報道陣の対応に追われ、中央委員会での議論を
十分に把握していなかったシャボフスキーは、
イタリア通信記者の出国自由化問題に関する質問に対し、
「私の知ってる限りは東ドイツ国民は誰でも国境通過点を通り
出国できる事が決まった」としゃべった。

そして「いつから施行されるのか」という質問に対し、
「個人旅行、国外移住とも自由になった。
私の知る限り遅滞無く即刻だ」と言ってしまった。
この回答は「ベルリンの壁崩壊」の意味だとメディアに受け取られ、
瞬時に世界中に広まった。

シャボフスキーの最大の勘違いは「即刻」の部分である。
当局が狙っていたのは出国ビザを前提とする10日からの
十分統制のなされた出国あった。

この発表を聞いて東西ドイツ国民が半信半疑ながらも
ベルリンの壁の検問所に集まってきた。
9日午後11時頃になると、東ドイツ市民の圧力に押され、
警備兵達が検問所の遮断機を開いてしまう。
こうしてベルリンの壁が崩壊する事になった。

参考:「20世紀冷戦」読売新聞20世紀取材班編、中公文庫、2001年。


             *


コロンブスの時代、地球が丸い事はすでに常識だった。
「船でずっと西に行ったら大地から落ちる」と
コロンブスが馬鹿にされた、というのは嘘である。

またアメリカをコロンブスは新大陸発見の為に航海に
出たのではない。正しくはインドに行く為。
当時東周りでインドに行っていたが、
西回りで行ったほうがより近いだろうとコロンブスは
考えたのである。

コロンブスが航海の際周囲の反対にあったのは、
彼が地球の半径を小さく見積もりすぎているという
点に関してである。実際この指摘は正しく、
東周りのほうが速くインドに着く。

コロンブスが新しい陸地を見つけたのは、
単に運が良かったからに過ぎない。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他

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「人民の人民による人民のための…」という言葉は
リンカーンがゲティスバーグの演説で言った言葉だが、
この言葉はリンカーンが始めて用いたものではない。
リンカーンは熱心な奴隷解放論者の牧師セオドア・パーカーの
言葉を借用しただけである。

セオドア・パーカーは「民主主義は、全ての人々におよぶ、
全ての人々による、全ての人々の為の直接自治である」と言った。

しかし「ものは言いよう」。パーカーの言葉より
リンカーンの簡潔な言葉のほうが広まる事となった。
リンカーンが演説した時、各新聞はからかい半分の評価で、
なかでもシカゴのタイムズ誌は「退屈で、うんざりする表現で、
みっともない」と酷評したのだが。

ちなみにあまり知られていない事だが、
リンカーンもパーカーも黒人を民主主義に参加させる必要はないと
考えていた。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
「アシモフの雑学コレクション」、.アシモフ(星新一編訳)、
新潮社。
他

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マリー・アントワネットは飢える民衆に対し、
「パンが無ければお菓子を食べればいいでしょう」と
言った事になっているがこれは間違い。
この話が始めて出てくるのはジャン・ジャック・ルソーの「告白録」。
この本にはこの出来事が1740年に起こったと書かれているが、
これは彼女が生まれる15年も前である。

なおルソーは「さる偉大な王女様」の話としてこの出来事を
紹介しており、「王女様」がマリー・アントワネットであるのかに
ついては言及していない。
またルソーは「お菓子」ではなく「ブリオッシュ」と書いている。


参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他多数。



             *


大西洋を初めて無着陸横断飛行したのはチャールズ・リンドバーグではない。
大西洋の無着陸横断飛行を始めて行なったのは、
ジョン・オクコック空軍大尉とアーサー・ウィッテン・ブラウン中尉の二人。
リンドバーグに先駆ける事8年。

リンドバーグが世界で始めて行なったのは大西洋の無着陸「単独」横断飛行。

参考:「うそ?ほんと?小事典」、タッド・トゥレジャ(刈田元司訳)、
社会思想社現代教養文庫。
他。

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☆☆こちらに移転しました http://www5.atwiki.jp/boardwalk/ ☆☆

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