Create  Edit  Diff  FrontPage  Index  Search  Changes  History  wikifarm  Login

19-243

内容:
TVアニメ「ナイトウィザードTheANIMATION」第12話「さよなら」より

アンゼロット X 柊蓮司





 巨体の放った雷撃の衝撃波に、柊蓮司の身体が宙に舞った。
 何度もバウンドしながら転げ落ち、大地に激突して漸く止まる。
 優秀な戦士である彼が避けられなかったのは、赤羽くれはの遺体を抱えていたからだ。
 衝撃波や転倒の激突からも、身を挺して庇い、幼馴染みの遺体を護り抜く。
 ……エリ…ス……。
 意識が次第に暗転していく中、柊の放った呟きを掻き消すように、巨体の顎が夜空に
咆哮を放った。
 今宵の天に昇るは、血のように紅い月。
 それは世界を侵すエミュレイターが出現した証。
 縦にとぐろを巻いた、巨大な白蛇のフォルム。
 紫電の燐光を放つ、どこか蟲めいた七枚の羽根。
 瓦礫と化した輝明学園の地に、裏界の皇帝シャイマールが降臨した瞬間だった。

           ///

 大魔王シャイマールの復活。
 だが、本来の破壊神としては程遠い力。
 こんなモノではない。恐らくは、志宝エリスの絶望が足らなかったのだろう。
 幾つかの絆は絶った。考えられる要因は、あとひとつだけ。
 破壊神の上空に浮かぶ、キリヒトの姿をした神ゲイザーは溜め息をつく。
 ……また柊蓮司か。
 一介のウィザードでありながら、自分の計画に水をさした人間。
 だからこそ、その意趣返しを兼ねて貰おう。
 キリヒトとして姿を取っている為か、思考が神でなく人間に近くなっている。
 エリスの前で柊を殺す。
 その選択肢は誤りだ。
 突然の事故死と、日に日に衰弱していく病死。
 絶望をより深くするのは、緩慢な歩みの後者なのだ。
 自身も『観察者』として希望を抱きながら、世界に絶望したからこそ分かる。
「絆」という鎖を断ち切るのではない。
 錆び付かせ、朽ち果てさせるのだ。
 世界の観察者として、神ゲイザーは知っていた。
 人間が数々と行ってきた、同族を踏みにじる行為を。

「シャイマール、破壊は一時ストップだ。僕の指示があるまで動くな」
 眼下の破壊神を止め、その巨体に降り立つ。
 空間転移の力を振るう。
 展開された魔方陣の上に召喚された人物は、硬い表情でキリヒトに相対した。
「もう僕の正体に気づいているんだろう、アンゼロット?」
「……ええ、我が神ゲイザー」
 召喚された少女、守護者アンゼロットが臣下の礼で膝をつく。
「わたくしには、あなたが何を考えているのか分かりません。何ゆえ大魔王シャイマール
を復活させるのですか……!」
「もちろん、世界を救う為さ」
 感情を押し殺し切れないアンゼロットの訴えに、少年が素っ気なく応じる。
「では、わたくしを此処に呼び出したのは、何用でしょう?」
「それは君に、世界を救う手伝いをして貰おうと思ってね」
 キリヒトが指先を鳴らす。
 再び発動する空間転移の魔方陣。
「……柊さんに、くれはさん……!?」

 宙に浮かぶ気絶した柊蓮司と、その腕が抱きしめた赤羽くれは。
 もう一度キリヒトが指を鳴らすと、くれはが虚空に消失し、入れ替わりに拘束台が出現。
 残された柊はその上に降下し、四肢に枷が伸びた。
 無骨で飾り気のない金属の台は、囚人の磔刑を連想させる。
「これは何の真似です、ゲイザー!」
「アンゼロット、僕は今回の柊蓮司の奮闘を称えたくてね。それを表し褒美を兼ねて、
君に柊蓮司を性的な意味で慰めて欲しいんだよ」
「……なっ!」
「彼も健全な若者だ。僕にはよく分からないが、この年頃の興味は性的なものに集中する
らしいじゃないか。
 本来なら赤羽くれはや志宝エリスに頼む所だが、くれはには眠って貰ったし、エリスは
シャイマールと化してしまっている。だから、君しか居ないと思ってね」
「待って下さい! くれはさんに眠って貰ったって……まさか……!」
「彼女なら、君の宮殿に送っておいたから心配は要らない」
 遺体であることは触れず、キリヒトが冷たく微笑む。

「それに君は好きだろう? お気に入りの柊蓮司を弄び、辱めるのは?」
「……誰がそのような事を……っ!」

 汚らわしい屈辱に、アンゼロットが叫ぶ。
 世界を救う手伝い?
 ふざけるにも程がある。この神は何を考えているのだ。
「勘違いしないで欲しいね。これは柊蓮司にとっては褒美だ。しかし、エリス抹殺に失敗
を重ねた君には罰なんだよ」
 ……白々しいことを。
 もちろん、アンゼロットは今は知っている。
 シャイマールの復活は、発案から全てゲイザーが裏で糸を引いていたものなのだ。
 だが、使徒たる自分には神を糾弾することは出来ない。
 神に属する身には、主の命は絶対であり、糾弾は不敬に、拒否は謀反になる。
「……本当にするのですか?」
 声を震わせながら、アンゼロットが問う。
 キリヒトの返事はない。
 表情こそ笑ってはいるが、目は冷たい神の光を湛えていた。
 アンゼロットは知っている。
 神とは時として、無慈悲な絶対者なのだ。
「……仰せのままに。我が神ゲイザー」
 諦観と共にアンゼロットは首を垂れた。


 真紅の月光の元、シャイマールを囲んで月匣が展開される。
 キリヒト曰くアンゼロットを召喚した際に、アンゼロット宮殿はベール=ゼファー、
リオン=グンタ等の魔王を含め、同時に生んだ月匣の中に閉じ込めたらしい。
 救援を期待するなと告げながら、この地で形成される月匣に疑問を述べると、少年の
姿をした神は無慈悲に答えた。
「これは君には罰だと言ったはずだよ、アンゼロット。この月匣は発信の仕掛け。
 遠く離れた月匣と繋げる為の、言わば電波塔と化した舞台だ。
 罰を受ける君の姿を、遠く離れた宮殿のウィザード達に観戦して貰う為のね」
「……っ!」
 自分の顔から、血の気が引くのが分かった。
 硬直した思考が言葉を成さない。
 だからアンゼロットの耳には、続くキリヒトの言葉から注意が逸れた。

「いいかい『エリス』? ちゃんと見ておくんだよ」

 遥か昔から下衆な人間が考え出した、目前で愛しい者が汚される信じたくない絶望感。
 死では復讐心に繋がり、怒りは行動を早める。
 しかし陵辱は、無垢なエリスには響くだろう。
 少女ゆえ怒りよりも、性への嫌悪感が先立つ。
 柊を軽蔑しその相手を憎み、不信感を抱かせる為には、無関係な人間では駄目なのだ。
 同時にアンゼロットの痴態を配下のロンギヌスに流す事で、彼女への信仰と忠誠は地
に堕ち、自分を邪魔するウィザード達の指揮系統は大いに乱れる。
 キリヒトはそう考えたのだ。
 立ち竦んだアンゼロットに苦笑し、その動かない背中を押す。
「言っておくけど、手を抜いたら、柊蓮司ごとシャイマールが世界を焼き尽くすよ」
「あなたという方は……!」
 脅迫めいた言葉に、石化の状態が解ける。
 火を噴くような怒りが、アンゼロットの視線に宿っていた。
 涼しい顔で受けるキリヒト。
「……大丈夫。君が柊の相手をしている間は、シャイマールは動かない。
 君は罰を受けながら、世界を護る本分を果たせるんだ。
 ならば、何を厭うことがあるんだい、アンゼロット?」
 少年を模した神が残酷に笑う。
 神の手により守護者として新たな生を受け、ひたすらその責を果たし続けてきた少女
には、肩を震わせ唇を噛むすべしかなかった。

