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#002

トランシルバニアから来たドラキュラの子供と小樽市幸町で知り合った。公園のベンチに座っていたのだ。影のないことですぐに人外のものと知れ、こちらを向いた屈託のない笑顔、その唇からこぼれる小さな象牙のようなキバに、あドラキュラだ、と何の迷いもなく確信した。黒地に赤のイニシャルロゴ(横倒しになったPにQの組合せ。そう私には見えた)の野球帽(だと思ったが)をかぶり、黄色い短パンをはいていた彼は、昭和五十五年の小学五年生のようだった。実際にはそれは平成に入ってからの話であり、実際には彼は小学生でも日本人でも人類ですらなかった。「僕ドラキュラなのです。」という一言(随分と唐突な一言だった)から、彼は問わず語りに(問うヒマも与えてくれなかったが)しゃべり出した。本来ドラキュラは夜行性であるのだが、自分は落ちこぼれで、昼の光の中でも行動できるのだ。というよりむしろ昼行を好み(「夜は眠い」のだそうだ)、血も好きではなく母親を困らせているのだ。

とここまで話を聞いてから、落ちこぼれ、というふうには聞こえないが、と伝えると、彼はひどく話しづらそうに、実は自分は空を飛べないのだと告白した。そうか。空がねえ。相槌を打ったもののドラキュラが空を飛べないことがどれくらい困ることだったり恥ずかしいことだったりするのか、ぴんとこないので、それは辛いねえ。といい加減な返事をしながら、僕はこのドラキュラに今、本当になげやりな返事をしている、それはとてもよくないことだ。とジョバンニのような反省をしていると。ジョバンニとは何ですか?と質問された。おろ読心術を心得ているのか。と考えると、ドラキュラは「読唇」ですか「独身」ですか?とこれまた随分素直に返答する。

ということは、僕の心は漢字ではなくひらがなかローマ字で書かれているということか?

と心の中で思ってみると、「そうです。感じではなく、漢字ですよね。ノットフィーリングバットチャイニーズレター、イズニ?」と切り返す。どうしてどうしてニッポンジンショウガクゴネンセイでここまでしっかりした返答のできるやつがいるか、と何故だか、ざまあみろというような気分になった。と随分と突然に日が落ち、びよびよと東の方面から何かが飛んできた。「あれは母親です。」そんな光景は生まれてはじめてみたけれど、ここまで(何故か)平然としてきたのだから、改めて驚いては、彼と僕の間に生まれそうな暖かい種族間の交流やがて淡い友情「のようなもの」が壊れてしまうような気がした。と途端「そんなことないです。それに、息子の僕が言うのもどうだろうと思うのですが、間違いなく驚きますよ。」と心を読まれたあげく、気を使われてしまった。うぬ、こうなったら何があっても驚くまい、平常の心だ、と言い聞かせ、飛んでくる最中は昭和50年代アニメにおける木枯らしの描写のごとく、黒っぽいコイル状の塊だったものが、目の前で二足直立歩行の何者かに変化しつつある母親に挨拶しようとしたら、その形相はまさに怪物と呼ぶにふさわしい鬼気せまるものだった。

ずいぶん失礼なことを沢山考えてしまった。

取り返しのつかない僕の心を、母子ともに十分に感じただろうに、静かに黙礼して子を抱えて去っていく母ドラキュラの背中(木枯らしのアニメ的記号のごとき黒いコイル状のもの)に深く感謝し、遭遇の一日目は終わったのだ。あいや忘れてたジョバンニというのは「銀河鉄道の夜」という小説に登場する子供の名前でーす。と東の空に去っていくドラキュラたちに一生懸命(心の中で)説明したが、通じたのだろうか?そういえば次の日に確認するのを忘れていた。

Last modified:2006/12/15 03:08:18
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