           ///

 男女の交わり。
 守護者として永久に届く程の長い時間、アンゼロットには無縁の行為だった。
 異世界に於いて一柱の月の女神でありながら、星神との恋愛のもつれから世界を揺るが
した前世ゆえに、自ら戒めていた面もある。
 永い時を生きた知識はある。
 しかし、今の幼い身体では経験がない。
 不安と羞恥がない交ぜになった複雑な心境で、襟元に手を掛ける。
 脱ぎ捨てた黒いドレスが、アンゼロットの足元に落ちた。
 真珠色した絹のレース付きの下着と、同色のガーターベルトが繋ぐ、両足に穿いた黒い
ストッキングが、抜けるような白い肌に麗しい。
 露わな姿となった少女は、二つ名の『真昼の月』のごとく、消え入りそうな儚い雰囲気
と透明な美しさを持っていた。
 いつもの毅然とした態度でなく、不安と羞恥が彩る表情が更に拍車をかけている。
 神と魔は混じり無き存在のゆえに、ふとした拍子で本質が表に出やすい。
 戸惑いにぎこちない動作で柊のズボンに手を掛けるアンゼロットを、キリヒトは醒めた
目で見ていた。
 計画の為に煽りこそすれ、辱めを楽しむ下衆な感情はない。
 アンゼロット同様、彼もまた本来の『観察者』に相応しい姿であった。
 
 緊張と戦闘を強いられた逃避行。
 休息を欲していた身体は、持ち主の意思に反して、気絶の時間を引き延ばした。
 打撲や裂傷、魔法による火傷など、痛みは数々の戦闘で慣れている。
 ゆえに耐性ある痛みではなく、五感は別の現象に反応した。

 肌に触れる熱い吐息。
 耳に濡れた音が響く。
 女性特有の甘い体臭。
 規則的に訪れる刺激。

 柊を無意識から呼び起こしたのは、今まで味わったことの無い感覚だった。
 覚醒した視界に飛び込む、夜空で赤く輝く月。
 慌てて起き上がろうとして、初めて四肢が拘束されている事に気づく。
 状況が分からない。
 エリスがシャイマールと化して、自分はそれから……
 首を起こし、飛び込んできた事態に思考が停止する。
 太腿で波打つ、銀色の豊かな髪の奔流。
 自分の目が信じられない。
 感情が拒否するが、下腹部に圧し掛かる小さな重みが現実だと告げている。

 大きく成りつつある自分の男性器を、あのアンゼロットが手にしていた。
 あられもない白い下着姿で。
 ピンク色の小さな舌が自分のモノに這い、透明な唾液の線を描く。
 控えめな舌の刺激よりも、羞恥に赤く染まった表情とぎこちなさが嗜虐心をそそり、
暗い興奮を呼び覚ます。
 浮かんだ浅ましさに柊が慌てて首を振り、声を上げようとした瞬間、舌を伸ばした少女
と目が合った。
 より赤面を強くし下を向いて、前髪に表情を隠したアンゼロットが囁く。
「……柊さん、あなたは黙っていて下さい……どうか、お願いですから……」
 白い肌の小さい肩が微かに震えていた。
 声を失い、絶句した柊を了承の態度と取ったのか、止まっていた奉仕が再開される。
 吐息が敏感な部分くすぐり、その後を濡れた舌の感触が続く。
 柊のモノを握る、手の平から伝わる熱が熱い。
 いつも優雅にティーカップを掴む、あの小さな白い手が今は――――

「……うっく、ア、アンゼロット、お前なに考えてんだ……っ!」
 尚も抗おうとする柊をキリヒトの声が遮る。
「邪魔をしないで欲しいね、柊蓮司。アンゼロットは君を慰めることで、シャイマールの
破壊を止めているんだよ」
「ふざけんな! そんな馬鹿げた話があるかッ……!」
 キリヒトに怒りを向けることで、意識せず性的興奮が和らぐ。
 アンゼロットの手の中で、柊のモノが張りを失って少し小さくなる。
 当然ながら彼女には原因が思い当たらず、自分の拙い技術の為かと、ある意味女として
のプライドが傷ついていた。
 決して誇らしい要素ではないが、「お前では反応しない」と宣言されたに等しい。
 イコール「魅力がない」と柊の身体に、社交辞令やジョークでもなく示されたのだ。
 引いては、自分では抱いていないと否定している、幼い肢体に対するコンプレックスを
逆撫でされたようで、腹立だしくもあり情けなくもあり複雑だ。

 柊がキリヒトに吼え続けている。
 ずっと舐め続けていた舌が少し痛い。
 これだけ頑張ったのに、柊の意識は自分ではなくキリヒトに向けられている成果。
 意気消沈している惨めな自分。
 この様子は宮殿の皆に実況されているという。
「…………っく!」
 屈辱と羞恥に身を震わせた刹那、彼女は自分を貫く醒めた視線を感じた。
 我に返り、狼狽して視線の元を振り返る。
 キリヒトが指を鳴らす形に、右手を掲げていた。
 柊に対する奉仕の手を休めていた自分を、無表情に見つめながら。

『 手を抜いたら、柊蓮司ごとシャイマールが世界を焼き尽くす 』

 先ほどの言葉が蘇り、一瞬でアンゼロットの全てが恐怖に染まった。
「……柊さんっ!」
 キリヒトに食って掛かる最中の柊を、自分の方へ向ける。
「彼の言うことは本当です。その証拠にシャイマールの活動が止まっているでしょう?」
「でもよ! 何でお前が……そ、その……こんなこと……っ!」
「…………っ!」
 それは、わたくしの言葉です。
 こんな破廉恥なことに何の意味がある!
 でも、それでも――――
 喉まで込み上がる叫びをぐっと飲み込む。
 時には世界を護る為に、非道で冷酷な命令を配下に発してきた自分だ。
 エリスの抹殺を皆に命じたように、手段を選んではいけない。
 だから、だから――――

「あなたも、この世界の一部です。
 柊さんはお忘れですか? わたくしは、世界を護る守護者なんですよ」

 すっと目蓋を閉じ、一呼吸で精神をリセットする。

「……だからわたくしに、どうかあなたを護らせて下さい」

 発せられた言霊が世界に及ぶ。
 感情の波紋が治まり、全身の震えが止まった。
 背筋を伸ばし、にっこりと微笑みを浮かべる。
 悲壮な色を完璧に隠し、決意の笑みが、神々しい美しさを放つ。
「……ああ、分かった」
 納得はいかない。
 絶対に納得すべきでない。
 だけど、彼女の決意は痛いほど伝わった。
 全く訳が分からないが、彼女に恥をかかせない程度には応えよう。
 柊蓮司の肚も決まった。
 そもそも自分は、アンゼロットの理不尽なら慣れっこだ。
「分かったから、その、何だ……」
 続けようとして言いよどみ、赤面してボソリと呟く。
「……俺、初めてなんで……ヨロシクな」
 柊の言葉に一瞬ぽかんとし、アンゼロットが噴き出す。
「わ、笑うんじゃねぇ……っ!」

 抗議しながら、柊は思うのだ。
 たとえ世界の守護者だろうと、覚悟の笑顔より、自然に笑ってくれる方がいい。
 その為になら、幾らでも恥をかこう。
 ―――だからキリヒト。
 戦士の決意が胸に刃として宿る。
 くれはを奪い、エリスを追い詰め、アンゼロットを辱めるお前を俺は許さない。
 魔剣使いとして誓おう。
 砥いだ刃がお前を貫く瞬間を、俺は絶対に逃さない。

 声を押し殺す柊の吐息を頼りに、アンゼロットの愛撫が続く。
 怒張の裏面を下から上に舌で撫で上げ、先端でチロチロ円を描くと、折り返して表側
を横笛を吹くように唇で降っていく。
 先ほどの笑いが良かったのだろう。
 多少の照れはあるものの、硬さが抜けた丁寧な奉仕が続いていた。
 初々しさに加え、どこか相手への愛おしさすら漂う。
 柊が果てそうになるとペースを抑え、不慣れながらも精一杯に努めていた。
 ただ、相手に自分を感じて欲しかった。
 だから自分も、今は相手しか見えない。
 傍らのゲイザーや、実況を見ている宮殿の観客のことは、少女の頭から消えていた。

 妙な雰囲気になりつつある。
 キリヒトの想定した展開は、屈辱に震えるアンゼロットと、嫌がり抵抗する柊の図。
 しかし両者に苦渋の色はなく、むしろ微笑ましく甘い雰囲気さえ醸し出している。
 苛立ちさえ覚えながら、キリヒトは前髪をかき上げた。
 予想外のことばかり起こるこの世界。
 特に柊蓮司に関しては、ことごとく結果を読み違える。
 先ほども、彼の言葉がアンゼロットの硬さを取り除いたのだ。
 いいだろう、認めよう。
 この人間には、何か信じ難い力がある。彼に拘り、固執するのは愚の骨頂だ。
 ならば必然、動かすべき駒はアンゼロットの方。
 キリヒトの右手で発光するプラーナ。
 肉体や知覚能力を強化する力を、一点に集中させ固定する。
 そして無防備なアンゼロットの背中に、人知れずそっと流し込んだ。
 びくんと背を反らせ、声にならない声でアンゼロットが呻く。
 何かに耐えるように自らを抱きしめて、額に大きな汗の粒を浮かべた。

 プラーナによる感覚能力の強化。
 それを神の御業で「発情」の枠に固定させる。
 性的興奮を倍増し、より敏感となった身を襲う異変。
 肌に触れる空気にすら反応してしまいそうになる、怖ろしいほど深奥から湧く灼熱感。
 出口を求めて熱が全身を巡り、焼いて血肉を爛れさせる。
 戦慄きに震えた銀髪のひと房が肩に触れ、びくびくと肌に小さな余震を生む。
 知らず知らずアンゼロットの足元に、小さな雨滴が描かれていた。
 ほっそりとした白い太腿を伝い、流れ落ちたそれは汗ではない。
 淫靡な匂いの滴は、大地であるシャイマールの巨大な鱗に当たり、妖しく光っている。
 彼女がそれに気づき、泣き出しそうに顔を歪め、両手で表情を隠した。
 だが、口をついたのは嗚咽ではなく、艶やかに火を灯した呼気だった。
 立ち上がろうとして叶わず、腰が抜けたように雨滴の上に両膝をつく。
 すとんと膝を着地させた軽い衝撃に、びくん! と熱のこもった下腹部が反応した。
 雨滴の跡が新しく重なり拡がっていく。

 アンゼロットの異変に気づき、柊の首がキリヒトに向けられた。
 焦燥と少年への怒り、少女への気遣いと微かな無力感を混ぜ合わせた眼差し。
 それぞれ両者の反応に満足した心を隠し、さも初めて気づいたようにキリヒトが問う。
「アンゼロット、随分と苦しそうじゃないか。
 我慢できないのかい? 気づかなくて悪かったね。
 お預けしたつもりは無かったんだが、だったら、僕から不手際のお詫びだよ。
 柊のモノを挿入することを許そう」
「「なっ……!」」
 アンゼロットと柊の絶句が重なる。
 視線に怒りを込めながら、アンゼロットが振り返る。


「ああ、度々ごめんよ。
 思いやりも無く、淑女に対して恥をかかせる発言だった。
 君には守護者としての矜持があったね。
 訂正しよう。
“ゲイザーの名をもって、我が使徒に命ずる。【柊蓮司を、犯せ】”」

「――――――!」

 もう声すら出ない。
 この上ない辱めだった。
 使徒にとって、主の命令は絶対だ。

「……そうだね。もうひとつ、僕からのサービスだ。
 君が煩わしい思いをしないよう、しばし柊蓮司の声を封じてあげよう。
 これで誰からの邪魔も非難も無い。存分に主命を果たせばいい」

 キリヒトの指先が鳴り、猛る柊の叫びが消えた。
 突然、静かになった世界。
 聞こえるのは、自分の熱く爛れた、ふいごのような息。
 じんじんと痺れる肌が、高鳴る鼓動とリンクしている。

 ……わたくしの意志ではない。
 ……仕方なく嫌々と行うのだ。
 ……これは主の命令なのだから。

 霞に侵された感情が、全身の脈動に押し流される。
 だが、アンゼロットの聡明な理性が許さない。
 自身の欺瞞を否定し、冷徹に我が身に起こる事実をただ突きつける。
 最後に訴えがあるなら聞こう。
 瞳を閉じ、我が胸の感情を問いてみる。

 わたくしは、柊さんに、欲情している。
 柊さんが、欲しい。欲しくて、堪らない。

『 我は求め、訴えたり 』。
 悪魔の契約は成った。
 少女の魂は熱に飲み込まれ、望むように速やかに堕天した。
 認めてしまえば、感情と理性が手を結ぶのは早かった。 
 熱病のように熱く震える身体を腕で抱きしめながら、柊ににじり寄る。
 神の眷属が人を襲う傲慢さ。
 長い年月を生きた自分が、年若い少年を貪るのだ。
 不意に赤羽くれはの姿が浮かび、ちくりと胸を刺したが、すぐに背徳のスパイスへと
変換されて、昏く甘く全身に拡がり始める。
 柊蓮司を奪う。
 行為を胸で言葉にすると、ぞくぞくと愉悦が走った。
 女を知らない無垢な柊の身体に、自分が最初の味を与え染めるのだ。
 堕ちた思考は止まらない。
 むしろ加速し始める。
「……柊さん、お待たせしました」
 止めろと表情を歪ませる彼に、指先で女性器をなぞり、絡みついた蜜を指と指で広げ
てみせる。
「わたくしは柊さんを慰めながら、ずっと濡れていたんです」
 真実は違う。
 キリヒトが手を下すまで、彼女は気高く耐えていた。
 しかし目的の為に、過程の認識が統一される。

「……こんなにも……濡れていたんです……」
 相手への告白は、自分も興奮させる扇動。
 指の間で糸と化した蜜を、柊の鼻先に見せつける。

「……ねぇ、淫らな匂いがするでしょう?」

 一連の行動をわざと口に出し、柊の反応を引き出す。
 柊も男だ。
 アンゼロットの仕草に魅入られて、動きが止まっていた。
 下半身に起こる反応に、アンゼロットが満足の微笑みを浮かべる。
 その意味を察し、柊の顔が羞恥と屈辱に染まった。
 目を閉じて唇を噛む少年に顔を寄せ、耳たぶに息を吹きかけ甘噛みをする。
 身体を硬くする反応を楽しみ、耳から更に毒を流し込む。
「こんな幼い身体に欲情するなんて、あなたは何て変態なんでしょう」
 甘い毒は、柊の顔色をより赤くさせた。
 男が女の胎内に熱い精を流し込むように、女は甘い毒を紡ぎ、男の心へと注ぐのだ。
 少女が喉でころころと笑う。
「可愛いですわよ、柊さん」
「…………っ!」
 アンゼロットの揶揄に柊の目が開かれた途端、待っていたかのように鈴の音の笑い声が
止み、見せつけた指の蜜を自らの口に含む。
 ぴちゃぴちゃと淫らな音を立てて、可憐な唇から指が引き抜かれた。
「……ああ、何ていやらしい味がするのでしょう……」
 陶酔した言葉と共に、口の端から唾液と共に洩れた蜜の残滓を、舌を伸ばして拭う。
 少年の怒張は天を突いて反り返っていた。
 止めろと声無く叫ぶ意思が弱まり、もう止めてくれ、と哀願に変わる。
 仲間を思う理性と、生理反応のアンビヴァレンツ。
 人として、男として異性に見られたくない羞恥は新たな快楽を生み、倒錯した興奮を知
らぬ間に与え続ける。
 ぞくぞくと嗜虐の心を刺激されながら、アンゼロットが艶然と笑った。
 身体を駆ける灼熱は最高潮に近い。
 もうこれ以上は待てない。
 わたくしが狂ってしまう。

「……あなたのいやらしい魔剣、わたくしに下さいね」

 それは問い合わせでなく、遠まわしな蹂躙の宣言。
 宴の予感に、アンゼロットの女陰が悦びに震える。
 もどかしく脱ぎ下ろした下着は、淫らな洪水でぐっしょりと濡れきっていた。
 拘束台に登り、柊の肉体を跨ごうとして、脚を開いた中心からまた雨滴を増やした。
 柊の怒張を濡らし、微かに漂う牝の匂い。
 偶然のマーキングに、少女はより興奮し、獣の情欲をそそられた。
 赤黒く堅い柊の分身に手を添えて、先端を自身の入り口に擦りつける。
 より強くなるマーキングの匂い。
 ……これは自分のモノだ。
 ……わたくしは今からこの魔剣の鞘となり、戦い疲れた彼を癒すのだ。
 柊に対する独占欲と支配、そして愛情が交じり合う倒錯。
 答えは……する行為は同じなのに。
 まるでわたくしの「ハイ」か「イエス」の質問のよう。
 くすりと笑うと、アンゼロットはそのまま腰をゆっくりと下ろした。

 破瓜の痛みは無かった。
 純潔の印が必要な人間とは違い、存在そのものが穢れ無き神族には不要であるから。
 しかし白と黒しかないオセロのように、純粋なものほど反動で黒く染まりやすい。
 神族に灰色はなく、人間のように穢れを宿したまま存在を保てない。
 だから神話の天使たちは、未知に接した時、簡単に堕落したのだ。

 ――――肉欲という未知の感覚に。

 柊の存在がその身を貫いた瞬間、アンゼロットの頭は真っ白になった。
 汗で濡れた白い背中が震え、熱い呼気と共に開いた口から舌が伸びる。
 手足の感覚が遠く、身体中の血液が集まったように心臓が早鐘を打った。
 感覚が収縮し、圧縮された光と熱が爆発し拡散。

 腰に力が入らなくなり、座り込んだまま動けなくなってしまっていた。
 膣内にはまだ、がちがちに堅く熱い柊を感じる。
 隙間なく包む自分の柔肉。
 繋がりから溢れた愛液が、ゆっくりと自分の太腿に伝う。
 肌の上を滑る液が熱を失い、徐々に冷えていく生温さが、やけにリアルで生々しい。

 泣き出しそうなアンゼロットの唇が「……嘘」と小さく呟いた。
 柊のモノを挿れただけで、自分は呆気なく達したのだ。
 攻めて奪ったつもりが、身も心も一瞬で奪われていた。
 簒奪の女王は消え、無力な裸の少女が在る。
 恥ずかしくて、柊の顔が見られない。
 自然と横を向いた先には、キリヒトの顔があった。
「どうしたんだい?」
 慈悲の笑みを浮かべて神が尋ねる。
「君はそれで満足したのかい?」
 いやいやするように、アンゼロットが首を振った。
 余りにも短い幕引きに加え、何よりも自分だけで柊が果てていない。
 しかし、動かそうにも身体が言うことを聞かない。
 コントロールを失った、壊れた自動人形のように。
 嘆息して、キリヒトは苦笑した。
 自ら動けぬ人形には、操り主が糸を用意し、マリオネットを完成させるだけだ。

「……揺れ動け、シャイマール」

 命じたキリヒトが宙に浮く。
 大地と化していた巨体が動き出し、上に居た全てが波間の葉のように翻弄された。
 人工的な大地震に伴い、拘束台が跳ね上がる。
 落ちまいと太腿でしがみ付き、柊の首の後ろで手を結ぶ。
 結果、身体を密着した騎乗位は、少女の胸先を柊の胸板で擦り、より奥へと男性器を
子宮に誘う。
 がくがくと視界が揺れた。
 柊のモノが内壁を擦る度に、「ふわぁぁあ…」と甘い声が喉にこみ上がる。
 唇を噛み、声を抑えようと身を硬くすると、突き上げの衝撃をまともに受けた。
 快楽のわななきは、泉のように溢れ出て止まらない。
 二度目の絶頂の波が、すぐに胎内を襲った。

「はーーーっ、はーーーっ、……ひぁっ、あ、ああ、あん……っ!?」
 シャイマールの揺れは続いている。
 休む間もなく、達して敏感になった膣内を、怒張が荒々しく蹂躙する。
「いや、いや、ゆ……許してぇ……っ!」
 瞳を潤ませながら、息絶え絶えにアンゼロットが懇願する。

 普段どこか冷たい気品をたたえた少女の容姿は、却って淫らさを演出していた。
 薄く慎ましい胸に浮かぶ汗と、痛いほど張り詰めた淡い色の乳首。
 白い肌は上気して赤く、絶頂感の前ぶれに小さく波を打っている。
 ほつれた銀髪が汗で桜色の頬に張り付き、気だるげな情事の妖しさが漂う。
 扇情的で、背徳的な、もぎ取られた禁断の果実。
「………………!」
 堪らず柊が射精した。
 大量の熱い飛沫が、吐き出す魔剣と共にアンゼロットの膣の壁を叩く。
「い、いや……いやいやぁ、いやぁあぁああああああぁあーーーー!!」
 未知の感覚に翻弄され、続けてアンゼロットが三度目の絶頂を迎えた。
 銀髪が踊り、白いお腹が痙攣して背筋まで波を打つ。
 崩れるように柊の胸板へ倒れこんだ。
 荒い息で空気を求めながら、相手が果てたことに満足感を覚える。
 愛撫と誤魔化すように、アンゼロットは柊の胸にそっと口づけをした。
 心臓に位置に落としたキスは唇に熱く、奇妙な幸せを彼女の胸に灯した。

 それから何度果てたのかは覚えていない。
 むせるような性臭と汗の臭いの中、夢中になって続けていた。
 二人の様子を見て、途中キリヒトはシャイマールの振動を止めている。
 柊の戦士として頑強な肉体と若さは、精力的な回復と持続を見せ、アンゼロットもまた
自分の配分を掴んで望むように動いていた。

 くちゅくちゅと粘着質の音が辺りに響く。
 もはや自分か相手のものかも分からない、泡立った愛液が白く濁り、べったりと柊の逞
しい男性器を塗り潰していた。
「あっ、あっ、んっ、あっ、ああんっ……!」
 入り口で擦るように浅く出し挿れを繰り返し、間に挟んで深く咥え込む。
 ペースを落とす際には、結合部分の抜き差しを、柊に見せつけることを意識する。
「ま、まだ、果てては……んはっ、はぁはぁ、…だ……ダメ、です、よ……」
 上下のピストン運動から、結合部を擦りつける前後の動きに移行。
 充血した敏感な芽に時おり柊の身体が当たり、少女が甘い声を上げた。
 今度は腰を大きく回して円を描く。
「……ん、んんっ、んはっ、はぁ、はぁはぁはぁ、はんっ……」
 白い精で満たされたアンゼロットの中を、熱い分身が様々な角度に泳ぐ。
 内壁で先端を撫で上げられて、柊が呻いて腰を浮かし――――
 ――――奥の弱い部分を突かれ、アンゼロットが快楽に震える。
 予感があった。
 おそらくこれが最後だろうと。
 身体を繋いだ共感だろうか、アンゼロットには確信があった。
 名残惜しいが、宴の終わりを飾ろう。
 腰の動きのテンポを速めつつ、喘ぎながら小悪魔的な笑顔で囁く。

「……ひ、柊さん。あなた…くれはさんに……人には言えない秘密を…あ、ああんっ!
 握られて……いましたよね……?」
 突然の発言に、柊の視線がアンゼロットを伺う。
 声を封じられた彼には、問い質すことも出来ない。
「……ふっ、ふふ、ふっ……んくっ……ひ、ひゃん……!」
 訝しげな反応を嬉しそうに見つめ、少女が鼻から抜けるような、快楽の悲鳴を上げた。
 動きの回転が上がり、快楽のヒートアップが始まる。
 二人の間で高まっていく性感。
 頃合いを見て、アンゼロットが柊の胸板に手を着き、前傾の姿勢を取った。
 意識して柊の怒張を、何度も膣内の柔壁に擦りつける。

「……わ、私たちにも……できました……よね……?」
「……?」
「んんっ、んあっ……お分かりに……なりませんか……?」

 言葉を切り、首筋に舌先で愛撫しながら昇った。
 耳元まで辿り着いて、ゆっくりと熱い声で、流し込むように囁く。
 腰の動きを止めて、フィナーレに相応しい甘い毒を―――

「くれはさんには、言えない『秘密』ですよね?
 …………わたくしたちが、こんなにも激しく愛し合ったことは?」

 ―――注ぎ込みながら、相手の胴に手を回して、身体を密着させた。
 そのまま下腹部に意識して力を込め、初めて蜜壷の締め付けを試みる。
 魔剣を包んで搾り上げるアンゼロットの胎内。
 促されたように柊が反応し、精が放たれた反動で腰ががくがくと突き上げった。
 柊の身体を下に組み伏し、抱きしめたアンゼロットの肢体が一緒に跳ねる。
 宴は終了した。
 荒い息が落ち着くと共に、静かになった柊は浅いまどろみに落ちている。
 一抹の寂しさと達成感を覚えながら、少女は相手の胸に頬を寄せた。
 重なり合う互いの体温に何故か目頭が熱くなり、慌てて溢れそうになるものを抑える。
 アンゼロットにも、その理由は分からない。
 単なる感傷だと自身を納得させながら、瞳の熱が冷めるまで目蓋を閉じた。

           ///

 用を成さなくなった下着は捨ておき、脱ぎ捨てた黒いドレスを身に着ける。
「意外に頑張ったね、アンゼロット」
 簡単な身支度を終えた少女を見計らい、キリヒトが声をかけた。
 少女が臣下の礼を取る。
「……我が神よ、主命は果たしました。柊蓮司を解放しては頂けませんか?」
「……まぁ、いいだろう。彼も腰にきて、疲労困憊の様子だしね」
「…………っ!」
「おおっと、忘れずに、彼の沈黙の封印も解いておこうか……」
 嘲笑の響きと共に、キリヒトの右手が振るわれる。
 解放された柊を目視すると、アンゼロットはキリヒトに改めて相対した。
「願わくばお聞かせ下さい。なぜこのような真似をしたのです?」
「もうこの世界は終わりなんだよ。新たな世界を築く為、今の世界は滅ぼす必要がある」
「……そんなっ!」
 予想もしない言葉に、アンゼロットが蒼ざめた顔を上げる。
 混乱を押さえ込み、震える声で少女が問う。
「ですから、シャイマール復活を進めたのですか。ならば、わたくしに命じた、柊蓮司と
の行為は何なのですか?」
「ああ、それは―――」
 神ゲイザーは語った。
 出来損ないの世界への絶望。
 赤羽くれはの死と、不完全な破壊神シャイマールの顕現。
 転生体である志宝エリスの絶望と不足。
 アンゼロットに命じた行為による後押し。

「――――もっとも、何故か不完全を埋める絶望を押すには、至らなかったようだが……」
「ここまで話すということは、わたくしと柊蓮司は……」
「然り。君が望むなら、新たな世界の守護者も任ぜよう。拒否ならばシャイマールの贄と
して、二人まとめてこの場で滅ぼしてあげよう。
 なに、今生の別れの契りは、満足がいくまで先ほど済ませただろう。
 僕としては、どちらでも構わないよ。君の自由に任せよう……」

 世界の破壊を聞いた時、神の使徒として困惑と恐怖があった。
 しかし、世界の守護者としての矜持が踏みとどめた。
 この世界を護る為に、自分がウィザード達に強いた代償の結果がこれなのか?
 命じて死地へ赴かせ、若くして逝った、数え切れないほどの生命は何の為か?

 神が告げた、ナイフを喉に突きつけた選択肢。
 自分と同じく天秤に乗せられた命―――柊を見て、自分の言葉が蘇る。

『あなたも、この世界の一部です。
 柊さんはお忘れですか? わたくしは、世界を護る守護者なんですよ』

 ……答えは自らの内にあった。
 少女の顔に浮かんだ決意の色を見て、キリヒトが腕を組んだ。
 世界を左右するかもしれない審判の時。
 神ゲイザーが使徒アンゼロットに問う。

「では、問おう。君の答えは……?」
「……わたくしの返答です」

 礼節を弁えた完璧な動作で一礼し、頭を上げたアンゼロットが、
 桜色の唇ではっきりと、
 神に向けた言葉は――――


       「―――ガッデッム……っ!!」


 その瞬間、月匣の一角に波紋が生じ、大きな穴が開いた。
 続いて中から飛来した光弾を、キリヒトが不可視の障壁を展開して防ぐ。
「どりぃ〜む……どうやら、間に合ったようだな……」
「……ええ、ギリギリのタイミングでしたね」
 穴から現れたのは、拘束具じみた衣装と漆黒のマントを纏った男―――ナイトメア。
 アンゼロットを庇うように、キリヒトとの間に割って位置を取る。
「驚いたよ、この月匣に進入するなんてね。一体どうやったんだい?」
「……私が月匣の『秘密』を教え……夢使いの彼が……我々を渡らせた……」
 続いて穴から現れたのは、一冊の巨大な本を抱えた、秘密公爵リオン=グンタ。
 暗色のローブめいたドレスに、揺れる長い漆黒の髪と無表情な白い相貌。

「アンゼロットを辱める中継の為、宮殿の月匣と此処を繋げていたのは失策だったな。
元からパスが繋がっている空間なら、干渉も通常より容易い」
「……進入や脱出でなく……云わば細い通路を辿る……月匣内の移動……」
「それに貴様は、己の策に溺れたんだ。アンゼロットを辱めたつもりだろうが、結果は
我々がこうして来る時間を稼ぐ『陽動』になっていた。
 最後に中継を見ていた宮殿のロンギヌス隊から、貴様への伝言だ。
 連中『いい夢』ありがとう、だと。『悪夢』に感じた奴は少なかったようだな」
「……くっ……!」
 ナイトメアの言葉と同時に、穴から飛来する一条の閃光。
 最初の光弾よりも大きな攻撃に、後ろへ距離を取りながら再びキリヒトが防御。
 赤い髪の少女―――緋室灯が、巨大なガンナーズブルームを手に穴から進み出る。
 照準を少年に合わせて油断なく。
「……エリスは返して貰う」
「はっ、はははっ……!」
 灯の言葉にキリヒトが笑い、足元の巨体を指さす。
「……いいだろう! ただし、君たちに出来るものならね!」


 ―――創造主のお墨つきね。ならば、遠慮なくそうさせて貰うわ。


 キリヒトが嘲笑した瞬間、艶っぽい少女の声が響いた。
 対峙する陣を割るように、大地であったシャイマールの巨大な鱗が裂け、中から飛び出
した影が降り立つ。
 銀髪に金色の瞳をした小柄な少女は、蠅の女王、大魔王ベール=ゼファー。
 アンゼロットとは異なる、背中の大きく開いた薄く扇情的な黒いドレス姿が眩しい。
「……お初にお目にかかるわね、大いなる『観察者』ゲイザー」
 ベルが抱く少女は、白薔薇の蔦に絡まり気を失ったエリスだった。

           ///

 余りにも予想外の出来事に、珍しくキリヒトが顔を歪ませる。
「……蠅の女王、一体いつの間に……?」
「あんたがアンゼロットを転移させ、ここに月匣を展開させる間よ」
「……待て。君は先に宮殿に閉じ込められたはずだ。そう簡単に脱出は……」
「ええ、そうよ。あたしは脱出なんかしていないもの」
「……何だと?」
 自分の発言に混乱する相手に、ベルが妖しく微笑む。
 エリスを灯に預けて、キリヒトに向き直る。
「この身体は裏界の玉座から、この世界に潜り込ませた現し身。ならば宮殿の分体を破棄
して、新たな身を送ればいいだけの話。分体の魔力はリオンに回収させたから、思ったよ
りも再行動は早く済んだわ」
「……そこまでするか? 互いの隙を狙い、同胞と覇権を争う裏界の魔王が?」
「確かに本体への痛手にはなるけど、『皇帝』を討つには充分な代償よね。あたしはね、
リスクのないゲームなんて退屈なだけなの。肉を斬らせて骨を絶つ、ってヤツかしら?」
「……やってくれたものだ」
 得意げに語るベルを、忌々しげにキリヒトが睨む。
 憎悪は自分への賞賛とばかりに、ベルが不敵に笑う。
「……確認で聞いておこう。僕の策に不備はあったのかい?」
「そうね、あたしから言えるのはひとつだけ……」
 金色の瞳に強い輝きが走る。
「シャイマールの強さは確かに本物だわ。だけど、他者が操ろうとするから、その命令を
受諾するタイムラグで行動が遅れる。調教するべきでなかったわね、サーカスの猛獣より、
自由な野生の獣の方が強いのよ。
 そもそも、あなたが『動くな』と命令したから、あたしは苦も無くシャイマールの体内
に侵入できた。後は中から観戦させて貰ったわ。『揺れ動け』と命じられた時はちょっと
焦ったけどね。……ねぇ、アンゼロット。あんた本気で楽しんでいたでしょう?」
 唐突に話を振られて、アンゼロットが赤面する。
 その様子に満足そうに笑うと、ベルが言葉を続けた。
「……後は不完全さゆえに、核となった少女を取り込んだものの、肉体の同化も進行して
いない状態から、強引に内から引き千切っただけよ。あたしに言わせれば、あんたの失敗
はただひとつ。―――『魔王』に、首輪を付けたことよ……!」

 最後の言葉を放ったベルが、空気を殺意の孕んだ緊迫したものに変えた。
 それを合図にしたように、ナイトメアと灯がキリヒトの左右に展開する。
 後方に詰めるは秘密公爵。
 彼らから離れて、灯からエリスを託されたアンゼロットと眠る柊。
 だがそれを無視して、キリヒトが得心したように呟く。
「……そういうことか。エリスに絶望が届かなかったのは、君が中から邪魔して―――」
「いいえ、違います」
 遮ったのはアンゼロット。
「全ては繋がっているのです。
 あなたはエリスさんの『足長おじさん』だった。しかし最後で絆を絶った……」
 神とその使徒の視線が交差する。

「あなたがエリスさんを創り出したことは『秘密公爵』から伺っています。
 云わば彼女は、あなたにとって娘だった。保護者としてエリスさんを見ていたから、娘
にこうあって欲しいと理想を望む。
 人間は無垢な存在で生まれても、やがて子を成す存在です。
 性を厭う潔癖な時期があっても、同時に興味を覚える時も訪れる。
 やがて生涯で必要となる、大事な人の為に……。
 お忘れですか? やがて娘は父の手を離れ、他人に嫁ぐものなんですよ。
 しかし、物語の『足長おじさん』は違う。少女は彼に嫁いでいく。
 それをあなたは忘れて、無垢な娘のままで見ようとしていた……」

 言葉を紡ぎながら、アンゼロットは思う。
 柊との行為が無ければ、自分も考えつかなかっただろうと。

「あなたはエリスさんに、わたくし達の様子を見せるべきでは無かったんです。
 絶望に閉じて篭っていた彼女には、『天岩戸』の効果だったでしょう。
 それは驚いていたことでしょう。
 ショックを受けて呆然としたのかもしれません。
 でも無垢だからこそ、未知だからこそ、興味を抱くのではないでしょうか?
 そして、エリスさんは前向きな人です。彼女は短い時間でも友達を得た。何があっても
自分を信じ、一緒に戦って守ってくれる仲間を手に入れた。
 柊蓮司という人を。
 その彼が目の前で苦しんでいても、彼女は手を差し伸べない人でしょうか?」

 背後でベルが「あれは苦しむというより、よがっていたわね。それに途中から苦しめて
いたのは、あんたじゃない?」とツッコミを入れたが、咳払いで無視する。

「以上、わたくしが考えるエリスさんが絶望しなかった理由です」
「……もういい、分かった」

 こうも出来損ないの世界に、自分は翻弄され続けるのか。
 顔を右手で覆い、キリヒトは胸中で独白する。
 もはや絶望を通り越して、滑稽ですらある。
「……あとは、君たちを滅ぼした後に考えるよ。新たに世界を無に帰す方法を」
 キリヒトが右手を掲げて振り下ろした。
 ベルが脱出に裂いた鱗から亀裂が全身に拡がり始める。
 ゆっくりと進むシャイマールの崩壊の中、戦闘の火蓋が切って落とされた。
 距離を詰めるベル、ナイトメア、リオンと、魔法の詠唱が開始される。
 飛行形態の箒で、エリス達を安全な場所まで退避させようとする灯に、アンゼロットが
首を振った。
 どの道、時間が無いのだ。
 この場の崩壊を免れても、ゲイザーを止めなければ、世界は無に帰す。
「……了解。ターゲットに向かう」
 灯が踵を返し、攻撃に加わろうとした時。
「……ちょっと待った……」
 アンゼロットの傍らで伏していた男が起き上がった。

 展開される攻撃魔法の数々。
 歪みの球弾、虚無の奔流、聖なる光条。
 数の利を使い、矢継ぎ早に放たれる攻撃が、キリヒトの身体に全く届かない。
 如何なる攻撃も通さぬ不可視の『神の楯』。
 完全な防御を誇る能力に、キリヒトは一歩もその場を動いてはいなかった。
 ただ左手を目前に掲げるだけで、強力な魔法が薄い防壁に霧散する。
 入れ替えた右手から、雷撃の光条を繰り出された。
 それぞれ回避、防御魔法を展開する三人。
「……ちっ! 伊達に『守護者』の頂点にいないわね……」
「だが、攻撃の手を緩める訳にもいかんぞ」
「……リオン? あんたも何か考えなさいよっ……!」
 雷撃のお返しとばかりにベルが、太陽のごとく燃え盛る大光球を叩きつける。
 轟音と共に灼熱の光球に飲み込まれるキリヒト。
 直撃に閃光と爆音が走る。
「……この攻撃も、ゲイザーには効かない……この本に、そう書いてある……」
「ちょっと! こんな時に、何てこと言うのよっ!」
 リオンの言葉どおり、爆発の中からキリヒトが傷一つない姿を現す。
 やはり一歩もその場を動いてはいない。
「……無駄だよ。『神の楯』の前には、どんな攻撃も通らない」
「面白いじゃない? いいわよ、だったら最後まで付き合って貰うわ……っ!」
 ベルが自身の最強魔法の詠唱に入る。
 不敵な言葉を口にするも、決め手のない不利な状況に焦りの色が隠せない。


 攻めあぐむ仲間達の上空に、大きく迂回し飛行した柊と灯の姿があった。
 柊は一度『神の楯』の絶対防御を味わっている。
 だから眼下で行われている戦闘の流れは予想でき、それを踏まえて観察できた。
 客観的に見ていて気づいたことがある。
 今からは行うの行動は一か八かの賭けで、チャンスは一度きりだ。
 それもタイミングはほぼ偶然に任せた、文字通り博打の作戦。
 自分達にも読めないからこそ。馬鹿げた攻撃だからこそ、相手にも予測はできない。
「……じゃあ、仕掛ける」
「おうっ!」
 作戦カウントは10で開始。
 高度を十分に上げたガンナーズブルームの上から、灯が柊を上に放り投げた。
 強化人間の怪力に任せた投擲。
 上昇運動に、柊が風の魔法で自身を加速させた。
 これで落下の運動に変わるまで時間を稼ぐ。
 灯はすぐに箒を垂直下へ向け、限界までスピードを加速。
 キリヒトの右側を目指す。
 ベルが自身の最強魔法である虚無の結界を防がれ、返しに放たれた雷撃を受け、三人
が後ろに下がった直後。
 赤髪の戦乙女は、標的を襲撃した。

 着地間際に砲撃を一発。
 キリヒトの足元に見舞われた砲弾は、接近の目くらましの為だ。
 崩壊の途中にあるシャイマールの鱗が砕かれ、大小の破片となって噴出する。
 ここで幸運が生じた。
 鋭い破片の一つが、『神の楯』をすり抜けてキリヒトの頬を傷つけたのだ。
 ゲイザー自身も想定外だったのだろう。
 破壊神として、全てを貫くシャイマールの特性が作用した結果だ。
「…………!」
 一同が瞠目する中、キリヒトが左手に光の刃を生み、灯を刺し貫こうとする。
 刻まれるカウントの中、瞬時に灯が『作戦』に修正を加えた。
 強化人間の戦闘センスが成せる技術。
 それからの攻防は、時間を切り刻んだ刹那の出来事。

 残りカウントは2。
 灯が回避する素振りを見せず、自身の得物を宙に放り投げ、足元の鱗に手を掛けた。
 強引に引き裂かれ、尖った鱗の破片が即席の『神の楯』を貫く武器となる。
 灯の行動に動揺したのか、キリヒトの刺突が灯の長髪を掠めて逸れた。
 残りカウント1。
 灯の武器には防御を成さぬゆえに、キリヒトは『神の楯』を発動させない。
 回避するか、左手の光刃で、灯の攻撃を弾くか。
 ―――それとも先に灯を倒してしまうか。
 カウント0。
 互いが攻撃を繰り出そうとした瞬間、キリヒトの右斜め後ろに、灯が狙って投げた箒を
足場に蹴り、反動で軌道修正した柊が落下した。
 全力の一撃。
 落下と着地の衝撃を殺さず、魔剣が神に突き立てられた。
「……俺たちの勝ちだ、キリヒト……っ!」
 アンゼロットを微笑ませた後にした、戦士の制約どおり外さなかった刃。
 魔器解放を使われ魔法文字の燐光を放つ剣が、右胸を後ろから前に貫いている。
「……ターゲット、命中を確認」
 無機質に灯が告げた言葉を、キリヒトは信じられない思いで耳にし―――
 そのまま振り抜かれた魔剣が、斜めに神の身体を斬り裂いた。

           ///

 作戦に組み込んだ、柊が気づいた推測。
・『神の楯』と攻撃は同時に展開できない。
・『神の楯』の完全防御ゆえに、キリヒトは移動せず、その場に足を止める。
・キリヒトの攻撃は魔法が主で、白兵距離は光刃だけなのでは?
・右手と左手で攻防の分担をしているのではないか?(これは間違いだった)
・『鎧』ではなく『楯』という名前から、面の防御では?
 (これもベルの最強魔法で、結局は間違いだったと分かった)

 柊が提案し灯が選んだ作戦は、キリヒトに『神の楯』を出させないという単純な基本。
 キリヒトの攻撃を誘い、そこを狙うというものだった。
 『神の楯』を出されない為には、距離のある魔法ではなく接近戦が絶対であり、それも
攻撃から防御に切り替えられない刹那の時間に。
 加えて、狙いを知られては二度と望めないゆえ、一撃が絶対条件だった。
 相打ち覚悟だった部分もある。
 だから、片方が倒れてもいいように、二人で行う必要があった。
 二人のタイミングが外れてもアウトであり、そこは灯の行動修正に賭けた部分もある。
 まさに最後の一枚のチップを賭けた大博打。
 幸運だったのは、灯の攻勢が引き出したシャイマールの破片。
 あの偶然がなければ、全ては失敗に終わっていたに違いない。

 致命傷を負い、消滅の時を横たわって待つキリヒト。
 自身の敗北の要因を聞き、神は乾いた笑い声を上げた。
 全てを見通してきた『観察者』を超えた人間の働きに、ただ笑うしかない。
「またしても、僕の予測を超えるか。これは本当に、褒美を与えるべきだろうね……」
 キリヒトが右手を自身の胸に突き入れる。
 鮮血に塗れた心臓が掴みだされ、放たれた輝きと共に宝玉へと姿を変えた。
 まるで紅い月を連想させる真紅の宝玉。
「これは神の心臓で創った、云わば第八の宝玉だ。世界結界に干渉し、一度だけ起こり得
ない奇跡を願うことが出来る。これで赤羽くれはを蘇らせるといい……」
 アンゼロットが進み出て受け取る。

「……そうだね。代わりにこれは僕が貰って逝こう」
 指を鳴らすと、エリスの腕に在った外れないはずのブレスレットが、キリヒトの手の
中に握られていた。
「……他の後始末は頼めるかな、アンゼロット?」
「……はい、仰せのままに」
 アンゼロットが最後の臣下の礼を取る。
 波際で砂の城が崩れるように、神の現し身はブレスレットと共に虚空へと散華した。
 月匣を解かれた宮殿から、迎えの部隊が転送陣と共に到着する。
 本格的に崩壊を始めたシャイマールから、一同は脱出した。

           ///

 さて、後日談である。
 元々アンゼロットに忠誠の篤いロンギヌス部隊。
 ナイトメアがキリヒトに語った通り、結果は事なきを得た。
 むしろ一生ものの果報を得たと、アンゼロットへの傾倒を深めたりする。
 男性ばかりか女性隊員からも、綺麗で素敵でしたよと頬を染められる始末だ。
 もちろん今回の件は、赤羽くれはに対して厳重に緘口令が布かれた。

 ベルとリオンに対しては、アンゼロットから何やら交渉があったようだが、詳しくは
誰も知らない。
 あれは映像記録に残しておくんだったと、ベルがアンゼロットをからかい、リオンは
あんな『秘密』つまらない……とコメントを残して裏世へと戻っていった。
 無事くれはも蘇生し、エリス共々、日常の生活が再開された。
 変化はあったが、復帰はまずまず順調であり、事件の影響は薄れていくかに思えた。
 ただ一つの事後処理を残して。

 事件から二週間後、柊はアンゼロットの宮殿に召集された。
 あの行為があったせいか、お互いに顔を合わせづらく、意識して避ける節があった。
 柊が一室に通されると、配下に人払いを命じ、アンゼロットが椅子を勧める。
 部屋に案内したロンギヌスが退出する際、妙にそわそわした様子で一瞥したのが癇に
さわり、柊が乱暴に腰を下ろす。
 ちらりと様子を伺う。
 アンゼロットの様子は、以前と変わりが無いように見えた。
 先日は大変お疲れ様でした。そういえば、お礼がまだでしたわね、と述べながら、柊に
淹れたての紅茶を差し出す。
 ……こいつ、あの時のこと、気にしていねぇのかよ。
 だったら、俺も普段どおりにしなきゃな。
 自分だけが引きずっていたことを少し恥ずかしく思いながら、いつもなら警戒して飲ま
ない紅茶に手を伸ばす柊。
 また何か入れてるんじゃねえか? と例の皮肉も言わず、ただ無言でカップを傾ける。
 そんな柊の様子に、アンゼロットは目元を少しだけ緩ませた。


 無言のまま、お茶の時間が過ぎる。
 互いのカップに二杯目を注ぎ、ようやく取り留めのない会話が始まる。
 お茶請けには、やっぱりエリスのマドレーヌだよな。
 くれはさんはお元気ですか?
 安藤のおっさんから、エリスに手紙が来たらしいぜ。
 輝明学園の再建も順調ですよ。
 不思議と、今日どうして呼ばれたのか? と柊が切り出すことは無かった。
 それぞれの近況報告を交わし、話題が尽きたのか再び会話が止まる。
 ……そういえば、忘れていましたわ。
 ふと思い出したかのように、アンゼロットが口を開く。

「これからするわたくしの質問に、『はい』か『イエス』でお返事して下さい」
「……何だよ、また任務なのか?」
 顔をしかめティーカップに口をつける柊に、アンゼロットが首を振って続ける。

「……柊さんは、わたくしとまた『したい』ですか?」
「ぶっふぉっ!!」

 飲んでいた紅茶が盛大に噴かれる。
 激しく咳き込んだ柊が顔を戻すと、アンゼロットが悪戯の笑みで見守っていた。

「あらあら、汚いですわよ、柊さん」
「……冗談、だよな……?」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「ああっ! さんざん中に出した挙句、責任を取って下さらないなんて、何て殿方なので
しょう! 何だかわたくし、急に酸っぱい物が食べたくなりましたわ! ううぅ、つわり
がぁ〜〜お腹の赤ちゃんがぁ〜〜♪」
「止めろっ! つーか、そのネタは洒落にならねぇんだよっ!」

「それで質問のお返事は……?」
「……気にしていた俺が馬鹿だった! 断然NO! きっぱりとNOだっ!」
「今まで通り、くれはさんには黙っておきますわよ?」
「ふざけんなっ! 俺は帰らせて貰うっ!」

 乱暴に扉を開け、退室する柊を笑顔で見送る。
 扉の向こうから聞こえる剣幕から、ロンギヌスと揉めているのかも知れない。

「……まぁ、こう茶化してしまえば、今後とも普通に接して頂けますからね。
 柊さんに心配して貰うほど、わたくしは弱くないつもりですから。
 あなたらしい気遣いが、嬉しかったのは確かですけど……」

 独白して長いため息をひとつ。
 先ほどの茶目っ気な笑顔は薄れ、アンゼロットは寂しげに微笑んだ。
 真面目な柊だからこそ、忘れてくれでは通用しない。
 お互いがギクシャクしたままは、自尊心が許さない。
 こうして拒否の言葉を引き出すことで、お互いに一応の決着をつけたのだ。

 初めて身体を交えた相手は特別で、ずっと女は覚えている。
 それは男にとって都合の良い幻想だ。
 千差万別、女の数だけ想いがあり、中には思い出したくない経験もあるだろう。
 全てが美しい思い出ではないのだ。

「……でもわたくしは、あなたが相手で後悔はしていませんわよ……」

 不作法と思いながら、柊が口にしたカップを手に取り、彼の飲み口に唇を重ねる。
 飲み残しの紅茶は冷めて、少し渋く苦い。
 思い出というにはまだ新しく、落ち着くには生々しい記憶。
 脳裏に再現される情景から逃げるように、思考を改めて切り替える。

 ありえない話だからこそ、許される想像。
 もし柊が質問に『イエス』と答えていたら、自分はどうしていただろう?
 同じように、冗談で済ませていただろうか?
 生まれなかった未来に想いを馳せながら、アンゼロットは瞑目した。
 沈黙する少女に代わり、微かに中芯が潤い始めた感触。
 偽らざるifへの答えに、『世界の守護者』は頬を染めた。

                            −Fin−

Last modified:2011/11/10 21:47:44
Keyword(s):
References:[リスト/カテゴリ別/ナイトウィザード]